桃色から…?
一方、主人はどうしているかというとこれが何にも変わっていない。
日頃は出掛けていて、それ以外の時はいままで通り家で飲んでテレビを見ながら寝てしまう。
彼女のおかげで私は疲れを感じ辛くなっていた。
彼女のことを思い出すだけで幸せな気分になる。
出掛けている間に二人で会っているのだろうけどそれにしては主人の服装はいまいちパッとしない。
あんなに素敵な恋人が出来たというのに主人の怠惰な性格はちっとも変わらないのかと思うと心底情けなくなった。
あれからしばらく経った日曜日の朝。
私は信じられない光景を目にしていた。
主人が掃除をしている。窓を開けて換気し、 ゴミを捨てて掃除機をかけだした。
しかも今は朝なのだ。主人は休みの日はいつも12時過ぎに起きていたというのに。
そして、シャワーを浴びてファッション雑誌に載るような新品のオシャレ服を着て出て行ってしまった。
なんだか突然で驚いたがすぐにわかった。
きっと彼女とデートなのだ。
そして家に連れてくるのだろう。
また彼女に会えると思うと嬉しい。
今日は主人とのツーショットが見られる。
もしかしたら泊まっていく可能性もある。
そうしたら彼女は主人と…
私は彼女の乱れた綺麗な黒髪や、普段のクールな表情を崩して喘ぐ顔、露わになった白い肌を想像して興奮に打ちひしがれていた。
二人が帰って来るのを今か今かと待っていると、廊下を歩く音がしていつもと同じように彼女が一人で帰って来た。
そして、普段通りにテレビを見始める。
どういうことだろうか、主人と一緒じゃ無かったのか。私の勘違いなのか。
そう言えば、私は今まで主人と彼女が一緒に
いる所を見たことが無かった。
そして私は今まで主人の様子から彼女の存在を感じたことがあっただろうか。
静かにうろたえていると、廊下から声が聞こえてきた。
「健太郎さんのお部屋楽しみだなぁ」
「いやいや、結構散らかってるぞ」
主人…と若い女の声がする。
声が聞こえた途端に彼女は立ち上がるとテレビを消して押し入れの中に飛び込んだ。
押し入れの戸が閉まるのとほぼ同時にドアが開き、主人と若い女が入ってきた。
女は背が低くて幼い顔立ちをしていた。
甘栗色のボブカットがさらにそれを引き立てている。
女は「わー、健太郎さんのお部屋だー」
と天真爛漫な子供のようにぴょんぴょん跳ねた。
幼い顔や小さな身体に不釣り合いな大きさの胸が動きに合わせてゆさゆさ揺れる。
「おい、結衣あんまり騒ぐなよ」
主人が締まりのないでれっとした顔をした。
この女は結衣というのか。
その後、結衣は丈の短いワンピースの裾をひらひらさせながら部屋をくるくる歩き回って主人と話していた。
私は押し入れの中の彼女が気になって二人の話なんかまるで頭に入ってこない。
彼女はどんな顔をしていて、何を考えて、これからどうするつもりだろう。
私はこの女性がどういった存在なのか主人とはどんな関係なのかここまで来てすべてを悟った。
それても、私にとって特別な存在であることに代わりは無い。だから、二度と会えないのは辛いが彼女にのことを考なると、此処へは二度と来ないで静かに去っていって欲しかった。
「あーあ、ちょっと疲れちゃった」
女は主人に寄りかかるようにして座った。
「じゃ、休憩するか」
そう言って主人はスカートの中に手を這わせる。
そして、キスをしながら女を押し倒した。
なんで、今このタイミングで始めるんだよ。と主人を強く呪う。
最初から最後まで押し入れからはことりとも音がしなかった。
一眠りした後、主人達は夕食を食べに出て行った。
部屋に静寂が訪れて、しばらくしてから彼女は押し入れの中から出てきた。
明かりを点けずに、ゆっくりと暗闇の中を歩いて、写真立てを手に取る。
彼女は黙って写真を見つけていた。
そして、唐突に写真立てを床にたたきつけたのだ。
「ああっ、ごめんなさい。なんだかムカムカしてて…すぐきれいにするから」
彼女は割れた写真立てを拾い上げる。
「顔にこんなケガしちゃったらもう外に出られないね。でも私がいるから大丈夫だよ…」
また黙った後、彼女は写真立てを投げ飛ばした。
完全に理性を失って食器棚の皿や本棚の本を片っ端から落とし始める。
「あああああっ」
とんでもない奇声を発しながら折り畳み式の椅子を振り回す。
周りの家具たちが次々となぎ倒されて破壊されていく。
あまりのことにすべての機能が停止してしまったように唖然としていると彼女は私の頭上に椅子を振り下ろしていた。恐怖を感じる暇もなく。
気がつくと私の画面は割れて粉々になりその他、精密機器も再起不能なくらいに大破してしまっていた。
もう何も見えない。彼女の顔も二度と見えない。
散々部屋を破壊し尽くした彼女は床に座り込んでじっとしていた。
電子時計が9時半を表示した。
外から主人と女が話しながら階段を上ってくる音が聞こえる。
さっと彼女は立ち上がってまた、押し入れの中に入って行った。
…手には先ほどカーテンを裂いた包丁が握られたまま。
廊下を歩く二人の足音が近づいてくる。
私は主人に危険を知らせることも彼女を
家に帰すことも何も出来ない。
部屋の前で足音が止まり、ドアが開いた時、押し入れの戸もごとりと音を立てて開いた。




