1.
吸血鬼住まう古城は眼前まで迫っていた。
(やっと、追いつける……)
知らず知らずのうち、俺の歩調は速まっていた。
「おい、リアン。急ぎすぎだぞ――」
アイゼンの静止は遅かった。
突如、右方から巨大な黒い物体が、轟音と共に俺とアイゼンたちの間を横切った。
「ッッ!?」
ソレは四対の足を持っていた。その足は一本一本が丸太くらいあろうかという太さで、強靭な剛毛に覆われていた。先端辺りへ向かって太くなっており、その足々がソレの巨体を軽く支えている。
太い足が付いている根本部分。そこは巨大で黒く、いびつな球体。足と同じく猛々しい剛毛が生えている。ソレは巨大な黒い球体の前面に付いていた。ソレには三対の紅い眼。下部には獲物の生命を吸い尽くすべく発達した――――
俺の身長を軽く越す、巨大な化け蜘蛛がそこにいた。
その時、俺は僅かにも気圧された。それが悪い事態を招くこととなってしまう。
若干引いた左足。その拍子に、木の根でつまずいてしまった。
「な!!??」
反転する視界、かろうじて化け蜘蛛を視界の内に収める。
化け蜘蛛はその残酷な表情を一つも変えず、前足を振りかぶる。
俺は咄嗟に抜剣し、前面に構え、衝撃に備えた。
しかし、その衝撃は来なかった。
「かつて、世界を救った英雄がこの様かよぉ!!」
俺と化け蜘蛛の間に割って入ったのは、紫がかった黒髪に、紫調の衣服を纏った紫黒の少年――ゼノ・レークだった。
ゼノは、振り下ろされる前足を剣で弾いて攻撃をいなす。
「なんなら、俺が英雄代わってやろうか?」
ゼノは皮肉めいた笑みをこちらに向ける。俺は立ち上がりつつ言った。
「よく言うぜ」
直後、俺は大きく前に出た。
数瞬目を瞑る。これでは化け蜘蛛の動きが分からないため、すぐにまぶたを上げた。
目を開けると、眼前に緑の液体が迫っていた。化け蜘蛛の口元から緑のヨダレが滴る。
対する俺は、慌てることなく右手を前に。
右手に握られた純白の刀身から紅い炎が吹き出す。
一瞬で緑の液体は霧散した。しかし炎の勢いは止まらない。化け蜘蛛を呑み込むべく、進み続けていた。
――キッッシャァァァァアアアアアアア――
けたたましい悲鳴が耳をつんざき、周囲に広がる。
炎が止まり、黒煙の中の黒いシルエットが段々と鮮明になっていく。
動きを止めた。そう思ったが、シルエットはすぐに動き出した。
――クルルルシェァァァアアアア!!!!――
さきほどよりも猛々しい叫びを放ち、黒煙を掻き分け、俺めがけて前足を振り上げた。
「クッッ!!」
咄嗟に剣で防ぐ。勿論勢いを殺すことは出来ず、大きく仰け反った。無防備な腹部があらわになる。
もらった、と言わんばかりに、全ての獲物をすり潰せる口を広げ、俺に迫った。
俺の腹が食い千切られる。
その瞬前、俺は仰け反る勢いを殺さず後ろに倒れた。
どさりと、地面に倒れこむことで、化け蜘蛛の口を回避。それと同時に柔らかい胸部を視認する。
「ここだぁぁぁ!!」
俺は腰の小型ナイフ――戦闘用ではないが、長めの愛剣ではこの狭い場所で使えない――で、化け蜘蛛のベージュ色の胸部を数回斬りつけた。
斬り口から、緑の液体が吹き出す。幸い、体が溶けるようなことはなく、ほんのりとした熱を感じた程度だった。
(生暖かい。ということは、先ほど噴射したのは自らの血液。なんらかの細工をしているのか――)
そこまで考えたところで、思考が寸断される。
蜘蛛が両脇の足を器用に使い、俺を押し潰そうとしたのだ。
俺は体をひねって回避し、すぐに蜘蛛の下から這い出た。