間章
――もう、何度目だろう?――
脳裏をよぎった問いが、周囲に反響した。
気づくと、いつもの黒い空間で紫の水面に立っていた。
何度沈んだか分からない。意識がはっきりしてから(意識がはっきりしているのかすら怪しいが)しばらくすると沈み始め、全身が沈んだ瞬間。気づいたら水面に立っているのだ。
最初、紫の水面は波紋すら出ない。しかし、徐々に柔らかい粘着質の液体へと変わっていく様子は、実に気持ちが悪い。
それに、先ほどから頭や胸の辺りが締め付けられているかのような感覚があるのだ。しかも、粘着質の紫の水に沈むたびに、それが強くなっている気がする。
――頭が……痛い、胸も苦しい……――
考えたことがそのまま言葉となって周りにこだました。
もう、嫌だ。そう思った時だった。
『楽になりたいか?』
頭の中に直接響いくような声で、聞いたことの無い声が聞こえてきた。
――誰!?――
問いかけるが、答えは返ってこない。代わりに、知らない声は続ける。
『我輩に服従する意思を見せれば、すぐにこんな苦痛など消し去ってしまうぞ?』
その声は低いが、甘い声で聞いた者を酔わせるような響きを含んでいた。そして告げられた内容に一瞬心が揺らいだ。
――もう、嫌!! こんなところ……――
『そうだ、我輩のモノになればこんな場所……』
紫と黒の暗闇の中、一筋の光が差し込んだ。それは強い白の輝きだったが、なぜだかすごく冷たい印象を受けた。
『こちらに来るんだ。そうすれば我輩が、苦しいことからおまえを全て解き放ってやるぞ』
足が勝手に動いた。光の方へと足が向く。
もう、どうでもいいかな。そう思い始めたその時だった。
ちらりと脳裏にとある黒髪の少年の顔がよぎった。
たったそれだけのことで、歩みを止めてしまう。
その場に屈みこんでしまった。足元を見ると、二つの足が接する水面の波紋がしきりに動き、粘着質の紫の水の形が歪んでいく。
またしても揺らめく水面に身体が沈んだ。
虚ろな瞳と距離を取り、濃い紺色の髪の少女から離れてベッドに横たわった。
「中々強情な娘だ」
フッと笑い、まぶたを閉じる。
「その方が攻めがいがあっていい。せいぜい我輩を退屈にさせないでくれよ」
生気の抜けた表情、焦点の合わない瞳を虚空に向ける少女を横目に見、再度まぶたを閉じた。
一人の少女を背負い、リーナ・アリスンは西方へ向けて歩いていた。
(凄い高熱……ゼノ、間に合うかしら……)
気が気でない様子の眼差しを、肩越しに確認出来る少女の顔に向ける。
茶色い前髪がかかった苦しそうな表情を認め、リーナは歩く速度を速めた。
「大丈夫。心配しないでね。必ずゼノが助けてくれる」
半分は意識が混濁している重病の少女に、もう半分は自分自身に語りかけ、前を向く。
暗い夜道だが、青白い月光がかろうじて道を照らしているため確実に――安全とは言い難いが――歩ける。
共和国領まで半分といった辺りであった。