2.
ゼノの話を聞き終え、俺は何度か頷いた。
「吸血鬼は、北にある古い城に住んでいると……一体どこでそんな情報を?」
俺の問いにゼノは肩をすくめて答えた。
「この辺の吸血鬼ヲタクを捕まえて聞き出した」
「うへぇ、お前が言うと嫌な想像しか出来ないんだが……」
「しっかり聞いたさ、無駄な話を省かせてな」
ゼノの話を聞いて身震いしているうちに、北の森林への入り口である門が見えてきた。
共和国の空気は乾燥しているが、帝国の空気は湿っているため、国境付近では砂漠と森林が混在する奇妙な地形になっていた。ここ、北の森は小さい頃俺も妹とよく訪れた『子供の遊び場』的なスポットである。
「こんなところの奥に古城があるとはな……」
天高くそびえる梢を見上げて呟く俺に、アイゼンの声が投げかけられる。
「何、思い出にふけってんだ。置いていくぞ」
見ると、アイゼンやゼノは既に先を歩いていた。
「ちょっと待てよ」
ボヤきつつも、小走りでアイゼンやゼノの後を追った。
小振りな緑色の異形。一般的にそいつは“ゴブリン”と呼ばれている。
人型だが、身の丈は俺の腰までしかない。
思わず鼻をつまみたくなるほどの異臭を放っていたり、これまた粗末な布を纏っていたり。とにかく、汚らしい風貌の持ち主だ。
ゴブリンの右手に握っているのはサビかけている粗末な蛮刀。それを振り回し、俺めがけて突撃してくる。
俺は右手の愛剣で蛮刀を軽く受け止めた。
ゴブリンの喉がギギッ! と鳴り、数歩後ずさった。その決定的な隙を見逃す程俺は甘くない。
すぐに一歩踏み込み、剣の間合いに入る。
「ふっっ!!」
気合いと共に、剣を一閃。
俺の愛剣の剣先がゴブリンの胸部を深々とえぐる。
グギャアッッッ!! という金属質な悲鳴を残し、ゴブリンは地に倒れ伏す。異臭漂う口をがっぽり開け、黄色の目をひん剥いていた。
「やっと終わったか……」
不意に後ろから声をかけられた。
振り向くと、紫を基調とした衣服に、紫がかった髪の少年――ゼノ・レークがいた。暫定協力状態の彼も別の魔獣と戦闘をおこなっていたが、余裕の表情である。その表情に獣めいた印象があるのは、彼の仕草や雰囲気からきているのだろう。
「こっちも今終わったところだ」
暗闇から姿を現したのは金色短髪の全身アーマー青年――アイゼン・グリッダ。彼もまた、離れた場所で飛翔系魔獣と戦闘をこなした後だった。
「そろそろだな」
斬り払いし、剣を背中の鞘に戻した時だった。
アイゼンに言われ、俺は月の傾く西の空を見上げた。
切り立った崖。その上には、青白い月光を背に受けて屹立する一つのシルエット。
使われることのなくなった古城。しかし、現在それを利用する者がいる。その者の姿を思い浮かべ、俺は両の拳を強く握った。
「あそこに“吸血鬼”がいるってぇのか……」
隣でゼノが何かを含んだ声音で呟いた。
今までとは違う声音が気になった。しかし今俺は、彼の抱えている何かを詮索する権利も無いし、する必要も無かった。
「行こうか」
俺の呼びかけに両隣の二人はコクリと頷いた。