間章
浅い眠りの余韻から醒めかける。
真っ先に視界の中央で捉えたのは、艷やかな濃い紺色の髪を肩の辺りまで流した少女。暗い青を基調とした衣類を身に纏っている。奇妙なことに眼を開けたまま赤いソファに座り、微動だにしない。起きているというのは半分正解だが半分間違いだ。彼女のまぶたは生気を失ったように半開きでほとんど動かず、その隙間から覗く瞳孔が開きかけている。口が微かに開いていて、空気の出入りが僅かながら確認出来ることから生きていることに変わりはない。
薄暗い室内。青白い月光が差し込むそこでは、燭台やクローゼット等、高級そうな調達品が並ぶが、全てホコリをかぶっている。綺麗な品はソファが二つに、ベッドだけ。
半開きの窓からひんやりとした微風が吹き込み、レースのカーテンを揺らす。
やっと意識が醒めたので、ソファから立ち上がり、少女の前でかがむ。
少女の方が目線が――虚ろを見つめているが――高いので見上げるような体勢になった。
優しい手つきで少女の手を握る。少女は何の抵抗もせず、力の込もっていない手を握らせる。その間も視線をは虚構へ向けられていた。
「我輩のモノになるのだ……そうすれば実に心地よいことか…………」
数泊の時を経て、少女の虚ろな瞳から二筋の雫が落ちる。それが手にあたったので真っ赤な舌で舐めとった。
「まだ嫌……か…………ま、いずれ我輩のモノになるだろう」
またしてもソファに腰掛ける。まぶたを閉じれば浮かぶのは数多の血の味と匂い。人の姿も何人か浮かぶが、顔の部分は全てぼんやりとしている。
血の味を思い出していると、ウトウトと睡魔に呑まれていった。
全てを拒絶するかのような暗闇。シエルが立っているのは水平に広がる紫の水面。水面と暗闇の境目は曖昧で、そう遠くない(と感じる)場所で黒と紫が混じり合っている。
――どこだろう? ここ――
頭の中で考えたことが残響となって辺りに響く。
歩こうと足を踏み出す。
自然と水面に足が乗り、水面の上に立つことが出来る。
しばらく無心に歩いていると、足がゆっくりと沈みだす。
――えっ!? ちょっと、待って!!――
水の中へ沈みだす足を必死にばたつかせ、抵抗する。しかし紫色の粘った水は彼女の足に絡みつき、否応無しに水の中へ引き込む。
――い、嫌!!――
甲高い残響を残し、彼女は粘っこい紫の水の中へ姿を消した。