3.
カツッ――
金色短髪の青年が石畳を踏みしめた。
ステンドグラスに彩られ、十字架が掲げられた教会を前に、アイゼン・グリッダと、相棒のリアン・ディールが立つ。
「さっき酒場で聞いた、例の神父さんがいるのはここか……」
張り詰めた言葉が隣の相棒から発せられる。
アイゼンもゴクリと生唾を飲む。
「……入るぞ…………」
リアンが手をかけ、観音開きの扉を押す。重々しい木製の扉が音を立て、ゆっくりと開いていく。
そこは落ち着いた雰囲気のある。聖堂だった。真っ先に目に入ったのは奥の大きなステンドグラス。創造神アクノスの妻、シャーネの姿が描かれている。昼には神々しい光を放つのだろうが、今は深夜。艶めかしい光が透き通り、聖堂に降り注ぐ。
整然と並べられた長椅子が、奥の大きなステンドグラスへと向いている。それはまるで、迷う子供たちが先導者の方を見ているよう。
ステンドグラスの下。そこには主祭壇があり、その上に燭台があった。枝分かれしていて、立てられている蝋燭の本数は左右に五本ずつ。それらが、温かい光となって聖堂内をぼんやりと照らしている。
「おや、客人かい? 祈りにでも来たのかね?」
初老の男性が向かって右手の扉から姿を現す。
長い白髪は腹部の辺りまで伸び、シワを刻む顔は随分と穏やかだ。寝間着のままで出てきたことから、寝る支度をしていたことは想像に難くない。
「いえ、聞きたいことがありまして」
受け答えするのは隣の相棒。
その声からは先ほどの緊張などほとんど感じられない。
アイゼンの中にわだかまっていた緊張も一気に抜けた。
「そんな所に立ってないで、こちらにいらっしゃいな」
手招きする男性――恐らく神父さん――に誘われるまま、アイゼンとリアンは教会の奥へと進んだ。
盛んに燃える暖炉から視線を外し、神父さんを見る。
「それで、何が聞きたいんだい?」
(神父さんが淹れてくれた)ククル茶を少量飲み、隣に座るリアンが口を開く。
「“吸血鬼”について教えてくれませんか」
リアンはいつになく真剣な声音で、声を落ち着け、問いを発した。
その質問を聞いた途端、先ほど柔和だった神父さんの顔から笑みが消えた。
リアンは、シエルがさらわれたこれまでの経緯、吸血鬼と特徴が酷似していたことを告げた。
僅かに生じる沈黙。神父さんの口元が微かに動いた。
「神話では、創造神アクノスを含む、天界の神々に敵対する勢力の一員とされている」
アイゼンはククル茶を飲みながら、神父さんの話に聞き入った。
「敵対する勢力とは、主に悪魔といった“魔”のモノたち。そやつらの一員の中に“吸血鬼”がいる。吸血鬼は生きた人間の生き血を吸い、生きる。血を吸えねば死に絶えるが、生き血さえあれば、その間は不老であり、不死の存在足りうる強さも持つ。それ以上にやっかいなのは、血を吸われた人間は吸血鬼の下僕、もしくは同じ吸血鬼になってしまうこと――」
ガチャン――――
相棒がククル茶の入ったカップを落とした音だ。
「スイマセン……続けてください」
アイゼンは、絨毯に染み込まないように素早く拭く。その時、リアンの手が震えているのが見えた。
重々しい空気の中、神父さんは続ける。
「そうは言ってもすぐに吸血鬼になるわけではない。吸われた者の自我が消えない限り、人でなくなることはないのだ。精神力に寄るが、せいぜい半日程かかる」
「そう……か……」
落ち着きを取り戻したリアンが瞑目した。
「ヤツは十字架に弱いといわれている。そうだ、このネックレスを持っていくといい、何かの役に立つだろう」
そう言って、戸棚の引き出しから取り出したのは、小指の第二関節までの長さ程度の小さい金の十字架がついている二つのネックレス。
「あ、ありがとうございます」
受け取ると、リアンはすぐに駆け出した衝動を抑えた様子で、頭を下げた。
「いいんですか? もらっちゃって……」
アイゼンは尋ねた。すると、柔和な笑みを取り戻した神父さんは穏やかな表情のまま言った。
「いいんですよ、微力ながらお力添えをとね」
教会から立ち去る時、神父さんに呼び止められた。
「この辺りの吸血鬼は、帰る方向から、北東の山に住んでるようです。向かうなら北東へ」
心配を秘めた表情だったが、アイゼンはニッと笑って返す。
「色々ありがとうございます」
重い扉を開けるリアンの手が震えているのを、アイゼンは視界の端に捉えた。