2.
少しばかりの喧騒の中、一人で酒を呑んでいた中年の男に話しかけていた。
「いや、知らねぇな」
返ってきた答えの内容に俺は拳を振りかざしかけた。すんでのところで、堪えることに成功する。
「何でもいい、噂話でもなんでもいいから教えてくれ……」
男は数秒の沈黙の後、苦笑交じりに言った。
「ホントに確証は無いぜ?」
「それでもいい!! とにかく教えてくれ!!」
手元のコップに視線を落とした男が続けた。
「この辺りには、古い噂話があってな。 なんでも、“吸血鬼”が綺麗な娘っ子をさらっちまうって話だ。こっから東の方だった気がするな。ま、ホントにさらわれるなんてこと起こらないから、誰も信じてないけどな……」
俺は、膝の上に置いた拳を堅く握りしめた。
「ありがとう、ちょっと気になったから聞いたんだ」
震える声でお礼を言い、席を立った。
「おっす、情報は集まったかい?」
アイゼンは腕組みをしながら壁に寄りかかっていた。
俺からの申し出で、俺が情報を収集することにしていたのだ。故に、彼には待ってもらっていた。
「敵がなんなのかってのが分かった」
アイゼンは微笑を浮かべるだけだ。
俺はそんなアイゼンへ向けて続ける。
「敵は“吸血鬼”。東に居るという噂だ」
アイゼンは、そうか、と一言告げ、体を壁から離す。
「先ずは、東だな。お前の家に寄るのか?」
「いや、母さんたちには心配させたくない。宿を取る。砂漠も越えないとな」
今いる西の都と、俺の故郷の間には、砂漠が広がっている。勿論走破するつもりだ。
「それじゃ、走って行きますか?」
アイゼンがニヤリと微笑む。俺も微笑で返す。
「砂漠を舐めるなよ?」
俺とアイゼンは東方へ向かって歩き出した。
「やっぱ、もう少し情報が欲しいところだな……」
きめ細かい砂の上、日中とは一転して寒々しい風の中、軽く走りながら隣を走る金色短髪の相棒に向けて言葉を発する。
「お前の故郷でもう少し情報を集めるか……」
俺はコクリと頷く。
その時、唐突に後方で、砂をかき分ける妙な音が複数……
「言ってなかった。夜は魔獣が沢山出るから気をつけろよ……」
隣を走る青年は引きつった笑みを浮かべ、続けた。
「さ・き・に・い・え・よ」
迫る砂魚の群れから全力で逃げるべく、剣を抜き――生憎俺は、魔法術を行使する時、愛剣を用いなければ使用できない――後方の地面に炎弾を飛ばした。砂が大きく巻き上げられる。奇怪な鳴き声が砂をすり抜けて届く、砂魚が混乱したその隙に俺とアイゼンは全速力で駆け出した。
ギリギリ視界の中央に俺の故郷が見える。あと少しの位置で俺とアイゼンは疲労のあまり、一休みしていた。
「分かったか? 夜渡るのはキツいんだよ……」
膝に手をつくアイゼンに向けて言った。聞いてねぇよ、と小声で聞こえたが聞こえてないフリをする。
「ほら、見えてきた。あと少しだ」
アイゼンも疲労困憊の顔を上げ、街の薄ぼんやりとした光を見てコクコクと頷いた。