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剣戟の幻想物語 4 紅血の鬼  作者: やきたらこ
終章~鬼と少年の血戦録記~
15/17

3.

 真っ先に目に飛び込んできたのは、強烈な存在感を持つ吸血鬼だった。

 漆黒のマントに身を包み、差し込む月光を青白い肌で受け止め、ゆったりとソファに腰掛けていた。

 次に視界に入ったのは虚ろな視線を虚空へ向ける少女。

 俺は彼女の姿を見ただけで、胸が締め付けられる思いだった。


 部屋の中をちらりと確認すると、様々な調達品が部屋に置かれていた。

 タンスにクローゼット、ベッドやソファ等。斧を持つ甲冑なんてものまで飾られていた。


「待ちくたびれたぞ……せいぜい我輩を愉しませてくれるのだろうな?」

 ぞわりという寒気が腹の中に刺さるが、俺は負けじと睨み返した。

「ほう? 先ほどとは目つきが違うではないか。本気だな?」

 吸血鬼のその声音から余裕が消えることはなかった。

 彼はゆっくりとソファから立ち上がり、首をコキコキと鳴らす。


「(来るぞ! 準備は出来てんだろぉな?)」

 隣からゼノの囁き声が聞こえた。

 俺は剣を傾けることで応えると、ゼノの持つ黒い剣も僅かに傾いた。



 次の瞬間。

 俺とゼノは同時に床を蹴っていた。数歩で迫ると、同時に左右へ展開する。俺は右方、ゼノが左方から迫る。吸血鬼を左右から挟み込む形になった。


「甘い、ぞ? その程度の小細工等通用しない……」



 俺とゼノがほぼ同時に剣を振ったその時だった。

 俺の剣とゼノの剣、両方が見えないものに阻まれ、吸血鬼に届くことが出来なかった。

「な、にが!?」

 見ると、俺の愛剣が交わっていたのは、純白の光の奔流。その光の奔流は吸血鬼の手から溢れ出ていたものだった。

 純白の光は徐々にその姿を変化させていく。やがて定まった形は一振りのやいば。その刃は吸血鬼の掌底しょうていから生えるように出現し、俺の剣と斬り結んでいた。

られる!!)

 咄嗟に判断した俺は、愛剣を魔法術の炎で包んだ。

 すんでのところで、愛剣を半ばから折られるという最悪の事態を回避することに成功したが、次に吸血鬼がおこなった横回転攻撃の勢いに負け、俺とゼノがそれぞれ飛ばれてしまう。

 強く、壁に背中を打ち付け、数瞬息が止まった。

「が、はぁ――」

 視線を吸血鬼に戻すと、両手に生えるその光刃こうじんを振りかぶっていた。


「ッッッ!!??」

 即座に前転回避をとり、吸血鬼の左脇腹を抜けた。すぐに視線を吸血鬼に戻す。



「我輩が逃がすとでも?」

 後ろから声が聞こえた。魂を鎌で触られている感触だった。

 気が付くと目の前に吸血鬼の姿は無く、背後に強大な殺気を感じた。

 すぐに振り返る。そこにも吸血鬼の姿は無い。



「クソッタレがぁッッ!!!!」

 前方にいたゼノがこちらへ勢い良く短剣を投げてきた。反射的に叩き落とそうとしてしまうが、すぐにやめる。

 ドシュッという音が背後から聞こえ、数歩の距離をとる。

 そこには右肩を押さえた吸血鬼。

「我輩が傷を? ハハッッ……一体何年ぶりであろうか!? 我輩は嬉しいぞ!! もっと我輩を愉しませてくれ!!」

 笑う吸血鬼は、ゼノめがけてその手の光刃をほうった。

 高速回転して迫る光刃だが、黒い闘気を纏ったゼノの黒剣は容易く弾いた。しかし、そこに致命的な隙が生まれたことを俺の目が捉えていた。

 ものの数瞬でゼノとの距離を詰める吸血鬼。恍惚とした表情を浮かべた鬼が右手に残った光刃を振りかぶる。

 その時、俺の体は自然と動いていた。


「間に合ぇぇええええ!!」

 俺は駆けながら姿勢を落とし、水平に一回転した。回転の勢いが相乗された斬撃が吸血鬼の光刃とぶつかった。

 衝撃をまともに受け、俺と吸血鬼が互いに体勢を崩される。俺は剣を軌道のまま戻され、吸血鬼は仰け反った。

 一対一なら、仕切りなおしているところだが、これは試合などではない。命をかけた殺し合いである。使える手はなんでも使う。


 必死の形相を浮かべたゼノが俺の眼前を駆け抜けた。一瞬の隙も逃すまいとする餓狼の如き疾速だった。

 ゼノが横一文字に薙ぐその黒い剣が吸血鬼の胸を浅くえぐった。

 綺麗な色をした真っ赤な血飛沫(しぶき)が宙に舞った。


 俺はその鮮血が床に落ちるよりも速く体勢を戻した。吸血鬼よりも体勢的に楽だったためすぐに体勢を立て直すことが出来た。

(こんなんじゃ済まさない!! 彼女を、シエルを渡してたまるかッ!!)

 俺は剣を構え、横薙ぎに振り切ったゼノを追い抜いた。そのまま吸血鬼へ迫り愛剣を――――



 そこで俺は足に急制動をかけ、体を止めた。

 自分でも何故だか分からない。足が勝手に動いて体の動きを止めたのだ。

 俺が急停止した次の瞬間。


 俺が進むはずだった地点を光刃の断頭鎌ギロチンが神速の速さで振り下ろされた。

 見ると体勢を戻した吸血鬼がそこにいた。そこに余裕の笑みは無く、少々引きつった顔があった。

「我輩にここまでの傷を負わせるなど……貴様ら覚悟は出来ているのだな?」

 体の芯に深々と刺さる冷たい刃のような視線を真正面から受け、膝から落ちそうだった。しかし、

「俺は、逃げない! あいつのために刺し違えてもお前を倒す!!」

 意識せずとも俺は叫んでいた。

 対する吸血鬼はフッと笑う。

「このむすめに対する心意気は素晴らしく美しい……弱ければ美しくはないがな!!!!」

 言い放った吸血鬼は両の光刃を、より一層輝かせて俺めがけて振り下ろした。

 俺は剣で受け止めることはせず、弾くことで後方へいなす。反撃に、急所への的確な突きを放つが、神速で戻ってきた光刃に阻まれ、すぐに反撃が返ってくる。


 戦いはこれの繰り返しだった。俺が剣で光刃弾いて反撃をいれるが、即座に戻ってきた光刃に阻まれ反撃を返される。

(このままじゃ、底なしの体力を誇る吸血鬼に勝てない。いずれ体力が無くなって俺が――)

 そこまで考えたところで、吸血鬼の掌底から生える光刃の威力に負け、左に倒れるかたちで体勢を崩してしまった。

「愉しかったぞ? 少年、殺すには実に惜しかった」

 振りかざすのは右手掌底から生える光の刃。

(死ぬ……のか? たった一人の少女も救えぬまま?)

 傾く視界の中、俺は呆然と振り下ろされる光刃を見ていた。だが、



 自然と俺の左手が動いた。がッ、と地面に手を突いて逆立ちのような体勢になる。開脚してちょうど水平になった両足を限界を超える力を振り絞って動かした。


――旋風脚――


 片手か両手で全身を支え、下半身全体を上手く使って相手を攻撃する脚技。

 少し前、武術に秀でたとある里に立ち寄った時に教えてもらった技だ。実戦で使うのは初めてだった。


 俺の右足のかかとが、意表を突かれた吸血鬼の青白い頬に刺さった。

 大きく吹っ飛び、ソファの近くに倒れた。


 俺は体勢を戻し、剣を構え、吸血鬼の元へと歩みよった。

 途中でゼノが隣に並んだ。

「やるじゃねぇか。俺が邪魔みたいになっちまったな」

 不敵な薄笑いを浮かべたゼノ。

「いや、お前には何回も助けられたよ……」

 それでもゼノは肩をすくめるだけだった。






 ソファの近く。吸血鬼が倒れ、ぼんやりと視線を天井へと向けている。

 俺は容赦無く剣先を吸血鬼の鼻先へと向けた。

「さぁ、彼女を元に戻せ!!」

 数秒の沈黙。返ってきた返答は掠れた声だった。

「それは……無理な……相談である」

「なに?」

 先ほどまでの恐怖は無く、代わりに煮えたぎるほどの怒りが喉元までこみ上げていた。

「どういうことだ!?」

 俺は怒りを抑え、問いただす。

 またしても数秒の沈黙を有し、吸血鬼は掠れた返答を返す。

「我輩の……呪いは、我輩にも……解くことは……叶わない…………」

 抑えきることの出来ない怒りを、吸血鬼にぶつけるのに、少しの時もいらなかった。

 俺は気づいたら剣を突きの体勢で繰り出していた。ゼノの静止を無視して。


 俺の放った突きの剣先が吸血鬼の青白い顔に刺さる直前。吸血鬼は頭を大きく右に傾けた。当然俺の剣が地面を突く。

 甲高い金属音が響く中、俺はぐいっと体を引き寄せられる。吸血鬼が傷つくこともいとわず、俺の剣を掴んで迫った。

 俺の肩をがっしりと掴んで立っていたのは青白い肌の吸血鬼。

 吸血鬼はニタリと笑い、口を僅かに開け、鋭く白い牙を露出させる。その牙の間からハァ〜っという息とともに白い息が漏れていたのを、俺は間近で見、全身に鳥肌が立つと同時に、まるで底の見えない谷間を覗き込んでしまったかのように俺の芯を揺さぶった。

 吸血鬼は俺の耳元で静かに囁いた。

「(そのむすめのために戦う姿は実に美しかった。我輩、美しいものが好きでな。我輩のものとなるがよい)」

 ぞわりとした感覚の後、俺の左首筋に白く鋭利な牙が刺さった。

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