2.
暗い通路。右側の窓々から青白い月光が通路に差し込む。
後方から金属がぶつかる音が断続的に聞こえてきた。置いてきた相棒の勝利を祈り、前を見据えて駆ける。
隣を走るゼノが、不意に声をかけてきた。
「お前ぇ、なぜ吸血鬼を狙う」
「えっ?」
驚きを隠せず、ゼノの横顔を見た。彼は真剣な表情を変えず、通路の奥から視線を外していなかった。
ゼノの問いは俺もゼノに対して疑問に思っていた。
「俺は、シエルを……仲間が囚われているから……」
その事を言葉にすると、ぐっと胸が締め付けられるが、それでも言い切った。
俺の回答に対し、ゼノはそうか、と言っただけだった。
「ゼノが、追う理由は?」
教えてもらえないだろう、そう思ったが聞かずにいられなかった。
しばしの沈黙が流れる。その間も、断続的に響く金属音は遠ざかっていった。
走る方向を変え、階段をのぼり始めた時だった。
「一人の子供の為だ」
唐突にゼノが先ほどの問いの答えを口にした。
「誰かの、子供?」
ゼノの表情は変わらず真剣で、階段の先を見ていた。しかし、隠そうとしているが、言葉の端々から焦燥のようなものが読み取れてしまう。
「名前も知らねぇ子供だが、高熱にうなされてやがる。治すには吸血鬼の血が有効らしいんだが……」
そこまで話すとゼノは押し黙った。なにか迷いがあるように目を伏せたが、すぐに開き、言葉を続けた。
「罪滅ぼしにもならねぇ、贖罪になんざならねぇってこたぁ分かってる!! でも、あの子供がこんなんで死んでいい理由にはならねぇだろ!!」
言葉を吐き出し、彼はなおも続ける。
「今まで散々殺してきた。だが、あの子供の笑顔だけは殺したくねぇんだ…………こんな俺に“救い”なんてものが無いのも分かってる……俺と関わちまったあの子供にまで“救い”が無いなら、俺が助けなきゃなんねぇんだよ……」
ゼノが言葉を吐き終えてから二人に沈黙が流れた。金属音も聞こえなくなり、二つの足音のみが通路に響く。
俺は、重い覚悟を持つゼノに言葉をかけることは出来なかった。だが、俺の覚悟がゼノより軽いことは絶対にない、と思った。
お互いの重い覚悟と理由に言葉をかけられぬまま、大きな扉の前に着いた。
一対の観音開きの、木製の扉の隙間から重い殺気が漏れている。
(ここにシエルが……)
俺は奥歯を噛み締めた。拳を握ろうとしていたが、深呼吸とともに両手の力を抜いた。
「絶対に倒す……奴を倒してシエルを助ける!」
俺はゆっくりとした動作で背中の剣の鞘を握った。
力を入れ、一気に抜剣。じゃりんという音が通路の最後に響く。
俺は隣のゼノを見やって言った。
「その子、助かるさ」
「絶対助けんだよ……!」
ゼノも抜剣した。お互いに視線を合わせ、次に観音開きの扉を視界の中央に収めた。
不思議な気分だった。一度は殺しあった仲だが、ずっと前から共に戦ってきた相棒のような安心感を感じた。こいつが一緒なら恐くない。恐怖し、逃げてしまったあの時とは違う何かが俺の中にあった。
(シエル……ゴメンな、一度は逃げちまったけど、絶対にそこから連れだしてみせるから。だから、待っててくれ!!)
俺とゼノはそれぞれ扉のノブに手をかけ、合図も無く同時に開いた。