3.
こげちゃ色の瞳の奥、そこには燃えるような紅い光。
俺はその瞳の持ち主を一刀にて斬り伏せる。こげちゃの濁った瞳の持ち主は、胸に走る大きな傷口から鮮血を吹き出し、倒れた。
「こいつも、吸血鬼に……」
俺は斬った人物を見やった。肌は青白く染まり、頬は痩せこけ、骨の形が浮き出てくる程肉がついていなかった。薄汚れた緑のシャツに青いパンツだけというその服装から寒々しい印象を受けるものだが、この人物に限るとそういうわけにはいかない。寒そう、と思うより先に“ヒト”の形をした“人”でないモノへのおぞましさの方が勝っていた。
「先に行くぞ……」
ゼノが先頭を歩き出した。
古城の門は既に眼前まで迫っていた。錆びついた黒の格子門が不気味な形をかたどっている。
ゼノが門に手を掛けようとしたその時――
左方から強烈な視線を感じた。
俺とアイゼン、ゼノがほぼ同時に左手の方を注視した。俺たちの手はそれぞれの得物の柄を握っている。
――ざくっ――ざくっ――ざくっ――
落ちている木の葉を踏みつけ、こちらへ迫る音が一つ。
固唾を飲んで見ていると、現れたのは晩年も近いほど高齢の女性だった。
女性自体は何の変哲も無いのだが、服装が異様だった。腰の曲がった小さな身長。それをまるごと包むかのような濃い紫のローブ。手に握られているのは木の杖だろうか。女性の身長をゆうに超えている。
「誰だ!?」
アイゼンの張り詰めた問いが走る。女性はフォッと笑うと、コクコクと頷いた。
「威勢がいいのぉ。ぬしらが“吸血鬼”を倒すのじゃな?」
流れの掴めない会話で、俺は一つの単語を聞いた。その途端、眉をピクリと動かしてしまった。それを見て取った女性がまたもフォッと笑う。
「図星じゃいな。じゃが、気をつけろい……吸血鬼の下僕どもにも呪いはある。下僕どもに噛まれてもお終いじぇけぇ」
女性の言葉に、俺は自分の中の緊張感が増すのを感じた。
「健闘を祈るよ。おぬしらに幸福あれ」
それだけ言い残すと、晩年間近の女性は再び闇の中へと消えていった。
俺は奇妙な女性よりも眼前にそびえ立つ古城へと注意を向けた。
「いよいよ入るぞ……」
無言の肯定が返ってきた。俺は門を開けようとしたが、当然鍵がかかっていた。
「手間かけさせやがって」
ゼノが腰の黒剣を抜こうとしたその時だった。
『待ちくたびれたぞ』
「ッッッ!!??」
俺たち全員の中に、張り詰めた一つの緊張感が流れた。実に不快な緊張感だった。まるで刃物を喉元にあてられているような、そんな錯覚に陥りそうになる。
「どこだ!? どこにいる!?」
我慢出来ず、口が勝手に動いていた。
『この城の最上階だ。といっても何も無い城だ。すぐに登って来れるであろう……』
“声”が途切れると、カチリという弾んだ音と共に、黒格子の門がかすかに動いた。
「なんのつもりだ?」
俺の問いに“声”は薄く笑って答える。
『フフ………単純な暇つぶしだ。我輩は他にやることも無いからな』
返ってきた答えに、俺は血も滲むほど歯を噛み締めた。そうでもしないと、気が狂いそうだったからだ。
「上等だ……俺たちを城に入れることを、後悔させてやる!!」
『楽しみに待っているぞ…………』
ちらりと両隣を見た。
そこには旧くからの相棒――アイゼン・グリッダと、かつて死闘を繰り広げた――ゼノ・レークがいた。
彼らもついている。それになんのために戦うのか、俺はそれを分かった。それゆえ、負ける気がしなかった。