2.
俺が化け蜘蛛の下から這い出た時、アイゼンとゼノが跳躍していた。まるでタイミングを図ったかのようにピッタリした動きだった。
すぐに化け蜘蛛から距離を取る。
アイゼンとゼノの一撃は万物を弾くかのような堅い甲殻に阻まれて届かなかった。
「チッ!」
アイゼンは着地後、すぐに蜘蛛の顔を斬りつけ、自分にサインを向けさせる。
俺とゼノはその隙に、お互い駆け寄った。
「奴は裏からの攻撃じゃないとほとんど効果は無い!」
「そぉか、なら俺がひっくり返す。てめぇが決めろ」
必要最低限の会話を、コクリと頷いて同意する。
俺は化け蜘蛛から多少の距離を取り、攻撃をいなすアイゼンと魔法術式の詠唱を進めるゼノを見守った。
「(神が与え給う、最初の原罰。我が剣に宿り、悪しきモノを焼き払え)」
小声で術式を展開。右手で握る刀剣が淡い赤に光り始める。
視線を化け蜘蛛の方へ戻した時、ゼノの術式が展開した。
地面、化け蜘蛛の足元付近の八ヶ所に紫の魔法陣が出現。やがてそれは化け蜘蛛の足を捉え、化け蜘蛛は身動きが取れなくなった。
「ッッらぁ!!!!」
苦しそうに踏ん張るゼノの声と重なり、化け蜘蛛はその巨体を裏返した。柔らかい胸部と腹部があらわになる。
「アイゼン!! 腹部を!!」
アイゼンは「応!」と短く答え、長刀を掲げる。
俺は走りだす。そして地形の段差を利用し、跳躍した。
「展開!!」
愛剣を紅蓮の炎が包み込んだ。俺はその炎剣を化け蜘蛛の胸部へと振り下ろす。
「ァァァァアアアアアアアア!!!!!!」
俺は容赦無く炎剣を叩きつける。アイゼンも、化け蜘蛛に長刀を突き刺したことを、視界の端で確認した。
――シェァァァァアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!――
派手に緑の液体を撒き散らしながら、激しく悶える化け蜘蛛。足をジタバタさせていたが、一つの塊のようにそれぞれの足を束ねると化け蜘蛛は動きを完全に止めた。。
「終わった……な……」
剣を収めた後、俺は思わず脱力した。
もう少し休んでいたい。そう思った時だった。
「まだだ」
冷たい水をかけるようにその言葉がかけられた。
「まだ本命を倒したワケじゃねぇ。そうだろ?」
いつになく真剣な表情のゼノが立っていた。
ゼノの言葉を受け、俺は立ち上がる。
「分かってるさ」
俺が立ち上がったその時、微動だにしなかった化け蜘蛛の死体がピクピクと動き始めた。
「まだ!?」
俺は背中の剣に手をかけるが、すぐにその心配は杞憂だったと知る。
化け蜘蛛はみるみるうちに体の大きさを変え、俺の手の平よりも更に小さなサイズへと変わった。
ピョンと飛び跳ね、そそくさと森の奥に逃げてしまった。
「なんだぁ?」
ゼノが訝しげな視線を向けていた。
「アイツ、もしかして……」
アイゼンが意味ありげに考えこむような表情を見せる。俺は気になり、尋ねる。
「どうした?」
「考えすぎかもしれないが、吸血鬼が下僕に出来るのは人間に限らないんじゃないか? あの蜘蛛は魔法力によって強化・洗脳されていただけで、悪意は無かった………のかもしれねぇ……」
アイゼンの推測は、化け蜘蛛の一件を経た後のため、笑えないものとなっていた。