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心残り  作者: 久乃☆
2/5

2.ことの始まり

「お嬢ちゃんは、何が心残りなんだい?」



 何度もこのおじさんに『お嬢ちゃん』と呼ばれてるけど、どうも鳥肌が立つ。大体、お嬢ちゃんと呼ばれるような年齢ではないんだ。だからちょっと皮肉を込めて言ってみた。



「そんなに、子供にみえるかなぁ。こう見えても、大人なんだけど」


「そうだったのか、そりゃぁ悪かったね。お嬢ちゃんはいくつなの?」



 やっぱりお嬢ちゃんなわけね。


 そりゃぁ、そうよね。私って性格いいから、皮肉も上手に言えてないのかもしれない。


私はため息を思いっきりついてみせた。



「十九歳だよ」


「なるほど、若いねぇ。その若さで死んだのでは、そりゃぁ心残りもたくさんあるだろうなぁ」



 おじさん勝手に決めてかかってるけど、別段死んだことを悔しいとか、もっと生きていたかったなんて思ってない。だって、散々苦しんだし、いろんなことあったから。もう、これ以上苦しみたくないしね。



「お嬢ちゃんはどうして死んだの?」



 おじさん、やっぱりタバコを吸いながら聞いてくる。今更肺がんになることもないだろうけど、そばでスパスパされるのは気持ちの良いものではない。わざとむせてみせるけど、効果なし。『迷惑なんだけど』って言いたいけど、ここでおじさんと別れるのも不安だから、しょうがないよねって自分に言い聞かせてみる。



「死んだのは、事故……」


「自信なげに言う子だね」


「だって、唐突に死んだんだから、死因はって言われても、自分としてはわからないよ」


「確かにそうだ。おじさんもそうだった」



 だったら、突っ込んでくるなよ。



「でもまぁ、下に転がってる女の子がお嬢ちゃんみたいだから」



 そう言われて見下ろすと、確かに血みどろの私が転がってる。いや、転がってるなんて表現は合わないよ。なんか、自分が可哀そうすぎる。



「確かに私だけど、転がってるというよりは、横たわってるって言いませんか!?」



 不愉快さをあらわにして見せた。



「そう? 肉体なんて魂が抜けたら、物でしかないからなぁ」



 と、死んだばかりの私に言われてもピンとこない。



「とにかく、死にたてホヤホヤの即死だったことは分かった」


「え? 死にたてホヤホヤ? それって、事故したばっかりということでしょ。だったら、本当に即死かどうかわからないじゃない。もしかしたら、現代医学の力で生き返るかも知れない」



 大体、出会ったばかりのおじさんに、即死だなんて決めてほしくないじゃない。医者でもないんだからさ。



「そう思いたいのも分かるけど。ほら、見てごらんよ」



 見てごらんと言われて、またしても見下ろす。誰が通報したのか知らないけど、救急車が来て白衣の救急隊員が私の横でしゃがみこんでる。手首を持ってるところを見ると、脈を図っているのかもしれない。ということは、やっぱり病院へ搬送するってストーリーになるはずじゃない。


 おじさん、面白そうに街灯の電気に腰かけた。こんなことができるのも幽霊だからだろうな。


 おじさんの様子を目の端にとらえながら、それでも自分がどうなるのか気になり見下ろし続けていると、救急隊員のおじさんが毛布を持ってきて、私の顔にすっぽりとかけてしまった。あれでは虫の息でも呼吸があったら、苦しいじゃない!



「な、頭から毛布を掛けただろ。死んでる証拠さ」



 そういうことなのか……。


 若干の寂しさが胸に去来する。



「さて、お嬢ちゃん。真面目に心残りを探して成仏しないと、あっという間に十年が経ってしまうよ」



 確かにその通りだ。私は焦りだしていた。目の前の十年も幽霊をしているというおじさんと、眼下に横たわる血みどろの自分の姿。死んでいるのならそれでもいいから、とにかく十年も成仏せずにさまよい続けるのだけは避けたい。



「えーと……えーと……」


「お嬢ちゃんは学生さんかい?」


「いいえ」


「じゃぁ、働いていたんだ」


「それも違う」


「十九歳で学生でもなく働いてもいない……」



 そこはあまり触れないで欲しいところだ。バイトすらしたことがない私に、親は散々バイトぐらいしろとうるさく言っていたんだから。本当に、うるさいくらいにね。



「そうか! 働きたかった!」


「ない!」



 自分でも見事だと思うほどの即答。


 私ってどれほど働きたくなかったんだろう。



「そんなに、力強く即答しなくてもいいと思うけどなぁ。そんなに働きたくなかったの?」



 私は一応のポーズとして、はにかんで見せたけど、働くなんて面倒なこと冗談じゃないよというのが本音。



「そうかぁ、可哀想な子だな」



 仕事が嫌いだったおじさんに言われたくない。



「じゃぁ……。恋人はいたかい?」


「恋人……。」



 私は遥か遠くに目を向けてみた。見様によっては、恋人を思い出して悲しんでいるように見えるかもしれないけど、実際は(そんなものいたっけ?)っと必死に思い出そうと頑張っていた。そして、後頭部の遥か遥か遥か後ろの方で『チン!』。電子レンジが『時間だよ~』と言ってるような音がした。



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