1.おじさんの理由
数年前に書いたものです。
主人公の少女のモデルは娘でして(^^ゞ
娘だったら、こんなときどう言うかな~的な感覚で書いたので、楽しいものになっていると思います。
笑っていただけたら嬉しいです(^^)v
気がつくと私の体が浮かんでる。
「なんで浮かんでいるんだろう……」
自分がどうなったのか、一体何があったのか全く分からない。ただ、これが世に言う幽体離脱なのだということはわかるけど。
「やぁ、お嬢ちゃん。どうしたの?」
どこの世界でも可愛い子に声をかけてくるおじさんというのがいるものだけど、幽体離脱仲間に出会うとは思わなかった。
「どうって言われても……」
「死んじゃったことがわからないの?」
そんなあっさりと死んじゃったとか言われても、わかんないし分かりたくない。
「まぁ、最初はそうだよね。自分が死んだこともわからないものさ」
おじさんは分かった風にタバコを取り出して吸い始めちゃったけど、幽霊でもタバコ吸うんだ。そう思うと妙に興味が湧いて、じっとおじさんを見つめちゃった。
「なんだい、お嬢ちゃん。そんなにおじさんを見つめても、幽霊になった今となっては何もプレゼントできないよ」
幽霊にプレゼントをもらっても仕方がない。というより、自分が本当に幽霊になったのかどうか、それが引っかかる。大体、死んだら天から光が降ってきて『さぁ、こっちですよ、いらっしゃ~い』みたいな展開になると思ってたし。ところがそんなのまるで来ないじゃない。
「それは、お嬢ちゃんが何かやり残したことがあるからじゃないかな」
おじさん、タバコを美味しそうに吸いながら、私の疑問に答えてくれたけど、でもやっぱり分からない。確かに、何かやらないといけないことがあると思うし、やり残したことがあると思うけど。それが、なんなのか全く分からない。
「それが分からないと、成仏できないんだよ、お嬢ちゃん」
そうなのか……。じゃぁ、おじさんも心残りがあるから成仏できないわけ?
「そうなんだ。もう死んでから、人間にしたら十年になるんだけどねぇ。未だに心残りがなんだったのか分からないんだよ」
それって、心残りというのか? 自分でやり残したことがわからないというのなら、それは最早心残りという分類ではないと思うんだけど。
「とにかく、成仏するためにはやり残したことを全部やらないと成仏できないルールになってるから。そこでおじさんも死んだ当初は色々と頑張ったよ」
「どんなことしたの?」
「その日の朝は、雨が降っていた。奥さんが……あ、おじさんの奥さんね」
言わなくても察しはつく。
「奥さんが、傘を渡してくれたんだ。ところが、帰るとき雨が降ってなかった」
「傘を忘れてきちゃったんだ。それが心残り!」
「そうなんだよ。そう思って、傘を取りに行った。しかし、死んだばかりのおじさんには物に触れる力がない。まして、物を動かすことなんて至難の技だった」
そりゃぁ、幽霊が傘を持って歩いていたら、傘だけが浮いてるように見えるだろう。それこそ、ポルターガイストじゃないか。
「じゃあ、いつまでも傘は奥さんに返せないから、ずっと心残りのままなんだね」
それが心残りなら、永遠に成仏は有り得ないということになる。
「いや、その傘は同僚が持ってきてくれたんだよ。で、一件落着」
落着しても成仏できてないということは……。
「ザッツ、ライト! その通り!」
おじさん、日本語にしか聞こえない英語を口走り、満面の笑みで続けた。
「それが心残りなら、見事解決だったんだけどね」
明るいおじさんらしく、成仏できなかったことを悔やんでいないらしい。
「で、もしかしたら唐突に死んでしまったから、奥さんにサヨナラを言いたいのかもしれない。そう思った」
なるほど! その線はありありだわ!
「そこで、おじさんは奥さんの元へと急ぎ、必死に分かって欲しいと頑張った。できる限りの方法を尽くしてみた」
話し方の問題だろうけど、このおじさんの話に吸い込まれる私がいる。
「とうとう奥さんはわかってくれてねぇ。ところが、分かって泣いてくれたが、それでも成仏はできなかった。それなら、子供たちを残してきたことが心残りなんだと思った!」
おじさん、天を仰いで涙をこらえているように見えるけど、幽霊も泣くのかなぁ。
「そこで、子供たちに挨拶した。子供たちもわかってくれた。多分」
多分かぁ……。
「仕方ない、十年も前だからね。子供が小さすぎた。しかし、成仏できなかった」
ここにいるんだから、そうだよね。
「で、更に考えた。もしかしたら、仕事をやり残していることが心残りなのではないか! そこで、会社へ行ってみた。吐き気がした」
「え!」
「俺は会社が嫌いだった」
これって、お笑いの展開?
「そうなると、思い当たることがない。どうしたものかと考えて十年が経ってしまった」
私もこのおじさんのように、悩んで考えて十年が経ちましたなんて、死んでも嫌だから! 死んでるけど。