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三人目のお母さん

父モテる。

それは若い頃に限った話ではなく、現在進行形で子持ちだとしてもモテるのだ。

そう、私達のような大学生と高校生の娘がいても、言い寄って来る女性は後が絶たない。


だがしかし、そんな父だが昔から恋愛経験が少ない。

……少ない、と言うのは語弊があるかも知れないが、それもこれも父の性格のせいだろう。

鈍いというか、恋愛という物自体に興味を示さないがために、相手の好意に気付くことはない。


そんな父が唯一愛したのが私達の母。

だが、母も私が中学生の頃に亡くなった。

元々体の弱い人だったため、風邪をこじらせて、肺炎になって、持病だった喘息が悪化して、と言う感じだ。


母の葬式で初めて父が泣いた。

それほどまでに父は母を愛していて、また、母も父を愛していたのだろう。

人目をはばからずに泣く父を見てそう思ったのと同時に、母がいないことを急激に実感した。


湿っぽい話になってしまったが、何にせよ父が愛せるのは母しかいないし、父を愛せるのも母しかいない、と言う話だ。

だって、その後家に出入りするようになった女がいたが、二、三ヶ月で出て行ったし。

それには私達娘にも原因があるとして。


どちらにせよ、父には気まぐれなところがあるのだ。


いきなり「旅行に行こう!」なんて言い出して、世界各国を巡る旅に出たり、やりたいことがあると言って仕事を辞めたり、終いには「ツチノコ探して来る!」と言って半年ほど帰って来なかったり。

普通の人ならばまず、父の行動についていくことは不可能だ。


そしてそれもやはり、昔からで、母はそんな父に三歩下がって付いて行く、待つことの出来る女だった。

愛があれば、というものなのだろう。

だからこそ、父に添う人間は絶対的に揺らがない愛があって、父に愛されることが出来て、待つことが出来る母のような人だ。


私の考えは、目の前にいる女性を見ても何も変わることはなかった。

どうせ二人目同様に逃げる。

母以外を母と認めることはないけれど。

その女性は私達の三人目のお母さんだった。


「しかも、子連れ」


ぼそり、と呟いた言葉は隣に立つ姉にしか聞こえなかったようで、勢い良く頭を叩かれた。

それに対して、父と女の人とその子供は首を傾げる。


挨拶にもならない挨拶をされて、曖昧に頷いてその場を収めた私達。

私と姉が作った夕食を気に入って貰えたようで、女の人は終始笑顔を浮かべていた。

父と私と姉と女の人とその子供の五人での夕食を終えると、私と姉はいつも通り食器を洗い始める。


だがその横に並んで手伝うと意気込む女の人を見て、私達は苦笑した。

姉がその背中を押してキッチンから引きはがしているのを見届けると、私は私でスポンジに洗剤を垂らす。


「手伝います」


聞き慣れない低く掠れ気味の声に顔を上げると、あの女の人の子供。

子供、と言っても私と同い年のようだが。

男子高校生らしい高身長を見て、舌打ちをしたくなるが適当に笑って礼を言う。

追い返そうかとも思ったが、残念なことに彼の手には既に、もこもこと泡立ったスポンジが握られていた。


お互い無言で皿を洗い続けていると、彼が私を見ていることに気付く。

ずっと、ではなく、何となくチラ、チラ、と間隔を空けてのチラ見程度だが。


「あの、すみません」


「え?」


いきなり謝られて眉を寄せた私。

顔を上げると彼は目尻を下げて笑った。

苦笑にも近い微妙な笑顔。


「普通は嫌だと思いますよ。年頃にもなっているのに、いきなり知らない人間が家に上がり込んで、家族みたいになるのは」


その言葉を聞いて緩く頷く。

食器を洗いながら彼の目を見やれば、不安そうにゆらゆら揺れる瞳を見つける。

彼の言葉は言わば自分の思いでもあるのだろう。


泡だらけになった手で蛇口を捻れば、勢い良く水が出てくる。

手についた泡を流せば、水と泡が交わって渦を巻いて流れていく。

彼の視線を感じながらも、顔を上げることなく食器を水に流す私は、のんびりと口を動かし言葉を紡いだ。


「まぁ、でも、慣れてますからねぇ」


のんびりとした口調で告げれば「え?」と間抜けな声が聞こえた。

汚れと泡が落ちた真っ白な皿の水気を切り、水切り用のカゴに入れる。


「嫌味でもなんでもなく、お父さんはモテますから。本人は気付いてないですけど。前にも父と添い遂げようとした人が居ましたけど、父の奔放さについていけなくて逃げましたよ」


本音を言えばあの女の人だってそうなると思っている。

遠回しにそう言えば、彼は小さく唸った。

反応に困っているんだろう、と思って放っておくと、思い出したかのように手を動かし出す。

別に一人で出来るんだけど。


無言で皿を全て洗い終えると、私はグーッと体を伸ばした。

自分の身長に合っていないキッチンは、なかなかに肩が凝るものだ。

凝り固まった背中に彼の言葉が投げられる。


「同い年だし、タメでいいよ。俺もタメにするから」


何となくだが、今までのは外面だったんだと感じた。

礼儀正しい好青年から、ちょっとだけ嫌味な同級生になった彼を横目で見れば笑っている。


その言葉は純粋に好意によるものか。

または、あの女の人が三人目のお母さんだと自覚させるためか。

……それとも、家族になるためなのかは分からない。

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