お姉ちゃんの恋人のサトシ(仮)
父が連れてきた九官鳥は、返すことも出来ずに我が家の一員になりました。
理由はあの後帰って来たお姉ちゃんが、九官鳥を可愛い可愛いと騒いだから。
私は猫が好きなんだけど、という言葉を飲み込んで夕食の準備をしていた。
それから数日後。
頭痛が酷くて早退してきた私を、九官鳥の「九ちゃん」に出迎えられた。
命名したのは父だが、安直すぎる。
私を見つけると覚えたての言葉で「お帰りお帰り」と言うので「ただいま」と返しておく。
成程、一人暮らしをする人が動物を飼うのは、家で待っていてくれる存在が欲しいからか。
痛む頭で解釈をすると、九ちゃんの水入れをキッチンへ持っていく。
がさごそと薬箱を漁って、頭痛薬を取り出してから、水入れとコップに水を注ぐ。
頭が痛いとどうにも眉間にシワがよる。
ガラスのコップに反射して映る私は、物の見事に不機嫌そのものという顔をしていた。
薬を飲んでからシンクにコップを置く。
部屋に戻る前に九ちゃんの水入れを元に戻せば、クリッとした目を向けられる。
だが、残念なことに私は具合が悪いので構ってあげられない。
そそくさと部屋に戻り、固い素材のブレザーを脱ぎ捨てる。
後で掛ければいいだろう。
シワになったならアイロンをかければいい。
ブレザーやスカートがシワになることを気にしながらも、納得のいく理由を適当に並べながら目を閉じた。
***
目を覚ましたのは物音で、だった。
薄暗い部屋で、枕元の時計を手探りで探し当てると視線を落とす。
やばい、もう六時になる。
寝起きで回らなかった頭が一気に覚醒して、ベッドの上で飛び起きた。
そして勢い良くリビングへ駆け込むと、お姉ちゃんと男の人がいて、物凄く顔の距離が近かったため、足を止めて顔を引き攣らせる。
振り向いたお姉ちゃんは「しまった」という顔。
その数秒後にはご近所迷惑な悲鳴を上げた私がいた。
それから更に数分後には、フローリングの上でお姉ちゃんと男の人を正座させた私。
口から出る言葉は不純異性交遊についてだ。
我ながら何を言っているのかと思ったが、混乱していてどうにもならない。
そしてタイミングがいいのか、悪いのか扉の開く音がした。
父が帰宅したようで、お姉ちゃんは眉を下げている。
私はシワのついたスカートを翻し、リビングから廊下へと顔を覗かせ父に声をかけた。
「お父さん聞いてよ!!」
お帰りも言わない私に、何かあったのかと首を傾げた父だが、リビングに入ると柔らかな瞳が大きく見開かれた。
その瞳に映っているのはお姉ちゃんの恋人。
「お姉ちゃんの恋人のサトシさん」
「いや、名前違うから」
私が勝手に紹介すると、お姉ちゃんが素早く突っ込んでくる。
サトシさん(仮)は困ったように笑ったが、私はまだ許してないからな。
お姉ちゃんが改めて紹介しようとするが、私がそんなことを許すわけもなく、割り込んで先程の状況を説明する。
すると、お父さんはやっと二人が正座したままなことに気付いて、また、目を丸くした。
マイペースだがお父さんは私達のお父さん。
話し終えると目を閉じて開く。
口元だけの笑みが怖かった。
「先ずは手紙交換か交換日記から始めなさいね」
だがしかし、父は父。
その口から出る言葉はいつだって私達の予想を大きく裏切る。
いい意味でも、悪い意味でも。
私とお姉ちゃんは呆れ顔だが、サトシさん(仮)はパチパチと瞬きをして父を見た。
項垂れる私を見て、お姉ちゃんが同情の混じった視線を送るが、取り敢えず不純異性交遊していたことを謝れ、と言いたい。
折角治まっていた頭痛が復活しそうで腹立たしいことこの上ないな。
「お姉ちゃんを宜しくね。サトシくん。……まだ嫁には出さないけれど」
にっこり笑顔で言う父だが、まだ目の奥が光っているところを見ると、牽制はしておくようだ。
何だかんだで親馬鹿なところがあるのだろう。
ぼんやりと様子を見ているとお姉ちゃんが「サトシじゃないってば!」と叫んだ。