父が九官鳥を連れて帰って来た
授業道具なんて一切入っていない、それなのに何故か膨らんだ黒い革のスクールバッグを肩に引っ掛け、ガチャガチャと家の鍵を開けた。
後ろ手で扉を閉めて、靴を脱ごうとすると家の奥からバタバタと足音がする。
「お姉ちゃん、講義なかったの?」
家にいるのは姉だ。
そんな先入観、というか勝手な考えで声をかけると「え?」なんて、女の人にしては低い声。
下げていた顔を上げれば、いると思っていた姉の姿はなく、不思議そうに首を傾げる父の姿があった。
緩い部屋着の父を見て、嫌な考えが一気に押し寄せる。
そして勢い良く靴を脱ぎ捨てて、父の胸倉に掴みかかってしまう。
「何してるの?仕事?え?サボり?首?ねぇ?」
私達の父は人とは少し違う。
価値観というか、考え方というか、普通とは少しだけ違っていて、私達には理解し合うことをしたりする。
過去にも「やりたいことがあるんだ」ととってもいい笑顔で、会社に辞表を提出したことを語った父を、本気で殴ろうとしたことがあった。
それくらい、勢いや思い立ちで動くのだ。
父の座右の銘はきっと「思い立ったが吉日」だろう。
私の剣幕に驚いたように目を丸めた父だが、その後ニッコリと笑った。
ずるり、と音を立てて肩に掛かっていた鞄がズリ落ちる。
「仕事が早く終わっただけだよ」
笑顔でそう答える父に私は脱力。
この人は私が胸倉を掴んだくらいじゃ怒らない。
口が悪くたって特に何も言わない。
育児放棄とかではなく、単純に怒るべきところとそうでないところで差が出ているだけ。
力の抜けた私はゆっくりと手を離し、脱ぎ捨てられた靴を揃えた。
そしてズリ落ちた鞄を掛け直して「ただいま」と、遅い帰宅の挨拶をする。
そうすれば父は柔らかな笑を見せて「お帰り」と返してくれた。
父の雰囲気に飲み込まれて、ほのぼのとした空気が流れようとしたが、残念なことにそれは無理だったようだ。
リビングから何かが倒れる音がした。
お姉ちゃんはいないはずだが、ならば何故そんな物音がする?
あらー、と今度は眉を下げて笑う父に、私は眉を寄せる。
そしてお気に入りの黒猫のスリッパを足に引っ掛けて、リビングへ向かう。
そして見つけたものに目を見開いて、固まった。
リビングにいたのは鳥。
三十センチくらいの黒いに黄色いくちばし。
流石に鳥について詳しくない私でも、それが九官鳥だということくらい分かった。
分かったけど、何でその九官鳥が我が物顔でリビングに居座っている理由が分からない。
「買っちゃった」
語尾にハートが付きそうな声で言う父を、殴りたいと思ったのはいつぶりだろうか。