第八章 大規模催眠魔術
「ゲハッ!ガホッ!」
吹き飛ばされた衝撃で、肺の空気がすべて外に出ていったのが分かった。
左腕は折れ、出血のせいで目元もくるってきた。
「ッチ。化け物を殺してさっさと帰る予定がよぉ。なんでてめぇみたいなやつで、手こずらなきゃいけねぇんだ」
対するカッペイも傷こそ追っているものの天村ほどではない。
(くそ。魔術ってのを使われたら、俺にはどうしようもないのか?)
ハンデがありすぎる。
人ひとり分の槍を軽々と振るカッペイに対して、こぶしの天村でも十分なハンデになりうるのに、おまけでカッペイは長距離もいけて、破壊力抜群の魔術を使ってくる。
時計がないから時間が分からないが、30分は立っているはずだ。
なのに、サイレンの一つも聞こえてこない。
刑務所まで爆発音が届いたとは当然思えない。
だけど近くの住民たちが呼んでくれてもいいはずだ。
「あー、一応言っとくけどよぉ。この付近のやつらはてめぇ以外全員眠らせてるから、誰かが軍とか呼ぶことはねぇから。・・・・・つっても化け物には効かないのはわかってたけど、てめぇとなんでいるかわかんねぇあいつにも、効かなかったのは予想外だな」
「余裕だな」
「まぁな。てめぇ1人なんてもう少しでつぶせる」
「だってさ」
今のは、明らかカッペイに対しての言葉ではなかった。
この付近で眠っていないのはこの男と、化け物とあの女だけのはず。
「ハスナ」
わざとカッペイの後ろのほうを見ながら天村は言う。
少しでも振り向いた瞬間に殴り掛かって、槍を奪い取れば少しでも形成が逆転することを祈った。
カッペイが振りむいた瞬間走る。
「バカかてめぇ?そんな見えすぎた罠に引っかかるやつが、どこにいると思ってやがる」
(・・・・ッ。まず・・・い)
気づかれてた。
カッペイはわざと振り向いて天村が突っ込んでくるのを待っていた。
「確か左腕折れてたよなぁ?今度は右腕がいいかなぁ?くそ野郎!」
止まれない。
勢いをつけすぎた足がすぐ止まってくれない。
いや、もし今すぐ止まれても槍にたたかれるだけか。
賭ける。
あの槍が届くより早くこぶしがカッペイに届くのを。
吹き飛ばされた。
カッペイにではない、別の何かが目の前で爆発した。
「・・・・ッ!」
吹き飛ばされた勢いでか、背中を強く打ち声にならない悲鳴をあげる。
「ってぇーな。化け物」
首を動かすとさっきまで天村がいた場所には、燃え上がる車が1台真っ二つに切られていた。
「違う。私は化けものなんかじゃない!」
声の主を見つけたが一瞬それがハスナだと認識できなかった。
羽や尻尾などがないからわからなかったのではない。
むしろそっちのほうが見覚えがあるから、そっちを見間違うことはない、はずだった。
明らかに最後にあった時と違う。
一番目立つのは持ち上げている車だろうか。
(まさか、あれを投げたってのか?)
「てめぇが化け物じゃない、だ?何バカなこと言ってんだ?魔力をつかえないやつに爆発する物投げるやつじゃなかったらいったい何になるってんだ、化け物」
天村は声が出せなかった。
爆風で飛ばされたのが思いのほかダメージになっていたのと、何を言ったらいいのかわからない。
「違う。違う違う違う!!!私は化け物じゃない!」
ハスナが腕を振るとカッペイに向かって車が野球ボールみたいに、しかし確実に殺すために飛んでいく。
爆音に思わず耳をふさぎたくなるが、痛んだ体がいうことをうまいこと聞いてくれない。
「これが化け物じゃなかったらすべての世界がどうかしちまうってよ。なぁ?この世界の住民よ」
ハスナの視線が天村を見つめる。
「・・・・海、斗。お願い違うって言って。私のこと人間って」
(ああ、そうか。こいつは、)
「とんだ化け物だよ」
「・・・・・かい、と?」
「っく、くははははっ!おもしれぇ、すがってきたやつに、逆のこと言うなんてさいっこうに面白れぇな、てめぇ」
「なんて化け物だよ。俺は」
「は?」
がれきをどきながらハスナのもとに歩いて行こうとするが、左足が動かないことに気が付いて動けなかった。
「何、言ってるの?海斗」
「俺がお前よりよっぽど最低だってことだ。せっかく助けに来てくれたのに、お前のことを今怖いと思ってる」
ハスナの頬に涙が流れているが、かまわずに続ける。
「もし生き残れたとしても、これからずっとお前のことを怖いって思うかもしれない」
「・・・・いや、それ以上・・・・いわない、で」
かな切り声で叫ばれ、しゃがみこんでしまった。
最低なことを言ったのは自覚している。
だけど、もう一言だけ言いたかった。
「だけどな、俺はお前のことを1億人殺したとか、バカみたいな力とかでなんて怖くない」
「・・・・・」
「お前が、生き延びれる可能性が少しでもあるほうを捨てた、無鉄砲さに怖かったんだ」
「無鉄・・・砲?」
「だから、今は一緒に生き延びたい。そして、お前が無鉄砲に死にやすい道を選ばないようになるまで一緒に俺がいる!俺が近くにいる限りお前が誰かをなんかの拍子で殺そうとしても、全力で止めてやる!」
無理だよ、とハスナは首を横に振る。
「私と君の基本スペックが違うし」
「だったら俺がお前より強くなる!」
「私命狙われてるし」
「だったら全員ぶっとばしてやる!」
ハスナが笑った。
それは、ハスナが母親以外に初めて見せた本当の笑顔。
天村は心に決めた。
この笑顔は守りきると。
「なぁ、もうお見合いは終わりでいいか?続きをしたいならあの世でさせてやるからそれで文句ねぇよな!」
カッペイの凶悪な笑みとともに、ハスナが動いた。
近くに転がっていた石を適当にハスナが拾い、カッペイに向けて投げつける。
それだけの動きだったが天村には目で追いつくのがやっとだった。
早い。
何の予備動作もなくメジャーにスカウトされるであろう時速でハスナの石ころは飛んでいったのだが、カッペイはそれを難なくかわす。
「魔術が使えない化け物は、石遊びってか?そいつのせいで疲れてるんでなぁ。てめぇらこの地域まとめて吹き飛ばしてやんよ!」
そういうとカッペイは30メートルほど飛び上がると、落下することなく宙に浮く、いや背中の翼のが鳥のように羽ばたいている。
「ちょっとまずいかも」
隣に寄ってきたハスナの顔が渋い。
「あいつ何する気なんだ?」
「・・・・えーと・・・・・・」
ハスナは正直に答えるべきかごまかすかで悩んでいる感じだ。
「教えてくれ。何も知らないうちに死んでるってことだけは嫌だから」
「後悔しない?」
そうこう話しているうちに、カッペイの周りに何やら紫の光が集まりだしている。
「あいつは神器の力と、殺しまくって手に入れた魔力で、この地帯周辺を私たちもろとも消すつもりなの」
「何言ってんだよ。そんなことされたらほかのやつらまで!」
「・・・・・賭けてみる?」
ハスナの顔がいたずらっ子のようになっているが、今はそれにかまっている暇はない。
「俺に何かできることはあるのか?」
「君の力がなかったら無理なことだよ。昨日私の命を救ってくれた力」
それを聞いて天村の顔がどんどん曇っていく。
「無理だ。あれは1日1回しか使えないんだ」
「海斗ならできるよ」
なぜ、ここまでハスナはこんなにも自分のことを、信じようとしてくれてるのかわからない。
気が付けば紫の光は黄色へと変色している。
「あと5分ってとこかな」
5分。
それが自分たちの命のタイムリミットだといわれたのに、不思議と恐怖がわきてこなかった。
それどころかどうにでもなれという気持ちにもなってきた。
「昨日のやつをお前に使ったらいいのか?」
ハスナは返事をせずコクンとうなずく。
ハスナがなぜ、天村の力を必要としたのか天村の知る由ではない。
だから、今は聞かないことにした。
「生き延びれたら、この世界のこといっぱい教えてね」
「その時はちゃんとご飯も食えよ?」
二人で微笑した後お互いにカッペイを見る。
いよいよ黄色の光が赤い光へと変化していた。
「じゃ、いくぞ」
天村がハスナの背中に手をのせ意識を集中し始める。
天村自身この力のことをよくわかってはいないが、この力のおかげで命が助かるならなんだっていい。
いつも以上の力の減り用に失敗したのかと思ったが、すぐ違うことが分かった。
ハスナに尻尾が生え、翼が現れた。
「こうなってもおなかが苦しいのは消えないか」
天村が手を放すとハスナも翼を使いカッペイに向かって一直進で突っ込んでいく。
なんか、飛び立つ前にどうでもよさそうなことが、聞こえた気もしたが気のせいだろう。
「おいおい。化け物に魔力は戻らねぇって話デマだったのか!?」
初めてカッペイの顔に焦りが現れた。
「私たちも死にたくないから、あなたをとっととつぶすけど文句ないよね?」
ハスナが右腕をかざした瞬間、今までカッペイの周りにあった魔力の塊が消滅した。
「うそ・・・・だろ?今のどんだけの魔力だと思ってんだ!俺のほぼ80%使ってんのをなんでそんなすまし顔でけせる!?」
「あなたが弱いから」
そっけなくそれだけを言ってやると、魔力でカッペイの腹を貫き終わらせた。




