第七章 5000万人殺した男と化け物
ハスナはあの後すぐに布団にもぐりこんでしまった。
ハスナの言ったことが本当のことなのか、天村には確認する方法はない。
けど、何が嘘で何が本当かは天村からしては、どうでもよかった。
(ファミレスであの男は、魔術とかでハスナのことを殺そうとしていたよな。もし、ハスナの話が本当だったらまたあいつみたいなのがくるんじゃないだろうな)
もしそうなったらと思うとぞっとする。
肩のあたりに何かが触れたのだが、考えに集中していた天村は気が付かなかった。
(あんな化け物みたいなやつがまた来たら・・・・・)
ここで無意識のうちに、あの紫の光を受けたハスナのことも化け物というくくりに入れてしまった。
「やっぱり君も私のことがこわいんだね」
「っ!・・・・・・・寝てなかったのか?」
ハスナの今にも消えそうな尻尾が方に触れていた。
一瞬でもハスナのことを化け物と思ったことが、ハスナ本人に知られてしまった。
無言で尻尾を天村から話すと、玄関のあるほうに向かいハスナが歩いていく。
「・・・・いくあてあるのか?」
「ない」
ハスナは、振り向かずに返事をする。
「あるわけねーよなぁ。俺と同種の化け物にはよ!!」
声と同時に天村の部屋が、爆音とともに、木っ端みじんに吹き飛んだ。
比喩ではなく、実際にだ。
「あーあー、ひっさびさに魔術使うとやっぱ制御できねーなぁ。生きてんのかぁ?」
ついさっきまで天村の部屋だった場所に、一人の男が落ちてきた。
天井など貫いて落ちてきたというのに、傷が一つも見られない。
「なにっ!今の音!?」
草野が音の原因を確かめるために、窓を開けて叫んでいる。
「・・・・・あなた、誰?天村君をどうしたの?」
草野は男の右手にあるものを見て顔を青くしていた。
長さ2メートルの人を殺すのに十分すぎるほど、鋭い槍が握られていた。
その槍は神力が宿っているといわれていた。
その槍を使えるものは、すべての世界を回っても一人しかいないといわれていた。
その男は、最強の男の一人といわれていた。
その男は、5000万人を殺したといわれていた。
その男は、カッペイ・アンダシュタインと呼ばれていた。
カッペイ・アンダシュタインの魔術による、攻撃を核を破壊され、魔力を失ったハスナの人生は、終わっているはずだった。
カッペイ・アンダシュタインが行ったのは、実にシンプルな魔術だった。
ハスナのいた部屋を丸ごと吹き飛ばし、なおかつハスナを確実に殺せる威力の魔術をはなったのだ。
部屋を丸ごと吹き飛ばす魔力がいくらこようが、本来の彼女なら真正面からあたろうが、かすり傷一つおわないだろう。
だが、今は核が破壊され魔力もほとんどない状態だ。
そんな状態で、部屋を一瞬で壊すほどの魔力をくらえばひとたまりもない。
だから、ここでハスナ・フローリエという1億人もの人間を殺した大罪人は死ぬはずだった。
だが、たったひとつだけだがカッペイの計画外のものがあった。
その男は、カッペイの魔術がはなたれた瞬間ハスナを抱きかかえ、窓から飛び降りていた。
その男は、数秒前まで自分の部屋だった場所を見上げていた。
その男は、2人の人物を見ていた。
その男は
「何してやがる」
「あーあーあー。また目撃者ふえちまったよ。ったく・・・・・・・」
「放せ」
「あぁ?」
その男は、同級生が槍を持った男に首を絞められるのを、見て怒っていた。
「放せって言ってんだろうが!お前が何者かしらねえけど、俺の友達を殺そうとしてんじゃねえぞ!」
天村は無意識のうちにジャンプしていた。
天村の部屋は、地上から3メートルの位置に存在していた。
人を1人抱えて飛び降りたというのに、足をくじいていないのは奇跡だったかもしれない。
つまり、ただの人間である天村が、自分の計画に影響はないとカッペイは勝手に決めていた。
油断している相手は殴りやすいものだと、天村は思った。
届いていた。
天村の拳がカッペイの腹に食いんだ。
「げはっ!がほ、がほっ」
吹き飛んだ。
数メートルだが確実にカッペイは宙を舞っていた。
「ちょっとまってっ!落ちてるこれっ!」
首をつかまれ、窓の外に体が出ていた草野が支えを失い、頭から地面に落下していた。
「っ!つかまれ!」
自分の部屋に着地した天村が手を差し出したが、つかめなった。
「ありがとね。天村君」
下敷きになってでも、飛び降りて草野をつかもうとした天村だったが、行動がとまった。
ドサッ
そのまま草野は地面に激突した。
暗さでちゃんとは確認できないが、3メートルの高さから頭で落ちたら助かるとは思えない。
「あー痛かった」
「お前のせいで・・・・」
天村はゆっくりと振り返りながら激怒していた。
「お前のせいで草野は・・・・・・殺す!!」
走りかかっていた。
「おっと」
「っ!」
槍を横に薙ぎ払っただけの動き。
「がっ!」
それを左腕で受けた瞬間、壁にたたきつけられていた。
「悪い悪い。この世界の奴らが貧弱だってことわすれてたわ。骨の一本でもいったんじゃねぇのかぁ?」
カッペイの言う通り、左腕からは痛みが走り、動いてくれない。
天村が時計を見ようといつもの壁を見るが、時計が消えている。
見渡せば部屋にあったものほとんどが、元の形をしていなかったり、無くなったりしている。
天村の足元には、ハスナのために作ったご飯が散らかっていた。
「っ!・・・ハスナ大丈夫か!?」
壊れた壁から地面を見下ろすが、草野と同じように姿は確認できない。
下におり確認するために玄関に向かおうとしたとき、
「いま、ハスナって大罪人の名前叫んだのか?」
そこで天村の足が止まった。
「ハスナが大罪人だと?」
「知らねぇのかぁ?あの化け物がしたことをよぉ」
「しってる」
「なら、てめぇは大罪人を殺す側ってことでいいんだな?」
笑っている。
何がおもしろいのか天村には理解ができない。
ついでに言うと、カッペイの右腕は天村のほうを、正確には槍を天村ののど元に向けている。
YES以外をいえば即殺すとでも言いたげな構えに、背筋が凍る思いだ。
「お前は・・・・・・殺す側なのか?」
「ああ。もしてめぇがじゃまするってんなら、てめぇごと・・・・・いや、この世界を壊す覚悟で、あの大罪人を殺す!」
世界を壊すとかよくわからない言葉があるけど天村にも伝わて来るものがある。
(本気だ)
理由は何か知らない。
けど、冗談抜きでこの男ならハスナのこと、邪魔をした人間も殺しそうだ。
「大罪人だからって、人を・・・・子供を殺すってのか!?」
「っは!ハスナって野郎が大罪人だろうが、そうじゃなかろうが俺には最初からどうだっていい話だ。何しろあいつを殺しさえすれば、守りたいものがすべて守れるんだからなぁ!」
「ハスナを殺すのが守りたいものすべてを守れる?」
カッペイとの距離を測りながら天村は問いかける。
天村がハスナを殺す理由はみじんもない。
だから天村は少しでも時間を稼ぎ、ハスナが逃げる時間を稼ぎたかった。
「そうだ」
返事は一言だったが答えてくれた。
「もう一つ、聞いていいか?」
「てめぇ、俺に質問してる間に、あの大罪人を逃がすなんて考えてねぇよな?」
「・・・・っ!!」
額から今までに感じたことのないような、嫌な汗が流れてきていた。
「もしそうなら、今すぐにてめぇをぶち殺して、あの大罪人をぶち殺す」
怖い。
槍を向けられていることでの恐怖こそ大きいが、カッペイの重圧が痛い。
「どっちだ。あいつを殺す側なら、俺の気が向いたらてめぇのことは殺さないでおいてやる。もしそれ以外なら今すぐに殺す」
「っな!ハスナを殺す手助けを俺がしろってのか!?」
「生きる可能性が少しでも伸ばしたいってならそういうことだな」
二択。
殺す側につけばこの男は生き延びる可能性が少し伸びるといっている。
どこまで本当なのかわからないが、すこしでも生き延びれる可能性があればそれを選びたい。
逆にそれ以外、例えば守ろうとしたら殺すとこの男は言っている。
確かに天村の部屋を吹き飛ばした時のようなものをまともにくらったら即死なのは、魔術をほとんど知らない天村でもなんとなく予想できる。
「で、どっちだ?殺す側か守る側か」
カッペイは笑っている。
まるで天村がどっちを選ぶか予想できるかのように。
「俺は・・・・・生きたい」
「はっはははは!すなおだなてめぇも」
想像した通りに返事だった。
なぜか笑いが込みあがってきた。
だが、その笑いは唐突に止まった。
原因は天村だ。
「俺はハスナのことをもっと知りたい」
「は?」
なぜ今から死ぬ人間のことをもっと知りたいんだ?
初めて人を殺す手助けをする相手のことだから。知りたいって言っているのならわかるが、ならどうして魔力にも似た力があふれ出しているのだ?
そもそもこの世界には魔力を持った人間が一人もいないはずだ。
「てめぇ・・・・・・なにもんだ・・・・」
いや、もっと根本的なところが違う。
確かにこの男、天村と呼ばれた男はこの世界の住人のくせに魔力にもよく似た力を放出している。
「ハスナのことを、殺したくなんかない」
「なんだよ、てめぇ・・・・・・なんで神力を身に宿してるんだ!?」
その瞬間、天村のこぶしとカッペイの槍が交わった。
ハスナ・フローリエは走っていた。
なぜだかわからないが、さっきからずっと胸の奥でよくわからない感じがするのだが正体がつかめない。
「さっきはありがとね」
「たぶんあの場合、感謝より謝るほうが優先だと思うんだけど」
草野の感謝に皮肉をこめてやる。
頭の上に降ってきて気絶させられそうになったやつを、そうそう許せるほどハスナの器は大きくない。
だけど、いらだちはそこまで感じていない。
もっと別の、何かよくわからない感じがして、そればかりが気になってしまう。
天村の部屋が謎の人物に襲撃されてから、草野の話だと30分ほどたったようだ。
「天村君これからどうするのかな。部屋壊されちゃってるし、両親も遠くに暮らしてるみたいだし」
ずいぶんのんきな心配事だと、思わず笑ってしまう。
家がなくなるぐらいで生き延びれたら、ものすごくいい買い物だ。
(おかしい。私を殺しに来るようなやつだったら、一度確認した相手の場所ぐらいすぐ特定できてもおかしくないはず。・・・・・・それか、遊ばれてる?)
天村が魔術師と戦って今生きているはずがない。
ハスナは走り出してから10分ほどでそう決定づけた。
「ね、ねえ、ちょっと待ってよ」
振り返ると膝に手をついて草野が息を乱していた。
無理もない、ハスナは少ししか飛ばしていないつもりだったのだが、魔術をつかえなくなっても、肉体的強さはこの世界の住人と比べても歴然としているようなものだ。
たとえば、オリンピック100メートル優勝者と幼稚園が競争してどちらの身体能力が上か、そんな感じのものだ。
ハスナは少し飛ばした程度で走っていたが、草野にとっては全速疾走に近いものだ。
それで30分も走っていたのだから動きが止まっても何ら不思議はない。
「ここで止まりたいなら好きにして。あいつに見つかったら殺されるだろうけど、私には・・・・・関係ない」
まただ。
天村を死ぬとわかっていた場所においてきたと思った時も、同じように胸の奥が変に痛んだ。
「死ぬって、もしかしてあの男の人私たちを殺しに来てるの?」
さっきは無駄な説明で、余計なことを聞かれるのを防ぐために適当にごまかしたが、今度は本当のことを話す。
「そう。さっき言ったことは全部うそ。料理つくってて爆発したとか、あなたの首をつかんだ人は私の友達で、荒っぽい人とか、全部うそ。あいつは私を殺しに来た。そして、そして・・・・・海斗は多分もう殺されてる」
「嘘だよ・・・・・そんな嘘全然面白くないよ」
「嘘じゃない!」
「嘘っていってよ!」
いつの間にか雨が降ってきたが気にならない。
もっと別のことで頭がいっぱいになっていた。
目があつい。
雨と混じって最初わからなかったけど、ハスナは自分が泣いていることを認識した。
「海斗のせい・・・・・」
「?」
前に聞いたことがあった。
人間つらいことがあると胸の奥が痛くなるって。
もしそうなら、全部海斗のせいだ。
海斗を見殺しにしたって思うとすごく痛くなる。
理由は一つしか見当たらない。
(初めて私に暖かい言葉をかけてくれた)
だから、勝手に考えてることをよんだとき、海斗が化け物と一瞬でも思ったとき、ものすぐごくつらかった。
「あなたは誰なの?最初あなたを見たときは、お尻の上のほうに尻尾みたいなのあったのはなに?」
何かを疑ってる目だ。
明らかに草野は、ハスナに対して敵意を持ち始めてきている。
「・・・・・私は・・・・・・・・・ずっと、化け物って呼ばれてたから、多分、化け物」
こんなことをなぜ言ったのかハスナ自身わからなかった。
もしかすると、自分は化け物じゃないと誰かに認めてほしかったのかもしれない。
「あなたのことは知らないけど、あなたは天村君とは違う化け物だよ。天村君は生まれながらあんな意味わからない力を持ってきたのに、化け物って言われてた。でも、あなたはあの男が危険な人だってわかってたのに、天村君を置いてきた!そんなの・・・・・同じ人間にはしてほしくないよ・・・・・・」
否定された。
海斗に暖かい声をかけられて少しは自分も人間だって思えてたのに、否定された気分だった。
理性が保てなくなった。
「うるさい!何が化け物だ!何が同じ人間でいてほしくないだ!ふざけんな!だったら証明してやる!!海斗を助けて殺すことしかできない化け物じゃないことを!!」
草野が何か言おうとしたときにはすでに走っていた。
すべて終わった。ハスナはそう思った。
今までと全く同じ。
化け物と強く言われたら気が付いたら体を動かせなくなって、声も出せなくなっていた。
ようやく声が出せるときには・・・・・・・その世界で人間が後10人ほどのときだ。
今も全く同じだ。
そう。化け物と呼ばれ続けてきたハスナ・フローリエが降臨した




