第五章 ヒーローはこない
「な・・・・んで、君の核は、破壊されたんじゃないのか!?」
「確かに破壊されたね」
男の質問にハスナは即答する。
だがそれだと理屈が合うはずがない。
「核は破壊されたら魔力を補うことができない。だから魔力の象徴の尻尾や翼とかがあるのがおかしいって言いたいんでしょ?だけど考えてみたら簡単じゃない」
「なにがだ」
はぁ、とハスナはまだわからないのかと言いたげにため息をつくと動いた。
動いたとわかったのはハスナだけだったのかもしれない。
気が付いたときには、男の腹から赤黒いものが出てきている。
「え?・・・・・が・・・・ガハッ」
「核が破壊されて生き残ってた人間が今までいなかったんだから、魔力を補充する方法がないなんて誰にもわかるはずがなかったんだから」
男はほとんど聞いていなかった。
集中していないと今にも意識が失われそうだ。
「が・・・・はぁ・・・はぁ」
「ま、この魔力も減る一方で留めとけないのが問題なんだけどね」
「減る・・・いっぽ・・・?」
その言葉が真実だというように翼がどんどん小さくなってきている。
わざわざ自分の弱点になることを敵に教えるのはよほどの間抜けか、そいつがもうすぐ死ぬときぐらいのものだろか。
この場合、後者だということは戦いなれたものならすぐにわかる。
男はそうだとわかっていとこからして戦いなれている部類に入っているが、天村はわかっていない様子からすると、戦いなれていない。
だからおかしかった。
ハスナが腕を何もせず男の腹から引き抜いた。
これだけでも、普通の人間なら致命傷となり、時間がたつと多量出血で死ぬだろう。
だが、今すぐにはなかなか死なない。
現に天村も同じような致命傷を負っているが、まだ生きている。
「そう不思議に思わないでもいいんじゃない?あなたも少しでも長くいきたいでしょ?ま、早く殺せってなら殺してあげるけど」
ハスナは手についた血を振り落とそうと何度か振るが、落とせなかったらしく、あきらめて天村の倒れている所まで歩くとしゃがみこむ。
「結構でかいなぁこの傷」
ハスナが何やら言っているが天村の頭にはいってこない。
多量出血によって思考能力もあやふやになっているせいもあるが、もう一つの理由があった。
天村の位置だとぎりぎりだが尻尾の生えた男の手が見える。
その手は血まみれだが紫の光を宿しているのが見える。
「が、がはっ、がはっ」
それをハスナに伝えようにも喉に残っている血のせいで上手くしゃべれない。
このままではハスナが、そう天村が思ったとき無造作にそれは発射された。
その紫の光はハスナに吸い寄せられるように、一直線にハスナの背中目指す。
天村は必死に訴えかけようとするが上手く言葉がでない。
そして、紫の光は男の意識が消えると同時に、ハスナの背中に直撃し、爆発した。
「・・・・・っ!!」
天村は声にならない悲鳴を上げていた。
あのこの世界の住人なら一撃で致命傷となる紫の爆風に巻き込まれた。
正確には、天村が腹にくらった数十倍の大きさを、天村の傷を確かめるようにかがんでいたハスナの背中に直撃したのだ。
その時貫通せず爆発したのは、あまりの大きさで爆発したのだと思ったがそれは違った。
ハスナはそこにいた。
爆風で飛ばされた天村と違い、あのこの世界の住民を一撃で葬れる紫の光をもろにくらってなお、一ミリたりとも動いていない。
それを確認する前に意識を失った尻尾の男は幸運だったかもしれない。
誰だって自分の最高の技をくらって、ケロッとするようなやつを見たくはないはずだ。
「お前、大丈夫なのか?」
ふと気づいた。
声が普通に出る。
それに、
「ない?」
天村は腹に手を当て強く押し当ててみるが、痛くない。
それどころか、傷跡は残っているものの、傷は完全にふさがっている。
「俺と同じ?」
「君の魔術とは質が全く違うよ」
「・・・・まじゅつ?」
あまり聞きなれない言葉に首をかしげる。
「なんで今ゲームの話が出てくるんだ?」
「ゲームって何かの儀式術式のこと?」
話がかみ合わない。
そもそも天村とハスナの住んでいる世界は全く別なわけで、お互い自分の世界の感覚で話が合うはずがない。
天村は、魔術が全くない科学でできた世界。
反対にハスナは、科学でできたものがすべて魔術で補われた世界なわけだ。
「ところでさ。お前大丈夫なのか?あんな化けものみたいなのもろにくらってたけど」
と、言いながらハスナが紫の光を受けた地点を見る。
地面は数メートルえぐられ、何十メートルか先までアスファルトの破片が飛んでいる。
「あのぐらい今の私にはなんてことないよ」
「あれがなんてことないって、お前人間か?」
「だったら君の魔術こそ何?傷が完全に治るほど高度な治癒術を使ったにしては、から何変化はないし、そもそも治癒術で服は治らないはずだよ」
「魔術ってもしかしてあの紫の光とかのことなのか?」
天村は事実確認のため一応尋ねてみる。
「そうだけど?・・・・・って、私の質問に答えてよ」
「待ってくれ。事態をいろいろ考えたい」
天村海斗は少し変わっているが、ごくごく普通の高校生だ。
そして、目の前にいるのは翼(どんどん小さくなっているが)と尻尾をはやした、魔術を使う謎の少女。
ピーポーピーポー
けたましいサイレンの音がどんどんこっちに向かってきている。
考えるまでもなくパトカーだ。
「まずっ!」
「何か忘れ事?」
「馬鹿かお前!パトカーだろが!逃げるぞ!!」
天村はハスナの手をつかみ逃げようとするが動かない。
というより、ハスナが天村に手をつかまれたままパトカーの群れに歩いている。
天村が高校生なのに対して、ハスナは命を狙われた魔術を操れる存在だ。
「なにしてるんだ?・・・・・まさか出頭?」
「出頭の意味は分かんないけど、逃げないといけないなら、そいつらをつぶしたほうが楽じゃない?」
返事をしようとしたがやめた。
この手の奴には何を言っても自分の信念を貫き通しそうだ。
(重くないといいけど)
そう思って天村はハスナから手を放すと、脇と足に手を回す。
「へ?・・・・なにして、って、ちょっとまって」
そのまま持ち上げる。
抵抗されたがそれは無視して走る。
パトカーどもに捕まれば下手をすれば、殺人未遂だ。
高校生で人生終わらせたくないと、天村は本気で思う。
デマヤサリア界
「で、あやつはどうだった?」
氷のように冷たい声が広場に響きわたる。
男の名は、ディサイロン。
この世界の王と同時にハスナを襲った男を仕向けた男だ。
だが、何か変だ。
「か、核を破壊したハスナ・フローリエですが、何らかの手段により魔力を補充し、完全ではないですが魔力を取り戻していました」
男の声は震えている。
魔力もそれほどない彼など、補充はいくらでもある。
「まぁ、そうおびえるな。そうおびえなくても今後そなたを殺そうとなど考えはせぬ」
「・・・・え?」
予想外の言葉だ。
今まで同僚が何人もこの男によって死ぬとこを見てきた。
それなのに王は、いくらでもきく男を『今後殺したりはせぬ』となぜいう?
「それと、ハスナ・フローリエ偵察に向かった男は敗北したとのことです」
生きているか死んでいるかは、男は伏せておいた。
ハスナ・フローリエの前に立ったものが生きているとは到底思えなかった。
「そうか・・・・」
あの男の名前こそ王は知らないが、戦いに関しては有能だったと記憶している。
「魔力を回復したといったな?」
「は、はい」
ハスナの核が破壊され、自分で魔力を生成できないとの情報はすでに王に回ってきている。
対策が必要だ。
「コードG―75869の認証。使用目的はハスナ・フローリエの抹殺」
王はいつもと変わらない様子でその言葉をいいはなった。
数メートルほど離れているが、男が唾をのむ音が王の耳にまではっきりと聞こえてくる。
「ですが、あれをつかえるものは・・・・・」
「カッペイ・アンダシュタインを使え」
「正気の沙汰か、ディサイロン」
突然の出来事だ。
王の隣の空間がゆがんだかと思った瞬間、一人のフードをかぶった人物が現れた。
深くかぶったフードから顔はわからないが、その背中にある翼からどれほどの人材かはこの世界の人間なら十歳でもわかる。
尻尾が最近生えたばかりの男には、今の魔術がどのようなものか見当すらつかない。
高位魔術には空間移動などがあると聞いたことがあるが、それとは違うような気もする。
「おぬしはこやつが何をしたかわかったか?」
「い、いいえ」
「ならいい」
知っていたら、生きて帰れなかったからな、と王は何食わぬ顔で恐ろしいことを告げる。
震えた男を無視して王はフードの人物の法を向く。
「そなたとこうして合うのは久しぶりか?」
「できれば会いたくはないものだがな」
「くく、我もそうだ。して、カッペイ・アンダシュタインを使うのにそなたは反対だと申すのか?」
王の顔に鋭い何かが宿るが、フードの人物はひるむことなく向かい合う。
「当たり前だ。貴様とて馬鹿ではないはずだ。あれは神力を宿している。それを・・・・」
「わかっておる。亜奴に持たせ、暴走されれば危険性は・・・・」
フードの男が心配したのはそんなことではない。
カッペイ・アンダシュタイン
かつて最強に一番近いと呼ばれた魔術師だが、力を求めるあまり何万もの人間を殺した大逆者。
その力を押さえつけるのは、王でさえ大きな傷を受ける。
そこに神力を宿った武器が加われば王だけでは無理だろう。
だが、フードの人物が心配したのはそんなことではない。
ハスナがカッペイに勝利し、その武器を手にすることだ。
使い方によれば、破壊された核を治すことだってできるかもしれない。
「そうか・・・・なら俺はこれ以上は言わない。だが、奴は俺が向うに送る」
「そなたがそこまで言うならいいだろう」
フードの人物は久しぶりに顔で微笑した。
楽しくてしょうがない。
「そろそろあのものを返してはどうだ?王よ」
フードの人物は報告に来た男を示す。
腕など体の一部を使ったのではなく、魔術を使って作られた一本の剣を向けて。
「っひ!・・・・・」
ありえない。
王の間ではいかなる魔術も発動しないはずだ。
もし発動したとしても、それは限りなくゼロに近くなるはずなのに、なのに。
その剣は数メートル離れた男の心臓を貫いている。
だが、不思議と痛みはない。
男は知っている限りの魔術を必死に思い出すが、あのフードの人物が使った魔術はどれにも当てはまらない。
「ふむ、そなたはこれで騒がないのだな」
「・・・・最初は驚いたのですが、魔力にも生命力にも乱れが生じず、傷も負っていませんから」
傷もないから幻術かとも思ったがそれも違うと後で気づいた。
剣が貫いたときそこには一瞬だが痛みが生じていた。
「そなたの名は?」
魔術を消せと、王はフードの男に命じながら問う。
「え?私の名前・・・ですか?」
「そうだ」
男は考える。
名前ならちゃんとある。
ここで一番問題なのは、王が自分の名前を聞いてきたことだ。
この王が憶えている人の名前は、世界にも百いないと聞いたことがある。
単に覚えるのが苦手とかではなく、同じ人間としてみていないとも聞いたことがある。
「れ、レイス・クロンダです!」
嬉しさのあまり大声になってしまったレイスは少し赤面する。
「レイス・クロンダか。一応覚えてくとしよう」
「今日はもういい。帰るといい」
そういわれると、レイスが何かを口にする前にその姿が消える。
ハァ、と大きなため息が王の間に広がる。
「何度言えばわかるのだ、そなたは」
「何をだ」
気づいたとは思うがこの人物は、王に対してずっと敬語を口にしていない。
この二人家族でもなければ親友でもない。
一言でいえば敵だ。
それわさておき、王はさっきまでレイスがいた場所を指さす。
「急に謎の魔術をかけられてみろ。驚くに決まっておるだろう」
「なら防御をするなりすればいい」
「おぬしは・・・・まぁいい。そなたに何をいおうが変わらないだろうからな」
「なら俺はそろそろ行くぞ。時間が惜しい」
返事も待たずに、フードの人物はその場から突然消える。
仕事が早いあのものならおそらくカッペイ・アンダシュタインの牢だろうか。
一人取り残された王は大きなため息をつく。
この王の間は、王が使える最高の魔術を使って魔術を使用できなくしたのだが、汗ひとつかかずに崩されると、少しばかり心のダメージを受ける。




