第三章 飯が怖い魔術少女
少女はそういった。
歳は十三ぐらいの少女は今はっきりと『飯って、何?』と、初めて聞く単語のように聞いてきた。
「・・・・天村かな?これ壊したの?」
困った表情をした昨日の医師がドアと天村を交互に見ている。
「なあ」
天村は振り向くことをせず医師に話しかける。
「こいつ記憶喪失なのか?」
「そんなはずはないと思うけど・・・・」
難しそうな顔で医師は少女の前に行くと名前を聞いてみた。
「ghinvusi@;.,”’/」
理解不能な言葉が即座に帰ってきて二人とも困った症状をすると、少女は申しわけなさそうに誤るとまた何やら理解不能な言葉をしゃべったあと、
「ハスナ・フローリエ。それが私の名前だよ」
天村と医師はほっとしたように溜息をつく。
「なあ。飯が何か本当に分からないのか?」
「しつこいね君。そんなんじゃ彼女できないよ?」
「・・・・・」
あえて何も言い返さなかった。
なんか言い返したら負けたような気がして言い返せなかった。
そんな天村の裏腹にハスナは追いうちをかけるように
「もしかして彼女できたことなかったりする?」
「お前もどうせ彼氏いないだろうが!」
今度はハスナが黙ったが、なぜかその顔はとても切なく悲しそうな表情をしている。
もしかして悪いこといった?と天村は医師に聞くと、さあ?と首をかしげられた。
そのあとハスナは天村と医師が何を聞こうがうつむいたまま顔を上げようと一向にない。
「あのーご飯ですー」
壊れた扉を見た瞬間ビクッと看護士はなったがすぐに元に戻った。
「やあ、御苦労さま」
「倉間先生・・・・その人の診察ですか?」
新人だろうか。
ちなみに倉間先生というのは天村がよく世話になっている医師、つまり今隣にいる医師のことを指す。
看護士の名前を確認しようとネームプレートを探すが、見当たらないとこを見るとつけ忘れているようだ。
ご飯をベットの横に置くと看護士はせっせと病室を出て行った。
「最近配属された看護士だよ」
倉山医師がにやにやしているのはいつものことだ。
いわゆる女好き。悪く言えば浮気性だ。
「飯とどいたぞー」
またしても聞こえていないかのようにピクリとも動かないハスナにすこしいらだちを覚えた天村はハスナの肩をゆすった。
「!ゆらすな!」
揺らしたとたんハスナは反応して天村を突き飛ばしていた。
それは反射的にだったといってもいい。
天村が最初に見たのは埃だった。
次に見えたのが瓦礫で次に見えたのが
「血?」
地面にだらだらと血が流れている。
目の前にハスナはいなかった。
横にいたはずの倉山医師もいなかった。
探していると五メートルほど先で何かを突き飛ばしたかのような体制をしたハスナと、信じられないような顔をした倉山医師がいた。
ものすごく痛い。
まっさきに天村が思ったのはそのことだった。
痛みの原因なんて考える必要は一つもなかった。
ハスナと倉山医師の姿を確認したと同時に痛みの正体も目に入ってきていたのだ。
血で赤く染まったとがった鉄パイプが。
笑い声が聞こえてきた。
目の前の医師もパイプに刺さっている天村のものでもない。
ハスナの笑い声だ。
その笑い声は目の前で人が死ぬときに出す笑い声ではないことは自分でもわかっていた。
でもおさえれない。
いつもそうだった。新しい世界で初めてその世界の住人を殺したときは友達と話して面白いことがあったときのように笑ってた。
別に狂ったわけではない。
ただ、
(楽しい)
倉山医師も天村も目の前でハスナの顔を覗き込んでいた。
心配そうに。
おかしい、ハスナはすぐに分かった。
この状況で一番あり得ないことは天村が目の前にいることだ。
さっきパイプが突き刺さっていたのは確実に心臓。
たしかに心臓が大きく傷ついても何十秒かは、生きていることができると聞いたことがある。
それどころの問題ではない。
ないのだ。
傷が、パイプの血の跡が、それ以前に壊れたはずの壁が元に戻っている。
「・・・・・・・・・・」
言葉が出なかった。
こんな現象初めて見た、初めて人を殺し損ねた。
どんな生き物でも脳をつぶされたら死ぬが今のハスナには
天村を・・・天村海斗を自分では殺すことはできない。
そう思い込んでしまった。
同時に何かうれしいものもあったが、ハスナにはそれが何かはわからなかった。
そして考える。
何をして傷口と壊れた壁を直したのか。
考えれることは一つしかない。
天村海斗が未知の魔術を使った。
(もしそうだったら・・・・)
「大丈夫か?」
痛い子を見るような眼で天村が顔を覗き込んできた。
「うっさい!」
頭突きをくらわせてやってご飯が置いてあることに今きづいた。
その顔は見る見るうちに青くなっていき、布団を頭までかぶりこんだ。
「な、な、なん、・・・・あんなもの!?」
かなり無様な格好になっているのは自分でもわかっていたが震えていた。
その様子を倉山医師と天村は顔を見合わせて見ていたがため息をつく。
「そろそろ僕は戻るよ」
ハスナは出てくる様子はなく布団にもぐってまだ震えている。
最初の診察の時間も迫ってきたのか時間を確かめると倉山医師はそういうと病室を出ようとして
「ああ、その子今日退院で大丈夫だよ」
と言いながら天村の前に書類を出してくる。
検査はいらないのか、体は何もないのか質問しようとしたが、その前に出て行かれその時間すらくれなかった。
「ん?」
紙は二枚あり一枚に追申と書いていて
『その子の顔写真で調べてみたんだけど、身元不明、国政不明、だからしばらくは面倒見てあげてね。
断ってもいいけど入院費などは君の財布から減るかも。
それとその子にも君と同じうような脳の構造だから何かわかるかもしれないよ?』
と、脅迫じみたメモが残っているのみで他は何も書かれていない。
ふざけてる。天村は誰にも聞こえない声で呟くと、その紙を原形がなくなるまでストレス発散のために破り捨てる。
ごみ箱なんて探す気は起きなかった。
(問題はこいつだよな。布団から出てこないし)
布団から引きはがして半殺しにされるのもごめんだ。
めんどくさかったが、自分で出てくるのを待つことにした。
運よく土曜ということで学校は休みのため、そのことを考える必要はなかったが、暇だ。
五分ほどしてようやく動きがあった。
「まだ、あの白いぶつぶつあるの?」
「白いぶつぶつ?」
あたりを見渡してすぐに見つかった。
日本人なら誰でも食べたことがあるであろう米。
「そのおまけもどっか持って行ってよ」
「どうしてだ?」
「・・・・・・・・・・・・・・怖い」
寝不足なのかな?と本気で思った。
布団からハスナは顔を出すと涙が浮かんでいた。
「早く!」
泣いてはいたものの逆らえない何かがあり、病院の朝食を個人用冷蔵庫にしまう。
音でわかったのか、冷蔵庫が閉まるとハスナはすぐに布団から出てきた。
「何であんなもの持ってきたのかな?」
「飯をもってきたんだろうが」
「また飯っていった。・・・・・・・・・・あのぶつぶつとかが飯なの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・わざとか?」
本当に不思議そうな表情を、目の前の少女がしていたから、ほかに何を言おうかと思ったがこれしか思いつかなかったのだ。
「ねえ?」
(無視して大丈夫だよな?)
その考えはすぐに自殺行為だとわかった。
ハスナが、こぶしを握り今にも殴ってきそうな構えで
「ねえ?飯ってなに?」
また質問してきたのだ。
「飯は栄養をとって生きるためのものだ」と答えると謎の答えが返ってきた。
「そんなの魔術で補えるでしょ?」
「・・・・・・・・・」
魔術など存在しない世界でその世界の住人に、ハスナはそういった。
が、ハスナは嘘はいっていない。
現に今までハスナはそうしてきて何かを食べたことなど一度もないのだ。
しかしこの世界は違う。
魔術が存在しない世界で魔術を使えるものはいるわけもなく食べて栄養を補っている。
「わるいな。俺はお前の世話をできそうにない」
頭に手をつきながら天村は病室を出ようとしたが、ハスナに服をつかまれ止められた。
「『お前の世話』ってどういうこと?」
「あー」
正直に話すかごまかすかでいつもなら悩んだだろうが、このときは悩むことをしなかった。
「あのバカ医者がお前を俺が面倒みろなんて言いやがったんだ。魔術なんていう奴の世話は俺はできん」
「ちょっとどういうことよ、それ!魔術なんてって馬鹿にしてるの!?」
魔術がない世界では天村の反応が普通なのに対して、魔術を知っているものにとっては、ハスナの反応が普通だ。
「とりあえず俺は帰る!」
手を振りほどくと走って逃げた。
このとき逃げなければよかったと後悔するのは目を覚ましてからだった。




