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第十章 仲良くなりたい?

今、ハスナはある意味、命を懸けてあるものと戦っていた。

目の前には天村が見守る形でいるが、何を考えているかは全く分からない。

心を読もうにも尻尾が完全に消滅してしまい、それはもう無理となってしまった。

「やっぱり怖い」

何度目かわからない言葉がハスナの口からこぼれる。

天村が何か言葉をかけてくれるのを待つが、何も来ない。

数分ほど前、目の前のことを一つ進歩するまで、喋らないと宣言されたばかりだ。

「うー」

唸っても反応すらしないようになった。

恐怖もあるがハスナは覚悟を決めて口を開き手を動かす。

目の前にある、ご飯を口に入れ空腹を満たすために。

が、実際はその手前で止まった。

魔力で生命エネルギーを補い続けたハスナは、生きていて口に何かを入れたのは数時間前の一度だけで、未知の体験は怖いところが多いのだろう。

何度目かわからない、空腹の音に身をゆだね、白い粒粒した米粒を口に放り込む。

天村に事前によく噛むようにと言われていたため、そのまま飲み込んでのどを詰まらせるということはないが、どのタイミングで飲み込んだらいいかが、今度はわからない。

「ぽぷもぺほぽんぺぴぴ?」

もう飲み込んでいい?と聞こうとしたが、満タンにふさがった口で喋れるはずもなく、宇宙人みたいな言葉へと変わった。

「先に飲み込んでから喋ってくれ」

それを飲み込んでいいとの合図と受け取り、口の中にあるものを飲み込む。

「うぅ、やっぱりここら辺何かが通るの落ち着かない」

喉を指さしながら、ハスナは言う。

その後出されているものすべてを食べるようにと言われた時は、気が遠くなりそうな思いになったが、途中からは、口の中に広がる血の味以外を楽しんでいた。




「なんか、眠くなってきた」

「腹いっぱい飯食ったら眠くなるやつもいるからな。お前もそういう感じかもな」

天村はもう一度部屋を見渡し、カッペイに破壊される前の内装と同じことを確認する。

ハスナになぜ、外見だけ少し変わって中身がほとんど変わっていないのか聞こうと、何度か考えたが、聞く必要がないと判断し結局聞くのをやめている。

「なぁ、あの槍お前真っ先に奪い取ったけど何かあるのか?」

ハスナはあくびをかみ殺し天村の問いに答える。

「簡単に言うと、あれは神器っていって、魔力とは全く別のものが入ってる武器って感じかな。確か神力っていうよくわからないものが入ってるって話だけど」

神力と言われてもピンとこないが、なんとなく凄いものだってことだけわかった。

本当に眠くなってきたんか、あくびとともにハスナの眼には涙が浮いてきていた。

「そういえば、お前何歳だ?」

「15」

もうダメとでも言いたいのか、テーブルに腕を置き、その上に顔をのせ始めた。

時計を見るともう11時を回っていた。

「子供はもう寝る時間だな」

「・・・・・・・」

「ハスナ?」

顔を覗き込むとただ眠っていた。

「さすがにこのまま置いとくのはかわいそうか」

ハスナを抱え上げるとベッドに寝かせる。

天村は自分の寝る布団をベッドから少し離れた場所にしき始める。

1歳年下の女の子でも、生まれた月によっては同い年相手と同じ布団に入る勇気を天村はもちわせてはいない。

「はへ?ここどこ?」

隣でごそごそ動いたのがまずかったのか、ハスナが起き始めた。

「起こしたか?」

すぐには反応がなかった。

何秒か眠そうな目で天村の顔を見ていると突然、言い出した。

「あ、お母さん。わたし、ね。きょういい、子に・・・・・したん、だよ」

それだけ言うとハスナは再び眠りについた。

それを聞いた天村はしばらく動けなかった。

ただ、幸せそうなそしてどこか悲しそうなハスナの顔を、見ることしかできなかった。





結論を言うと、天村は一睡もできなかった。

ベッドの上で寝ている赤毛のハスナのことを考えていたというと、違うとこもあるが大きく見るとそうなる。

ハスナは寝付いてからの寝言が、ほぼすべてと言っていいほど、母親に関することだった。

それを聞くたびに天村は心配していた。

どこか、ハスナが母親が死んだことを認めたくない、もっといえば心の奥では生きていることを期待している。

そんな風に思えてしまった。

「そろそろ起こして、風呂に入らせるか」

天村はすでに風呂に入っている。

夜中、突然訪問した草野に真っ先に、風呂に入れと言われ入った状態だ。

草野は特に怪我もなく、自分の家が壊れたということも気が付いていない様子で、すぐ帰って行った。

湯でも溜めようかと起き上がりふとハスナのいるベッドを見た。

寝相が悪いのか扱ったのか、掛布団は足元にまで蹴飛ばされている。

太陽も登り切っていない今はまだ冷えるということもあり、掛布団をかぶせる。

さっきは起こそうかと思ったが、あまりにも気持ちよさそうに寝ていたため、ためらってしまった。

「ま、2度寝しそうだし、湯が溜まるまで起こさないでおくか」

湯をためるため、部屋を出ようとしたとき、天村は一度にいくつかの疑問が一気に出てきた。

「こいつのなんでこんな・・・・・服きてるんだ?」

今更ながらハスナの服を観察する。

昨日ハスナに気絶させられ、家で起きた時から服は変わっていない。

風呂に入っていないのだから、それが不通と考えるべきだが、今問題なのはなぜこんな服を着ているかだ。

異世界から来たという話をカッペイの襲撃もあったことで、疑う余地もない。

それでも、ハスナがこの世界に一番最初に来た場所は、血まみれで倒れていた天村の部屋だとハスナは断言していた。

(けど、あのときこいつ服着てなかったはずだし・・・・・・)

とりあえず自分の頭を強く壁にたたきつけた。

(あの医者が患者のために金を出すとは思えないし)

実際ハスナとこうして近くにいるのもあの医者が、半分脅し文句みたいなことを書いた紙をよこしたせいだ。

高校生相手に金を使って脅しのようなことをするような相手が、誰かの服を自腹で払ってくれるとは到底思えなかった。

それに、センスがない。

一つ一つ見ていくと、あまり人との関係がない天村もかわいいと思えるレベルだが、上と下でそろうと、突然ダサくなったといった感じだ。

それに赤と黒の組み合わせで余計に黒く見えてしまう。

どことなく、ハスナのイメージと色の組み合わせがマッチしていてマッチしていないのが怖い。

「そういえば今日財布開いてないな。・・・・・・・あれで食い逃げ扱いは、警察も来ないし大丈夫だろうな」

もし来られたら、爆破事件のことも混ぜながら頼んだ分、金を払うかなどと考えながら財布を開く。

「あー。納得した」

財布は空っぽだった。

2万円ほど昨日はあったはずだが、すべてきれいに消えていた。

風呂を入れることも忘れ、ごみ箱をあさり始める。

「見つけた」

奥底に大量の値札が現れた。

どれも天村には見覚えもあるはずもなく、合わせると2万円近くになった。

タンスを開けると見知らぬ服が現れた。

犯人は今ベッドの上で寝ているハスナ・フローリエ以外考えられない。

「・・・・・・どうせあの医者がなんか言ったんだろうな。まぁ、これであらかたの疑問は消えたか」

一番の難問は最後においておきたいところだが、そうはいかないらしい。

今まで起きてからハスナを見て、触れたくもなかったことだ。

「・・・・・・やっぱ明日にするか?でもなぁ、そうすると完全に固まりそうだし」

ベッドを触るとそれは手に薄くついてきた。

できれば今すぐ洗い落としたいとこだが、それをするともう二度とハスナを見ることができない気がした。

それが布団についていた。

詳しく説明すると、枕が多大な被害にあい、その付近と掛布団の上にほんの少し付着している。

これを見ていくつかのことを脳内で考え、天村は恐る恐るハスナの髪に触れた。

一瞬だが確かに気が遠くなった。

手が鉄臭くなった。

手に血が付いた。

大量とまではいかないが、確かについた。

(そういえば、髪のこと聞いてもごまかされたような)

どうだったか思い出そうとするが、出てこない。

「風呂ためるか」




目が覚めると涙が出ているのに気が付いた。

嫌な夢を見た。

母親が殺され天村も殺される夢。

「縁起悪いなぁ」

眠気はあるのだが寝ようにも寝られる気がしない。

それに天村に聞きたいことと誤ることもできた。

「涙か汗かな?ちょっと流れたのかな。髪についた血が」

最後の部分は誰にも聞こえないぐらい小さくつぶやく。

「起きたか」

「おはよう。あとごめん」

布団についた血を少しでも拭き取ろうと、服の腹の部分を使おうとしたとこで止められた。

「別に拭かなくてもいいって」

「でも、こんな凄そうなもの汚しちゃって」

「これがすごいもの?」

「うん。目覚めもいいし、気持ちいいし、あったかい」

もう一度拭こうとするとベッドから離された。

その時抱きかかえられたのは、少し恥ずかしかったけど、降ろされたとこも布団だったのですぐに起きあがった。

これ以上犠牲を増やしたくなった。

「ごめん」

「あやまんな。俺の予想があってたらお前が悪いんじゃないし、もし全く別のことだったとしても、俺はお前のことを怒ったりはしないさ」

「でも」

「でもじゃない。そろそろ湯もたまると思うし、風呂入ってこい。その間に拭き取っとくからさ」

うなずくしかなかった。

風呂に入って来いと言われたがかなり困ったことになった。

風呂なんて単語ハスナは初めて聞いた。

確かにハスナが今までいた世界と、この世界の言葉が違うのだが、ゲートを通るとき自動的に脳がその世界に適応した言語に変換される。

だが、いくら探しても『風呂』という単語が見つからなかった。

それなら、白衣を着た男に言われた『オシャレ』という言葉もあった。

(この世界もしかしたら、私の知らないことだらけ?)

そう思うと気がらくになった。

「ねぇ海斗」

「どうした」

「風呂って何?」

「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

「もしかして異世界には風呂がないのか?」

「うん」

天村は何か考えたのか、ちょっと待っててくれ、というと隣の部屋に移った。

髪の毛を触ると相変わらず血がついてきた。

隣から話し声が聞こえてきたが、ハスナの耳まで内容は届いてこない。

布団を服で拭こうと思えばふけるのだが、それをしたら天村に怒られそうでできなかった。

初めてだった。

今まで馬鹿みたいにあった魔力のせいで友達もできなかったし、それ以前に母親以外、自分が喋ったことがなかった。

全部殺すときの化け物が出てきて喋っていた。

学校というとこがあるという話を聞いたことがあったが、行く気になれなかった。

母親にも怒られたことはなかった。

何か悪いことをしても笑って許してくれた。

怒られたことがなかった。

だから怖い。

怒られたら、天村に見放されるんじゃないかって思ってしまう。

「もうすぐ草野が来ると思うから使い方教えてもらってくれ」

戻ってきた天村に自然と首をかしげていた。

「海斗が教えてくれないの?」

そのほうが時間短縮にもなるし、草野にも合わずに済む。

「そうしたらお前の服を着ていない姿を見るかもしれないぞ」

「・・・・・それは嫌」

草野はすぐに来て『風呂』に入れられた。

昨日ほっておいたことで文句を散々言われたが最後には許してくれた。

髪の毛を水で流すとき髪にこびりついた血が流れてきたときは、大量の血を見たハスナでも少し恐怖を感じた。

「落ちたんだな」

風呂を出て天村が何を言っているのかはすぐに分かった。

髪の血のことだ。

「天村君この子いったい何なの?いろいろおかしいよ。髪の毛あらうと血が出てくるし、洗いきったら黒くなったし」

「そういうやつなんだ、多分な」

天村はハスナの髪を見ながら草野に返答した。

「そっちのほうが前より断然いいと俺は思うぞ」

遠まわしにかわいいと言われたのだが、人とのかかわりが少なかったハスナにはただの言葉にしか聞こえなかった。

「海斗ちょっと来て」

布団を拭いてる天村にちょっと待てと言われたが強引に隣の部屋に移る。

「無理だ」

「なんで!?」

頼みごとをしたがあっけなく断られた。

「苦手だからって草野を帰らせろって言われてもな」

「この家海斗の家なんだから簡単なんじゃないの?」

「確かに俺が草野に帰れ、っていえば草野のことだから帰ると思う。けど、理由がハスナが草野のことを苦手だってもし知ったらどう思うと思う?」

天村の問いにハスナは答えられなかった。

わからなかった。

誰かの気持ちを考えるなんて魔術をつかえた時には、したこともなかった。

「そんなのわかんない。誰かの気持ちなんて魔術使えないのにどうやってわかったらいいかわかんないよ」

「・・・・・・だったらもし、お前が帰れって言われたらどうだ?」

「嫌、かな」

ようやく天村の言いたいことがハスナにもわかった。

それでも苦手なものは苦手だ。

帰ってもらうのはあきらめることにしたけど、かかわるのは極力やめようと心に決める。

「わかった。けど、私はあの人が帰るまでここにいる」

本当はもう少し寝たいのだけど、いくら血が落ちて黒い髪の毛になっても、まだ残っていたらどうしようと思ってしまうのは抑えられない。

「そのうち誰かと接触するのにも慣れたほうがいいな。今日のところはごまかして帰ってもらうから、そのあといろいろ話をするか」

確かに自分は人と接するのは苦手だとなんとなくハスナ自身思う。

それでも、なんとなくあの草野だけには接触できそうになかった。

昨日の夜、草野と何かを話したってことは覚えているのだけど、何を話したのかそのあとどうしたのかが、ぼやけて思い出せない。

それに天村の聞いたカッペイの催眠魔術が発動していたら、天村とハスナが眠らなかったのはともかく、あの女が眠らなかったのは納得できない。

「帰ってもらう前に一応お礼言っとけよ?」

「なんで?」

「風呂の入り方教えてもらっただろ?」

「うん。そうだね」

「・・・・・・・」

「どうかしたの?」

「いや、何でもない。とにかく草野にお礼いうんだぞ?」

「うん」

草野のいる部屋に行くと窓を見ていた。

「何か見てるの?」

つられてハスナも窓を見るが、窓がまた見えた。

なんとなく外の風景が見れると思ったら、人工物だったのは少し残念感が浮かんできた。

「どうしたの?ハスナちゃん」

「・・・・・あの、お風呂入れ方教えてくれて・・・・・その、ありがとう」

顔が焼けるようにあつくなってきた。

最後の部分は自分でも聞き取れないぐらい小さくなっていたけど、もう一度は言いたくない。

素直に感謝するのは初めてで、少し恥ずかしい。

「うん。私もお風呂楽しかったからありがとうね。髪の毛の血はびっくりしたけど」

あまり楽しかった記憶はない。

むしろ草野とはあまり入りたくない部類だ。

天村とはそれ以上に入りたくはないが。

「じゃあ私帰るね」

「用事?」

「ハスナちゃん私のこと苦手みたいだからね」

聞かれてた。

「あの、それは」

顔の熱さは一瞬のうちに消えていった。

草野の顔がどこか曇っているのがなんとなくわかる。

海斗のほうを向くが助けてくれそうにない。

魔術をつかえるならば、その時の記憶を消したいとこだが今は使えないものにすがっても何の意味も持たない。

草野のことが苦手なのは変わらない。

これから何か変わるかどうかもわからない。

(このまま嫌な気持ちで帰らせるのはなんかやだ)

「じゃあね、天村君、ハスナちゃん」

「わるいな。時間使わせて」

天村と草野がそういっている間に玄関まで来ていた。

ここで草野に何も言わずに帰られても、また会えるだろうけど、そうすると仲良くなれない気がした。

「また来て」

本当に小さな声しか出なかった。

天村は聞こえていなかったようだが、

「うん。また来るね」

と、笑いながら帰って行った。

そのあと天村に「なんて言ったんだ?」と聞かれたが、「何も言ってない」と、答えた。

なんとなく天村に自分の気持ちが聞かれるのがシャクだった。


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