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序章 

「あなたが最後のようだね」

少女は目の前の青年にまるで友達に聞くかのように尋ねる。

「あ・・・ああ」

「・・・恐怖で声もでないの?」

一歩青年の方に近づく。

ピチャッ、という音とともに青年は顔に何かついたような気がし、それの正体に気付くと絶叫した。

「く、来るな!殺さないで・・・・・くれ」

その言葉は悲鳴にすら聞こえる。

青年の頬から地面に落ちる涙は一瞬のうちに赤い色に染められる。

「なら逃げることね」

その言葉は青年には救いの言葉にはまるで聞こえなかった。

理由は青年の目の前の光景だ。

一面に広がる死体。この死体全てがこの少女の手によって生きた状態からかえられたものだった。

その光景を見ていた青年はもう悟っていた。

―――逃げられない

それでも逃げようと、血で染まった地面に手を付き立ち上がると、少女のいる方向と反対の方向に必死に走る。

―――捕まれば死ぬ。

それだけが頭のなかに浮かぶ。

逃げ初めて数分で何かおかしい気がした。

だがそれが何かはすぐには分からなかった。

「あなた気づくの早いね」

その声が聞こえたとき青年の足は止まった。

「なん・・・で」

青年は目の前の物を凝視するしかなかった。

血を連想するような髪、背中から生える翼、おしりの上から生える尻尾、そのすべてを持つ少女を。

「なんで目の前にいるのか・・・って聞きたいの?」

身長約百四十センチほどの少女から発せられる声は幼さも帯びていたが、その声は青年にとって恐怖以外のものでしかなかった。

「答えは簡単。高速で移動しただけだよ」

それはただの鬼ごっこならば笑いで済むがこれは、言うならば命がけの鬼ごっこだ。

そこで自分をはるかにしのぐ速度で相手に動かれたら逃げるすべを失ったようなものだ。

だが青年は家と家の隙間を通り逃げる。

他にも誰か生き残っていることを信じているからだ。

―――あなたが最後のようだね?

その言葉が青年の脳裏を横切る。

少女が最初に青年に聞いてきたこと。

「そんなはずない」

誰かに返事を期待するようにつぶやくが返事はない。

あるのは自分の足音のみ。

「ふぁー・・・・ちょっと眠い」

その言葉を聞いたとき青年は空を見ていた。

少女は青年の足元に立ち、眠そうに眼をこすっていた。

「なにが・・・」

なにが起きたのかすぐには理解できなかった。

だが足からの激痛と血が噴き出す音によってすべて理解できた。

足が両方なくなっていることに。

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!!」

「ひゃう!・・・・びっくりさせないでよ。でも痛そうだね」

悲鳴がうるさいのか少女は耳をふさぐ。

「どうしよっかなぁ・・・・どう殺してほしい?最後のお一人さん」

おおきなあくびをした後、少女は悲鳴が治まった青年にゆっくりと尋ねる。

だが青年は答えようとせず、はいつくばり逃げようとする。

「ぐふっ」

その無防備な背中を足で踏みつけ動きを止める。

「逃げないでよ。追うのめんどくさいんだから。最後のお一人さん」

「俺が最後の一人?」

「そうだよ。知らなかった?」

青年は絶句した。

希望が消えた。

その瞬間青年は逃げるという意思を一切捨て去った。

「俺は死ぬ。でもな!お前も道連れだぁ!」

そう言うと青年は最後の力を振り絞る。

「く、うわぁぁぁぁぁ」

青年は激痛で悲鳴を上げた。

少女には一瞬なにがあったのかわからなかった。

青年の体が紫の光で包まれていく。その光はどんな色にも染まらないような紫だった。

「はぁはぁ・・・・」

気を失うな―――青年は頭の中で自分に言い聞かせる。

紫の色がオレンジに変わり赤に変わった。

「!その魔術!」

少女は背中を向け走った。

その背中を青年は愉快そうに見て、赤の光が爆発した。



いや、それは爆発という規模の物ではなかった。

触れる物全てを、一瞬のうちに蒸発させていく。

この時青年はすでにこの世から消えていた。

自分の命を使ってまでして少女を殺すことを選んだのだ。

その目論見は成功していた。

少女が走るより爆発の方が格段に速かった。

距離が二十メートルほどになったとき少女は振り返り止まった。

少女はあきらめた、逃げることを。

あくまで逃げることをだ。

手を前に出し高速で空中に何かを描いていく。

どういう原理で空中にかけているのか少女自身よくわかっていない。

魔法陣は一秒もたたない間に完成した。

そのあとは・・・・なにも起きなかった。

少女は歯を食いしばり地面に這いつくばる。

その姿は暴風から飛ばされないようにしているようにも見える。

ドン。その音がなると爆風が少女のかだらに吹いてくる。

地面に這いつくばっていなければとっくに飛ばされていただろう。

ビシッ

少女の顔が今までにないぐらいこわばる。

「耐えて」

まるで生き物に声をかけるかの様に少女は魔法陣に囁く。

バギッ

魔法陣の一部が消滅した。

怖い、その思いが少女を支配しつつある。

目の前にまで迫っている死の光。

こんなことなら逃げて知らないうちに死んでたらよかった、そうも思い始めてきた。

手を離して飛ばされよう、そう思い手を離そうとした時目の前が紫で赤で染められた。

その瞬間激痛だけが全身を駆け巡る。

なにも考えれない、まるで脳が破壊されたような気さえする。

痛みが和らいだ。

少女は息をするのがやっとの状態だった。

今こうして息をしているのすら、奇跡の言葉でしか表わされないことだった。

少女がさっきまでいたであろう場所から後ろの大地は、五メートルほど削られているだけ。

それ以外の場所は、どれほど削られているのかすらわからない。

だがそれも後一分以内に完全に消滅する。

「世界の・・・・消滅」

何度も経験したことだ。

その世界に元から住んでいた住人が全て死んだ時その世界は姿そのものを消し、その世界にいる他の世界の生き物は全て死ぬ。

生き残る方法はたった一つ。

空間移動の魔術を使い別の世界に移ること。

痛みを食いしばり立ち上がる。

「・・・・・・・・・・・・・」

魔術を発動できなかった。

いや発動できるだけの魔力はあるが時間が足りないのだ。

大きな魔術の発動には例外を除けば発動に時間がかかる。

空間移動の魔術もその一つで発動にかかる時間はどんなに優れた魔術師でも、五分弱かかってしまう。

世界が消えるまで約一分。

とても間に合う時間ではない。

いつもなら最後の一人を殺す前に発動しているのだが、今回もそうしようとしていたのだが、まさか自滅するとは思わなかった。

少女は自分の手を眺めどうやって世界を移ろうか必死に考える。

方法はすぐに見つかったがそれを実行するかしないかで悩みだす。

大がかりな魔術を一瞬で発動させるには、魔術を使える者ならある、脳の中にある核を自ら破壊することだ。

もちろんそんなことをすれば、下手をすれば死に、生き延びても生涯魔術を使えなくなる可能性だってある。

魔術は便利なものだ。

洗濯もできるし、魔力を食事の代わりにとり生き延びていくこともできる。

それがもしできなくなったらと思うと、背中に冷たいものが走る。

「・・・・・・・・でも」

生き延びるのにはそれしか方法はない。

それでもためわらずにはいられないのは、今までその方法で魔術を発動して、死んでいった者たちを数え切れないほど見てきているからだ。

どれも頭から大量の血を流し、聞くのも嫌な悲鳴を上げたあげく力尽きていった。

その悲鳴は少女が与えたどんな痛みよりも絶望に満ちた叫びとなって電話の線が切れたかのように、突然悲鳴が途絶えていた。

目の前が揺れているような、そんな気がし地震かと思ったがそれは自分の膝が恐怖で震えているのだと気づくのに時間はかからなかった。

それは少女が初めてといっていい感情。

生まれてから他のものと比べても、劣るものはほとんどなく命がけの戦いでも苦戦というものを一度もしたことのなかった少女にとって、目の前に迫った、死ぬかもしれないという感情は、耐えきれない恐怖となって襲ってきていた。

気が付いたら地面に手を突く形で倒れていた。

世界の消滅まで時間にして三十秒ほどだろう。

怖い、死にたくないその感情はより少女を闇に引きずっていく。

すさまじい激痛が頭に走った。

あまりの痛さに吐きそうになるがぎりぎりのところでそれは耐えることができた。

もしはいたら確実に死ぬ。

少女は使ったのだ。

自分の脳にある核を破壊し空間移動の魔術を使うために。

目の前が真っ赤に染まるがそれが自分の血だとは気がつかなかった。

空間移動の魔術は発動し目の前に赤い門が開かれている。

それに指一本さえふれさえすれば別の世界へと移れる。

移動する先は自分の状態からして安全な世界へ移れるように設定してある。

だが動けない。

頭の痛みがすさまじいのだ。息をするのも苦しい、目もぼやける。

門まであと五センチ。

あと一回力を振り絞ればここから逃げれる。

歓喜に浸ったとたん絶望が襲ってきた。

世界が大きく歪んだ。

世界が消滅し始めたのだ。

何が何だかだんだんわからなくなってきた。

意識があるのかもさえもよくわからない。

このさえ意識がなくたってもいい。

目の前の赤い門に必死に手を伸ばす。

門に吸収されない。

目で見た感じは触れているのだが門が触れていると感知していない。

ほんの少し指を動かせば門に当たるが少女にもうそんな気力は残っていない。

だがそれはあくまで肉体的にだ。

頭にまた凄まじい痛みが走った。

折れた腕を動かすのと同じで、破壊された脳にある魔術を使う核を使ったことによって走った痛みだ。

背中に魔力を感じると歯を食いしばり衝撃に耐える準備をする。

肉体を動かせないなら、魔力を使い自分を門に飛ばせばいいだけの話だ。

気が付いたら宙を飛び門に飛ばされていた。

魔術による爆発での痛みはみじんも感じることはなかった。

それどころか衝撃すら感じることはなかった。

だがそれは運が良かった。

少女が使った魔術は少女からすれば人を少し飛ばす程度のものに設定したのだが、その命令を出す核は破壊されていたため威力がでたらめとなり、背中をえぐるような威力となっていた。

腕が門に触れ吸い込まれる。

どこかに落ちたようだがこの時も衝撃はなかった。

目に見えるのはどこかの家のようだった。

積み重なったダメージにより少女の意識は闇へと吸い込まれていった。


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