9
「さすがにおそ」
部屋に入るなり疑問100%の視線をぶつけてくる美穂の発言を遮り、ずかずかと自分の洋服箪笥に歩み寄る。
「次の日曜日遊びに行くぞ」
「……はあ?」
「たまたま俺の親戚がいらない気を利かせてよこしてきた遊園地のチケットが二枚ある」
「…たまたま?」
「美穂の未練も分かったし、わざわざ室内に閉じこもってる必要もないしな」
「いやちょっとま」
「ちゃんと覚えとけよ、忘れんじゃねぇぞ。じゃ、俺風呂入ってくるから」
超一方的な会話をものの30秒ですませ、適当にとった服を持って部屋のドアを勢いよく閉める。
閉めてからとんでもない後悔に襲われて、思わずドアの前でずるずると座り込んでしまった。
「あああー…」
意図せずうめき声が漏れてしまうが、もはや気にならない。
なんだ今の会話。絶対人をデートに誘う物言いじゃない。
もっとこう、何というか、自然に誘えないものだろうか。
悲しいかなこの桜原優人17歳、生まれてこの方リア充に爆発しろと言うことは数限りなくあったものの、その逆が存在しないせいで女子との会話のいろはが何たるかを全く知らないのであった。
だが、今更自分の起こした行動を悔やんでも遅い。悪く言えば後の祭り、よく言えば賽は投げられたというところか。
…よく言えばっていうか主にポジティブシンキングで取り繕っただけだよな後者って…みたいなことを考えながら、風呂に向かう俺の足取りは非常に重かった。
目の前で泡となり口から漏れた酸素が水面へ登っていく。
水面から差し込む光がその泡に反射し、水中で目を開けていた俺はその眩しさに思わず目を細める。
このまま息を全て吐き出せば楽になれるだろうか、なんて考えるけど、結局行動に移そうとはしない。ゆっくりと息を漏らすだけ。
でも、風呂でのこの安息の中にいてなお、真奈が俺に出した指示は俺の頭の中にへばりついて剥がれようとせず、意識に幾度となく語りかけてくる。
『―少年、お嬢さんとデ』
「もぉえーわ!!」
ざぱん!と水をかき分け、思わず立ち上がった。
しばしそのまま黙って立ち尽くしていたが、やがてあけはなった窓から流れ込む冷気に抗えなくなって、そそくさと湯に身を浸す。
「風呂に入ってまで、何考えてんだ俺…」
誰かが見ているわけでもないのに、風呂に鼻のしたまで体を沈めた。
普段なら絶対にありえない。むしろ今頃は気分がハイになって歌の一つでも歌っているかもしれない。
でも、しかたないんだ。これは。
だって(何回も言うのは非常に癪に障るが)、リア充を妬み嫉みすることはあれど、その逆が今まで存在したためしがない俺だから、こんなシチュエーションは前例が無いのだ。一体どう対処しろと。
一応最後の手段として、真奈にデートのいろはをご教授願うという手があるのだが、後々まで俺の黒歴史として残りそうだったので今は保留。
だが真奈とは依頼が終わった段階で関係がなくなるから、事実上自分一人だけが知る黒歴史が出来上がるので、ぶっちゃけ普通に聞いてもいいのかもしれない。というかそう考えるのが一般的なのかもしれないのだが、何故だろうか。真奈との縁がこの依頼こっきりで切れる気がしない。いや、これはただの推論にすら満たない私情で、論理的な思考の末に下されるであろう決断の要素としてはあまりに不自由だ。でも、俺の中の見えない何かがさっきからひっきりなしに警報を鳴らしているような気がする。
今ここで恥を忍んで真奈にいろいろ聞いたら、後々深い後悔に苛まれるような、そんな感じがしたので今はその案は保留しておこう、というわけだ。
だが、それ以外に名案があるというわけでもないので、何も考えずにぶくぶくぶくぶくと、口から泡を吐き出してみたり、息がなくなったらまた息継ぎをしたりということをしばらく繰り返していた。
そんなことを十回も繰り返したときだろうか、不意にノックの音が俺の耳に入った。
今現在、両親は仕事で出かけているため、ノックするとしたら一人しかいない。
「―美穂?」
『……うん』
ややあって、湯煙に揺らいだ返事が返ってきた。
「何しに来たんだよ、こんな時に。言っとくけどな、もしそのドアを開けて一歩こっちに踏み込んできたら、俺の理性とか理性とか理性が間違いなく吹っ飛んでなんかこう、とんでもないことが起こるからな」
『開けないわよバカ』
苦笑と呆れが入れ混じるような言い方でたしなめられてしまった。
「じゃ、何しに来たんだよ」
その言葉に反応するようにして、ドア越しにぼんやりと見える美穂のシルエットが、腰を下ろした。
『あのさ、さっきこんどの日曜に遊びに行くって言ってたけど…』
「ああ」
『………ほんと?』
「……は?」
なまじ『実は予定があって行けませーん』って言われるとか(死んだ後のコイツにそもそも用があるのか?)、さっきの発言に酷評を呈しに来たのか(そのためだけに来たのならば本当に無駄足である)と思っていただけに、全く違う方向性の質問が飛んできたことに少なからず驚いてしまった。
「いや、お前を騙すメリットが一体どこにあるんだよ」
『…ならいいの。邪魔してごめんね』
それだけを告げると、ドア越しに見えるシルエットは立ち上がり、すたすたと離れていった。
「疑り深いのかねぇ…」
誰が聞いているわけでもないのに一人ごちていた俺の頭からは、真奈の件の発言はきれいさっぱり消え失せ、浴室にこだまする水音だけがあとに残っていた。
「あうーーーー…」
謎の声が漏れた。
明くる日、俺は学校にいた。というか昨日が週のど真ん中の水曜日だったから学校にいるのは当たり前だ。学校をサボれるほどの度胸は持ち合わせていない自称チキンな俺なので、超健全に朝のHRから登校している。
だが、昨日あのあと考え事をしながら風呂に長時間浸かっていたため、のぼせる→寝れない→ネットサーフィンする→日を越す→ネットサーフィンする→THE☆睡眠不足に陥るという恐怖のカタストロフィを引き起こしてしまったため、今現在昼休みに突入していてもこうして机に突っ伏していたくなるというわけだ。
「おい、桜原」
「あうあーーーー」
「ア行以外で返事を返せよ」
「あいあーーー…ぎゃっ!?」
「ア行以外でと言っただろ。ア行じゃないか」
「…だからって殴るこたぁなくね?」
痛む頭をあげ、僅かながらも反論を試みる。
「まあ、なんかイライラしてたから殴ったんだ」
「理由が果てしなく八つ当たりだなぁ!?そしてまずは謝れ」
先ほど俺の頭を殴って脳細胞を死滅させた少年が、目の前に立っていた。名前は以下略。
今の一撃で記憶が飛びました。コイツの名前って何だっけー(棒読み)
「あれ?えーと…佐藤君?」
脳内のアーカイブで検索してみたところ、人間のタグがついた情報の中で一番多そうな名字だったので聞いてみた。
「違うわボケ」
横から拳が飛んできた。勿論当たれば痛いので、頭を下げて回避する。
…当てずっぽうにでたらめな名前を聞くよりは確率は高かったはずなんだけどなあ。
「鈴木さん?」
こんどは佐藤に並んで多い名字とおぼしきものを上げてみたのだが、また拳が飛んできた。違ったらしい。
「お前は親友の名も忘れたのか。俺だぜ俺」
「何その劣化版オレオレ詐欺みたいな言い方」
「詐欺というな詐欺と。わかった、そんなに分からない振りをしてまで名乗らせたいのならば、名乗るまでか…」
目の前の少年A(暫定)はふぅーと息を吐き、唐突にクワッと目を見開くと、ちらほらクラスメートがいる教室で叫んだ。
「俺は、橘 健介ッ!!ERCPのリーダーにして、いずれアンチリア充王になる男だッ!!」
一瞬にして、暖房の利いた静かな教室に薄ら寒い寒風が吹き荒れた。窓を誰かが開けた訳ではない。単純に、周りの氷点下な白い目が室温をさげているだけだ。
「ごめん俺今から屋上で飯食ってくるわ今までありがとう」
(精神的に)冷たい風にあまり身をさらしたくなかったので、五秒とたたずに購買に向かうべく俺は椅子からすっくと立ち上がり、廊下に出る。教室より暖房の利いていないはずの廊下が暖かいとはこれ如何に。
「ひどいじゃないか親友、人の懇親の自己紹介を華麗に無視してまで寒い廊下に出て行くなんて」
「えーと、鈴中君?田木君?だっけ。多分、人違いだと思うんですけど」
「とぼけるのはいけないなあ親友よ。君は我が親友にして我らがERCPの会員、桜原ゆ」
「やめてこれ以上ブリザード吹かせないで!!」
人の往来がある廊下の気温がだんだん下がりつつあるのを感じた俺は、可及的速やかに少年A(違)の口を封じた。ってかさっきから言いまくってるERCPって何。
「ブリザード?ああ、あのそよ風のことか」
「その発言がすでに#厨二に向けられる視線#(ブリザード)を呼んでるんだっつーの」
室温のグラフが凄く右肩下がりになっているのを肌身で感じた俺は、なおも何かを語ろうとする少年A(?)をその場に置き去りにし、コンビニへと足を向けた。
今日は次でおしまいかな。
最近アクセス解析なる機能の存在に気が付いたんです(遅
見てみると、どうやら自分の小説を読んでくださっている読者の人数やページ表示回数がわかるらしいんですけど、最近パソコンを使う時の習慣としてこのアクセス解析ページに表示される数字を見てニヤニヤするっていう傍目に見ても主観で見てもキモいことをしています(笑)
こんな僕ですけれども、いつも見てくださってありがとうございます)(○´・Д・)ノ
さて今日は次で最g…あれ、もう言った?




