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三月、幽霊少女と出会いました。  作者: 藍川ことき
一章 三月、幽霊少女と出会いました。
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「……そう」

 小さく「よかった」とつぶやき、そのまま美穂は黙ってしまった。

 彼女に普段の底抜けな明るさが無いため、会話の振り方が分からず、結局俺と美穂の間には沈黙が訪れた。

 結局、その沈黙は準備を終えた真奈が俺達を呼びにくるまで、途絶えることがなかった。




「…で、何なんですか、話って」

『まあまあ。そう急かなくても私の言葉は逃げたりしないから』

「俺の命が一秒ずつ減ってってるんですよ!」

『それもそうか』

「納得してる場合じゃないんですって…」

 電話口の向こうから聞こえた小さい笑い声が、夜の路地に浸透する。

 なぜ路地なのかといえば、9時ちょうどに携帯に真奈から電話がかかってきたので、美穂に『ちょっとトイレ行ってくる』とだけ言って家の外に出てきたからだ。

『…まあ、あまり長引かせて感づかれてもいけないしね。世間話はほどほどにして、本題に入ろうじゃないか。じゃあ少年。なんであのお嬢さんが、死後幽霊になったか、分かる?』

「いや…」

『って言っても、これは他の人にも共通したことなんだけどね』

「んー…」

『じゃあヒントだ。自分の立場に立って考えてみるといい。もし今自分が死んだとしたら?少年はどう思う?』

「どう思うって…そりゃ嫌に決まってますよ。やってないことも山ほどありますし」

 俺だったら、せめて彼女の一人でも作ってから死にたいものだ。さすがにリア充でもないのに死ぬというのは、いささか悲しいものがある。

『それだ。よっぽどの自殺志願者でもなければ、人間には生き続けている限り欲望がつきものだよ。そして、もしそれが仮に自分が死んでしまったとしても成し遂げたいような次元の願望だとしたら、何故お嬢さんが幽霊として未だにこの世にとどまっているか、大体想像がつくと思うのだけど?』

「……要するに、未練ってことですか」

『うん。少年は理解が早くて助かるよ。彼女は今日、一時的に少年の体を借りていると言っていたがそれは嘘だ。人の体は魂に自分の魂に対して最適化されて、複雑に組み合わされている。他人の体を借りたくらいでは魂が漏れていくのを押さえるのは恐らく難しい。多分、その噛み合わずに魂が漏れていく隙間の部分、それもかなりの量を未練で補っているはずだ。でも、やっぱり綺麗には噛み合わないから、漏れていく魂の補充として少年の魂を吸い取っているんだろうね。本人は無自覚にやっているのかもしれないけど』

「…そういうことだったんですか」

『それを踏まえて、私が今から少年にしてほしいことは、ただ一つだ。今から…そうだな、一週間ほどの間、彼女にひたすらこの世にとどまって何がしたいのか、聞き続けて欲しい。それらしい答えが返ってくるまでね』

「それだけでいいんですか?」

『それだけでいいんだよ』

 真奈は俺の言葉をおうむ返しにし、こう続けた。

『ただ、直接的に聞くのは避けて欲しい。煙たがられて口を開いてくれなくなったら、元も子も無い。まるで天気の話や世間話でもするがごとく、さらっと聞いてみてくれ。1日三回以上聞くのは避けて欲しいかな』

 そう締めくくり、電話は突然切れた。

「未練…ねぇ」

 ―もし今自分が死んだとしたら?少年はどう思う?

 夜の風に身をさらしても、さっき真奈が告げた一つの問いかけは、頭の中に引っかかって消えようとしなかった。


真奈と電話で話をした日の寝る直前、真奈から『話し続けて好感度を上げていくのもオススメだ。同じ質問を何回もされることを感づかれにくくするカモフラージュになるだろうしね』というメールが届いていた。

 そのメールに『わかりました』と返信してから、はて女子との会話とは何を話せばいいものか、と考えてベッドの中で二転三転していたのは内緒だ。




次の日から眠い目をこすりつつ、美穂の未練調査を始めたのだが、これがなかなか思うようには進まなかった。普通の会話はちゃんと成立するのに、生前のことを聞こうとしたり、未練について聞こうとすると、「まあ別にいいでしょ」とか「あなたには関係ない」といった具合にはぐらかされてしまい、上手く聞けなかった。

だが、それをしばらく続けているうちに、変化は唐突に訪れた。

「…両親」

 手持ちのゲームで時間を潰していると、美穂がぽつりとつぶやいた。

「へ?」

「両親よ。私がこの世に残ってる理由」

「…生前ご両親と、なんかあったのか?」

「まあね」

 膝を抱えて座り込んだまま、美穂はゆっくりと語り出した。

「母子家庭、って知ってるわよね」

「ああ」

「母親だけで子供を育てるっていうあれ。私がまさにそれだった。まだ小学校のころだったかな、私のお父さんが事業に失敗して、大量の借金を抱えてた時期があったの。少し気を抜けば明日の食事にすら困るような生活の中にいたから、当然家庭は荒んで夫婦喧嘩なんて日常茶飯事。で、しばらくしたある日に、私が学校から帰ってきたら、お母さんが玄関にいっぱい荷物を抱えて立ってて、『美穂、よく聞いて。あなたとお父さんはもう、家族じゃないのよ』っていきなり言い出してさ。あとはもう分かるでしょ?訳も分からないまま家を出て、お父さんとはそれっきり。笑っちゃうわよ。子供ってつくづく可哀想なものよね。大人同士の都合に勝手に巻き込まれて、自分の人生を振り回されるなんて」

 自分の身の上話をする美穂の横顔は、憂鬱の一色に染まり、乾いた微笑が浮かんでいた。

「しばらくはお父さんが恋しかったけど、すぐに生活の忙しさが淋しさを上回って、お父さんのことはあまり気にならなくなったの。そこからは大変だったねー。お母さんは毎日朝早く家を出て行って、夜遅く帰ってきたと思ったら、そのまま布団に入って眠っちゃう。当然だれかを家に呼ぶなんてことも出来なかったし、母親と遊ぶこともなかった。そのまま月日は流れて、母親は事業の立ち上げに成功して、反動みたいに私は不良少女に成り下がっていた。しばらくしたらあの通り魔事件が起きて、平日にも関わらず学校サボって遊んでた私はお母さんの仲もこじれたまま、ナイフでグッサリやられてさようならってわけ。どう?これが私の過去」

「…どう?って言われてもな…っていうか、それがどんなふうにつながってんだよ?」

「普通に考えてみなさいな。両親の愛をみじんも受けられず、短い一生を過ごしてきた私からしてみれば、私は母親に少しでも愛して欲しかったんだと思うのよ」

 最後に小さくため息をつき、美穂は「ちょっとお手洗い借りるね」と言って部屋から出て行った。

「…ぅああー…」

 美穂の姿が部屋から消えると、俺の口からなんともつかない声が漏れていた。

 二週間。飛ぶように過ぎた割に、目的を達成する寸前の最後の数分間だけは、時の流れがとてつもなく長く感じた。

 何はともあれ、これにてミッション完了。

「母親に少しでも愛して欲しかった…か」

 今の俺には全くと言っていいほど存在しない感情だが、そこら辺はやはり家庭事情の違いなのだろうか。

 しかし、どうやってその未練を果たしてやればいいものか。

 やっぱり、そのあたりと結果報告も含めて、もう一度真奈と話をしてみる必要があるかもしれない。

「…愛するって、何なんだろな……」

 自分で言ってから非常に恥ずかしいことだったと気づき、気を紛らわせるために携帯を取り出して真奈へのメールをカチカチと打ち始めた。



『嘘だな』

「…え?」

『私の推論が正しければの話だが、少年がお嬢さんに聞いたというその未練は、十中八九嘘のものだろう』

「………!?」

 メールで美穂の過去、聞き出した未練を真奈に伝えてみたところ、詳しい話を聞きたいという返信が返ってきた。

 そこでまた夜に美穂に聞かれるとまずいという理由からまたも家の外に出て通話をしているのだが、美穂の過去と未練をすべて説明した俺に対して真奈が返した反応は非常に予想外のものだった。

『すまない。今度ばかりは私のミスだよ。あのお嬢さん、実はかなりの策士だったようだ。私としたことが、高をくくってしまってらしくないミスをしてしまったようだ』

「あの、できればどういうことか説明してもらえますか」

『うん。まず、少年はお嬢さんの未練が両親にあると言っていたよね?』

「ええ。本人も確かにそう言っていましたよ」

『だからそれが間違いなんだ』

「?」

『実は私も、お嬢さんの家庭事情を詳しく調べるために、お嬢さんの家にお邪魔させてもらって親に話を聞かせてもらったんだ。クラスメートの親を装えば簡単だったよ』

「貝木さんかあんたは」

『まあまあ。ここからが本題だから』

 真奈は一呼吸置いて、話し始めた。

『手始めにとお母さんに話を聞いてみたのだけれど、話を聞く限りでは別段親子の仲がこじれていたというわけでも無かった』

「あれ?でも美穂は…」

『その時点でおかしいだろう。確かに父親と離婚をしていたというのは本当だったらしい。でも、彼女はそれ以来の約十年間、親思いのいい子として育っている。母親も声を湿らせながら当時の思い出をいくつも語ってくれたよ。こっちも危うくもらい泣きしてしまうところだった』

「そこは素直に泣いておきましょうよ」

『普段と違う余計な感情は、理性に基づく判断を鈍らせるからね。別に私は血も涙もない鬼って訳じゃない。泣くときはそりゃ泣くよ?でも人間は情に脆い生き物だ。時には感情を抑えて動かないといけない』

「…そうですか。じゃ続きをお願いします」

『少年が私をバカにしているのは気のせいかな?…まあいい、どこまで話したかな?ああそうだ、母親が娘との思い出を話したところまでか。さっきお嬢さんが親思いのいい子だったと言ったけれど、むしろこの場合に問題なのは、何で彼女が私たちに偽の未練を教えたのかということだ。場合によっては、事態の収拾がつかなくなる』

「どういうことですか?」

『つまりだ。彼女がもし、少年に未練を聞き出すように指示を出した人間がいるのではないかと勘ぐっていたとしたら?』

「何もかも見通されていた、ってことですか?」

『そう言うことだ。少年は今まで、部屋に閉じこもったままで、出かけて何かを調べに行くということをしなかったろう?』

「うっ…ide仕方ないですよ、どうせ俺は万年インドア派なんですから」

『そう卑屈になるなって。まあ結果的に、お嬢さんは少年が自分の親と接触していないのに気づいて、そこからあの未練を捏造したのだろうね』

「でも、これでアイツに本当のことを問いただすことが出来なくなっちゃいましたね」

『仕方ないかな…今回は彼女のほうが一枚上手だったということか』

「ま、これからもゆっくり聞いていきますよ。あと三週間くらいあるんですし」

『その言葉は心強いけど、不用意な行動は控えてくれよ』

「分かりました。じゃ」

『…あ、待って待って。一つだけ、現状を打破する方法を享受しよう。心して聞くように』

「なんですか、改まって」

『お嬢さんと、デートをし』

 ブツッ。

 『デート』の単語が聞こえた瞬間に電話を切り、折り畳んでそのまましまう。が、直後にまたズボンのポケットからバイブレーションがうなったので、五秒ほどの逡巡を経て通話に出た。


これで今日4…5…あれ、何個目だっけ

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