18
「……よう、探したぜ」
「…………ッ!」
まるで敵にでも反応するように、激しく振り返った美穂。その眼には、遊園地で美穂が見せたあの表情に似ているものが浮かんでいた。
声をかけたのが俺だと分かって尚、その色はなかなかとれない。
「別に探してほしいなんて、頼んだ覚えはなかったんだけどな」
「俺だって、今日が命日になる予定じゃなかったら、お前をわざわざ探しに来たりはしなかったな」
びくんと美穂の肩がはねた。
「そっ、か…私の所為だね。……私が、私が君に関わったりしなかったらこんなことには…」
「いいんだよ別に」
「…………?」
美穂はうつむきかけていた顔を上げた。やや驚いたような感じが見て取れる。
「いいんだって。別に、関わりのある人間に迷惑かけたって、そりゃ仕方ねぇっての。逆に迷惑をかけないような人間の方が恐ろしいね、俺は」
「……いいわけ、ない」
「いや、いいんだ」
「……いいわけないよ。よくないよ。私は、他人にちょっと迷惑をかけただけで、良くない目に会ったんだ」
「昔は昔、今は今だ。今は俺が迷惑掛けられてぜんぜん大丈夫っていってんだから大丈夫なんだよ」
「嫌だ。私が、それじゃあ嫌だ。私は、もう誰も許したくない。自分も、他人も」
もうなにを言っているのやら支離滅裂だが、黙って話を聞くことにする。
「…………」
「私は今、生きたくて、死にたい」
「…………」
「私は今、殺したくて殺したくない」
「………………」
「私は、やる気を出したくて虚無感に浸りたくて、息がしたくて酸欠になりたくて、人を愛したくて憎みたくて、永遠を生きたいけど一瞬を生きたくて、過去が愛しいけど未来に行きたくって……」
「もう満足か?」
「………………」
俺の言葉に、それまで喋っていた美穂が黙り込んだ。その隙に次々と言葉を叩き込む。
「もうやめとけよ見苦しい。分かってんだよ、もう冷めてんだろ、お前。途中まで矛盾したことを言い続けてなんだか悲劇のヒロイン気どりしたのはいいけど、実はとっくにさめちまってんじゃあねえの?」
最っ高にニヒルな笑みを浮かべて、他人の意見を鼻で笑う。
真奈の言ったみたいに、心の底から何かを話すなんて俺にはとうてい無理だ。
なら、欺いて、騙して、誤魔化して、弄んでやる。追い詰めて、本音を炙り出してやればいい。
「………………るさい」
一瞬黙り込んでいた美穂が、ギュッと拳を握りしめる。ほら、出てくるぞ?
「…うるさい!うるさい、うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいッ!!なにも知らないクセに!私の気持ちなんて、何一つ分かっちゃいないクセに!」
その口からほとばしる言葉は、抑えに抑えた彼女の感情をすべて内包していた。
「私が、どんな気持ちで!どれだけ怯えて!学校での日々を過ごしてきたか!君は、何も知らないんだ!クラス中から突き刺さるあの冷たい視線も!仲良くしてきたクラスメートに裏切られる瞬間も!私は知ってる!何もかも!私を取り巻くもの全てが敵になった時の絶望感も!泣きすぎて涙が枯れるってこともっ!全部、全部っ、知ってんのよッ!!」
最後の方は、ほぼ絶叫だった。
涙を流し、声を湿らせ裏返らせながらも、美穂は感情の丈をぶつけてきた。
「………………」
「………黙ってないで、何か言いなさいよっ!…今更命乞いしたって、もう遅いんだからっ!もう、手遅れなんだからぁ…っ」
そう言うと、彼女はその場で泣き崩れてしまった。
全く要領を得ない言葉の数々だったが、今の美穂の切実な言葉の数々は、俺に彼女が何を体験したのか理解させるにあまりあるものだった。
思わず鼻頭が熱くなるが、今度はこっちのターンだ。情にほだされている場合ではない。
――君にしか、彼女は救えない。頑張れよ、優人君
頭の中で真奈がかけてくれた言葉がこだまする。
その言葉に後押しされるように、一歩前に、前にと、美穂に歩み寄る。
道路に座り込むようにして、声を殺して泣き続けていた美穂は、俺が近づいてきたのに気づいて、小さく体をすくめた。
「……一つ、最初に訂正させてくれ。俺が美穂に会いに来たのは、別に命乞いなんかじゃあない」
「…………………?」
俺の発言に疑問を覚えたのか、美穂はゆっくりと顔を上げた。
「……じゃあ、何だって言うの?」
まだ少し声が濡れてはいたが、その中には確かな芯があった。
「なんて言えばいいんだろうな。…俺と美穂を、救うためかな」
「……どういうこと?私を成仏させて君も邪魔者がいなくなってハッピーエンド、なんて言ったら許さないわよ」
「違う。……まあ俺に限って言えば、救うというよりは救われるで、どっちかっていえば罪滅ぼしに近いかもしれないけどな」
「早く話して」
そうせかされ、美穂から2、3メートル離れた手近な木にもたれかかるようにして、俺はゆっくりと話し出した。
「……中学校の頃だよ。俺のクラスメートに当時仲のよかった友達がいたんだ。そいつとは小学校の頃からの付き合いで、今思えばとてもやんちゃな性格だった。クラスにひとりはいるだろ?そういうヤツ。でもな、そういう性格っていうのは、一度突き崩されてしまうと、ハンパなく脆いんだ」
美穂はうなずくとも首を振ることもせず、ただ上目遣いに俺を見つめていた。
「きっかけは、覚えてない。ただ、分かったのは次の日からクラスからそいつが浮いてたってこと。『コイツがターゲットだ』っていう空気が気づいたら教室内に蔓延していてさ、嫌でもいじめが行われてるんだって気づけたよ。そしたら、あとはもう簡単な話さ。そいつの性格が変わり果てるのに、一年もかからなかった。俺も最初は止めようとしたさ。でも直ぐに、俺もクラスの雰囲気に呑まれた。あの時の俺を、思い切りぶっ飛ばしてやりたいね」
思い切り拳を握りしめる。
「……その人は、どうなったの?」
「死んださ。在学中にね」
「………!」
「俺は、悔しかったんだよ。あん時になんであいつを救えなかったんだろうって。クラスメート一人のために、先生に話をすることがなんで出来なかったんだろうってさ。だから、美穂が俺の前に現れた時、思ったんだよ。救わなくちゃ、って。目が、あいつとすんごく似てたからな。だからさ、俺が今、美穂に会いに来てんのは、助けて欲しいとか、命が惜しいとか、そんな女々しい理由じゃなくて、俺が生きてる内に、あいつと同じ道を歩もうとしてるヤツを助けたかったからなんだよ。すまない。多分これは欺瞞だし、ただの自己満足だ。美穂が救えたら、あいつを見殺しにした俺の罪が、勝手に消えるもんだと思いこんでいるだけかもしれない。でも、それでも、俺は美穂にあいつみたいになってほしくないんだと思う。生きながらにして、死んで欲しくないんだよ、きっと」
話し終えてから、一息ついて思わずその場にうずくまってしまった。
でも、今度こそやれることはした。あとは、向こうがどうでるか、だ。
神にでも祈るような気持ちで、崩した座り方をして目をつぶっていた俺に向かって、美穂が口を開いたのは実に一分ほどお互いに黙ったあとだった。
「……色々言いたいことはあるし、今更謝っても、許してくれないとは思うけど、これだけでも言わせて。……ごめんなさい」
そう言い、彼女は俺に頭を下げてきた。
「…………」
「それと、一つだけ聞かせて。私は、この世に生きててよかった人間なの?」
「……『よかった』じゃない。美穂は今も生きてていい人間だよ。俺が保証する」
その言葉を聞いて安心したのか、美穂はまた涙をながしてしまった。
泣きながらも、「こっち、あんまり見ないで」と言ってくるので、目のやり場に困った俺は思わず空を見上げていた。
空にはやっぱり待宵月が出ていて、ほとんど南中していた。ほぼ日付けが切り替わるこの時刻になってもまだどこにも異変がないということはこれは一応説得できた――ということでいいのだろうか。
などと考えていると、いつの間にか美穂が俺の隣に来ていた。
「隣、座ってもいい?」
「いいけど、河原の方が月がよく見えるぜ」
「そうだね」
二人揃って河原の方へ移動し、斜面になっているところに寝転がって空を見上げる。
月明かりに食われて、あまり星は出ていなかった。
十分くらいだっただろうか、お互い何も言わずにそのまま寝転がって月(というか見るものがほとんどない)を見ていると、隣から小さいくしゃみが聞こえた。
「……冷えるし、そろそろ帰るか」
苦笑交じりにそう提案すると、美穂は何も言わずに小さくうなずいて立ち上がり、寝転がったままの俺に手を差し出してきた。
俺も黙ってその手をとり、しっかりと握ってあとは引っ張られるのを待つだけ――
――そのはずだった。
美穂は俺の手を引くや、なぜかそのまま後ろに尻もちをついてしまい、俺はと言えば、未だに斜面に寝そべったままの状態だった。
その原因は、別に俺が握っていた手を離したからとかではない。
それはもっと単純で、実に残酷で、でも美しい物だった。
伸ばした状態の俺の腕は、二の腕のあたりから先がなくなっており、その残った腕の断面からは光の粒のようなものが次々と美穂の方へと移動しては吸収されていた。
美穂が持つちぎれた腕の方もだいたい似たような状態で、やはりその腕の方も光の粒がだんだんと漏れて、吸収されては消えていく。ぼんやりと、綺麗だな、と思った。
尻もちをついた美穂は起き上がると、俺が手の力を抜いたせいだと思ったのか、不満を顔いっぱいに浮かべて抗議しようとしてきたが、俺を見た瞬間にその眼を見開き、俺の半分以上がない右腕をまばたき一つせずせずに見つめ、ついで自分の取り落とした《腕》の方もしばらく見つめたのち、たった一言、「なんで…」とだけ言葉を漏らした。
他人の腕がもげているのにも関わらず、悲鳴の一つすら上げない美穂には感心したが、その理由が単に神経が太いからというだけでは済ませれないような気がした。
もしかしたら、美穂のついた嘘が死因だけでなくその時期すらも偽っていて、実はかなりの人数の魂を喰らって生きていたとしたら、こういう光景は見慣れているのかもしれないということが頭の中に浮かび、声をかけようと体を起こした。
だが、残った左腕を地面に着いて上体を起こそうとすると、その付け根から硬質な悲鳴が聞こえて、思わずそっちを見てしまった。
腕の付け根に小さなヒビが入り、そのヒビは腕を一周するだけかと思いきや、上半身にまでその爪痕を食いこませ、腕の方のヒビの部分はだんだんと断面になり、やがて俺の左腕は腕から乖離し、地面に落下して砕け散る。これだけの動作が、スローモーションとなって俺の網膜に焼きつけられた。
「―……――…ッッ!」
順番あってるかなー……
とりま連投。




