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三月、幽霊少女と出会いました。  作者: 藍川ことき
一章 三月、幽霊少女と出会いました。
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 肌に突き刺す寒さ。

 腹に響く重低音。

 町並みを切り裂くように流れる灯り。

 生まれてこの方、バイクに乗ったことなんてなかった俺にとって、それらの音や経験というのは、非常に真新しいものがあったが、現在進行形で起きている一番の問題が、それらをみなぶち壊しにしていた。

「真奈さあぁぁぁあん!ちょっとスピード、出しすぎじゃあないですかぁぁあ!?」

「問題ない!まだ二百は出てないから!」


お互いの会話を叫ばないと聞こえないほどに阻害してあまりあるほどのバイクの爆音も充分に厄介だったが、現在俺たちが置かれている状況はそれ以上に悲惨なものだった。

 具体的に言うなれば、同じ車線で走っている車がほぼ一瞬で追い越されて後ろへ流れ去っていくという具合。

 真奈が200は出てないと言っていたが、100〜150は絶対出てる。間違いなく。一般道なのに。二人乗りなのに。時間短縮がいくらでも利くと真奈が言っていたのはこの化け物マシンが間違いなく理由だ。だってこれ、まだスピードが遅い時に真奈に聞いてみたらこれ以上スピード出るらしいし。

 女性にしがみついてバイクに乗るということに、乗り始めの方こそ抵抗を覚えたのだが、広い一般道に出た段階で、真奈が圧倒的にスピードを上げたせいで、それも頭から消え去った。今となってはしっかりしがみついているにもかかわらず、いつ振り落とされるか分からない恐怖が体を支配し、生命維持のために女性にしがみつくという状況すらも是としているような有様だ。

「二百出てないってことは、百は出てるってことですよねえぇぇえ!?」

「確かに出ているが、それがどうした少年!?」

「今わざわざ遠まわしに言えるほどの精神的余裕がないんで、はっきり言いますけど、法定速度ってやつをどうか遵守して下さぁあい!」

「そんなお堅い法律があるから人間はいつまで経っても進歩出来ないんだよ、少年!法律なんざそこらへんの警察にでも食わせておけばいい!」

 ちょうどそのとき、赤に変わった信号に捕まり、俺たちの乗ったバイクがつかの間の休憩に入った。

「法律がなかったら人間は衰退しますよ」

 すると真奈はしばしの沈黙のあと、こう呟いた。

「じゃあ、少年は一人の少女を救うよりもこんな下らない法律を遵守することに、私の労力を費やして欲しいのかな?少年は茨の道を通り、世界を敵に回すと私に誓ったはずだぞ。こんな法律の一つや二つでつっかえているようでは先は見えないねぇ」

それまでの声は、ともすればエンジン音にかき消されるようなものだったのに、その挑発的な一言だけはやけにはっきり聞こえて、俺の思考をイヤでも占拠してくる。信号で止まっていてエンジン音が多少小さくなっているから、という理由だけではないだろう。

「………っ」

 一瞬、グッと言葉に詰まってしまう。

 だが、次の瞬間には答えがでていた。

「いや、やっぱあいつを――美穂を救うことに、全身全霊をかけて下さい。お願いします」

 前を向いている真奈の表情は見えないが、多分きっと笑ってるんだろう。そう思う。

「よし、さすがは少年だ。私の期待通りの答えを返してくれたよ」

「おだてても何も出てきませんよ」


「そう言えば少年、お嬢さんを説得するための算段はたったのかい?」


「まあ、たってますよ。ちょっとアイツに意趣返しをしてやりたいんで、とびっきりのを考えてます」


「それは頼もしいね」

 信号が青に変わる。再びタイヤがアスファルトの路面を噛み、バイクが爆発的な加速を遂げる。

 慣性の法則に従い、一気に体が後ろへ持っていかれそうになって、慌てて真奈にしがみつく羽目になった。

「期待通りの回答をしてくれた少年には、褒美を出さないとな!」

 轟く爆音に負けないように、真奈も会話のボリュームを引き上げてきた。

「一体なにをくれるんですか!?」

「今の少年にとっても必要なアイテムだよ!」

「美穂の体から俺の魂だけを引っ剥がすアイテムとかですか!?」

「違う!そんな即物的なものじゃあない!」

「じゃあなに――」

「来るぞっ!?舌噛んでくれるなよ!」

 はあ?と俺が小さく呟くのと、足元から重力という概念が消え失せるのはほぼ同時だった。

 車やバイクが道路を走るときには、凸凹やちょっとした段差などで独特の振動が発生するのだが、今はそれがないのだ。

 つまり飛んでいた。

「――……―…――…ッ!」

 声にならない悲鳴をあげる俺と真奈を乗せたバイクは、E.T.の真似事をするかのように一瞬空を駆けた。

 多分坂か何かを登り切って、そのまま自然に飛ぶ、というよりは跳んでいるという感じでカタパルトよろしく坂から撃ち出されたのだろう。

 無重力空間に来たみたいに内蔵が浮く感じがするのが面白い。これで月の一つでもでていれば、ずいぶん画になっていたのかもな、などと調子に乗ったことを考えていると、割と早く重力がもとの仕事をし始めた。

 足下数秒も経たない内に浮くような感覚に浸されていた内蔵という内蔵を全て鷲掴みにされたような不快感に襲われ、吐き気がこみ上げる。

 が、胃の中身が喉元まで出てきて口の中が酸っぱくなってくる前に、バイクはまた地面に叩きつけられて激しく軋み、また走り出す。

「どうだい少年?時速百八十キロフラットのバイクで体験するE.T.のワンシーンは面白いだろう?」

「今のが報酬だか褒美だかって言ったらキレますよ俺!?」

「いやあ、滅多に出来ない経験だったろう?時速百八十キロフラット出して一般道を走るバイクというのもそうそう無いものだよ?」

そう言って快活に笑う真奈。

「笑い事じゃないっすよ…」

 危うくモザイクかかりそうな物体Aが口からカムバックするところだった。

 真奈に思いっきり抗議をしてやろうかと考え、口を開きかけたのだが、真奈にそれを制された。

「…どうやら、私たちの華麗な救出劇を邪魔しようとする無粋者がいるらしいね」

 小声で真奈が話しかけてくる。

「………?」

「耳をよく澄ませてみて。無粋者の聞くに耐えない罵声が聞こえるよ」

 言われたとおりに、耳を澄ませてみる。

『――…そこの車両!!止まりなさい!』

 拡声器にかけたかのような声と、夜景を引き裂かんばかりのサイレンが聞こえた。わざわざ後ろを後ろを振り返って確認するまでもなく、警察の御方でした。

「な?無粋だろ?」

「な?じゃないですよ!!俺たちこれで晴れて犯罪者じゃないっすか!」

「いやあ、今更私に遵法を説いてもねぇ」

「いやあ、じゃないっちゅーに!」

「じゃあ少年はこのまま警察に捕まってデッドエンドを迎えたいのかい?」

「分かりましたよ、分かりました!もう目一杯加速して、サツなんて思い切り撒いちゃってください!」

 もう半分自棄だった。

「そうこなくっちゃあね!」

 真奈はさらにバイクを疾く駆る。

 いよいよもってバイクの奏でる爆音は凄まじいものになり、周りの景色はただののっぺりとした真っ黒な壁となり、時折見える街灯や家灯りが光の線となって過ぎていく。

 掠めていく冷風にさらされた耳は寒さのあまり千切れそうなほどに痛く、真奈にまわした腕は今にも凍てついてしまいそうなほどに冷たくなっていた。

「少年!!しっかり捕まっていろよ!!」

 その声が聞こえるや否や、暴力的なまでの遠心力が体を襲った。

「――…―…ッ!」

 右に左に振られる体を必死に車体に固定し、今日何度目になるかわからない悲鳴を喉のところでせき止める。

 下手なジェットコースターよりよっぽど怖い、命綱もシートベルトもないスリリングなドライブに、何度も心臓が口から飛び出そうになった。

 だがその速度のまま最後まで走るという腹ではないらしく、しばらく走って河原に出たところで、一気にバイクのスピードが落ちた。

「……よし、警察は撒いたかな」

「……『は』ってことはまだ撒いてないものがあるとでもいうんですか」

「いや、これにて私のターンは終わりってことだよ」

「というと?」

「とぼけるなよ。私は出来る限りのことをした。次は少年の番だよ、ってことさ。ここから先へはバイクじゃいけない。道は幸いここをまっすぐ行くだけだよ」

 そう言ってサイクリングロードと呼ばれる自転車道のど真ん中で、真奈は車を止め、ヘルメットを外した。

「美穂を救いにいけ、ってことですか」

「そうさ。君は今から一夜限りのヒーローになる。普通に自分だけが助かる方法があったにも関わらず、法を犯すことすら厭わずに夜の河原をバカみたいに疾走して、一人の死にかけの少女を救いに行く、白馬の王子様になるんだよ、少年」

 俺はただ、肩越しに振り替える真奈に一度だけうなずき、ヘルメットをはずしてバイクから降りた。


「君にしか、彼女は救えない。頑張れよ、優人君」


その言葉に押されるようにして、俺は後ろを振り返ることなく走り出す。


空には、遊園地で見た月―待宵月が、あのときよりも少し高い位置で、空に浮かんでいた。


あの時より明るい月明かりに照らし出されて、進むべき道がよく見える。


余命数時間の戦いが、今始まった。






走った。

 夜の河原沿いの道を、真奈の声に後押しされるように、全身全霊をかけて、俺は走った。元々運動部に属していたわけでもなく、万年インドア派だったから、十数分とたたずに息が上がってくる。

 思わず立ち止まり、膝に手をついて荒く息を繰り返す。肺はまるで締め付けられるように生命活動を精一杯繰り返し、その呼吸音は早くも訪れた体の限界を如実に示していた。

 でも、時間がない。

 声にならない声をあげ、また走り出す。

――美穂に生前、何があったのか。

どんな未練があって、死後幽霊となってしまったのか。

その本当の理由を、俺はまだ知らない。

 自分の部屋で美穂と出会ってから、それなりに時間が経過しているのに、心のどこかで、その手の専門知識に都合のいい方法があるだろうと思いこんでいた。

 今更謝って、許してもらおうなどという気は到底ない。そもそも何に謝るって言うんだ?

 その程度のことで、今日俺が消えるという事実は揺るぐはずもない。

 だけど、だけれども。

 自分の悩みを誰にも話すことなく、誰にも理解されることもなく、他人を犠牲にして生き続けていくことが、どれだけ辛いだろう?

 もし俺がそんな目にあったら、多分途中で心が壊れてしまうと思う。




空にかかる待宵月がだいぶ高い位置に来ている。南中までもうあまり時間がない。


そう思って果てしない熱を持つ脚を動かして走っていると、視界の右手にある幾つかの民家の内、奥の方に見える一つに、ずいぶんと懐かしく感じる後ろ姿が見えた。


今まで走っていたことを気づかれないように、目の前の人影を視界にとらえつつ、深呼吸をして激しく上下する肩を諌める。


ある程度呼吸が落ち着いたところで、ゆっくりと後ろ姿に近づき、その人影に声をかけた。


おはこんばんち!アキでせう

そろそろ終わりに近づいてきたかな

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