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三月、幽霊少女と出会いました。  作者: 藍川ことき
一章 三月、幽霊少女と出会いました。
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「あなた、誰?」

そう言って目の前の少女は首を傾げた。

 現状が飲み込めない俺の肩から、ズルッと鞄がずり落ちた。

「えーっと、あ」

 やや不信感を孕んだ言い方でもう一度少女が質問をし直すや否や、俺は思考時間ゼロ秒で自室のドアを閉めた。

 人は理解したくないものに遭遇すると、それを視界から締め出したくなる生き物らしい。


いや待て待て待て待てちょっと待て。

 現在時刻は4時半、ストレスの塊である学校から帰路につき、唯一の安息の空間である自分の部屋で誰にも邪魔されずに自分の世界に引きこもろうとしてドアを開けたら、少女が我が物顔で部屋に居座ってるって。…どういうこと?

 夢か?夢だよな?っていうか夢であってくれ。いや、疲れてるのかな?

 鞄を肩にかけ直し、もう一度ドアノブを握り直す。

 二、三度深呼吸を繰り返し、ドアを勢いよく開け放った。

 よく見慣れた部屋に配置された家具に囲まれ、やはり少女は部屋の中央に鎮座していた。夢じゃなかった。

 今度こそ少女は疑わしげにこっちを見ている。

「あなた、誰?」

 もうドアを閉められるほどの心の余裕はどこにもなかった。

「…お前こそ、誰?」

 その少女はもう一度首を傾げた。そしてそのまま固まってしまう。

「………」

 俺も突っ立ったまま沈黙してしまう。

「………」

「………」

「えーっと…」

「………」

 少女は黙っている。

「あのさ………」

「………」

 依然として少女は黙っている。

「もしもーし」

「………」

 反応がない。ただの少女のようだ。

「……あ、あなたこの部屋の持ち主?」

「…?まあ、そんなとこだけど…」

 途端に質問を質問で返したかと思うと、合点がいったように頷く少女。

 自己完結はダメ、絶対。俺が何も理解できてない。ってか質問に答えてくれよ。無視はいじめだぜ?

「なあ、俺がいったいど」

 俺の言葉は最後まで続かなかった。

 少女はおもむろに立ち上がり、未だに立ちっぱなしの俺の胸に―といっても制服越しだが、さわってきたのだ。

「なななな何すんだよ!?」

 思わず飛び退く俺。

 悲しいかな、この年にして彼女の一人も出来ない(いや、これから作るんだ!)俺故に、胸を年頃のオンナノコにちょっと触られただけで心拍数が一気にヒートアップしてしまうのであった。

「逃げないで、痛いことはしないから大丈夫」

 少女の声は至って冷静。どちらかというと今はこっちの心情に気づいてほしい。

「いや、それよりも恥ずかしいっつーか、何っつーか」

 またも抗議の声は無視された。壁にまで仰け反っていた俺には逃げ場など無く、歩み寄ってきた少女にぺたぺたと胸を触られることになった。

「うん、1ヶ月は大丈夫かな」

 少女はいきなりボソッと何かを呟いたかと思うと、おもむろに手を思いっきり胸に押し付けてきた。

 …はずなのだが、感触がない。押されているという感覚が全然無い。

 というより、少女の手が、手首の辺りまで丸ごと俺の胸に埋まっていた。

「うわぁああああ!?」

 当然俺はパニック状態に陥る。

 まあよく考えれば一般人として当たり前だが。人の体に人の手が入るって、本やアニメの中だけのものかと思っていたからな。

 とにかく身の安全を確保せんと、体に埋まった腕を引き抜こうとしたのだが、今度は腕が動かなくなっていた。

 ほかの部分も動かそうとしてみたが、体のどこの部位にも力という力が入らず、首から上が辛うじて動くような状態だった。

「なに…を…?」

「変に力を入れようとしないで。慌てる必要はないよ。すぐに終わるから」

 やはり少女は冷静だった。

 と、自分の胸にあいた穴から、仄かに光が漏れているのに俺は気づいた。光は俺の鼓動が早鐘を打つのに合わせるように脈打ち、その光の強弱を変えている。


「だから、質問に、答え」

「あと一分もかからないから。もう少し」

 少女がそう言った瞬間、状況に変化があった。


突如として穴から出ていた光が膨張し、体が熱くなる。

「…っ、これは、一体…?」

「踏ん張って」

 いや踏ん張ってって言われても具体的な説明は!?っていうか俺の質問何回ガン無視するつもり!?

 言いたいことは山ほどあったが、直後に体が吹っ飛ばされそうになるほどの衝撃と目も眩む光に襲われ、一瞬で指示の意味を理解した。

 必死に床に張り付いて耐えようとしたが、小学校の頃からインドア派で通してきた俺の体は向こうの希望に添えるほどに頑丈に出来ているわけではないようだったらしく、数秒も持たずに床から引き剥がされて吹っ飛ばされる羽目になった。

 一呼吸も置かずに背中に走った衝撃に肺の中にあった空気がすべて吐き出される。

 光のせいで視界がホワイトアウトし、意識すらも刈り取られようとしていた。

 様々な外的要因のお陰で消えゆく意識の中、少女の言葉だけがやけにはっきりと聞こえていた。

「ありがとう。ごちそうさま」

 …ごちそうさま?

 と頭に浮かんだ疑問符も、最後まで光と衝撃に抗ってしぶとく残っていた意識も、次の瞬間にはもう一度訪れた光に押し流され、消えていった。



「もって1ヶ月」

 それが、意識を取り戻した俺に向かって少女が最初に告げた言葉だった。

 間違っても「大丈夫?」などのいたわりの言葉はこない。

「…はぁ?」

「だから1ヶ月だって。それがあなたの寿命」

「……はぁあ?」

「きみ、日本語書ける?話せる?使える?きゃん・ゆー・すぴーく・じゃぱにーず?」

 この言い方は絶対なめられてる。うん。

「いや待て。ちょっと待て一から十まで俺に説明してくれ」

「あれ?余命1ヶ月だってのに結構余裕かましてられるんだね」

「理解に苦しむ状況はとりあえず無視することにしてるからな」

「要はバカ?」

「違う。っていうか説明。説明ぷりーず」

「うるさいな〜。分かったよ、土下座してまでしてでも説明して欲しいならしてあげるから」

「おい嘘を交えるなそこ」

 土下座なんてしてないって。壁にもたれかかってるだけだよ。

「こらこら、嘘はいけないぜ」

「そのパターンは予想してなかった」

「で、何だっけ?そんなに聞きたいんなら聞かせてあげるけど、捕食が?食事が?おやつが?」

「全部」

「贅沢な人だね君。別に嘘偽りなく、全部ほんとのことだけど?」

「すまん。簡潔すぎてなにも分からない」

「やっぱバカじゃん」

「違うっつーの」

 ぶつくさいいながら、俺の抗議を完全にスルーして少女は座っていた椅子ごとこちらに移動してきた。

「じゃ、間違っても話の腰を折らないでね」

「はいはい」

「まず最初に、私はすでに死んでるの」

「北斗n」

「何を言わんとするかは分かるけど話の腰折ろうとしないで」

「はーい」

「で、私が死んだのは今から二ヶ月ぐらい前。通り魔にやられてグサリと」

「…確か、犯人は10人くらいヤったんだっけ?」

 その事件ならつい2ヶ月にテレビや新聞を騒がせていたから、よく覚えている。確か都心で起きたはずだ。

「私を含めて被害者は12人ね。ところで、君はその通り魔の犯人がその後どうなったか知ってる?」

「うーんと…いや、覚えてないな」

「犯人は、犯行から1ヶ月後に衰弱死したのよ」

「……衰弱?」

 自殺とかならありそうなのだが。

「そ。心理状態が不安定だったとか、それまでの食生活に問題があっただとか、議論に議論を重ねて検死までしたクセに確かな答えには辿り着けなかったのよ」

「そりゃまたご大層なお話だな」

「でも私はその死因を知ってる」

「ほお?で、その死因って?」

「私が食べたから。通り魔の魂を」

「………」


待て。いきなり脳に過負荷をかけるんじゃない。思考のラグり具合がヤバいことになってるっつーの。

「何よ?その疑わしい視線は」

「いや、何つーかその、うん」

「信じがたいって顔してる」

「あれだ、階段余所見しながら上ってて、いつの間にか登り切ってるのにまだ段があると思い込んで普通に一段上ろうとした時のあの肩すかしくらった感じだ、今の俺の心情」

「意味が分からない」

「なんか、ずれた感じなんだよ。簡単に言えばな。そうだな、もうちょい分かりやすい例えは無いものかな…」

「『ずれた感じ』だけで充分理解できるわよ」

「…うん、分かった。たい焼き食ってたら途中にあんこの入ってないとこがあった感じだ」

「余計意味不なことになってるって。まあ話が進まないから次行くよ、次」

俺の素晴らしく分かりやすい例えは完全にスルーされてしまった。

「………」

 …えもいわれぬこの満たされなかった感は何だろうか。

「ってかどこまで話したんだっけ。話が大分それたせいで忘れちゃった」

「たい焼き食ってたらあんこが」

「違うわよ。私がってこと」

 にらまれた。怖いって。

「確か通り魔の魂を食べたとか食べないとか」

「あ、それそれ。まあ、食べたっていっても実際に魂をガブリとやった訳じゃなくて、寿命を短くしたんだけどね」

「寿命…?」

「人それぞれに存在する魂には、それぞれに容量と出力が決まってる。で、その容量を使い果たすのが大体平均して80歳って訳」

「はぁ…」

 頭のキャパオーバーが目前まで来てる。まったく理解出来ない。まるで数学の授業並みに理解不能。

「だけど、その80年ってのは容量にあった出力をすればの話で、その年数は増減ができるの。 どうやら幽霊ってのは人間以上に自分の魂を消費していくスピードが早いらしくて、私も通り魔にやられて一週間もしたころにもう長くないって気づいた」

「分かるもんなのか、長くないって」

 そう言うと、少女は眉根を寄せ、不服そうにぼやいた。

「嫌な話だけど、感覚的に分かっちゃうのよ。何だか、普段と違う感じがするの」

「へー」気づくもんなのか。

「で、色々あって自分が生きながらえるために通り魔の魂を食べた…もとい取り込んだの」

「食べるって?どうやって?」

「さっき君にしたみたいに」

「あの変な儀式がか?…って待て。さっき俺の寿命があと1ヶ月だとかなんとかほざいてたけど、それってもしかしてそういう意味?」

 …すんごい嫌な予感がする。

「理解が早くて助かるね」

「いや待て。待てちょっと待て」

「何を?ちなみに契約は履行済みだから取り消せないよ?」


どうもお久しぶりです、アキです。

この間言っていたとおり、某出版社に提出したものの用紙のタテヨコの文字数を勘違いしていたためにそもそも評価をいただくことができなかった悲しき処女作、「三月、幽霊少女と出会いました。」をこのたびこちらに投稿させていただきました。

何分一年ほど前に書いたものな上に前回の「月曜日、襲来」とはジャンルからしてまったく異なるので、前回投稿させていただいたもののような文体やテンションを期待して読んでくださった方の期待をもしかして裏切ってしまったかもしれませんが、本来僕が書いているのはこういった感じの小説なのでそこのところはご理解いただければと思います。


今後もぼちぼち続きを上げていくつもりですが、温かく見守っていただければ幸いです。あと、感想やご意見などいただけるととてもありがたいです。というかいっそ昇天します(笑)

そんな感じでいつか昇天できる日を心待ちにしつつ、ここら辺で失礼させていただきます。ではまた。

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