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魔法学の先生  作者: 市村
第一章 幼少編
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8. 火種

 

 一週間ほど経った。

 俺はやっとのことで発音に合格をもらい、自主練習に移ることになった。

 普通、初めて使う魔術に関しては、自主練なんていう危険な真似はさせない。

 暴発もなくはないが、それ以上に魔力の枯渇で倒れてしまう可能性が高いからだ。

 俺に許可が出ているのは、ガキでも使えるくらい消費魔力が少ない火種の魔術だから。

 そしてそろそろ他の子供達も魔法に興味を持ち始める、いい頃合いだったからだ。



 本日は、子供達を対象にした魔術講座の初日である。

 毎年冬が明けると、毎日とはいかなくても定期的に開かれるある種のイベントだ。

 俺がこれに先んじて魔術を教わっていたのは、親から教わるはずの火種の魔術を教えてもらえなかったから。

 つまりは母が呪文を忘れていたからで、どちらかというとイレギュラーな事態だったらしい。


 ミレイさんの周りに集まっている子供達は年齢がバラバラで、一番背が高いのは八才くらいに見える。

 とはいっても、最低でも俺より二、三才は年上なので体格もがっしりしていた。

 押しつぶされても大変なので、俺はそれらをやや離れたところから見ていることにした。

 実は自主練の許可が出たといっても、万が一のために講座には出席しているよう言われている。

 むしろミレイさんが近くにいるからこそ許可が出た、というべきか。


 ミレイさんは子供一人一人の顔を覚えているのか、名前を呼びながら誰が来ているのかを確認している。

 こうやって見ていると小学校、いや、保育園の先生みたいだ。

 集まった子供達は落ち着きがなく、十人くらいしかいないのにその二倍はうるさい。


「お前、バルド?」


 そんな若干失礼なことを考えていると、唐突に話しかけられた。

 驚いて声のした方を向くと、そこにはどこか見覚えのある顔が立っていた。


「……だれ?」

「あ、しゃべった。キースだよ、覚えてない?」


 キース。

 聞いたことある響きだな、と思ったが案外すぐに思い出せた。

 以前、村長の家に預けられていたとき同じ部屋で遊んでいたあいつだ。

 遊んでいたといっても一緒にではなく、俺は本を読んでもらい、向こうは部屋の中を走り回っていたが。

 父曰く、村長の息子じゃなかったかな。


「そんちょうさんのところの?」

「なんだ、覚えてるんじゃないか。久しぶり」

「ひさしぶり」


 今でこそ一人で外出しているが、俺はつい最近まで母の付き添い無しで出歩くことはなかった。

 去年は夏に妹が産まれたから母が動けず、村長のところにはあんまり行かなかった。

 だから久しぶり、か。確かに。


「バルドも魔術教わるの?」

「うん」

「火種のやつは?」

「いまやってる」

「なーんだ」


 なんだとはなんだ。

 俺は知ってるぞ。俺がお前ん家で世話になってるとき、お前は魔術の魔の字も頭になかったはずだ!

 とは言わない。


「まあいいや。リリィもいるけど、会った?」


 俺は黙って首を横に振った。

 リリィというのはもう一人の走り回ってた子だ。大人に背負われていたのはミーナとか言ったはず。

 ミーナはキースの妹で、つまりは村長の娘。

 リリィはそういった村の権力者の子供ではないことは覚えている。


 俺の否定を受けて、キースは俺の手を掴み集団へ向かう。

 ちょ、危ないから離れてたのに。

 考えの足りないやつだな。


 幸いなことに、リリィはすぐに見つかった。


「あれ? バルド?」

「うん」

「久しぶり」

「ひさしぶり」


 キースと並んでいると、リリィの方が少しだけ背が高い。

 そういえば小学校低学年の時は女子の方が背が高かったな。

 現状とは全く無関係なことを考えていると、ミレイさんが集合をかけた。

 ちょうどいいので二人からそれとなく離れる。

 魔術を習うときはね、誰にも邪魔されず自由で、なんというか救われてなきゃあダメなんだ。

 独りで、静かで、豊かで……。

 ……こっちの世界にはこういうネタをわかってくれる人がいないから、ちょっと寂しい。



 キースは期待していたみたいだが、今日の授業は確認が主だったらしい。

 火種の魔術くらいは使えるのかどうか、が確認事項だ。

 俺はというと、その輪の中に入ることすらできないので黙々と練習している。

 まあ、詠唱はするので本当に黙っているわけじゃないけど。


「『火よ、我が指先にてその姿を顕せ』」


 火はつかなかった。

 意外と難しい。というか、そもそも一つも魔法陣(ルーン)が浮かんでいない。

 ルーンというのはこの世界の古代文字で、魔術を使うときに魔力が形作るアレだ。

 ちなみに本当にルーンという名前なのではなく、古代文字という説明から俺が勝手に意訳した。厨二っぽくて親しみやすいだろう?

 文字のくせになぜ魔法陣と呼ばれているかというと、紙や地面に描いて魔力を注いでも魔術が発動するからだ。

 普通は組み合わせて狙った効果を現すようにするみたいだけど。火種の魔術もそうだし。


 しかし魔力を注ぐことに関しては、ミレイさんから慣れだと言われてしまっている。

 慣れって言われてもなあ。


「はい。じゃあ次はキースくん」

「はい」


 お、キースが呼ばれた。

 そちらを見ると、なんとも自信ありげな表情だ。

 なんというか、可愛げはないがガキっぽい。

 ああいうのもアリか。今度やってみよう。


「……。はい」

「おお、もう無詠唱ができるんですね」


 なん……だと……?

 キースの指先には確かにライターのような火が灯っていて、本当に無詠唱を成功させていた。

 い、いや、俺とあいつは二才離れている。

 二年だ。二年もあれば無詠唱くらいできるようになっていてもおかしくない。

 でも会わなくなったのは妹が産まれる前からだから、まだ半年とちょっと。

 半年もあれば無詠唱ぐらい……。

 決して俺がダメな子ってわけじゃないはずだ。うん。


 微妙に焦りを覚えていると、キースがこちらを見た。

 フフン、とふんぞり返る姿は、まるでキースの鼻が伸びたようにさえ感じる。

 あのクソガキが……。


 とりあえず俺が魔術を成功させるためには、最低でも魔力の放出が出来るようにならなくてはならない。

 詠唱しながらは無理だとわかっていたので使わなかったが、俺にはこの目がある。

 魔術を介さない、ただの魔力の放出自体も出来ることはウィリアムさんが実証済みだ。



 集中し、自分の中に宿る魔力を目視する。

 ほどなくして、周囲の空間と自分の身体に魔力の光が舞い始めた。

 この時点で俺の保有魔力量が、他の集まった子供と比べて劣っていることがわかる。

 二年の差は思った以上にでかい。っていうかミレイさん超明るい。もう眩しい。


 視える状態を保ちながら、人差し指の先に光を集めるイメージ。

 が、動かない。魔力は身体の中に、偏りなく分布している。

 じゃあ、と、腕を振り回してみた。遠心力だ。

 魔力なんてものが物理法則に従ってるとは思えないが、やってみる価値はあるだろう。

 が、やっぱり動かない。しかし、魔力の分布は僅かに変わっていた。

 さっきより薄い、という、理想とは逆の結果となって。


 なんで変わったんだ?

 そう思って全身を見渡すと、振り回したときに力を入れた右肩の光がほんの少しだけ明るい。

 力を入れれば集まると仮定して、伸ばした指先に力を込めてみる。

 ……できねえよ! むしろ曲げている他の指に力が入ってしまう。

 しかもそれで集まった光は肩のそれよりさらに少ない。


 じゃあ、と俺はポンプを想像した。

 腹、胸、肩、肘、手首と順に力を込めて、全身から魔力を吸い上げるのだ。

 流石に腹筋とか腕立て伏せとかをするわけにはいかないから、硬直という形で部位毎に力を込める。

 ゆっくり、確実に。幸いこの目があれば、効果のほどはリアルタイムで確認できる。


 たっぷり時間をかけたかいあって、俺の指先には魔力が集まっていた。

 ものすごく局所的ではあるが、明るさはガキのレベルじゃあない。

 ミレイさんほどではないが、ちょっと少なめの大人くらいはある。

 これを、外に出す。ポンプのように、下から押し上げるように。



 成功を確信した俺は目を元に戻し、キースを見た。

 なかなか詠唱をしない俺に気付いていたのか、キースはこちらを訝しげな目で見ていた。

 フフン、せいぜいそこで見てな。

 特大の花火を上げてやるぜ!


 キースの後ろでは、最後の一人らしいリリィがミレイさんの前に立っていた。

 リリィの顔は少し不安そうだ。苦手なのかな。

 人差し指を立てたまま固まっていたリリィだが、一呼吸の後、意を決したように口を開いた。

 つられて俺の口からも呪文が滑り出す。


「『火よ、我が指先にてその姿を顕せ』」


 俺とリリィの詠唱が重なる。

 俺は詠唱をしながら、魔力の放出に全力を込めた。

 指先から活力のような何かが抜けていく感覚。

 そして。


「やった! できた!」


 リリィの声が聞こえると同時に、俺の目の前でポンッと小規模な爆発が起きた。

 火種って感じじゃなくなってしまったが、俺の方も成功だ。

 どうだ? とキースを見ると、俺の方を見て驚いていた。

 そうだ、その顔が見たかったんだ。自分の口角がつり上がるのを感じる。

 キースはそのまま斜めの地面に立ち……。

 斜め?



 あれ?

 

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