7. 目の有用性
かなり悩みましたが、予定を早めて投稿します。でも12時に投稿できるのはこれが最後になりそうです。元々、平均して二日に一話書ければ良い方だったので。
更新ペースは少し落ちてしまうことになりますが、皆様これからもご愛読のほどをよろしくお願いします。
そう言うと、ウィリアムさんは背にした机の上から、とある器を持ってくる。
中に入っているのはおそらく水だろうが、それよりも俺はその器の方が気になる。
「ん? ああ、この村じゃ珍しいか。坊主、これはガラスっていうんだ」
俺は久しぶりに見たビーカーに、何となく嬉しさを感じていた。
魔法があるんだから、ガラスの製造くらい当然だとは思っていたが。
あの円柱形のフォルム、薄く刻まれた目盛り、部分的にくたびれたような口。
やはり、良い。文明の利器には機能美がある。
「興味津々だな。だが視せたいと言ったのはこれじゃない。もっと近くに来てくれ」
そう言われて、自分がビーカーに目を奪われていることに気がついた。
ついさっき子供らしくないことは控えようと決めたばっかりなのに、つい。
でも多分大丈夫だよね、この村じゃ珍しいって言ってたし。
初めて見るものに興味津々な子供、に見えていたはずだ。
俺は椅子を持って、子供の歩幅でも後数歩というところまで近づく。
近すぎないかと思ったが、ウィリアムさん本人がもっと、もっとだ、と指示するのだから仕方がない。
椅子に座り直した俺がのぞき込めるように、ウィリアムさんはビーカーを見せつけた。
「いいか、よーく視てろよ」
するとビーカーを持っていた手が一瞬光り、中に入っていた水に緩やかに変化が起こり始めた。
「うわあ……」
くるり、くるりと回り始め、今では渦潮のようになっている水。
一応、手で回してたりはしていないか確認したが、どうみても水に引っ張られる側の動きだ。
こぼれないのが不思議なくらいだ。
これぞまさしくコップの中の嵐だね。
だが、水流の異常は長引くことなくすぐに終わった。
水はプチンと糸が切れたかのように勢いをなくし、その後ウィリアムさん自身がビーカーを回して見た目完全に止める。
「すごい」
「そうかそうか。じゃあ次だ」
ウィリアムさんはそう言うと、もう片方の手で全く同じ形ビーカーを持ってきた。
もう一つあったのか。いや、この分なら試験管とかもありそうだ。薬師なら乳鉢とか。
ビーカーには先程と同じく水が注がれている。
しかし、さっきのような魔法は発動せず、けれどウィリアムさんは精神統一でもするかのように目を瞑る。
「……」
「……?」
何かが起きているようには見えない。
魔術の発生はこの目で感知できるはずだから、この判断は間違いないだろう。
じゃあ何をしているのか?
手で暖めている、なんてことはないだろう。
考えを巡らしていると、ウィリアムさんが目を開いた。
「どうだ?」
「んー?」
何が起きたのか全くわからない。
俺の言わんとしたことがわかったのか、ウィリアムさんは少し目をしかめた。
そんな顔をしないで欲しい。
慣れたとは言っても、ウィリアムさんの顔は十分恐いんだから。
「……よーくだ。よーく見てくれ。どっちの方が、明るく見える?」
「あっ」
そこで、俺に求められていることがわかった。
ウィリアムさんは、どちらの水の方が多く魔力を宿しているのか、知りたいのだ。
この世界の万物には魔力が宿る。
それは、俺が光る埃を魔力と仮定したときから、まさしく目の前で証明されていたこの世界の原則だ。
そして、生物は――人間と限らず、動物や植物までもが――周囲の魔力を溜め込む性質をもつ。
言い換えれば、無生物は自発的に魔力を溜め込んだりはしない。
それはたとえば、ビーカーの中の水のように。
だが自発的にはありえなくても、強制的にならその限りではない。
火種の魔術において、空気を無生物と考えれば簡単に説明できる。
結果的には発火という現象で魔力は消費されるが、そのために指先の空気へ魔力を注ぎ込むという過程が存在する。
閑話休題。
今までは魔力が見えなくなる方向にのみ訓練していたが、魔力過敏症が場合によっては有用だと判明している今、逆に見えてしまってもいいのだ。
俺はとりあえず緊張を極限まで緩めた。
今までは集中して見えないようにしていたんだから、逆のことをすれば見えるようになるのではないか。
そう思ったが、実際には何も変わらなかった。
あまりにも日常的な行動すぎて、今更緊張を緩めたところで意味はないのだろう。
では、と見えるように集中してみる。
今までと逆のことをしているなんて、変な感じだ。
しかし意外なことに効果はあり、視界には少しずつ魔力の光が舞い戻る。
そのまま、ウィリアムさんが持つビーカーを注視する。
何も起きていないように見えていた後者の方が、僅かに多くの魔力を宿していた。
「……こっち」
「ほう……そうか!」
ウィリアムさんは嬉しそうに頬を緩めた。
さっきまでのしかめっ面と比較すると、強面のくせに凄く優しそうに見える。
ミレイさんは、これにコロッとやられたのかもしれない。
映画版ジャイ○ンの法則か……。
「ありがとうな、坊主。実は半信半疑だったが、すごく助かった」
「ええー」
信じてなかったのかよ!
こんな面倒なことさせておいてさ!
「まあそう言うな。お礼に簡単な薬の作り方を教えてやる」
「えっ、いいの?」
「ああ。と言っても、まだ魔術もろくに使えないんじゃ一人で作れないぞ。この水が必要だからな」
それは簡単、とは言わないのでは。
ぱっと浮かんだ言葉を口に出したりはせず、俺は素直に薬学の授業を受け始めた。
それからしばらく後に、俺が帰ってこないことにしびれを切らしたミレイさんが乱入してきた。
「バルドくんずるい!」
ミレイさんはそう叫ぶと、あっかんべーをしながら俺を部屋から追い出した。
この人妻は……。