6. 薬師夫妻
前回に引き続き、PVユニーク共に上昇中です。
さらに何人かの方にはお気に入り登録もしていただけたようです。
うれしい!たのしい!大好き!
でもストックが心許ないので以降の更新を早めるかは未定のままです。ごめんなさい。
「その、勧めておいてなんですが、バルドくんはまだ三才ですから」
「ええ……ええ、そうですね」
問題を先延ばしにすることで母は平静を取り戻したようだ。
まあ、確かに。こっちの学園とやらが何才からなのかも知らないが、前世と同じだとしても後三年。
こちらの文化レベルは魔術のせいで中途半端だが、おそらく現代日本には届いていないだろう。
今すぐ決めなきゃならないというものでもないはずだ。
それよりも、うやむやになっていた初めての魔術の方が気になる。
こればかりは完全に前世にはなかった技術。
前世の知識と組み合わせれば、金のなる木になるかもしれない。
「ねー、まじゅつはー?」
ここでズバッと話を進めたくなるが、今の俺は三才児。
一時期は“神童”と偽って話を加速させようかとも思ったが、こんな辺鄙な村の貧しい一家に生まれるとイマイチ説明がつかない。
義務教育とかありそうな貴族の家なら、やれナントカ様の教育が素晴らしいので、とかって箔もつくんだけど。
この世界にどんな宗教があるのか聞いたこともないが、悪魔付きなんて呼ばれたら厄介だ。
なので、俺は極力年齢に合った言動を心がけている。
「そうだねー。ソフィーさん……あ、いや、多分何も教えてませんよね」
「お恥ずかしい限りです」
こうして俺の魔術勉強が始まった。
だが。
転生して以来最高潮とも思える俺のテンションは、上昇と同じくらいの勢いで下降することとなる。
「『火よ、我んが指先にでその姿を顕せ』」
ミレイさんの口から出た火種の魔術の呪文は、かなり聞き取りにくかった。
え? 今なんて? と思った俺を誰が責められようか。
ミレイさんは行動というか、自然な振る舞いが垢抜けているので、この村の出身じゃないんだろうなとは思っていた。
もっと大きな町か、あるいは都市の出身かと予想していたけど、実はけっこうな田舎の出身なのかな、なんて思ったことも認めよう。
しかし、そんな発音でもちゃんと火はつく。
ミレイさんの指先には、ライターほどの小さな火が灯っていた。
だが、その後に続いたセリフは火種なんて生易しいものじゃなく、俺にとっては十分爆弾と言えるものだった。
「綺麗な発音でしょう? これでも一応都市の出身ですからね」
ミレイさんはガンマンのように火を吹き消すと、ふふんと笑みを見せた。
綺麗……だと? いやいや、そんなバカな。いやマジですか。
俺の苦労はなんだったんですか。
うちの村は、訛りが酷かった。
都市部の言葉が一瞬理解できないくらいには、酷かった。
***
その日から、魔術の訓練が始まった。
俺の年齢で理論的なことは難しいと判断したのか、まずは一つ使えるようになってみようということで火種の魔術を練習し続けている。
それ以前に魔力過敏症という難しい話を長々としたのは誰だったかと問いたい。
当面の課題は発音ということで、今はミレイさんに発音の確認をしてもらっている。
発音が悪いと発動すらしないんだそうだ。
じゃあ村の人間はどうやって覚えたのかというと、必要最低限の魔法――つまり火種とか火の玉とか水滴とか――だけをこれでもかと反復練習し、後は無詠唱でどうにかする。
あるいは詠唱を必要としない、魔法陣と呼ばれるものを使っているらしい。
最近は道を覚えたので(といってもほとんど一本道だが)、一人でミレイさんの家まで来ている。
始めの何回かは初めてのおつかいよろしく母が後ろをついてきたが、精神年齢二十過ぎが寄り道なんてするはずもなく。
今では安心して送り出していただいている。
今日もあめんぼあかいなあいうえおよろしくミレイさんの前で発音練習に励んでいると、乱入者があった。
「帰ったぞ」
「あら、あなた」
初めて見るミレイさんの旦那さんだった。
それにしては……村の中でも一二を争えるくらい強面なんじゃないか。
左目の上から右の頬まで、顔を斜めに走る大きな傷。
うちの父ほどではないものの、かなりヒゲが濃い。
村の男は短髪が多いが、この人は七三分けが出来るくらいには長い。
だが、髪質の問題か手入れの問題か、波打つ髪は山賊か海賊のようだ。
これが本当に薬師の夫ですか。
今まで一度も会わなかったというのも変だし。
「今日は早かったんですね」
「狩りの連中と一緒だったからな。警戒する必要がなかった」
んん、狩り? この人は狩人なのか?
でも狩りの連中と一緒、なんて言い方は、自分は狩人じゃないと言っているようなものだ。
いっそ狩人だったら強面でもおかしくないんだけど。
美人のハートをも射止める一流の狩人、なんちて。
「で、その子が、例の?」
「ええ。バルドくん、こちらは私の愛する夫、ウィリアムです」
きゃー、とでも言い出しそうな感じに、ミレイさんは自分の頬に手を添えて悶えている。
愛する、って。アツアツじゃないすか、やだー。
夫、の後に(はぁと)でも付けてんじゃないのってくらい、情念がこもっている。
ってか三才児相手にする紹介の仕方じゃない。
「……子供にする紹介じゃないな」
「もうそんなこと言ってー」
実はミレイさんよりもこのウィリアムさんの方が常識人、かもしれない。
俺の中でウィリアムさんへの評価がちょっと上がった。
ミレイさんへの評価は……まあ、追々。
「あー、ウィリアムだ。この村の薬師をしてる。よろしく」
「バルドです。さんさいです。よろしくおねがいします」
薬師、なのか? 薬師はミレイさんだと思っていたが。
そこで俺は、ウィリアムさんが持っている桶のようなものに気がついた。
身長差でよく見えないが、記憶違いでなければ中のあれは。
「なるほど、確かに有望そうだ。ミレイ、ちょっと借りてっていいか」
「いいですけど……恐がらせないで下さいね」
俺の視線がどこに向いているのか気がついたのか、ウィリアムさんは口角を少しあげると、そんなことを言った。
そのまま目を俺に向けると、ついてこいと言うように歩き出す。
ミレイさんはしなを作って「あの人のこと、盗らないでね?」と意味不明な発言をすると、俺の背中を押した。
ついていった一室には大小様々な桶と、その中に揺れる何種類もの草花があった。
ウィリアムさんは奥の椅子に座り、俺を手前の椅子に座るように促すと、持っていた桶を俺に見せるように置く。
「この草がなんだか、わかるか?」
「やくそう?」
「正解だ」
やっぱりだ。
このヨモギのような葉を持つ植物は、以前ミレイさんの本の表紙で見たものだ。
ということは、あの本は薬草をまとめた事典かそれに類するものだということだ。
「どこで見た? いや、知った?」
「ミレイさんのほん」
「教わったのか?」
「ううん。ひょうしをみただけ」
ウィリアムさんが薬師かどうか、実はちょっと疑ってた。
が、この部屋を見てまだ疑うようなやつがいるとしたら、そいつはよっぽどのアホだ。
今までごめんなさいウィリアムさん。だって顔恐いんだもん。
「ははっ。ますます弟子に欲しくなるな」
「はいー?」
っとー、危ない。思わず前世風に返事してしまった。
三才児なら、ここは言ってる意味がわからずに首を傾げるだけでいい、と思う。
ウィリアムさんは特に気にすることもなく、話を続けた。
「あいつが持ってる本だから薬草だろう、ってのはガキにしちゃ上出来だ」
ああ、なるほど。確かに子供にしてはいささか論理的な解の出し方だ。
論理的な思考が出来るようになるのは、確か六才前後だったかな。教育学部の友人が言ってた。
この分だと、今までにも子供らしくない受け答えをしまっているかもしれない。
「まあそれはいい。お前、魔力過敏症なんだろう? 視てもらいたいものがあってな」