4. 魔法? 魔術?
編集のつもりが、一度本文を消し飛ばしてしまいました。
結果的に書き直せたのでセーフでしたけど、心臓に悪いですねコレ。
冬が明けた。
俺は三才になった。
二ヶ月近く降り続いていた雪も、今ではほとんどが解けた。
早朝や深夜はまだ氷点下まで冷え込むので、水路の表面には薄い氷が張っているだろう。
しかし雪解けの水の全てが凍るはずもなく、氷の下は滾々と水が流れている。
道路を挟んだ向かいにある畑では、男達が冬の鬱憤を晴らすように鍬を振り上げていた。
「おかーさーん、はーやくー」
子供らしい感じになるよう意識して、俺は玄関の前で叫ぶ。
冬の間も毎日のように母に質問していたからか、俺はこちらの言葉をかなり話せるようになっていた。
去年はウイスキー作りを手伝うために村長宅に行っても、俺の相手はほんの一、二才年上なだけの同じ子供だったからなあ。
単に二才後半が言語学習に適していただけかも知れないけれど。
「はいはい、ちょっと待ってね」
本日は妹の定期検診というやつで、村の薬師のところへ行くのだ。
雪が降る中に零才児を連れ出すわけにはいかないので、前回の検診からはかなり間が開いている。
母は当時の俺の様子と比べて心配していないようだが、赤ん坊の世話なんてしたことのない俺は不安だ。
まあ、確かにやんちゃで元気に見えるが、俺と比べる時点で間違っている。
妹を背負った母が、何枚も上に重ね着して家から出てきた。
ちなみに俺も厚着だが、毛皮の類が多い。もちろん革と呼べるレベルの加工がされる前の、だが。
うちの村は農業やウイスキー作りがメインの産業だが、肉を食べるために狩りもする。
それでも足りないときのために、ほんの数頭の牛みたいな豚だけど畜産もしている。
畜産の方はともかく、狩りで手に入れた毛皮は、場合によっては傷だらけで売り物にはならなかったりする。
そういう毛皮は早々腐らない程度の加工をした後、俺のような子供の冬服替わりにあてがわれるのだ。もちろん多くはないが。
かゆくて臭い、とか、そういう文句は言うまい。
仮にも毛皮。寒さから身を守るには十分役に立つのだから。
ただ思っていたよりも保温性が良かったので、油断した俺はたっぷり深呼吸した後、肺を浸食する冷気に身震いするはめになった。
「大丈夫? もっと着る?」
「だいじょうぶ!」
今日の俺はひと味違うのだ。
努めて冷静に振る舞っているが、正直小躍りしたい。
なぜなら、今日は魔法を教えてもらえる日でもあるからだ。
母曰く、この村の薬師さんは子供相手に魔法も教えているとか。
つまり以前、子供に火の玉の魔法を教えていたあの人が薬師、ということだろうか。
あの時は声でしか判断できなかったが、あれは多分女性だった。
俺は前世の医師のイメージが先行していたから、薬師も男だと思っていた。
男尊女卑とかないのかね。
まあない分にはいいんだけど、意外だったというか。
しかし、本当は冬のうちに火種の魔法くらいは教えてもらう予定だったのだ。
母だって毎日料理を作る時に使っているんだから、知らない魔法なわけない。
そういう理論だったのだが。
「えー。火よ……火よ、このー……。なんだっけ」
母は呪文を覚えていなかった。
あんまりだよ、こんなのってないよ。
***
「こんにちはー、ミレイさん居ますかー?」
母が薬師の家の扉を叩く。けっこう乱暴な感じだが、この村ではデフォだ。
それほど待つことなく、内側から扉が開けられる。
ミレイさんらしき人物は、なかなかの美人だった。
「はーい。あ、ソフィーさん。テレサちゃんの検診ですか」
「そうです。よろしくおねがいします」
「いえいえこちらこそ」
大人二人が揃って頭を下げ合う。
おお……なんか懐かしい光景だ。この謙虚な姿は日本人だね。日本じゃないけど。
ミレイさんはどう見ても母よりも若い。控えめに見ても五、六才は若いんじゃないだろうか。
リンスなんてものはないので髪はあまり長く伸ばせないとはいえ、つやを見る限りまだまだ伸ばせそう。
肌にも張りがあるし、仕草や挙動の一つ一つに垢抜けたような雰囲気を感じる。
一流貴族とは言えないが、ちょっと良いとこのご令嬢といっても通じそうだ。服がもっと豪華なら、だけど。
あ、ちなみに母の名前がソフィーだ。父はトーマス。
どっちも平凡な顔つき。でも父はタワシよりもヒゲが濃い。
父は母の名前をめったに呼ばないので、名前を覚えたのは二才を過ぎてからというね。
「じゃあどうぞ中へ。あ」
そこでやっとミレイさんは俺に気がついた。
しょうがないさ。今の俺はまぎれもなくチビだ。
とりあえず可愛げのある子供、くらいに印象づけるため、まずは挨拶だ。
「こんにちは!」
「はい、バルドくんこんにちはー。中に入ってね」
ミレイさんが扉を押さえててくれるので、俺はその脇を抜けるようにして中に入った。
ふわりと漂ってきた香りは、家の中なのに森のような草の匂いだった。薬師っぽい。
入ってすぐの一室には、壁に沿って置かれた小さめの机と、丸太を持ってきたような椅子が四つあった。
机の向こうには本棚が見える。二段組みくらいかな。
これだけでも村長の家とあまり変わらないくらいには裕福……なのかな。我が家が特別貧しいだけだったりして。
さらには、窓の近くにはベッドのようなものまであった。
ベッドといっても、木材の上に藁をたくさん敷いて、その上に厚手の布をかぶせただけの簡易なものだが。我が家なんて藁の上にゴザだぜ。
しかし、これは村長の家も越えたんではないか。
まあ村長の家も全部見たわけじゃないけどさ。
妹の診察の間、俺は本棚の中を覗いていた。
絵本のように薄くてバカでかい本ではなく、適度な厚さと適度な大きさの本が、あるわあるわ。
その中から適当な一冊を取り出すと、表紙にヨモギのような葉を持つ植物の絵が描かれた本だった。
「こら! 人の物を勝手に取らない!」
「わああああ」
母の雷が落ち、びびった俺は危うく手の本を落としそうになってしまう。
すんでのところで掴みなおすと、俺は誠心誠意謝った。
「ごめんなさい!」
「ふふ、いいですよ」
母からの追撃が来る前に、ミレイさんが許してくれた。
良かった。うちの母は怒ると長い。そして恐い。
精神年齢こそ二十を越えているが、俺は前世の記憶もあって両親に弱い。
前世の両親は学校の先生だもんなあ。そりゃ子供の扱いにも長けているってもんよ。
「ひっ……ふっ……、うえええええ」
が、母の大声に驚いた妹は泣き出した。
ちょっぴり考えの足りないあたりがこっちの両親らしい。
こうなるとは予想していなかった母が、慌てて妹をあやす。
妹の診察は一時中断となった。
「それで、バルドくんは魔術を習いに来たんだっけ?」
「うん!」
……うん? 魔術? 魔法とはどこか違うのか?
それとなく聞いてみよう。
「まじゅつ? まほう?」
「ああ、ソフィーさんは魔法って言ってたね。えーとね……魔術は生き物が火とか水とか作るやつで、魔法っていうのはそういうの全部をまとめていうの」
ふむ、わからん。
子供相手の簡単な説明を心がけた結果、大事な部分までスッポリ抜けてしまったような感じだ。
ミレイさん、実は教師に向いてないんじゃあ……。
「んー」
「うーん……」
俺がなんと言ったものか悩んでいると、ミレイさんは更にわかりやすくするつもりか頭をひねっている。
ああ、そういうつもりじゃなかったんです。
そんなことよりスタディングだ!
「まじゅつ?」
「そう、魔術」
「まじゅつ、おしえてください」
「はい、よくできました」
どうだ! 俺の子供アピールは!
効果は直前の会話をうやむやにする。でも実はちょっと恥ずかしい。
効果はあったようで、ミレイさんは本棚の中から本を一冊取りだして、それを自身の膝の上で広げた。
俺は見やすいようにミレイさんの脇に回る。
そこから見えた本の中に書かれた図形は、俺にとって見覚えのあるものだった。
「あ、これしってる!」
「……?」
あれ? 反応が薄い。
ここは「よく知ってるねー」の流れだと思って、わざわざ声を張り上げたのに。
しかしミレイさんは後ろを向き、いまだ妹をあやしている母に声をかけた。
「ソフィーさん」
「なーんでーすかー?」
いつもよりやや高い声で返事が返ってくる。
前世で言うところの、電話に出る母ってかんじだ。
いいぞ妹よ、そのままもうちょっと泣いててくれ。
「バルドくんに魔法陣、教えました?」
「おーしえーてまーせんーよー?」
なんで歌うような感じなんだろう。
大変なのはわかるけど、それはあやしてるって言うのかな。
しかしそれを聞いたミレイさんはグルッと振り向き、俺の肩を掴んだ。
「バルドくん。これをどこで見たんですか?」
その目は真剣だった。とても子供に向けるものじゃない。
俺はこれが大切な話なんだと考え、子供らしい嘘は言わないことにした。
「おかあさんが、まほ……まじゅつつかってるとき」
「それは、いつも?」
「いつも」
それを聞いて、ミレイさんは一層眉をひそめた。
まるで俺が見てはいけない何かを見たような、知らなければよかったことを知ってしまったような。
なんだ? 俺は何かやばいことでも言ったのか?
あの魔力みたいなアレは、魔術の時だけは絶対見えてしまうものじゃないのか?
やっと会話文が出てきました。実は三人称と同じくらい会話文が苦手です。
ちなみにふりがなは、私が読みにくいと思ったものにつけています。漢字もちょっと苦手なんです。