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魔法学の先生  作者: 市村
第二章 学園編 初等部
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41. 全力で卑怯

※一応最後まで更新しましたが、ひとつ前の40.と合わせて改稿する予定なので、読んでもあまり意味がないかも知れません。

 



 今日で豊穣祭も最終日。

 露店によっては品切れが出たのだろう、初日と比べると人通りはそう多くない。

 代わりに、闘技場の熱気が凄かった。




「両者、構え!」


 審判の声が、観客席まで聞こえる。

 初日が嘘のように、野次が飛んでいないのだ。

 賭博も行なわれていない。

 静かに、誰もが興奮した目つきで場内を見つめている。


 おおよそ対面の席には、仰々しい一団がいた。

 はっきり見えるわけではないけれど、あれは騎士団長のロバート=エイムズさんじゃないだろうか。

 その隣には少し趣の異なる甲冑を着た見知らぬ人が数名。

 反対側の隣には、周りから浮くほど身なりの整った人が、これまた数名。

 聞いた話では、あの中のどれかが領主のソルド伯爵だという。

 そりゃ緊張感もあるわ。


「始め!」


 中央にいた二人の騎士科生徒が剣を交わらせる。

 この試合は闘技大会のフィナーレ、すなわち決勝戦だった。

 トムさんは最終日まで残っていたけれど、残念ながら一試合目で負けてしまった。

 ちなみに今年の魔術科は準決勝に上がることも出来なかったようだ。


 高等部ともなるとレベルの高さも折り紙つき。

 観客席からでも凄さがわかるほど動きにキレがある。

 ウィリアムさんはあの場に立って、しかも勝ったんか。

 ほんと規格外だな。


 当人は、剣から離れて久しい、と言って自分の実力を否定していたけれど。

 全盛期だけでもあのレベルに達していたなら、十分誇れるだろう。

 俺なんて最初の一撃で気絶する自信がある。


 次第に試合は佳境に入り、両者の動きが僅かに鈍り始めた。

 しかしそんなことは関係ないと言わんばかりに、一撃の質はまるで変わっていない。

 相対的に上がる一撃の重みが緊張感を生み、そして弾けた。


 ここに来て針の穴を通すようなカウンターが決まり、拍子をずらされた相手の剣が宙を舞った。

 それが地に落ちるよりも速く首筋に突きつけられた剣が、敗者を指し示していた。


「勝者! セドリック=ウェーバー!」


 途端に歓声が巻き起こる。

 やっべこれやっべ、超凄い。

 本物の闘いってのはやっぱり凄い。


 鳴り止まない拍手の中、両者が握手をして、次いで観客席に手を振る。

 歓声が大きくなり、続いて入場口から最終日まで残った選手が出てきて観客席の周りを歩き始めた。

 一種のパレードだな、こりゃ。

 トムさんも誇らしげに笑っている。

 最終日まで残った者への報酬ってわけだ。


 こうして、今年の豊穣祭は幕を閉じた。




 豊穣祭の幕は閉じた。

 が、俺にとっての今日はまだ終わらない。

 日が傾き、観客席に光を遮られて暗くなった闘技場内には、アデルバート先生の手配で篝火が焚かれていた。


「約束と規則の確認をしましょう」

「うむ」


 俺が勝ったら、俺とナタリー嬢に付き纏うのをやめること。

 今後も勧誘とかなんとか理由をつけて、近づかないこと。

 近づいていいのは必要最低限の義務を果たす時だけで、そこに個人の感情を含まないこと。

 また、二人の(アレ)のことは秘匿する。


 と、こんなところだったはずだ。

 あの時は結構頭に血が上っていたので、あまり内容を突き詰めてはいなかった。

 かといってこの場で仕切りなおすと、丸め込まれそうで怖い。

 前世からして契約やら何やらに慣れていない俺は、巧みな言葉に思考誘導されない自信がない。


 一方でアデルバート先生が勝ったら、俺とナタリー嬢は自身の知識や経験を提供すること。

 また、彼の教えているクラスに“見学”に来ること。

 ただし見学といっても、内容によっては参加することもある。


 どちらもそこそこ解釈の自由を残したのは、しょせんこれが口約束に過ぎないからだ。

 個人間の取り決めなので、法的な拘束力も一切ない。

 大人と子供がやりあうって時点で、お察しなのだ。


「合っている」

「そりゃあね」

「規則の方は確認を込めて、私が言おう」


 一つ、先手はバルドに譲る。

 一つ、バルドには通常許容されないような、ありとあらゆる卑劣な手段が許されるものとする。ただし命に関わるものは許可されない。

 一つ、アデルバートはバルドの魔術による攻撃を極力避けないものとする。


「合っています」

「なかなか厳しいと思ったが、一応こちらが頼んだわけだからな。下手に出るのは当然だろう」


 その心構えをどうして普段の生活に生かせないのか。

 生かせないからこんな事態になったんだろうけど。


 しかしこんな大人でも、過敏症関連で困っている人にはすこぶる評判が良いらしいのだ。

 なにせ自分から会いに行って、知識を惜しげもなく与えて、時には身銭を切って学園への入学を手配する。

 今年の前半ずっと旅に出ていたのも、そのためだという。

 これまで多少強引でも感謝されることの方が多かったから、今のような行動原理になったに違いない。

 なんとも釈然としない。


 内容の確認が済んだので、俺とアデルバート先生のみが場内中央に残り、他は距離をとる。

 俺の得物はいつものように、さっき借りてきた木剣。篭手はなし。

 アデルバート先生はよほど魔術に自信があるのか、基本は丸腰だった。

 俺が木剣を借りてきたので、一応篭手だけはつけている。


 審判らしい審判がいないので、自分たちで最初の間合いを決める。

 俺が剣を持っているので、剣士同士と魔術師同士の中間、くらいで合意した。

 本当ならもう少し距離を取るらしいけど、今回の場合は体格差が大きいので、これもハンデだ。


「先生、頑張って下さい!」

「師匠、ナタリー様のためにも負けるな!」

「負けたら潰します」


 さらっと付き添いのノーラさんが物騒なことを口走っているんだけど、いったい何を潰すのか。

 アリアス領の領民は、領主への愛がやばいよね。冗談だと言ってくれ。

 あと、ユーリさんは被害を受けるのが俺だけだったら応援しないんですか。


「先手はバルド君だからな。好きに始めたまえ」

「では……」


 まずは大きく深呼吸。

 もう一度深呼吸。

 あの嫌な経験をあえて思いだし、今の状況と比べる。

 魔力は十分、ハンデも勝機もある。だから大丈夫。


 左手の汗を念入りに拭いとって、木剣をしっかり握る。

 右手は開始一発目に魔術を使うので何も持たず、グーとパーを繰り返す。

 いつの間にか脈は速いままでも、身体の震えは収まっていた。


 さあ、奇術を始めよう。


 俺はあえて目立つように水球を作り出し、同時に冷却を始めた。

 相手の混乱を誘うにはうってつけ、氷結弾(フリーズショット)の完成だ。

 見た目だけなら圧水弾(アクアショット)に見えるだろう。


「ほほう」


 そういえば圧水弾は授業だと、最初の一回しか見せてなかったな。

 何発も撃てるものではない、とか思われていたのかもしれない。

 どうでもいいな。


 俺は十分に冷えきったそいつをアデルバート先生へ向ける、そのポーズの最中に。

 烈風弾(ゲイルショット)を顔面めがけて撃ち込んだ。


 アデルバート先生が声もなく仰け反る。

 水球に気を取られて気付かなかったのだろう。

 こちとら不意討ち騙し討ち上等の猟師、の息子だぜ。

 バカ正直に撃つわけがない。


 この機を逃さずに氷結弾を放つ。胸の中心に命中。

 ただ、固定拘束(ロックバインド)のように、魔力量の差で氷結はレジストされる可能性がある。

 俺は間合いを詰めるために走りだした。


 当然、その間何もしないはずがない。

 俺は右手と両肩を始点にして、圧水弾や烈風弾を撃ちまくる。

 移動しながらなのでいまいち命中精度は落ちてしまうけど、仕方がない。

 一応、手数で押せるようなら押してみようとは思っているのだ。

 卑劣な手段は、最後の手段でいい。


「まったく、驚愕だな!」


 氷結弾の後を追うように撃ち込んだ圧水弾は、同じ圧水弾で撃ち落とされる。

 こちらの手数に驚いているようだけど、向こうも魔術を連発してくる。

 流石に教授レベルは甘くはない。


 辛うじて合間合間に混ぜ込んだ烈風弾は命中しているようだった。

 けれど威力は確実に減衰しているようで、初撃ほど体勢を崩すことは叶わない。

 魔力をこの数秒に使い切るくらいのつもりでやっていたのに、これはひどい。


 これは、最終手段を出すしかないのか。しかないな。

 物量作戦から思考を切り替える。

 なら、最後の一撃さえ上手く行けばそれでいい。

 あと二歩で剣が届く、そこまで距離を詰めた俺は、左手の剣を両手で握り直し、振り上げた。


「ッハアアァァッ!」

「むっ!」


 剣による攻撃は避けてもいい、というか避けないと普通に危ない。

 一応篭手をつけているとはいっても、当たり所が悪ければどうなるかわかったもんじゃない。

 だからアデルバート先生はその切っ先をしっかりと見つめている。

 と、そこで。


「――あっ」

「え?」


 ユーリさんとナタリー嬢の声が後ろから聞こえた。


 木剣が、宙を舞ったのだ。


「むっ?」


 そして、アデルバートがそれを目で追っているうちに、俺は相手の股下までもぐりこんだ。

 いくら剣が不慣れな俺でも、うっかりで剣を手放すはずがない。

 視線誘導は不意打ちの基本である。


 準備万端、後はしっかりと握るだけ。


「ぅフ」


 気持ち悪い声はスルー。


「……負けを認めてください」


 俺が握っているのは、いわゆる男の急所である。

 普通の決闘だと、そこを攻めるのは一発退場のレッドカード。

 わざわざ「通常許容されないような、ありとあらゆる卑劣な手段が許されるものとする」なんてルールを設定したのはこのためである。

 本当に使うとは……まあ、思っていたからルールに捻じ込んだわけだけど。


 いや、だって、まともにやったら勝てないんだもん。

 ちなみに氷結弾はレジストされてしまったようで、先生の服に凍った様子はなかった。


「ま、待て」

「待ちません」

「グゥッ! ――わ、わかった。わかったから、負けを認めるから」

「その言葉に二言は?」

「ない、ないから、な?」

「勝ったどおおおおお」


 我ながらコロンビアと銘打ちたくなるほど華麗なガッツポーズをして振り返ると、凍てつくような視線を向けるユーリさんと目が合った。

 その横には首を傾げつつ、ノーラさんに目隠しされたナタリー嬢が立っている。

 え、ちょっと、勝ったんだからさ、もう少し喜びを分かち合うとかはないんだろうか。


「最低だな」


 そんな言い方はないだろう。

 ぶっちゃけ自分でも酷い勝ち方だという自覚はあるけどさあ!

 普通にやったら勝てないんだってば!


 喜ぶのは一度中止して、股間の危機感から復帰したアデルバート先生に向き直る。

 違和感は残っているようで、何度か腰を不自然に捻っていた。


「約束は守ってくださいよ」

「約束は守る、が……」

「何か?」

「いや……なんでもない」


 うむ。

 こうして俺とナタリー嬢の平和は守られたのである。

 異議は認めない。


 用件が済んだので、篝火の処理をアデルバート先生に任せてさっさと解散する。

 闘技場は篝火が必要なくらいには暗かった。

 けれど外に出れば、おそらくまだ日は沈みきっていない。

 今すぐ帰れば、明かりを必要とはしないだろう。


 歩き始めてすぐ、ナタリー嬢が声をかけてきた。


「先生」

「なんですか」

「最後、いったいどうしてアデルバート先生が棄権したのでしょう」

「人体には急所というものがあるのです」

「急所ですか」


 最終的に、決定的な瞬間を見逃したナタリー嬢には理解できないことらしい。

 っていうか、そこを見せないとか、ちょっと箱入りすぎるような気がしないでもない。

 どうなんだろう、自衛手段くらいはあっても良いような気がするけど。


「ナタリー嬢も、自分一人しかいなくて誰かに襲われそうになったら、股間を蹴るのがいいかもしれませんね」

「股間、ですか?」

「ナタリー様、耳を貸さないほうがいいです。師匠はゲスだ」


 お前、ゲスって……。

 金属化(メタル)教えてやってるのに酷くないか。


 いやでもさ、もしもナタリー嬢が金的を知っていたら、アデルバート先生を自力で追い返していたような気がするんだけど、どうだろうね?

 俺のところに来たとしても、近くに金的少女がいたら及び腰にもなると思うんだ。

 今回の、めんどくさくて、そのクセあっさりと終わった決闘も必要なくなっていたと思うんだけど。

 そう思ったら、自衛手段って重要じゃないか。


「少し、試してみてもいいですか?」

「やめてくださいしんでしまいます」

「それほどのことなのですか……?」


 うん。

 俺はゆっくりと頷いた。


 ナタリー嬢は「最後の手段というわけですね」と呟くと、神妙そうな顔で頷きかえしてくれた。

 いや、なんかここまで重大事項っぽく扱われると、教えた側として気まずい。

 あの、ユーリさんも言ってたけど、手段としてはゲスだからね?


 ああノーラさんこっちを睨まないで。

 ユーリさんも、その冷たい目をやめて。

 ごめん、緊張から解放された反動で、ちょっとハメを外しすぎた。

 許してください。


 せっかく勝ったというのに、針の筵に座らされた思いだった。


 

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