38. 本当の顧問
今日は六月三十九日。
(真面目なあらすじ)
主人公バルドは学園に入学した。何気に入学試験では好成績を残していたらしく、特待生として貴族クラスに。目の障碍である魔力過敏症つながりで、実家のあるアリアス領領主の娘、ナタリーと(不本意ながら)仲良くなるが、はるばる遠くから入学していた侯爵の息子アルフレッドにイチャモンをつけられ怒りが爆発。決闘騒ぎにまで発展し、アルフレッドを下すも、バルドは周りから距離を置かれることになった。
そんな中、どこからか噂を聞きつけたのか“交流試合”なるものに出て欲しい、という要請がくる。同じアリアス領つながりの先輩達から強く勧められたので出てみたが、実は交流試合自体がルガード子爵家(の息子)のでっち上げた、陰謀じみたものであった。それに気付かぬまま、怪我を負ってしまうバルド。幸いにしてそこに居合わせたアルフレッドと、騎士団長の娘ユーリによってルガードの悪事は暴かれ、大怪我を負うことだけは避けられた。バルドは気を失っていたので、詳しくは知らないのだが。
夏休みに入り、お金を必要とするバルドが迷宮へ向かうと、そこには貴族クラス担任のマルスが待ち構えていた。さらには迷宮内でユーリと騎士団長に出会い、一緒に行動することになってしまう。団長は仕事で早々に帰ったがユーリは残り、さらには先生と一緒に来ていた騎士学科の生徒達も帰っていく中、迷宮は魔物が増える時期にさしかかっていた。案の定同じクラスの特待生達が魔物に襲われ、それを助けようと飛び出すユーリにつき合わされる。運良く死者はでなかったが、肝を冷やすこととなった。
なお、このあらすじはそのうち消します。
「――ですから、ゴーレムやウィスプのような石や炎も、魔力によって生まれた生物ですから、これも魔物と呼ぶのです」
好々爺な教授が一言一言を咀嚼するように話していると、教室の外から長く響く鐘の音が聞こえてきた。
「では今日はここまで」
お爺ちゃん先生が教室から去った。
何か連絡がある場合普通は朝の時点でマルス先生が言うので、今日の講義は全て終わったことになる。
お爺ちゃんの授業は稼ぎ、つまり迷宮とか魔物とかに直結する内容がけっこう多いからもうちょっと長引いても良かったんだけど、まあ仕方がない。
今日は夏休み明け最初の授業日。
入学式のような集会はなく、本当に最初から通常授業だった。
クラスの面々の中には少し日焼けをしているような人も多い。
貴族の子弟といえど、全く外に出ない生活というわけでもないらしい。
迷宮で遭遇したエイミーさん一派、の怪我人君も問題ないようで、ギブスだってつけていない。
さすが治癒術、さすが薬学。
ま、でもそれらがなくても授業開始には間に合ったと思うけど。
これも魔力の影響なのか、この世界の人は地味に肉体のスペックが高い。
疲れにくい、怪我しにくい、治りやすい。体格や年齢の割に力持ちだし足も速い。
前世のオリンピックに出場させたら世界新記録のバーゲンセールだろう。
あるいは魔物なんている世界だから、実は進化の系譜が違うのかもしれない。
宗教学の教本には、最初からこの姿だった、とか書いてあるけどさ。
リアルに神様がいるらしい世界だからそれもありえる。
つまりは本気で悩むだけムダってこった。
で、一番不自然な日焼けをしているのは、まさかのナタリー嬢である。
あいつ全然休んでなくね?
一人で練習するなって言いつけ、守ってなくね?
まあ大事にはなってないようなので良いか。
いや良くない。後で注意しておこう。
久しぶりの学園は、どこか浮き足立っているようだった。
まあ俺も、なんだかんだで再来年分までの組合年会費を確保して、その上でささやかな小遣いまで手に入ったのでちょっとテンションが高い自覚がある。
ついつい同室のハリーに自慢してしまったくらいだ。
当のハリーも久しぶりに家族に会ってきたからかテンション高かった。
ただ、それ以外の人の落ち着かない雰囲気というのは何が原因なのか、結局はよくわからない。
多分俺には関係がない気がするので、特に調べようとも思ってないけど。
さて、休み明け二日目。
このAクラス全員に共通する、あることが起きた。
「ふむ……」
俺が講師に放置されるようになって久しい魔術の授業である。
いつもの講師の横には、顎を擦りつつこちらを見るおっさんの姿が。
誰だコイツ。
と思ったのは、多分俺だけじゃないと思う。
髪の色は黒と呼んで差し支えないくらいに濃いので、おそらくは魔術を生業にする人だとは思う。
ただし体格もそれなりなので、今までの講師の存在感がヤバイ。希薄になりすぎて。
これはいったいどういうことなんだろうか。
大勢の視線を浴びた希薄講師は、若干怯えつつ説明を始めた。
「そのですね……元々私の方が臨時だったといいますか……ええっと……」
爵位を継ぐかどうかはさておき、一応は貴族ばかりが所属するクラスだ。
圧力に負けて、講師の言葉尻がだんだんと小さくなっていって聞き取りづらい。
はっきり話してくれよ、もう。
俺の記憶違いでなければ、このAクラスを受け持つ教師陣は学園内で一二を争う人物が担当することになっている。
魔法学の好々爺はもちろん、片足のハンデを突かれなければマルス先生だってそうだ。
もっと厳密に言えば、高等部に自分の担当する学科があるかどうかが基準らしいのだけど、誰がどの学科とか知らないので、それはいい。
で、どうも話によると、今までの担当は二番手であって、本来の予定ではこのおっさんが担当するはずだったらしい。極めて個人的な用件で、最近まで出かけていたらしいが。
つーことはあれか。
魔術に関しては、このおっさんが学園で一番強いのか。
おっさんとか言ってられないな。
「ああ、私が本来の魔術担当だ」
説明に便乗する形で自分の役職を宣言するおっさん。
しかし考え事の途中なのか、いまだに顎から手を離さない。
……いい加減名乗ってくれないと、本当におっさんと呼ぶことになりかねない。
「それで、お名前は?」
と言ったのが誰なのかはわからない。すまんね、何回か会話しないと名前覚えらんないのよ。
でもナイス援護射撃、といわざるをえない。
おっさんは顎を撫でていた手をピタリと止め、「うむ」と何かを決めたようで。
「アデルバート=ボウだ。今日は──」
その名前に、ナタリー嬢が反応したような気がした。
が、俺としてはその後の言葉の方が重要だった。
「──そうだな、引き継ぎも兼ねているので、早速だが今から試験を行うことにする」
えええええええ。
と危うく言いかけて、なんとか耐える。
前世だったら「抜き打ちテストだ」「えー!」までがテンプレだったので、つい。
こっちだと教師の決定には素直に従うのがデフォだ。
うちのクラスは貴族の矜持とかがあるのか、特に粛々としている。
ムダなあがきはみっともない、とかそういう類の考えかな。
なんかすいませんね、不平不満ばかりで。
でも様式美だったんだよ、前世では。
ともかく、突然始まった試験である。
その内容は「今使える最高の魔術を使え」というだけのもの。
前にいた者から順に、ということで、ナタリー嬢と共に最後尾でこっそりしていた俺は最後になった。
目の前では次々と魔術が放たれていく。
一番多いのはやっぱり火球だった。
残りの半分くらいは雑多なもんで、あえて水球を作ったり、生活魔術で代用したりと様々だ。
けれど、やはり一番目立ったのはアイツであろう。
「フレイムショット!」
このクラスでその魔術を普通に使えるのは、俺ともう一人しかいない。
アルフレッド=B=グレイヴズである。
普通ではない溜めを使えばナタリー嬢も撃てなくはないけど、流石に息をするようにはムリだ。
あ、いや、夏休み中の努力次第ではもう問題なく使えるようになってるのかもしれない。
「ほう! これは素晴らしい。名前は?」
アデルバート先生もゴキゲンだ。
なんとなく名前が似てるような気もするし、親近感でも湧いたか。
似てないか。最初のア、しか同じじゃねえ。
「アルフレッド=B=グレイヴズです」
「おう、なるほど。君がグレイヴズ家で、あの決闘の」
決闘、といわれてアルフレッドはばつが悪そうに顔をしかめたが、事実なので何も言わなかった。
やっぱり決闘騒動はそれなりの知名度を誇っているらしい。
最近戻って来たばかりという教師にも知られているのだから。
しっかし、アルフレッドも丸くなったよなあ。
以前だったら「名前は?」なんて不躾に聞かれたら反発しそうなもんだ。
まあ俺の先入観なのかも知れない。
そう言えば大人に対して何か反抗しているところって見たことないかも。
すると。
かなり後半になったところで、アルフレッド以上のどよめきが上がった。
「フレイムショットっ!」
エイミー=コレットさん、君もか……。
アデルバート先生もテンション上がりまくりである。
エイミーさんもかなり嬉しそうである。
その流れをぶっちぎったのは我らがユーリさん。
一人だけ風鞘だ。
これがまた、ただですら見えにくい風属性魔術を無詠唱で放ったので、傍目には剣を振り抜いただけにしか見えないという。
それでも流石は魔術講師というか、アデルバート先生も前の担任も何を使ったのかはわかったらしい。
苦笑だけど。
残りは俺とナタリー嬢だけ。
そこで、アデルバート先生がこちらを見た。
それだけだったら気にしなかったのだけど、どうもその瞳の奥には並々ならぬ興味の光があった。
……あ、そういえば決闘騒動を知っているのか。
正直なところ、お茶を濁す感じで適当に火球でも作っとけばいいだろ、とか思ってた。
手を抜けないのは面倒だなあ。
そんな事を考えているうちにナタリー嬢が前に出る。
「……フレイムショット」
割と溜めを必要としないまま放たれたそれは、間違いなく合格点だ。
念のため眼でも確認していたけど、魔力の流れも滞りなく、使われた量も若干多いことに目をつぶれば許容範囲だ。
確かに夏休み中でも頑張ったんだろう。
まさかの火炎弾三人目に、アデルバート先生がナタリーに駆け寄ってなんだかんだと捲し立てている。
ああ、俺もあんな感じに言い寄られたらきっついな。
やっぱり少し手を抜こうかなあ。
……ん!?
このおっさん魔力すげえ!
え、ちょ、明らかに俺より多い。
いや比較対象が少ないから俺基準だけども、学園にはもっと凄い人もいるのかも知れないけども、少なくとも俺が視た中では一番だよこれ。
学園一の立場ってのも納得出来る。
はあ、なるほどなあ、これは本当にすごい。
などと感心していると、ナタリー嬢から目線を感じる。
見えにくいので過敏症を抑えてから目を向けると、未だにナタリー嬢に話しかけるアデルバート先生が。
テンション上がりすぎだろ、常識的に考えて。
しかたがない、たまには助けてやるか。
「えーと、次、いいですか」
「おお、これはすまない。さあいいぞ」
……はあー。
うーむ、少し緊張しているかも知れない。
この、闘技場の中で衆目に曝されている、という状況がね。
どうもあの交流試合を思い出してしまう。
あの時はさほど客もいなかった……というか本当にいなかったけど、実力を試される機会だったのに違いはない。
まあトラウマという程でもないと思ってる。そう思わないとやってられないからだけど。
「フレ――――」
その時、背後から強烈な視線を複数感じた。
手を止めて振り向く。
アルフレッド。
ユーリさん。
ナタリー嬢。
その他大勢。というか全員。
『もっと上のも使えるだろ』
言わんとしてることがありありとわかる。
そうよね、みんな知ってるもんね、決闘では少なくとも圧水弾とか使ってたもんね。
誤魔化させてはくれないんですか。
悪意のある嘘でもあるまいし、ソルド領の人ってホント潔癖症だよ。
虚偽申告は許しませんってか。
勧善懲悪な伯爵の影がちらりと見えて、溜め息が出るわ。
「はあー」
一度作ってしまった魔術は変更できないので、適当な所に放り投げる。
明らかにおかしい振る舞いなので、アデルバート先生が心配したようだ。
「どうした?」
「いや……ちょっとやり直します」
最高の魔術かあ。
固定拘束とかは我ながら素晴らしい魔術だと思う。
金属化も、自衛の手段としてはこれまた素晴らしい。
だけどどちらも相手が必要なので、この場には適さないだろう。
そうすると、図書館で読んだ「上級魔術」の本から持ってくるのが良いのかな。
でもなんかあれ、あんまり上級っぽくないんだよなあ。
火炎弾に毛が生えた程度のものだったり、むしろ劣ったり、実用的ではなかったり。
「上級」という言葉の定義から間違っているような気がしないでもない。
しかも数だけはたくさんある。数打ちゃ当たるとでも言わんばかりの量だ。
あの中からまともなヤツを選べってか?
……いや、やっぱりやめとこう。
あんまり練習してないし、失敗したら恥ずかしい。
で、クラスメイトも納得してくれそうな魔術っていったら、これかな。
「アクアショット」
ほとんど消えてるとはいえ、ちょうどみんなが量産した火もあるし。
誰かが転んで熱々の地面にダイブ、とかあるかもしれないし。
そもそも自分から近づくようなアホはうちのクラスにいないと思うけど。
何かと理由をつけないと魔術を撃てない、チキンな俺を笑うがいいさ。
「ほほう、君が例の!」
……そりゃ俺のことも知ってるよねー。
「はあ」
「良いぞ良いぞ、今年は豊作だ!」
そっすかー。
そのまま俺を先頭に、アルフレッド、エイミーさん、ナタリー嬢、と呼ばれた順に並んでいく。
ユーリさんの扱いが気になるところだったけど、どうやら風鞘は火球の次になるようだ。
攻撃力基準かな? 技術力だったら風鞘も負けてないはずだし。
あるいは魔術そのものだけでなく、剣を使ったのが減点対象になったのか。
まあ、なんでもいいか。
アデルバート先生は列を数人ずつの班に分割する。
そしてそのメンバーで、同時に同じ魔術を行使するよう命じた。
これは魔術士団などでも実際に行われる訓練だそうで、いわゆる弾幕を張るための練習らしい。
俺達の年齢なら、総魔力量を増やす訓練をするのが手っ取り早いと聞くけれど、ただ魔力を浪費するのも味気ない。
そこで『大人になったら』という具体例を示すことで、生徒にやる気を出させている……のだろう。
ほら、やっぱり子供の頃は『大人』ってだけですごくかっこよく見えたりするわけで。
見事、うちのクラスもいつも以上の熱が入っているようだ。
まあ、ナタリー嬢は数を撃てないので、俺のグループも早々に火球に変わった。
で、普通なら魔術は連発できないわけで。
なんか周りに合わせるとヒマだなー。
と、そんなことを考えていた。