表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法学の先生  作者: 市村
第二章 学園編 初等部
33/44

31. 二度目の

 


 ユーリさんの剣を受けた俺の腕だが、やはり怪我はなかった。

 さすが金属化(メタル)だ、なんともないぜ!

 むしろ、最初に攻撃を受けた手の甲の方がひどい。

 どうにか骨が折れるような惨事は回避できたけど、一目でわかるほどの青痣になってしまった。

 敗者であるユーリさんの方が軽傷だっていうんだから変な話だ。


 面白みの欠片もなかった二試合目はさておき、現在は観客席で休憩中だ。

 以前立ち寄ったことのあるパン屋で買った黒パンをもっさもっさと食っている。

 水は昨日のうちに魔術で作ったものを、水筒に入れてきた。

 水筒は外出する時すごく役立つので、休日のお供になっている。

 買って良かったと本気で思える。


 といっても、そう長くのんびりしていられるわけでもない。

 さっき数えてみたら、参加者は二の六乗、つまり六十四人いた。

 一巡目で半数の三十二人が敗退し、現在進行形で行われている二巡目でも十六人が消える。

 その時点で残っているのは十六人であり、試合数に直すとわずか八試合。

 後になるほど休憩に取れる時間も少なく、連戦になってしまうのだ。

 それ自体は当然の話だけど、一試合の時間が短いというのが最大の誤算だった。


 こうなると、回復手段を持っていないのが辛い。

 さらに、一試合目に力を注ぎすぎたというのも痛い。

 あの試合だけで魔力の半分近くを消費してしまったし、いくら二試合目がお粗末だったとはいえ自然回復では限界がある。

 現状、魔力の残りは五割五分といったところだ。


 常識的に考えて、あと二試合。

 そこで魔力が尽きるだろう。

 そこそこの結果で良いのであれば、次の試合で負けたっていい。

 けど、上級生二人の話を聞く限りナメられてこんな状況になったと思われるので、やっぱりギリギリまで進もうと思う。

 それに一試合目のユーリさんが強すぎたせいで、相手があまり弱いと苦戦する演技もできないしね。

 それがなければ、意図的に降参する未来もあったかも知れない。

 まあ、八百長はよくないからやらないけど。負けたくもないし。


 魔力温存のためにも次の対戦相手が弱いことを祈っていると、先程からやっていた試合が終わった。

 すぐに次の試合が始められる。

 と思いきや。


 またか。


 棄権だ。

 なぜか騎士対騎士の試合だと、結構な割合で片方が棄権するのだ。

 そうでなくても学年間の力の差が激しすぎて、試合は長続きしない。

 本当に休んでいられない。


 しかし、よくこんなにつまらない試合が続いているのにブーイングが起こらないな。

 いや、もしかしたら当然なのかも知れない。

 参加者同士の交流が目的なのか、このイベントには観客というものがほとんどいなかった。

 現状では出場者である六十四名と、せいぜいスタッフの十数名、合わせても三桁に届かない。

 まったく演出もパフォーマンスもあったもんじゃない。


 こんなのでいいのだろうか。

 なにぶん初参加なので仕様がわからん。

 少なくとも、あの決闘の方がよほど多くの人を集めていた。

 片方は侯爵子弟だったから、比べるのは酷かも知れないけど。


 ちなみにその侯爵子弟、アルフレッド=B=グレイヴズはなぜか観客席にいた。

 あいつは何をしているんだろうね、お供も付けずに。

 アルフレッドは闘技場内をまっすぐ見つめている。

 食い入るようにとまではいかないものの、よそ見はしていないように見える。

 得る物は少ないと思うけどな。


 ん、今こっちを見たか?

 ……気のせいか。

 個人的に、アルフレッドはかなり大人しくなったと思っている。

 俺を見る目もそんなに敵対心を感じられないし。正直ユーリさんの方が怖い。

 どちらもいきなり襲ってきたりはしない、と信じたい。


 試合は坦々と進む。

 心躍るような激闘も、歓声の沸き上がるようなどんでん返しもなく。

 そうして、俺の三回戦が回ってきた。




 三回戦、相手は騎士科の男だった。騎士科ばっかりだな。

 体格から察するに、中等部に上がりたてというわけでもなさそうだ。

 ユーリさんとは違い、構えの時点で鞘から抜剣している。


「始め!」


 開始を告げる声が響く。

 しかし、相手は動かなかった。

 俺も風鞘(ウィンドシース)を警戒して様子見だったけど、これはこちらから動くべきなのだろう。


 まずは火球(ファイアボール)


 相手の足を狙っての投擲は、当然のように躱された。

 (ショット)系でもなければ、投げる動作だけで狙いはバレバレだからしょうがない。

 ただの威嚇なので避けられても問題はないけど、これは厄介だ。


 さっきの全身鎧と比べると、当然ながら動きが速い。

 火球の回避もかなり余裕を持っていたように見える。

 連発なり不意打ちなりで投げつけなければ、こちらの攻撃は当たらないだろう。


 そのくせ、向こうは俺を攻撃するつもりがないのか、剣は構えたまま間合いを詰めようともしない。

 あの剣は俺からの接近を牽制するためのものだと思われる。

 多分、俺が魔術で相手の動きを阻害しているとアタリをつけたのだろう。

 そして、そのためには相手に触れる必要がある、とも。

 離れた場所に魔術を発生させるのが難しいのは魔術の常識だけど。


 なんにせよ正解だ。

 まさか、こんなにも早く対策を立てられてしまうとは思わなかった。

 どうしようかな。


 イベントとしての良し悪しはともかく、長引くほど俺は不利になる。

 主な攻撃手段が魔術である以上、魔力の消費は避けられない。

 けれど相手が回避に専念しているとなると、決め手に欠けてしまう。

 その先にあるのは魔力の枯渇。

 つまり敗北だ。


 これは面白くない。

 そりゃあ、対人戦を考えれば相手の策は最善だ。何も文句を言うつもりはない。

 素早くて的確な判断、そして多少汚い手でも躊躇わずに使うその覚悟に、俺個人としては賞賛したいくらいだ。


 でも、これはあくまで交流試合。

 いわば地を固めるための雨。

 それを固まる前に踏み荒らすかような行為。

 これでは交流を深めるどころか、更なる不和を生むだろう。


 何がしたいのかさっぱりわからん。

 まあ、ストレスが溜まるのは俺だけか。

 負けず嫌い同士の戦いって(みにく)かったんだな……。

 反省しよう。


 審判も特に注意しないし。

 一応は勝負事だしな。

 スポーツマンシップという概念がこの世界にあるのかどうかも定かではない。

 何かを期待するだけムダというものだろう。


 とりあえず、攻撃を止めてみる。


 いや、魔力の消費が気になるなら、魔術を使わなければいいだけだ。

 相手が守りに徹するというのなら、俺も無理に攻める必要はない。

 そんなことをしたら、本当に魔力を使い切ってしまう。

 そんな自爆みたいな形で負けるのは嫌だ。


 俺にも攻撃する気がないと気づいたのか、相手も顔をしかめる。

 けれどなかなか動こうとはしない。

 そして審判も。

 どうやら互いに無気力だから没収試合、勝者なし、とはならないようだ。


 俺はひたすら待つ。

 こうなると、逆に俺に分が出てくる。

 魔力とは自然と回復するものだからだ。

 何もしなくても、周囲の大気から緩やかに取り込まれる。


 もちろん普通は、試合中の短時間で回復する量なんて微々たるものだ。

 でも、互いににらみ合っているこの試合は普通とは呼べない。

 すでに他の試合の数倍時間がかかっている。


 このまま全回復とかないかな。ないかー。

 そもそも今の消費量を考えれば回復には軽く数時間必要になるだろうし。

 せいぜい次の次の試合までに火球(弱)とか、その辺まで回復できたら御の字だ。次で終わりにするのに、それでは遅い。

 でも温存するに越したことはないので、にらみ合いは続行させてもらおう。


 さて、どうしたものか。

 ここ八年間山の中で生活してきた俺としては、こういう障害物も何も無い平地でのタイマン勝負は苦手な部類だ。

 狩人は罠を使う、不意打ちだって使う。

 真正面から獣と戦う、そんな危険を冒す意味がないからだ。


 しかし、平地ではそれらの技術を挟み込む余地がない。

 やるとしても、この前の対アルフレッド戦のような過冷却ぐらいだろう。

 ただし、にらみ合い、互いを監視し合っているといっても過言じゃないこの状況で、果たして当たるか?


 当たったとしても、あれ自体は一撃で戦闘不能にするほどの攻撃力を求められるものじゃない。

 相手の注意をそらし、次の攻撃を安全に行うための、いわばハッタリ(ブラフ)だ。

 ここまで冷静に対処してきた相手に通じるかどうか、微妙な線だ。


 と、そこでようやく踏み込まれた一振りは、明らかに様子見だった。

 俺に掠るかどうかという、まるで挑発できればそれでいい、みたいな気迫のなさだ。

 少し後ろに下がっただけで当たらなくなり、そしてそんな攻撃に反撃とかするわけがない。

 せめてもう少し隙がなくては、せっかくの魔術も避けられそうだ。


 にらみ合い、一振り、後退、再びにらみ合い。

 そこまでして俺に魔力を使わせたいのか、という感じの攻撃だ。

 確かに魔力の切れた魔術士なんて案山子みたいなものだろうけどさ。


 しばらくしてようやくやる気になったのか、物騒な気合いの乗った剣が少しずつ増えてきた。

 そうそう、それでいい。

 そのまま攻撃に余力を裂いて隙が生まれれば、俺としてもそこにつけ込むことができる。


 しかし、思わぬ誤算にぶち当たった。

 ……この人、普通に強いわ。


 遠慮がなくなった途端、一気に剣速が上がる。

 あと少しで、なんて思っていたのに、完全にそのタイミングをずらされてしまった。

 手加減はしているのか、一撃一撃は俺でもなんとか受けられるくらいには軽い。

 が、その力みのなさこそが速さの理由だろう。


 そう思った直後に背中が熱くなる。

 骨を凹ませるような芯に残る痛みと、薄皮を剥がしたような表面の痛み。

 もはや抑えることができていない。

 こんなに素早いなら全身赤く染めてきてほしかった。


 金属化を使ってしまいたいが、それを使うと俺自身も身動きが取れなくなる。

 どちらにせよ痛いのは変わらないが、意図的に威力を加減しているようなこの剣だと、金属化の方が痛そうだ。

 興奮してアドレナリンどばどばの今なら我慢できなくもない、というくらいの痛み。

 狙ってやってるんだとしたら、なかなか性格悪いな。

 でもウィリアムさんも股間狙ってくるし、本気で誰かを無力化したいのであればこのくらいが当然なのかもしれない。


 なんにせよ、これは妥協が必要だ。

 そう思った俺はボクシングのように顔を守る。

 動くことを考えなければ金属化も使える。

 鞭のようにしならせてくる剣を全身に受けながら、俺は全方位に烈風弾(ゲイルショット)を放った。


 俺は肘だろうが背中だろうが関係なく魔術を使える。

 そういう情報はなかったのだろう。

 あの決闘の内容を考えれば、見間違いか何かと思われても仕方がない。

 そもそも、より精確な判断ができて、その価値のわかりそうな上級生は遠征でいなかった。


 それにこれだけ強い相手なら、弾系の魔術を使うのに躊躇する必要もない。

 というか、躊躇している場合じゃないだろう。

 魔力を温存して試合に負けるとか、意味がわからないし。


 撃った瞬間、相手は俺の真後ろにいた。

 念には念を入れた不可視の弾丸は、ちょうど剣を振り上げていた相手の肩を強打した。さぞかし驚いたことだろう。

 相手が体勢を崩して仰け反る。

 そこで剣を握った手を圧水弾(アクアショット)で狙い撃ち。

 彼の剣が宙を舞った。

 勝負はまさに一瞬だった。




 痛てえ。


 我ながらアホだったと思う。

 剣技は防御のみが平均よりちょっと上ってレベルなのに、思い上がりも甚だしい。

 その結果がこの痛み。

 アドレナリンが引いてからは、これでもかと自己主張してくる。

 全身で数十カ所にも及ぶ打撲兼ミミズ腫れ。

 ミミズと呼ぶにはずいぶん肥え太っているけど。


 対人戦とはなかなか難しいものがあるようだ。

 俺のような魔術士側は大きく戦力を削がれるし、何より相手は同じように思考する人。

 森の獣や迷宮の魔物とは、まるで勝手が違う。

 平地という環境の不慣れさも相まって、かなりやりにくい。

 アルフレッドやユーリさんのような同年代でもないと、経験不足というだけで負けてしまいそうだ。


 幸いなことに、かかった時間の割に魔力の消耗は少なかった。

 終盤こそ中級魔術を連発してしまったけど、どうにか予定の範囲に収まっている。

 残りは最大量の四分の一、といったところかな。


 で、四戦目。

 ベストフォーを決めるための、八人の戦い。

 回ってくるのが早すぎないか……。

 よりにもよって、また騎士だ。

 たまには魔術師同士の泥仕合も経験させて下さい。


 中等部の最高学年なのだろう、体格がかなりいい。

 そして今までの対戦相手では唯一盾を身につけている。

 木製の盾には紋章のような絵柄も彫り込まれていた。

 本格的だな。


 そういえばコイツ、さっき不戦勝だったやつだ。

 まだいるのかなと思ってアルフレッドを探していたのに、あまりにも早く終わったせいで早めに控え室に行くはめになった。

 お前みたいなやつがいるから、俺が休めないんだ。

 と、逆恨みを心の中で唱えておく。


 どうせ俺はこの試合が終わったら棄権するつもりだ。

 負ければそこまで、勝っても次の試合には進まない。

 エイベルさんの「ほどほど」がどのくらいかは知らないけど、ここまで来れば十分だろう。

 やるからには最後まで楽しませてもらうけど。


 相手の構えは納剣状態だった。

 盾には腕を通すところがあるようで、左腕にくっついている。

 これは来るな。


「始め!」


 見えない物を避けるのは至難の業だけれど、俺にはこの目がある。

 案の定打ち込まれた風鞘を避けて、俺は遠慮無く圧水弾を撃ち込ませてもらった。

 おお、もろにくらったよこの人。ユーリさんは対応したのに。

 いやいや、火球と圧水弾じゃ比べられないか。

 それに、あんまり小回りのききそうな体格でもない。


 って、あまりにもきれいに決まったもんだから追撃するのを忘れた。

 まだまだやれると思っていたけど、意外と疲れてたのかな。集中が途切れ途切れだ。

 少し遅れてしまったが、もはや遠慮も温存も必要もないので圧水弾をさらに撃つ。

 魔術の連続使用は控えた方が目立たないのかも知れないけど、どうせ観客はいないようなものだ。

 さっきの試合も決め手はそれだし。


 大抵の騎士は魔術士と対峙する時、魔術を放った直後に距離を詰めるのが基本らしい。

 あくまで基本であって、俺のように連発出来る相手ではそうでもない。

 それに魔物だと時々連発してくる個体もいるらしいので、それを見極める目利きこそ本当に必要とされるものだ。

 けれど、それを身につけるために必要なのは経験。

 簡単に言えば、中等部の生徒に求めるのは酷だということだ。


 すんでの所で盾で受け止めた相手は、その足を止めた。

 またさっきのパターンか?

 妙な連帯感があってちょっと嫌だね。


 けどさっきの試合とは違って、俺は魔力を温存するつもりはないんだ。

 不可視の烈風弾で盾に隠れていないところを撃ち抜く。

 む、耐えるか。

 仰け反るものの、先ほどの騎士と比べても体幹が安定している。

 タフだな。


 ここはもう、いっそ盾ごと動きを止めさせてもらうか。

 どうせ今のまま続けても地味な削り合いだし、せめて最後の試合くらいはギャンブルしたっていいだろう。

 決めたら即行動、俺の方から間合いを詰めた。

 ダミーとして俺も抜剣する。


 俺にはもう魔術を使えるほど魔力が残ってないと判断したのか、相手の騎士は見事に引っかかった。

 剣を振りかぶると盾が横に流れ、胸元が露わになる。

 なんのための盾なんだか……。直前まで隠せって。

 ただ、その盾の正面にある安全地帯を利用しようとしていた俺にとってはちょっと誤算だった。


 片手間に烈風弾でダメージを与えつつ、盾の正面へ回り込む。

 普通は逆だけど、防御を無視できる固定拘束(ロックバインド)のある俺にとってはむしろ都合がいい。

 盾は攻撃から身を守るための物だけど、二者の間にあるただの壁だと考えれば敵側もその恩恵を得ているといえる。

 もっとも、その壁を自由に動かすことのできる使用者の方が圧倒的に有利であることに代わりはないけどね。


 俺は盾に手を添えて、固定拘束を行使した。

 相手のガタイが良すぎて、いつも以上に魔力を込めないと効果が現れないな。

 ようやく騎士の動きが止まる。



 と、同時に。

 俺の動きも止まった。



 ……やっぱり無理があったか。

 正直、ちょっと胸に圧迫感があったんだ。

 それは魔力が減った時特有の感覚だった。

 ギャンブルには負けてしまったようだ。


 相手の盾ごと、という豪快なやり方ではダメだった。

 あるいは、相手の保有する魔力量が予想より多かったか。

 本調子ならこのくらいの相手、そんなに難しくないんだけどなあ。

 そんな事を思いながら、急速に失われつつある気力を振り絞って俺は膝立ちで止まった。

 顔面ダイブはしたくないからね。


「降参です」


 顔を下げたまま両手を挙げて、ひらひらと振る。

 もう手がありません、というわかりやすい表現だ。


 今日はいい汗をかいた。

 対人戦なんてなかなかできる体験ではなかったから、良い経験になった、と思う。

 交流試合という観点では疑問の残る策もあったけど、それはそれ、これはこれだ。

 俺も人のことは言えないしー。


「…………?」


 あれ?

 勝者の宣言がない。

 顔を上げると、審判はこちらを見ていた。

 なんだ、聞こえてなかったのかな。


「あの、降さ――」


 その時、殺気を感じた。

 俺は咄嗟に両腕を頭の上で組み、金属化を唱えた。


 衝撃は頭上に。

 激痛は全身に。

 振り下ろされた剣はなんの躊躇いもなく頭を狙っていた。


 なんだよこれ。

 どういうことだ。

 見上げると、正面の騎士は両手で剣を持って、再び振り下ろそうとしているところだった。


 目の前に火花が散った。

 痛みによる幻覚、じゃなかった。


 他者ではなく自身を硬化する金属化は、魔力の燃費がすこぶる良い。

 けれど、枯渇寸前まで健闘した直後では、それでも足りなかったようだ。

 肌がひび割れるように裂けて、薄く、弾けるように少量の鮮血が飛び散っていた。


「降参だって言ってんだろ……」

「…………」


 相手の表情は読めない。

 昂揚にも、恐怖にも、ただの無表情にも見える。

 審判はこっちを見ることすらやめていた。


 幸い、骨や腱に到るようなものではなかった。

 そうだったら今頃、この両腕は地に降ろされている。

 けれど血が出たということは、最早全身を硬化する余力も残っていないということだ。


 デフォルトの全身金属化を解き、魔法陣(ルーン)を組み替えて腕のみに集中させる。

 途端に体勢が怪しくなった。

 どうやら添え木で身体を支えていたようなものらしい。

 支えを失い、身体が揺れる。


「ぐっ……」


 そこに、三度目の振り下ろし。

 腕力だけで受け止めることなどできるはずもなく、俺の腕は頭と接する。

 さっきよりも直接的な痛みが、頭から首へと伝わり、背骨を通って全身へ供給される。



 ――死ぬ。

 今までで一番、それを身近に感じた。


 前世の俺はなんで死んだんだろうか。

 事故か、天災か、はたまた急病か。

 自覚もなく死んだのだから、それは即死だったのだろう、と以前も考えた。


 けれど今回は違った。

 想像とはまるで違う。

 初めて実感する、本当の死だった。


 攻撃は止まない。

 頭がぼうっとしていた。

 そのくせ痛みは引かない。

 骨にいつまでも響く、除夜の鐘のようだ。



 さらに何度か剣を受けると、とうとう痛みも感じなくなった。

 そして、俺は、意識を手放した。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ