30. 交流試合
「……参加要請?」
「これはいわゆる交流試合の『例外』の部類だ。何せ、人数制限があるところに予約席を設けてくれるんだから」
「いやそうじゃなくて。向こうから頼んできたってことですか?」
「形としてはそうなるね。一応本心を聞いてみたところ、向こうの上層部にとっても互助会員が僕らを差別するなんて予想外だったみたいで、今回仲直りする機会をくれたんだ」
んー、あー、なるほど?
今回の交流試合が諍いの原因になり得ないというのは、そもそもがこの現状を打破するためのものだから、ということか。
流石にそのためだけに開催されるわけではないとは思うけど、向こうとしてもちょうど良い機会だったのだろう。
一応は主催者側から頼まれたという形でもあるから、ゲストとかエキシビションみたいなノリでいいはず。
上級生ではなくあえて俺が呼ばれたのは……話題の中心だから、とかかな。
本人が登場しないとか、それはそれで白けるだろう。
と思ったら、エイベルさんは騎士科の実地研修みたいなものと日付が重なってしまったらしい。
出来ることなら自分も参加したかったと悔しそうに語る。
一方でスペンサーさんは非戦闘の学科だし、休日は実家の手伝いをするので参加も観戦もしないとか。
ん、じゃあもしかして、俺は単身乗り込むことになるのか?
エイベルさんの用事は「一緒に来て下さい」と言ってどうにかなるものでもないだろうし。進級要件とか卒業要件とかのような気がする。
スペンサーさんならどうにかなるかもしれないけど、今まで参加どころか観戦だってしたことのない人を連れて行っても応援しかできないだろう。
その応援のためだけに実家の仕事をサボれとは言えない。
仕方がないから、過去に一度だけ参加経験のあるエイベルさんから大雑把なルールを教えてもらった。
あとは一応、これも聞いておくか。
「これ、断っちゃダメなんですか?」
確認程度のつもりが、エイベルさんもスペンサーさんも、もの凄く驚いた顔をした。
なんでだ。
「本来なら誇らしいことだって言っただろう? 今回は例外中の例外だけど、普通なら五大互助会からも『ぜひとも!』と言われるほどの実力があると認められた人しか呼ばれないんだ。それを断るだなんてとんでもない!」
なんだそのキーアイテム扱いは。
付け加えるようにスペンサーさんも口を開く。
「それに、向こうの好意を無下にするというのは外聞が悪い。ボクらはあくまで弱小で、相手は五大互助会だ。向こうの上層部がどう思おうと、下っ端や他の互助会連中にはよく思われないだろう」
この話だって、元は向こうの下っ端が暴走したから提案されたもの。
ということは向こうも下っ端を制御できているわけじゃない。
この申し出を断ったら、それはそれでろくな事にならないのだろう。
向こうだって、何度もこういう提案をしてくれるとは限らないし。
ついでに互助会単位の上下関係にもケンカを売ってしまう。
まあとにかく、断っちゃいけないというのはわかった。
手伝うといった手前、このくらいは許容する。
ただの確認のつもりが、予想以上に食いつかれてびっくりした。
まだ目立つべきじゃない、と思ってしまうが、いっそ開き直った方がいいのかもしれない。
どうせクラスでは珍獣扱い。学園全体でも珍獣扱い。最近は手遅れ感しかしない。
例の魔力過敏症の教授とも、いつまでも距離を取れるわけじゃないだろうし。
ナタリー嬢が近くにいる限り、遅かれ早かれといった感じだろう。
「とりあえず話はわかりました。謹んでお受けしますよ」
「それはよかった」
「それで、試合はいつなんですか? 休日にやるなら、次の次くらいが妥当な――」
「ああ、いや、次の休日だ。明後日の」
…………。
はあ?
いやいや、そんな、急すぎる。
準備とか心構えとか、色々あるでしょうが。
冗談でしょ?
だが、エイベルさんはいたって真面目だったようだ。
「明後日なんだ。急な話で申し訳ないけど」
「冗談ってわけじゃないんですよね」
「僕らも、話を聞かされたのは昨日なんだ。暗くなってからだったから、君に伝えるのも無理だったし」
アリアス領互助会の立場は一刻も早くどうにかするべきなので、それを踏まえれば開催は早いに越したことはない。
それに上の学年の事情は知らないので、その次の休みだと何か都合が悪かっただけかも知れない。
でも、これはちょっと急過ぎやしないか。
「向こうが何か企んでるとか、ないんですか?」
「企むって、何を?」
「具体的には……俺を誘い出してボコボコにするため、とか」
少し大袈裟に言ってみたが、要約するとそんな感じになる。
最近の一部のクラスメイトは、俺の一挙一動を見逃してたまるかって感じに注視してくるし。
恨まれるようなことはしてないと思うんだけど。
「ははっ、まさか。五大互助会だよ? そんな目立つことをするわけがないじゃないか」
アリアス領の領民は危機感足りないんじゃないだろうか。
いや、聖人のようなアリアス家を見て育った人に、そういった権力の裏の顔というものを想像させるのは難しいのかも知れない。
目立つからといって、不正をしない理由にはならないのだ。
人数が多いのならば出来ることも当然増える。
極論、街中で誰かに暴行を加えても、身内だけで分厚い人垣を作ってしまえば第三者に漏れることはない。残るのは自称被害者の妄言だけだ。
ヘタすれば、ソルド伯爵家の子息とやらが煽動している可能性すらあるじゃないか。
が、エイベルさんは「それはない」と言い切った。
「ソルド伯爵家は確かに放任主義なところがあるけれど、不正を許したりはしない。でなければ、ナタリー様を預けられるほどアリアス家と懇意であるはずがない」
結局はそこか。
まったく、自らの領主を崇めすぎだろう。
しかし、そういう理由があるのなら大丈夫か……?
エイベルさんはさらに付け加える。
「それに、どうも君は貴族というものを警戒しすぎているようだから言っておくと、交流試合に貴族の子弟は参加しない。できないわけじゃないが、あくまで学生主体で開催されるものから、先生方に任せるよりも安全面でどうしても劣るんだ」
ううむ、それはそれで危険、というように聞こえるが。
多分言いたかったのは、貴族は出ないから気にするな、的な意味だと思う。
貴族本人が出なくてもその配下が出てくる可能性は残っているんだけどな。
ちなみに、基本的に交流試合に参加できるのは中等部までらしい。
高等部に進む生徒は少ないし、その希少性と実力は互助会同士のパワーバランスをも容易に崩す。
なので、高等部の生徒が参加できるのは秋頃にあるという武闘大会と、それの予行として開かれた練習試合くらいだ。
そちらだとむしろ高等部生しか出られないくらい熾烈を極める、とかなんとか。
しかし、ここまで説得されて「やっぱり辞退したい」とは言えんだろう。
一度は受けると言ってしまったし。
というか、本当に俺の考えすぎということもある。
冒険者的には、迷宮内でのリスクは極力避けるべきだ。
だけどここは学園。
失策が即、死に繋がるということはまずない。
先輩達を信じてみるか。
「はあ……いいでしょう。やれるだけやってみます」
「まあまあ、僕もつい言葉が荒くなってしまったが、そんなに気を張らなくてもいい。僕らが以前のように立ち回れるくらいの、ほどほどの活躍でいいよ」
「いや、優勝してもいい。ボクとしては向こうの下っ端どもに目に物見せてやってほしいからね。キミなら本当にできそうだ」
どっちだよ。
っていうかスペンサーさんはやっぱり気にしてますよね。
ムチャ言うなって。
それで初の集会は解散となり、普通に自分の寮へ戻った。
アルフレッドの時は突発的だったから何もできなかったけど、今回は素振りくらいならできる。
最近はほとんど触ってなかった例の剣を持ってみると、やっぱり重かった。
背が小さいおかげで室内でも振り下ろしができるという、ね……。
***
翌日の放課後、俺はナタリー嬢(と侍女のノーラさん。最近名前を知った)と一緒に闘技場へ来ていた。
二日に一回はここで過敏症の治療と魔術の訓練をすることにしている。
どちらも一朝一夕にどうにかなるものでもないので、気長に取り組んでいた。
俺の方も、いつもならナタリー嬢に合わせて魔力をギリギリまで使う。
つまり、二日に一度。毎日ではなく。
実のところシエラ村でのミンク事件で、毎日魔力を使い切るよりは適度に休んだ方がいいと気づいたのだ。
それまでは全回復する前に空っぽにし直していたけれど、あの事件の最中は極力無駄遣いを避けていたこともあって満タン状態も多かった。
そしてミンクを倒し、疲れ切って休み、でも毎日ミンクと遭遇するわけでもないので時々休み……。
一ヶ月ちょっとの短い期間ではあった。
それでも実感として、毎日空っぽにしていた時とほとんど遜色ないくらいの成長を感じた。
筋肉でいうところの超回復みたいなものだろうか。
学園でも武術と魔術の授業が交互に行われているので、理論的には知らんが経験則としては間違っていないと思う。
ただし、今日はそれも控える。
元々休日は冒険者組合で小銭稼ぎをするので、その前日は控え目にしている。
が、今回はそれに加えて交流試合だ。
迷宮ほどではないにしても戦闘が確定している以上、小銭稼ぎとは比較にならないほど魔力を使うだろう。
後は、可能なら回復手段が欲しいけれど。
「今日は、先生はあまり魔力を放出させないんですね」
「え? ああ、うん、はい」
っと、いかん。ぼーっとしてた。
おかげで変な言葉遣いになってしまった。
いやでも最近はタメ口でもいいんじゃないかとか思ってるけど。
どうせこっちの言葉に明確な敬語なんて存在しないし。
より丁寧な単語も一応あるけど、“奏上”とか王様にしか使わないわけで、普段は口調というか強弱で敬語を表している。
その時の気分によって口調のコロコロ変わる人も珍しくないので、俺も最近はどうでもいいかなと思ってしまったり。
放出というのは、魔術を使うと消費効率が良すぎるから魔力をそのまま放出しているということ。
以前からやっていたことだけど、ソルデグランの街中なら自然も野生動物も少ないので、魔物の自然発生を心配する必要がなくて助かる。
決闘騒動で目立ってしまってからは、どこで誰に見張られているかわかったもんじゃない。
交流試合みたいなイベントならともかく、あまり難易度の高い魔術を安売りしてると要らぬ妬みを買いそうなのだ。
普通に放出しても、魔力過敏症のナタリー嬢には一目瞭然ですけどね。
じゃなかった。今は魔力の回復手段だ。
生憎と、ちょっと前に植えたばかりのヨモギは使えるほど育っていない。
植えるのが少し遅かったのもあって、予想よりけっこう遅れている。
もっとも、元々一年目は殖やすことが第一目標なので摘み取りは控えるつもりだった。
というか、そもそも調合するための器材だってない。
前に探索がてらその類の店を覗いてみたら、一番安い物でも金貨が必要だった。
特にガラス製品は中古しかなく、しかもかなり小さい奴ですら五枚。でも個人的にはガラス製がほしい。
ウィリアムさん、実は金持ちだったんじゃないかと。
かといって、買うとなると回復薬は高い。
迷宮都市フセットほどの需要があるわけではないので、供給量によっては安いかもと思っていたら銀貨が必要だってよ。
冒険者組合の数少ない旨味ある依頼はあらかたやり尽くしてしまったので、最近の報酬は銅貨数枚がデフォだ。
これまでの稼ぎから捻出できなくもないけれど、今回のために買うとなると痛い出費になる。
安くて質の悪いやつはあまり長持ちもしないので、迷宮に対する長期的な投資と考えることもできない。
ナタリー嬢にお金を借りる、あるいは実物を仕入れてもらう、というのも考えた。
でも却下だ。
こういう貸し借りは前世でも良くないことだった。借りパクとかね。
もちろん俺はするつもりないけれど、なんというか、ナタリー嬢に借りを作るのはよくない気がする。
ほら、ね? 将来の仕事まで確定しちゃいそうじゃん?
入園早々にそれじゃつまらない。
あ、グレイヴズ家執事の貸しもあったか。
……銀貨数枚のために使うのはもったいなさ過ぎる。
エイベルさんはほどほどでいいって言ってたし、魔力が尽きたら終了ということにしておくか。
勝負事では負けたくないけど、準備期間や年齢差を考えれば仕方ない。
「――、先生」
「え、はい?」
「……どうでした、か?」
「あー……」
……いやあ、うん。
ナタリー嬢が静かに怒ってる。意外と怖いね。
これでしっかりとは視てなかった、とか言えない。
今はナタリー嬢のためにここにいるんだった。
彼女は色々な意味で、一人では訓練が出来ない。
ナタリー嬢は魔力過敏症の治療訓練をする時、集中を維持するために瞑想をしている。
瞼を閉じたら意味がないような気もするが、今の進展状況では開けていても魔力を不可視にすることはできていないだろう。だから単純に集中のしやすさを取っただけだ。
そうなると当然自身の魔力を視ることもできないので、俺が少しでも上手く出来ているかどうかの診断をしなくてはいけない。
もちろん集中しているところに声をかけるわけにもいかないので、瞑想と診断をセットにして繰り返す。
ナタリー嬢からすると俺が頼りなのに、その俺からはアドバイスどころか返事すらないとか、そりゃ怒るわ。
いやはや、もうしわけない。
近日中にイベントがあるとなると、どうしてもそわそわしてしまう。
目立ちたくないと口では言っても、やはり楽しめるときに楽しまないのは損だと思ってしまうのだ。
本当に楽しんでいいものかはわからんが。
じゃなくて、今はナタリー嬢の訓練の成果だってば。
「えーと、まだまだこれから、って感じですね」
ざっと見ててもそう思う。
首から上の魔力の動きがとても少ない。
これだったら最初の、枯渇状態でやらせた時の方がまだ動いている。
「そうですか……」
とはいっても、年中枯渇寸前を維持していては意味がない。
魔力が枯渇すると、ただのジョギングだってフルマラソンほどに辛い。
その状態のまま生活するとか、まず無理だ。
やはり魔力満タンの状態でこそ、どうにかできなければダメなのだ。
「焦っても意味はないですよ、元々すぐ出来るようなものでもないですし」
結局、長い目で見るしかない。
「今日はあと何回か繰り返して、魔術の方に移りましょう」
首から下のポンプ式については、俺も実体験として説明ができる。
正直こっちの方が伸びもよく、将来は並以上の魔術士になれるんじゃないだろうか。
全身からかき集める必要があるとはいえ、この歳で火炎弾を数発撃てること自体は十分凄いらしい。
八才時点ならキースもそうだったので、やはりキースは微妙に凄いのだろう。撃った後はフラフラになってたけど。
逆に本来の目的の方が伸び悩んでいるので、ナタリー嬢本人はあまり気が気じゃない様子だった。
まだ慌てるような時間じゃない、というツンツンヘアーの名言もこっちの世界じゃ誰も知らないか。
***
交流試合当日となった。
休日の闘技場は、個人ではなく団体での利用のみが許可されている。
とはいえ、五人以上いれば問題ないとか。
友人だけでどうにかできる人数だ。
ただし僕は友達が少な以下略。
そして、予約推奨。
当日になってから何十人も押し掛けて、収容人数をオーバーしても困るからだ。
また、五大互助会クラスにもなると全員集まれる建物がここと、他に数箇所しかないとか。
そのため秘密の集会とかで関係者以外の立ち入りを禁止にしたいなら、なおさら先に連絡をする必要があるのだ。
でも実際、秘密の集会とかあるのかね?
あ、一昨日のアリアス領互助会も関係者以外立ち入り禁止だったわ。
ちなみに今日は五大互助会の第二位、ニアグランデという互助会名義で貸し切ってあるらしい。
貸し切りとは言っても、これ以上他の団体の入る余地がないという意味であって立ち入り禁止ではない。じゃなかったらアリアス領の俺は参加できないし。
ニアグランデは確か、村からここへ来る際到着の前日に泊まった都市の名前だ。
ソルデグランとは整備された街道で繋がっている、第二位と呼ぶに相応しい規模の街だった覚えがある。
夕方から早朝しかいなかったので特色も名産も知らないけど。
ちなみに五大互助会の第一位はもちろんソルデグランだ。
闘技場の場内へ入ると、何十という生徒が素振りなり柔軟なりをしてウォームアップをしていた。
時刻としては普段の授業と同じなので別段眠いとかは感じないけれど、まさかわざわざ早く来て準備しているとは。
集合時間には間に合っているはずだけど、なぜか重役出勤してしまったような気分になる。
でも朝は苦手だし。
しかし、ぱっと見じゃ知り合いが見当たらないな。
やっぱり初等部生の参加者は少ないみたいだ。
騎士科のような戦闘学科には敵わない、というのが普通の思考回路だからなあ。
それに中等部の知り合いなんて、同じ寮の人以外いないようなもんだ。
顔を合わせるのは夕食時くらいだし、そんな戦場で自己紹介なんてしてられない。あれ、俺結構ぼっち街道まっしぐら?
スペンサーさんを無理矢理にでも連れてきた方が良かったかもしれん。
待ち時間でヒマを持て余す予感。
流石にストレッチもなしに挑む気はないので、開会式までの短い間でラジオ体操を行う。
転生しても消えることのない脳内おじさんが「開いて! 閉じて!」と連呼し始めたあたりで集合がかかった。もうちょっとだったな。
ちょうど今いる位置の反対側に参加者が集まっていく。
そのせいで人垣のかなり後方になってしまった。
「皆、おはよう! 今回の進行を務めるルーサー=B=ルガードだ!」
何か台にでも登ったのであろう、少しだけ聞き取りやすい声が響く。すごい長身という可能性もあるけど。
俺はまだ背が低いので、大多数の中等部生に囲まれると本当に声しかわからない。
あくまで「まだ」背が低いのである。いつかは追い越す。
簡単な挨拶の後にルールの説明があり、当然ながら魔術に制限がかけられる。
そうなると魔術士は有効な攻撃手段が一気に減ってしまうので、その代わりに相手が騎士だった場合、得物を無力化させても勝利とするのだとか。
ウィリアムさんからは聞いたことのない話だったが、これはどうやら交流試合独自のルールらしい。
控え室には治癒術科や薬学科の生徒を駐在させているらしいが、秋頃の武術大会で配置されるプロと比べれば実力で大きく劣る。
万が一の可能性を少しでも減らすための工夫というわけだ。
ぶっちゃけ俺は魔術をその場その場で組み立てて威力を調整しているので、大怪我させるようなことはないと思うけど。
魔術も剣も使う人はどうなるのかと思ったが、そういう人は魔術士として処理されるらしい。
そもそも半端者では生粋の剣士に敵うはずもない、という理論だろうか。
俺は確かに敵わないけどね。
ということは、剣士が剣を失っても戦えるように所属を偽ることもできることになる。
けれどその場合、試合の中で魔術をほとんど使わずに倒した場合は反則負けになるとか。
使った使わなかったの判断は審判に委ねられる。
また、相手によって所属を変えられないように、第一試合の自己申告がその後の試合全てに適応される。
適当なことは言えないということだ。
最後に「絶対に過剰な攻撃は加えないように」と厳命される。
そういえばエイベルさんも時々大怪我する人がいるって言ってたなあ。
学生主催では限界があるのだろう。
気をつけねばなるまい。
そんなことを考えていると、いつのまにか対戦者の発表に移っていた。
とはいっても結構な人数なので、第三試合まで。俺の名前は呼ばれない。
次いで、対戦表は観客席へ行くまでの階段手前に置いてあると言われて解散となる。
開会式が滞りなく終わったので、早速対戦表とやらを見に行く。
思えば、観客席には初めて行くな。
道がわからなかったけど、周りについていったら辿り着けた。
一畳くらいの大きさの白板が横長に置いてあり、十名ほどが自分の名前を探している。
こっちの言語は横書きなので、トーナメントのツリーも横向きで左右に分かれていた。
えーと相手は……。
「……ユーリ=エイムズ?」
マジかよ。
ユーリさんはクラスでも一二を争う冷たい眼光の持ち主だ。毎日視線を浴びているからわかる。
騎士を目指しているなんていうから、てっきり睨むだけで私情は挟まないと思っていたのに。
いやいや、決めたのは運営であって本人じゃない。
新参者同士、一回戦から圧倒的な強者と当たらないようにバランスを取ればこうなるか。
喰らい合う形になってしまったけど、この辺は演出として割りきる。
交流を深めるというのなら、サービスも必要だもんな。
数えてみると、第十七試合だった。
一試合にかかる時間はそう長くはないらしい。
実力が拮抗しているなんてことは滅多になく、大抵は上級生が下級生を一方的に叩きのめす。
同学年同士でも、試合に参加するようなのは騎士科と魔術科の二大勢力であり、どちらも戦闘を想定した学科だから攻め手に欠けるなんてことはなく、展開が早い。
オーバーキルな魔術は反則なので、比較的手加減のしやすい騎士科がやや有利といったところか。
ただ、同門同士の試合を禁じている剣の流派でもあるのか、騎士科同士だと片方が棄権するときもあった。
一番泥仕合になりやすいのは、互いに潤沢な魔力を持つせいで攻撃が通りづらく、かといって補助ルールの恩恵も受けられない魔術士同士の試合のようだ。
とにかく、あっという間に俺の番が近づいていた。
急いで控え室に向かい、そこにいた上級生から武器の入った箱を示される。
大半は剣だけど、槍や槌もあるようだ。だけど普通に剣を取る。
この前の決闘ではそれなりに使いやすい長さだったのに、今回は中等部の生徒が大半だからか少し長く、ちょっと重い。
防具もあったが、やはり中等部生用なのかサイズが合わない。
胸当てを付けてみたら、物の見事に前ならえができなかった。
というか防具は基本的に自前で用意する物なんだとか。規格品だと限界があるから。
貧乏人に無茶言うなよ!
籠手くらいならなんとかなるかもしれないけど、咄嗟の動きが鈍るのを恐れて結局兜だけ身につける。
騎士科の人が普段から防具を身につけているのは、重さに慣れておくためなのかも知れない。
とりあえずは回避優先、怪我しませんように。
控え室から出て場内へ続く廊下を歩いていると、ちょうど前の試合が終わったらしく歓声が聞こえた。
そう待たずに名前を呼ばれ、闘技場の地面に描かれた円の中に入る。
目の前のユーリさんは早くも剣の柄に手を添えていた。
「えーと、どうも?」
「……」
無視か。
流石にこれから戦う相手と仲良く談笑なんてしている場合ではないらしい。
でも怖いんだよ。
ユーリさん睨みすぎだよ!
「所属は?」
主審の声に、ユーリさんは騎士、俺は魔術士と応えた。
まだ騎士科じゃないのに、剣士と言わないあたりこだわりを感じられるね。
さっさと始めろ、と言わんばかりにユーリさんは片足を引き、いつでも剣を抜けるように構える。
「君も構えて」
審判役の上級生から催促された。
この先も何十という試合が控えているので、いちいち時間をかけていられないという意識が感じられる。
仕方がないので俺も構える。
両の手の平を相手へ向けて、軽く腰を落としたサッカーのゴールキーパーみたいな構えだ。
ユーリさんは普段から身につけている胸当ての他に、肘まである籠手を身につけていた。
自前なのだろう、こっちの控え室にあった物とは違ってサイズが合っている。
兜はなく、盾も持っていない。
守護騎士団に入りたい、とか言っていたくせにその格好は攻撃的過ぎやしないだろうか。
「始め!」
その瞬間、目の前で何かが光った。
いや、これは――
気がつくと、最初の応酬は終えていた。
俺はいつの間にか剣を握っていたし、ユーリさんは俺が反射的に投げていた火球を躱していた。
……条件反射とは、時に凄まじいものがあるようだ。
目の前の光とは、ユーリさんが発動させた魔術の魔法陣。
これはウィリアムさんと剣の手解きという名の決闘をしていた時、散々くらったものと同じだった。
分類は風属性で、刀身を形状として指定する、戦闘用では珍しい形状外部指定型の魔術。
一般名称は、風鞘。
その本来の用途は見えない空気の圧力によって相手を突く、あるいは斬るというものだ。
実際には剣圧と共に飛ばして、少し離れた相手に殴るような衝撃を与える使い方のほうが多い。
こいつのせいで槍の類が発達しないんだと思う。
ただ、条件によっては変わった恩恵も得られる。
鞘に収めた状態で発動させると、刀身から吹き出すように生まれる空気によって素早く抜剣できるのだ。
そしてその勢いのまま相手の身体の中心、鳩尾を狙って放つ。避けにくいからね。
特訓を始めた頃は、これだけで吐きそうになった。
食い物の恨みは恐ろしいので根性で耐えたけど。
半年近くにも及ぶ特訓のおかげか、俺はウィリアムさんの剣を目で追うことが出来るようになり、そこから放たれる魔術も眼で追えるようになった。
あいにく、ウィリアムさんは臨機応変に対応するタイプの人なので、鳩尾と限らず額や喉、時には股間すらも狙ってきて必ず躱せるわけではなかったが。
そもそも目で追えるだけで、受け止めるとかまず無理。
ただし今回はその経験が生きて、相手の魔術を躱しながらこちらも魔術で牽制し抜剣の時間を稼ぐ、という理想の型が見事なくらい綺麗に決まった。
まさか半ば無意識に出来るとは思わなかったけど。
これは、あれか。野生児の血ってやつか。
しかし、なるほど。
ユーリさんは確かに騎士だったわけだ。
防御をないがしろにしているような気もするが、やってることは元騎士科生徒だったウィリアムさんと同じとはね。
ユーリさんの追撃を下がりながら受ける。
剣速も一撃の重さも、アルフレッドとだいたい同じか。
剣自体に重さがある分、同じ条件ならアルフレッドの方が重く、ユーリさんの方が速いのだろう。
さて、どうするか。
実のところ、あまり難易度の高い魔術は使いたくない。
前回はアルフレッドが火炎弾なんて撃ってくるからつい暴走してしまっただけで、元々は初級魔術で対応するつもりだったのだ。
それにこの先も戦い続けるつもりなら、なおさら魔力消費量の多い魔術は避けるべきだろう。
でもこのままではいずれ押されて負ける。
剣術に関しては自信なんてないしな!
とりあえず火球で行くか。
弾系と違って投げる動作が必要なので、ユーリさんが剣を振り終わった直後を狙う。
そう、今この袈裟斬りをやり過ごして、一瞬だけ剣を片手で持って、火球を。
えっ。
ユーリさんの袈裟斬りは確かにやり過ごしたはずだった。
しかし、これは、剣道の小手の動きだろうか。
勢いよく振り下ろしたと思った剣はくるりと回って俺の手の甲を強かに打った。
痛ってえええええええええええええ!
あまりの痛さに剣を落としてしまった。
俺が騎士と宣言していたらこの時点で負けだ。
悪い事は重なるもので、せっかく作った火球まであらぬ方向に落としてしまう。
頭の中が真っ白になる感覚があった。
やばいやばいどうする武器はない防具もない痛いやばい!
こういう時のために何か魔術作っておかなかったか!?
そう、アレだ、金属化だ!
ユーリさんの剣が俺の変哲もない腕に弾かれた。
ご丁寧に、人とは思えないゴンという鈍い音付きで。
流石に予想外だったのか、追撃の手が緩む。
でもこれも痛ってえええええええ!
剣を受ける部位だけを指定する余裕なんてなかったので、全身金属化だ。
直撃したところはそれほど痛くもないくせに、力を受けて角度の変化した肘と肩の皮が引っ張られて千切れそうなくらい痛い。
それでもチャンスは今しかない。
金属化を解き、足を踏み出す。
狙いはユーリさんの軸足。
一瞬戸惑ってはいたものの、既にユーリさんは剣を振りかぶっていた。
今更軸足は動かせない。
さあ我慢だ!
俺は再び金属化で上半身を硬化させる。
意識はただ一閃、それだけに集中させる。
手心なんて感じられない一撃が俺の肩に入り、肩から首、背中、脇や肘へと衝撃が伝わる。
激痛だ。
しかし、踏み出した足はほとんど勢いだけでユーリさんの軸足へ向かい、そして彼女の足を踏んだ。
俺の十八番、固定拘束。
ユーリさんは剣を振り下ろした体勢で固まり、その一瞬の隙を突いて俺は彼女の握る剣を奪い取る。
それだけで勝敗は決するだろう。
って、取れない!
一体どれだけ力を込めて握っているのか、と思ったけど、よく考えればユーリさんは今固定拘束の影響をもろに受けている。
固定拘束が彼女の身体と剣をひとまとめにして適用されてしまったのだろう。
この辺りが外部指定魔術の欠点と言える。
指定が甘いと、このようにムダな部分にまでムダに魔力を消費してムダに魔術を適用してしまうのだから。
もったいない。
しかも今回は、以降の試合のことも考えて魔力を込めるのは一瞬だけにしてしまった。
つまり彼女はあと一秒もしないうちに身体の自由を取り戻すはずで……。
背筋が凍った。
俺は咄嗟に掴んだままの剣を更に引き、独楽を回すように力尽くで彼女に背を向けさせる。
そして無防備になった首に腕を回す。
ユーリさんが兜を着けていなかったのが幸いして、その首を極めることに成功した。
同時に彼女も自由を取り戻し、暴れ出す。
しかしここで逃げられてはお終いだ。
俺は全身を金属化で固め、再び固定拘束をかけ直す。
もったいないとか言ってる場合じゃなかった。
気がつくと、俺は勝利していた。
首を絞められてはいたものの、固定拘束の副作用、つまり相手の防御力も微妙に高めてしまうという効果もあってユーリさんはぴんぴんしていた。
審判は彼女があまり抵抗しないことを、抵抗できないほど危険な状態にあると解釈して早めに勝敗を告げたらしい。
納得出来ないと言わんばかりにユーリさんに睨まれて「あれっ?」と小さく呟いていた。
とはいえ、やはり遠くから見るとやはり危険な状態に見えたらしい。
小走りでやって来た治癒術科の先輩に連れられて、ユーリさんは退場していった。
もちろん俺も、自分の控え室側の人に連れて行かれる。
もろに腕で剣を受けてたしねー。
後先を考えない捨て身の行動が功を奏した、と言っていいのか、なんとか二回戦へと進んだ俺だったが。
二試合目。
先ほどの試合を見て急遽用意したのか、対戦相手は全身鎧を着て現れた。
そんなことしなくても、体格差で首なんて絞められないんだけど。
火球で様子を見たら、明らかに反応が追いついていない。
横から回り込んで相手のやや後方から自然な感じに鎧に触り、固定拘束で無力化。
肌の露出が少なく、形状指定箇所が関節部分だけで良かったから、かなりの魔力を節約できた。
兜の隙間に木剣を突き入れて、呆気ない勝利を得る。
……なんとも冴えない試合だな。