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魔法学の先生  作者: 市村
第二章 学園編 初等部
31/44

29. 互助会

読者:更新キタ――(゜∀゜)――!

作者:更新デキタ――(゜∀゜)――!


新規読者のための注※この話は八十日ぶりくらいの更新です。

 



 あの日。

 俺とグレイヴズが決闘をするほとんど直前。

 俺の控え室にやって来た人物がいた。


 スッと伸びた背筋は、威圧感とはまた違った存在感を放ち。

 着こなされた執事服は否定しようがないほど似合っていて。

 髪と口髭に白い線が混じり始めてなお、力強さを感じさせる佇まい。


「失礼いたします」


 口調まで慇懃だ。

 どこかで見たことがあると思ったら、グレイヴス家の執事だった。

 何度か教室の後方に待機していたのを見たことがある。


 このタイミングで、なぜ?

 まさか、棄権しろとか?

 あるいは不意打ちしにきたとか。

 無意識のうちに、拳を握っていた。


「……グレイヴズ家の執事が何の用ですか」

「おや、覚えておりましたか。話が早い」

「棄権はしませんよ」

「いえいえ。そんなことを言いに来たわけではありません。あなたはアリアス家のご令嬢と仲がよろしいようですが、しかし基本的には目立つのを嫌うようなので」


 何当たり前のこと言ってんだ、この人。

 貴族に変に目をつけられたら面倒なことになるのはわかっている。

 村の皆を引き合いに出されてついカッとなってしまったが、基本的に貴族とは距離を置くことにしている。

 敵対と限らず、友好としても。

 ナタリー嬢はシエラ村がアリアス領に属することもあって、ちょっと特別扱いしちゃっているけれど。


「そうしますと、アル坊ちゃんとは手を抜いて戦うのではないかと思いましてね」

「……何が言いたいんですか。簡潔に」


 執事は僅かに口元を歪めたような気がした。


「手を抜かないでもらいたい。いえ、できることなら叩きのめしていただきたい」


 ……えーと。

 意味がわからん。


「普通、主人の安全を考えるもんじゃないんですか?」

「私の主は旦那さまであって、アル坊ちゃんではありませんので」



 話によると、こうだ。

 わかりきっていたが、アルフレッドは問題児だった。

 いや、一応努力家でもあるらしいのだが、それで得たものを正しく振舞えない分タチが悪い。

 グレイヴズ侯爵領の学園では、それはもう暴走していたらしい。


 グレイヴズ侯爵領は、敵国として認知されている帝国にかなり近い。

 帝国との間には山脈が連なっているため直接繋がっているのはボルト侯爵領だけだが、グレイヴズ侯爵領はそのボルト侯爵領に隣接していて、それなりに高い山を一つ二つ越えれば、というくらいには帝国領と近いらしい。

 事実、そう多くはないが何代か前の当主の時代に数回、帝国からの奇襲を受けているそうだ。

 そのため領内に住む貴族たちもほとんどが、帝国に対抗できる何らかの武力を持ち合わせている。

 特に領主であるグレイヴズ侯爵家は、武術も魔術も、その集合である騎士団も飛びぬけて優れているし、そうでなければ示しがつかない。


 その意識がある、という意味でアルフレッドは侯爵家に相応しかった。

 しかし、それを人にも押し付けてしまうという悪癖もあった。

 学園の幼等部は初等部の予習的なもの以外にも、貴族に必要とされる礼儀作法などを教える。

 グレイヴズ伯爵領ならその必要なものの中に、最低限の戦闘能力もあるわけだ。

 六、七才の子供なので出来ることは限られているものの、簡単な訓練なら当然のように行われる。

 そして、アルフレッドは確かに天才だったらしい。


 他者を扱う兵法のようなものはともかくとして、アルフレッドは武術と魔術において頭角を現した。

 現しすぎて、周りとのバランスが取れなくなった。

 六才になりたてといえば火球(ファイアボール)だって難しいのに、それを扱えるグレイヴズは周りにも使うよう強要した。

 剣を振り回すのか振り回されるのか、といった体格なのに、対人戦では手加減なく相手をボコボコにした。

 弱いことは罪、と言わんばかりの振る舞いだったらしい。


 当然アルフレッドの父、つまり現グレイヴズ家当主は思案する。

 このままでは息子は周囲との溝を埋めることができず、近い将来孤立するだろう。

 いや、今の時点でも息子は教師と実戦形式の訓練ばかりを行っている。すでに孤立している。

 敵国に近いというのに味方からも拒絶されるようになったら、戦争が起きたときグレイヴズ家は必ず負ける。

 たとえ息子が本物の天才であっても、だ。


 これは、無理矢理にでも対人能力を身につけさせねばならない。

 グレイヴズ領にいる限り、息子の無理が必ず通ってしまう。まず、それがよくない。

 時には相手の道理を押しのけることも必要だが、普段は互いに譲歩し合うものだ。あるいは、自分の道理こそ引っ込めねばならぬ時もあるのだと。

 それを理解することができれば、まだアルフレッドはやり直せるはずだ。


 そこで彼は、息子を自ら()(権力)が届かない場所、つまり息子も無理を通せないような土地へ留学させることにした。

 もちろん一緒に送る人間は最低限。家庭教師などもってのほかだ。

 行先は、いつでも帰ってこれるなどと思わせないように可能な限り遠くを選ぶ。


 話を聞いていると、かわいい子には旅をさせよ、に通じるものがあるとわかる。

 ともかく、こうしてアルフレッド=B=グレイヴズはソルド領までやってきた。

 そして当主の目論見が成功しているかというと……。

 まだ一ヵ月しか経っていないとはいえ、現にこうやって決闘という騒動を起こした。


「アル坊ちゃんには一度痛い目に遭って欲しいのですよ」

「なかなか過激な考えですね」

「もともと荒療治ですから」


 なので一度、敗者の気持ちというものを味わってほしいのだそうだ。

 立場が逆転すれば、今までの自分がどれほど無理なことを言っていたのか気付くだろうと。

 しかし大人相手なら負けて当然なので、できれば同じ年頃の相手に負けてほしい。

 その結果大人しくなるなら良し。相手を慮るようになるならなお良し。

 より過激になったり逆恨みするようなら……その時は勘当も考慮に入れるとか。

 アルフレッド本人も知らないうちに、ずいぶん崖っぷちに立っているようだ。


 ちなみに俺が選ばれた理由だが。

 ナタリー嬢との仲がどうこうなんてことは二の次で、単純に今から決闘する平民という都合のいい相手だからだ。

 そもそもアルフレッドが強いことはわかりきっているので、それよりも強い相手を探さなければならない。

 そんな子供がいるのかどうかというところで計画は停滞していて、最近はやや妥協し、初等部内の上級生の情報を集めていたそうだ。


 勝てる可能性が高いのは、幼いころから何かしらの教育を受けているはずの貴族。

 とはいっても、アルフレッドも一応は侯爵家の子息、家柄を気にして接待(・・)される可能性もある。

 そういう意味で平民の俺は都合がいいわけだが、平民でも家を気にする奴は気にする。

 その可能性を潰すために、この執事は俺を激励に、もとい(けしか)けに来たというわけだ。

 抜かりのない、けれど俺にとってはいやらしい一手だ。


「万が一の場合でも、貴方の大切なものは私どもが守ると約束します。ですから貴方は気兼ねなくアル坊ちゃまを倒してください」

「できるかどうかわからないんじゃありませんか?」

「ご謙遜を。アリアス家の皆様の見る目は確かですよ」

「手を汚すのも、怪我する可能性があるのも俺じゃないですか」

「しかしあまり包むのは」


 包む……こいつ、俺が金を要求していると判断しやがった。

 それもありか?

 いや、やめておこう。

 日常的に金がないことは認めるけど、守銭奴と思われるのもなんか嫌だ。


「……今回は貸しにしておきます」

「おお、それでは」

「でもこちらは完全にとばっちりですからね。一回や二回で返せるような借りだとは思わないでくださいね」

「侯爵家のためなら安いものでしょう。ではよろしくお願いします」


 そう言って、執事は去って行った。

 全くもって面倒な話だ。

 でも、これで侯爵子息相手に気を遣う必要はなくなったわけだ。

 もっとも俺はグレイヴズを叩きのめすつもりだった。

 ついでに恩を売れたのは大きい。

 今後も協力者として頼られたりすると、最終的な収支はマイナスかもしれないが。


 執事が出ていくのとほとんど入れ違いに、一人の先輩が入ってきた。

 おそらくは話をしている間待っているように、あの執事に言われたのだろう。

 準備が整ったので呼びに来たらしい。

 俺はその先輩の後をついていった。



***



 と、いうことがあった。


 あの時、確かに執事は「貴方の大切なもの」と言った。

 家族や故郷に対する報復はこちらで未然に防ぐから、遠慮しなくていいよ、とかそういう意味だろう。

 あれからまだ一ヶ月くらいしか経っていないからなんとも言えないけれど、今のところは守られている、はず。


 で、その中に「貴方」自身は入ってないんですねー。

 いや、報復ではないのでサポート対象外みたいな扱いなのかも知れないけど。

 正直助けて欲しい。


 あれから俺は、決して少なくない人数から質問攻めにあっていた。

 その内容は、当然ながら魔術関連。

 人に言われて初めて、火炎弾フレイムショット以上の魔術――圧水弾アクアショットとか――は中等部以上で習うのだと知った。

 いや、だってウィリアムさんが教本持ってたし。学園じゃ普通なんでしょ? とか思っちゃうじゃん。

 知らなかったこととはいえ、思えば決闘ではかなりレベルの高い魔術を使ってしまったものだ。


 最初は初等部の上級生、特に中等部以降の進路で魔術科を考えている人が来た。

 質問の大半が火炎弾や圧水弾に関するもので、「何かコツはないか」とかならともかく、「いつから使えるようになったのか」とかあんたが知っても意味ねーだろって内容もあった。

 真面目に受け答えするのも面倒だったから「自分で何とかしてください」と言うと、これがまた食い下がる。

 この世界にも教えてくん・教えてちゃんっているんだねと痛感した。


 それだけでもうんざりだが、数日して上級生が遠征から帰ってくるとその火に油が注がれた。

 なんと、現役魔術科生徒まで噂を聞きつけてやってきたのだ。

 特に中等部に上がりたての人が多く、ここでもまた中級魔術の質問が続く。

 噂は噂、直接見るまでは信じない! みたいな人がもっといれば良かったのに。

 藁にもすがる気持ちなのかも知れないけど、俺にとっては面倒でしかない。


 ただ、本当に厄介だったのは上昇志向のある人達。

 つまり高等部まで進んだ人達で、どうやれば連続で(・・・)魔術を行使できるのかと聞かれた。

 そうね、そういえばそっちも気になるよね。


 でもポンプ式は、理解まではできても扱うことは難しい。

 その難易度はプールの底に沈む無色透明なガラス玉を、足の裏だけで探すようなものだ。

 魔力(ガラス玉)が視えない人は、気分や体調次第で変わってしまうような微妙な感覚で判断するしかない。

 有るはずのものを無いと言ってしまうならともかく、ただの錯覚を魔力だと勘違いされたら敵前で気絶して自爆なんてこともあり得る。

 昔キースが倒れる寸前にまでなったのは、至極当然のことなのだ。

 相手のことを思えばこそ、そうホイホイと教えることはできない。

 もちろん黙秘を貫いた。


 幸い、自分だけの技術を秘匿することは、それなりに実戦を経験していれば当然のことだ。

 彼らはそれほど粘らずに身を引いた。

 しかし、それでも彼らは高等部生徒だ。

 この世界の雇用条件や求められる技術と比べれば、前世での大学院生に相当するといっても過言じゃない。

 『高等部生からも教えを乞われる新入生来たる!』と、一度は終わったはずの質問ブームが初等部内で再燃。

 ものを知らない初等部生はとにかくしつこい。

 結局俺はその後、一ヵ月もコソコソと生活しなくてはならなかった。




 さて。

 その一ヵ月のうちに、俺を囲む環境はいくらか変わった。

 ひとつはもちろん、魔術関連だ。

 具体的には、魔術の実技授業で教師から、


「ああ、うんと……キミは好きにしてていいよ?」


 とか言われてしまった。

 アルフレッドには火炎弾以降の魔術を教えたりしているくせに、なぜ俺だけが。

 仕方がないので、ナタリー嬢専属の教師のまねごとをしている。

 彼女もその方が良いらしいし、堂々と先生と呼んでくる。

 本業の先生が形無しになっているけれど、そこは見なかったことにする。

 それ以外の時間については呼び方だけでなく、接触も控えるようになったんだから彼女も成長したもんだ。


 他にも周りというか、クラスメイトの俺を見る目が変わった。

 人を珍獣のように扱いやがって。

 でもアルフレッドはすごく大人しくなったので良し。

 たまにこちらを見ている時もあるけど、その目には以前のような覇気がない。

 取り巻きも減ったので、懸念していた報復とかはなさそうだ。

 流石に危なくなったら執事の人が助けてくれる、と信じたい。


 一方で、武闘派みたいな連中から睨まれるようになってしまった。

 流石に難癖付けてきたりはしない、よね?

 あと、個人的に仲良くしたかった平民出身の子達と距離を取られるようになっちゃって、泣きたい。

 最早ハリーだけが俺と普通に会話してくれる友人だ。

 ナタリー嬢? 同い年を先生と呼ぶ貴族の少女のどこが普通だって?



「バルドくん……さん? あの人が呼んでる……ます」


 と休み時間に話しかけてくれたのは平民出身のエイミー=コレットさんですねわかります。

 魔術の才能があるのだろう、それの授業では一部の貴族を除けば多分一番の実力者だ。

 火炎弾に最も近い、と言えばわかりやすいだろうか。

 このクラスの平民は全員特待生だから、それを学園に認められたに違いない。

 そんな才能あるエイミーさんもあら不思議、俺と話す時はすごくよそよそしい! 泣きたい。


 彼女が指し示した教室の入口には、簡素な胸当てを身につけた一人の生徒が立っていた。

 背の高さ的に中等部、身につけてる物から騎士科と予想できる。

 騎士科の訪問はちょっと珍しい。

 全くないわけじゃないけど、多くの騎士科生徒にとって魔術とは扱うものではなく、対処するものらしいのだ。

 ウィリアムさんが魔術の教本を持っていたのも、彼を知り己を知ればなんとやらという理由だったのだろう。

 メインウェポンが剣か魔法かの違いといってもいい。

 扱えるに越したことはないから、興味のある人は来てたけど。


 今回来た人は見るからに素朴な印象を受けるけど、性格まで穏やかとは限らないしな。

 アルなんとかみたいに突然キレられても困るから、さっさと話して終わりにしよう。


「何か用ですか」

「君がバルド君かい? 本当に?」

「本当ですよ。あなたは?」


 なんでこう確認する人が多いのかね。

 もしや、背が小さいからか。

 俺は雪が解ける時期に生まれたので、前世で言うところの早生まれ、それも三月の中頃以降に相当する。

 肉体的にはまだ八才なので、成長期後の男女ほどではないにしても体格差が大きい。

 ぶっちゃけナタリー嬢にも少し負けている。


 もしかしたら魔力を使いまくっていたのが良くなかったのかもしれない。

 活力そのものともいえる魔力に、子供の成長を助けるような効果があっても不思議じゃない。

 幼い頃から限界まで魔力を振り絞ってきた人なんて自分以外に知らないので、統計とかはできないけど。

 仮にそうだとしたら、今後に期待するしかないのか。


 ちなみに上級生だからって萎縮するのはとっくに止めた。

 質問ラッシュが一番酷かった時期は蚊が寄ってきたような気分だったし。


「これは失礼。僕はエイベル=デインズ。中等部騎士科、アリアス領出身」


 所属の予想は的中か。

 ん?


「アリアス?」

「そう、アリアス。今日は、その、互助会の話があって」

「互助会って、あの?」


 学園内には学年に縛られない集団というものがある。

 わかりやすいのは学科の繋がりだ。

 高等部の騎士科は中等部の騎士科と合同で訓練するし、魔術科ならば上級生が下級生に何かしらのコツを教えたりする。

 学年を横とするなら、縦に繋がった集団だといえるだろう。


 それに対して、互助会と呼ばれている集団は出身地の繋がり。

 ここソルデグランはもちろん、お隣の迷宮都市フセットとか、他にも比較的大きい街はあるわけで。

 街が大きければお金もたくさん動くので、学費を確保するのも比較的容易になる。

 シエラ村のように村を挙げての資金集めなんてする必要もなく、同じ街から複数人が学園へやってくる。


 そんな故郷を共にする者同士で寄せ集まって出来たのが、互助会。

 所属していれば、故郷を共にする者同士で助け合うことができる。

 寮で教本をもらえなくても他の人から。あるいは買うお金を借りることだってできるだろう。

 故郷が学園に近いなら、そこからのバックアップも期待できるかもしれない。それを含めて考えれば、後援会的な立ち位置でもあるのかな。

 自分には後ろ盾がある、と思えるだけでも違うだろう。

 うちのクラスで覚えているのは、ユーリさんがソルデグランのそれに所属していることくらいか。


 しかし、アリアス領の互助会があったとは。

 ハリーの故郷であるニアウッド村の出身は、そのハリー本人しかいない。

 ここソルド領ですら大多数は片手にも満たない人数なのだから、もっと遠いアリアス領だと一人もいないと思っていた。

 そもそもが向こうの学園に通えって話だし。

 でも領をひとまとめにしたら、やっぱりそこら辺の村一つとは規模が違ってくるのかな。


「そう、あの互助会」

「だったらナタリー嬢も呼んできましょうか? すぐ来ますよ」


 俺が呼べば、多分犬のように寄ってくる。

 色々と残念な貴族だ。

 そう提案すると、エイベルさんは少し困ったような顔をした。


「ああ、いやいや。そんな恐れ多い。今回は君に連絡すれば事足りる話だから」


 ナチュラルに恐れ多いとか言ってるよ。

 なにこれ。

 俺が失礼なだけ?


「そうなんですか」

「でも今ここで全部話せるほど簡単でもなくて。今日の放課後、空いているかい?」


 今日、か。

 明日はナタリー嬢の訓練に付き合う日だから無理だけど。

 特に用事はない、よな。


「今日なら大丈夫です」

「そうか、よかった。では放課後にまた迎えに来るよ」


 そう言って、エイベルさんは帰っていった。

 ほどなくして教室には先生がやって来て、授業開始の鐘が鳴った。



***



 宣言通り、放課後になってすぐにやってきたエイベルさんに導かれて到着したのは寮だった。

 寮は寮でも、トムさんが寮長をやっているうちの寮ではない。

 外観はやや新しそうで、多分部屋は四人部屋かな。


 っていうか寮か。

 購買通りを通ったあたりで「あ、これ外に出るパターンか」とは思ったけど。

 なんかこう、集会室みたいなものが学園内にあるものだと思っていた。

 なにせ村や街レベルではなく領規模の集まりだ。全員が集まれる部屋とかなかなかないだろうし。

 いや寮の食堂を借りれば何十人でも入れるか。


 と予想をつけたのに、エイベルさんはスルスルと階段を上っていき、三階の一室の前で足を止めた。

 ……隣室の扉の位置からして、この部屋が特別広いというわけではないだろう。

 そういえば、ナタリー嬢を呼ばない理由はここが男子寮だからというのもあるのか。


「ここだ」


 あ、うん、やっぱりそうなんですか。


「今回の集会所は僕の部屋なんだ。同室の友達には席を外してもらっている」


 そういえば、寮に入るとき何も言われなかったな。

 同じ学園生だったら問題はないということだろう、特に検査はなかった。

 そもそも常時警備員がいるわけでもないし。


「学園内のどこかで、っていうのはムリだったんですか?」

「無理じゃないさ。でも僕らの場合、わざわざそんなことをする必要もないのさ」


 そういいながら、エイベルさんは扉を開けた。

 そこには総勢――――一名が俺達を待っていた。


「ようこそバルド君、アリアス領互助会へ」


 エイベルさんはそう言いながら、俺の背中を押して部屋へ入った。

 え、少なくね?





「えーと……そうなんですか」


 つまり、アリアス領出身は俺とナタリー嬢を含めて、たった四人だけということらしい。

 当然っちゃ当然だ。

 シエラ村ですら「どちらかというとソルデグランのが近いかな」って位置なのだ。

 わざわざアリアス領を出て、実家から遠い学園に行く必要なんて普通はない。


「自己紹介はここまでかな。じゃあ本題に入ろう」


 その普通でない事情を持つ一人、エイベル=デインズさん。

 なんでもアリアス領やソルド領のように領内に迷宮がある場合、騎士として登用されるには冒険者としても一定のランクでなければならないらしい。

 対人戦メインの騎士ではあるが、時々魔物が発生するのはどこの領地も同じ。

 魔物への対処を一から覚えさせるよりは、実戦経験のある人材を揃えた方がいいのは当然だ。


 冒険者組合という第三者が実力を保証している、というのも大きい。

 家庭の事情で学園に通えなかった人の中には、冒険者として稼ぎつつ、そこそこ名を馳せて騎士団にアピールする人もいるらしい。

 そこまでいくと冒険者家業の方が稼げるだろうが、身の安全と騎士の誉れを手に入れられるなら安いものだと思えるだろう。


 で、アリアス領のアリア学園は迷宮までが遠い。

 在学中にランクを上げるのも無理ではないだろうが、余裕がなくなるだろう。精神的にも、金銭的にも。

 そうでなくてもアリアス領は雪深い土地なので、冬の間を迷宮探索も当てるというのも難しい。

 冬期休暇に入る頃にはもう迷宮まで移動できないほど雪が積もっているかも知れないし。

 なんにせよ親元を離れて来ているわけで、これといって特徴のない顔つきをしているくせに、胸の奥には並々ならぬ情熱を秘めているらしい。


「あれ、俺の自己紹介はしなくてもいいんですか?」

「キミのことを知らずに呼んだりはしないよ、バルドくん。そもそもキミは今、時の人だろう」


 どこかキザな印象を受けるこの人がスペンサー=ミルさん。

 エイベルさんと同じく中等部で、学科は職人科の商人専攻。ただし学年は一つ下。

 職人なのか商人なのかハッキリしろって感じだが、職人科は騎士や魔術師といったメジャーな職以外を包括する学科なため仕方がない。

 騎士科や魔術科などと比べると所属人数の明らかに少ない学科をまとめているだけなのだ。

 つまり鍛冶士や錬金術士のような製造専門とは限らないわけで、割となんでもそろっている。

 ちなみに専攻で細かく分けられているのは、中等部では職人科だけ。高等部なら他にもある。


 スペンサーさんの父親はアリアス領に本部を構える商会の一員とかで、以前はその支店で働いていたらしい。

 何年か前に商会がソルド領にも支店を出したため、親と一緒にここへ来たとか。

 働き次第では本部への栄転もありえる、というかそれを目指して頑張っているから今でもアリアス領の互助会に所属している。

 それ左遷じゃないの、とか思ったけど、ソルド領の支店としては第一号だそうで、重要な任務でもある。

 夢を諦めないってのはそれだけですごいね。


「そんなに有名ですか」

「有名だね。今日呼んだのも、それに起因するけど」


 あまり目立ちたくない俺としては、なかなか嫌な情報だ。

 まあ最近は手遅れ感がやばいけど。

 言葉を継いだのはエイベルさんだった。


「今まで僕らは『その他』の集団だったんだ。二人しかいなかったし、そこは当然かな」


 『その他』というのは互助会の規模的な意味だ。

 ここソルデグランを筆頭とした上位五つの会を特に『五大互助会』と呼んでいるらしいが、逆に人数が少なければわざわざ地名で呼ぶ必要もなく、暗黙のうちに『その他』に部類されるのだとか。

 つまりただ一人のニアウッド村出身であるハリーも、分類するなら『その他』グループになる。

 だからといって、余り者同士敵対しないだけで、特に助け合ったりもしないらしいが。


「学園生活では根無し草のようにあっちへこっちへ行き来してたんだけど、そうも言ってられなくなっててね」

「ボクは遠征不参加組だけど、変わったのはエイベルさんと同じ時期だな」

「騎士科の訓練では班単位で行動することが多いんだけど、遠征から帰ってきて班の組み直しをしたら相手がいなくなってね……」


 誰と組んでも力が発揮できるように、月に一回程度で班は再編成されるとかなんとか。

 といっても誰と組むかは生徒次第。

 仲良し小好しでやりたいならそうすればいい、でもいざという時に役立たずになっても知らんよ? というスタンスのようだ。


 けれど前回のエイベルさんは、大きいグループからはどこか敵視され、根無し草の仲間達からは敬遠され。

 割りきれる人数なので最終的にはどうにかなるが、聞いているだけでもこれは居心地が悪い。

 商人科も生徒内でお金と商品を使った商談をやるらしいが、覚えもないのに吹っかけられることがあるという。特に大きい互助会に属している人から。


「原因は十中八九、キミだ」


 ずいぶんストレートに言ってくれるな。

 っていうか本当に俺のせい?

 スペンサーさんとか、その喋り方で嫌われるとかないのかね。

 いや、その程度の理由で難癖付けられたりはしないか。

 某何フレッドみたいなやつは、極々少数だろう。

 互助会同士のパワーバランスを気にする勢力に目を付けられたとか、そんなところかな。


 某アルなんとかを決闘で倒してしまったのもよくなかったかもしれん。

 あいつ、あれでも貴族だからなあ。

 貴族相手でも遠慮しない俺がこれから何を要求するのか、注目してしまう気持ちもわかる気がする。

 もしかして、うちのクラスで俺が注目されてるのってそれが原因か?


「もっとも、他の集団はせめて五人は集まらないとここまでにはならないんだけど。ああ、五人というのが『その他』と呼ばれるかどうかの境目だと言われている」

「えーと、でもここはまだ四人ですよね?」

「でもナタリーサマがいるだろう? 伯爵(・・)令嬢の」

「……ああ、なるほど」


 貴族の中でも、伯爵と子爵の間にある壁は大きい。いや、とても大きい。

 片や国王から統治権を与えられた貴族の中の貴族、片やその人らの下で働く下級貴族。

 子爵までならどの学年にも十人くらいはいるだろう、でも伯爵以上はどうか。


 本来ならば各領地に伯爵以上の位を持つのはただ一家。

 ソルド領ならもちろんソルド伯爵家である。

 ソルド伯爵の子供は、現在高等部に息子が一人在籍しているだけだと聞いている。

 つまり現時点で俺が知っている伯爵以上の子供は、ソルド伯の息子、ナタリー嬢、アルフレッドの三人しかいない。

 千人は軽く超えるであろう全生徒の中に、たったの三人。

 この時点でナタリー嬢の存在には希少価値がある。


 そして、本来学園内では身分の差は問われない。学園側からひいきしてくるのはまた別として。

 そういう規則があるにも関わらずナタリー嬢が特別視されている理由は、やはり他の領地から来た伯爵家だからという一点に絞られるだろう。

 そもそも伯爵や侯爵の子供がわざわざ他領の学園へ通うこと自体がかなり珍しい。

 自分の領地にも学園はあるだろうし、見聞を広めるにしたって成人した後あるいは爵位を継いでからでも十分間に合うからだ。


 それに、少なくともソルド伯爵家の者なら、よほどのバカでもなければ自らの領土や領民に対して不都合となるような振る舞いはしないだろう。

 極端な例を挙げるなら、平民がタメ口で話しかけたところで罰を受ける心配はない。

 もちろんそこまで度胸のあるやつはいないと思うけど。


 しかし今年はイレギュラーな事態が重なり、ナタリー嬢がやってきてしまった。

 彼女には交換留学などといった名目すらない。人質交換、と言い換えてもいい。

 ソルド伯爵家と同等に扱ってもよい、という保証がないのだ。

 実際の本人がどうであれ、よく知らない者にとっては腫れ物に触るようなものだ。

 過剰なまでに注意しなくてはならないという状況が、ナタリー嬢を「数人分の価値あり」とみなしたのだろう。


「話が早くて助かるよ。ともかく、僕らは今あまり良くない立ち位置にいるんだ。それで、出来れば君にも協力してもらいたい」

「まあ、自分に出来る範囲であれば。あ、でもナタリー嬢に迷惑がかかったりすると無理ですかね」


 彼女を慮って、ではなく、その彼女の癇癪に巻き込まれるであろう自分のために、という意味だ。


「それは安心していい。特に私は将来あの方達をお守りするためにここにいるのだから」


 そういえばエイベルさんはそうでしたね。

 この国では王族の近衛か、次点で王都の守護を任される立場でもないかぎり、騎士といってもいわゆる準貴族と呼べるような権力はない。

 それでも平民が貴族への成り上がりを目指すよりも、よっぽど現実的で具体的で名誉ある職業として認識されている。


 ただ、わざわざソルデグランまで来たエイベルさんは名誉狙いにしても釣り合いが取れていないので、一周して少し気持ち悪いほどの人格者という線が濃厚だ。

 でも純粋培養されたアリアス領の人ってみんなこんな感じなのか?

 ちょっと怖い。


「言質を取ったところで早速本題に入ろうじゃないか」


 よかった、スペンサーさんはまともだ。

 時間すらも金と等号で結べる商人だからかもしれない。


 って、いやよくない。

 言質ってなんだ。


「ああ、そうだった。そう、私たちは君にお願いがあるんだ。早速という形で、少し申し訳ないけどね」


 そもそも、俺がここに呼ばれたのはなぜだ?

 互助会というなら、もっと早く接触しててもおかしくない。

 俺はともかく、ナタリー嬢の存在はそれこそ入学当初に知れ渡っているはずだ。

 日常の些細なことですらなぜか俺に報告してくる彼女が何も言ってこなかったということは、エイベルさんもスペンサーさんもナタリー嬢とまだ接触していない。


 遠征で忙しかった?

 いや、騎士科のエイベルさんならともかく、遠征不参加である商人科のスペンサーさんは自由な時間があったはずだ。

 だったらなぜ。

 なぜこのタイミングで直接俺に接触したのか?


「バルド君は“交流試合”って知ってるかな」

「……知りません」

「これは五大互助会とソルド伯爵家の子息様が主催している不定期の大会でね。体裁としては、生徒が溜め込んだ日々の鬱憤を晴らすための機会、と言えばいいのかな。主催している五大互助会はもちろん、僕らのような弱小会でも希望者は参加できる。人数制限や例外もあるけどね」


 あからさまな話題振りだった。

 これでわからないという方が難しい。

 そんな俺の気持ちを察したのか、あるいは顔に出ていたのか、エイベルさんは苦笑しつつ話を続ける。


「現状の僕らは警戒と敬遠のまっただ中に置かれているけれど、こんな状況は向こうだって望んでいないだろうし、できれば仲良くやりたいだろう?」

「……逆に、これが諍いの原因になるんじゃないですかね」

「否定はできない。確かに、元々は互助会同士の力関係を計るためだったと言われているし、五大互助会は今でもそうだろう。時々不幸な事故もある。でも、今回の僕らに限ってはそうでもないと思うよ」

「なぜ?」


 言質の使われ方はわかっている。

 俺はその交流試合とやらに出ることになるのだろう。

 今更前言撤回なんてことはしないが、少し早まったかなとは思う。

 だってめんどくさいし。


 しかし、なんというか、随分引っ張るなあとも思ったのだ。

 君にはこれに出てもらいたい、とかなんとか言えば済む話だろうに。

 うん、やっぱりめんどくさいな。


 俺の質問にエイベルさんは苦笑を嬉しそうな笑みに代えて、「本来なら僕らみたいな弱小会にとっては誇らしいことなんだよ?」と前置きしてから、


「バルド君、君に参加要請・・・・が来たんだ」


 ようやくそう言った。


 

 八十日ぶりくらいの更新ともなると、作者も設定を忘れている可能性があるので、矛盾があったら報告していただけると助かります。

 あと単純に読みにくいところがある、とかでもいいですよ! その時は出来る限り「コレコレこの部分が読みにくい」って細かく指定してくださぁい!

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