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魔法学の先生  作者: 市村
第二章 学園編 初等部
30/44

幕間 ある日の休日

 時系列的には25.の時期にあたります。

 ビミョーにご都合主義回。淡々。

 あと最初の方に休日の概念を追記しました。

 


 学園が始まってから、初めての休日である。

 村にいた頃は休みなんてものはなく、必要なら働き、必要なら休む、そういう生活だった。

 農家が休んでもライ麦の成長は止まらないし、森の動物も子育てに励むわけじゃない。


 学園の休みは七日に一度。六日学んで一日休む。

 別に神が安息日だと定めたというわけではなく、もっと現実的な理由だ。

 学科の分かれていない初等部を基準に置くと、その初等部の生徒は実技として武術と魔術を毎日交互に学ぶ。

 この時点で平日は二の倍数が望ましい。

 そして前週の復習、今週の実習、来週の予習。

 二掛ける三で、計六日間の平日というわけだ。


 だからなのか、実のところ一週間という概念はそれほどメジャーじゃない。

 学園の卒業生ならともかく、職業によってはこれと違うローテーションを組んでいることもあるかららしい。

 例えば騎士団の輪番は三勤一休。朝番、夕番、夜番と休日だ。

 もちろん本当に休んでいるわけではなく、大抵は自己鍛錬に励むとウィリアムさんは言っていたけど。


 代わりに一ヶ月というものはあった。

 所属人数の特に多い学園生の七日と騎士団の四日を掛けて、二十八日。

 八年もこの世界で暮らしておきながら、一年が何日なのかもわかっていない俺に死角はなかった。

 この一ヶ月の日数も、土地や国が違えば変わると思うから気にしない。



 さて。

 俺は早いところ小遣いが欲しいので、早速冒険者組合でチマチマとした依頼を探すことにした。

 なお、ナタリー嬢は一緒に行動したいとか言ってきたが普通に断った。

 だって騎士団式の訓練は俺がいなくても出来るし、自主練してて下さいという感じに。


 今のご時世、冒険者の基本は迷宮探索業である。

 もっと昔なら、生活圏に現れた魔物を退治して人々から感謝される、なんてこともあっただろう。

 しかし、それはあくまで昔の話。

 今では地上は基本的に安全圏であり、自分から未開発の森の中にでも分け入らない限りは魔物と遭遇することはほとんどない。

 つまり、冒険者組合に活気があるとしたら、それは近くに迷宮がある場合に限る。

 そしてソルデグランの冒険者組合の場合、フセットの迷宮まで馬車で一日かからないとはいえ多分に漏れず、館内は閑散としていた。


 コルクボードには数えきれる数の依頼しか張り出されていない。ボード自体も小さいのに。

 そのうちの大半がFランク、つまり戦闘を伴わないような子供のお使いレベルの依頼だ。

 雑草の除去に始まり、一番アクティブなものでも都市の外で薬草摘んでこい、程度。


 片手で足りる数しかないEランクの依頼は、全て「フセットまで行って○○の素材を持ってこい」だ。

 そのどれもが拘束時間と手間賃、都市間の移動にかかる費用と照らし合わせると薄給どころか利益があるのかも疑わしい。

 よく見れば期限が指定されておらず、つまりはどこかの冒険者が片手間にこなしてくれるのを待つような受け身姿勢丸見えの依頼だった。

 なんにせよ休日は週に一日しかないので、日帰りが不可能な依頼は対象外だが。


 とりあえず労力と報酬が釣り合ってそうな、新平民街にある店の荷物運びを選んで受け付けに持っていく。

 俺の姿を見て、誰もいなかった通常窓口に別の受付嬢……嬢? が滑り込んだ。


「これ、お願いします」

「あー……やっぱりアンタ、覚えてないのね?」


 何か前提をすっ飛ばしたような返事をしてくれたのは、あの金髪の美女、レイナさんだ。

 カウンターに肘をついて椅子に座る姿は、どうみてもやる気があるようには見えない。

 いくら父さん繋がりで面識があるとはいえ、形式的なものはないのだろうか。


「レイナさんは覚えてますけど」

「ありがとね。でもそうじゃなくて、私Fランクの依頼についても説明したはずなんだけど?」


 ん? Fランクは何か特別とかあったかな。

 ……覚えていない。

 どう答えれば怒られないか考えを巡らせるも、沈黙を肯定とみなしたレイナさんは大きなため息を一つ吐くだけで許してくれた。


「トンビが鷹を生むと言っても、限度はあるわよね」

「ごめんなさい」


 申し訳ない限りで御座います。


「簡単に言うと、Fランクの依頼は受付で登録する必要なんてないのよ」


 ありがたいレイナさんの話をまとめると。

 元は魔物退治の専門家である冒険者への仲介役として創られた冒険者組合だが、十分な安全が確保された現在では仲介の役割はほとんどない。

 もはや冒険者業は、農業・林業・水産業・鉱業・猟業といった第一次産業の一つとして認知されている。

 冒険者は迷宮で手に入れた素材や鉱物を必ず組合へ、実際にはその裏にいる国へ引き渡すことを条件に、国が管理している迷宮という名の金山へ出入りすることを許されている状態だ。


 では、迷宮に入らないFランクのような依頼はどのように処理されているのか。

 アンサー。

 仲介してない。


 薄給のFランク依頼は、仲介料なんて取られたら依頼者側も冒険者側も損しかしない。

 依頼者は組合を通すことなくコルクボードに依頼票を貼り、冒険者はそれを勝手に持っていく。

 報酬の支払い等も当人同士で行われる。

 一応、迷宮資源の不正取引が行われていないかどうか組合のチェックも入っているが、それも完全に流し読み。 


 もちろん、今までの経歴という意味で組合に報告するのはアリだ。

 ただ、Fランクの依頼をいくらこなしたところで、得られるものはちょっとばかりの信頼のみ。

 どうあがこうともランクアップは望めない。

 信頼がなければランクアップもありえないが、信頼なんてものは普通に依頼を完遂できれば勝手に付いてくるものだ。

 わざわざ報告する意味はほとんどない。


「じゃあ、これ持って指定の場所に行けばいいんですね」

「そうよ、いってらっしゃい」


 犬猫でも追い払うように手を振られた。

 対応悪いな……。

 一部の業界ではご褒美かもしれないが、俺はその業界には属してないのでありがたみがない。

 さっさと終わらせて帰ってこよう。



 新平民街、というと旧壁と新壁の間のことを指す。

 石造りの建物はほとんどないが、まだ新しいだけあって土地に若干の余裕がある。

 日常的に新たな建物が作られ、あるいは引っ越しが行われ、あるいは取り潰される。

 ソルデグランの中でも一番生まれ変わりが激しい街だ。


 今回の依頼は新居に引っ越す金物屋の荷物運びだ。

 少し道に迷ったが、なんとか店を見つける。

 店には基本的に大鍋か小鍋か、あるいは底の深いフライパンか、といった商品しか置いてない。

 ここも分業されてるのか。


「依頼を受けて来ましたー」

「……ああん?」


 出てきたのは、いい感じのおっさん。

 口ひげがやや濃い。

 おっさんは俺と依頼票を交互に見ると、残念。といった顔をした。


「まあ、ガキでも冒険者か。あんまり無理はさせられねえなあ」


 お、露骨に嫌がったくせに、言ってることは紳士じゃないか。

 けど俺も金をもらうからにはちゃんと働くよ。

 あんまり重いやつはキツイけどね!


 おっさんの指示に従って、店の奥から新店舗へ荷物を運ぶ。

 今のところ鍋のみ。

 っていうか鍋以外あるの?

 鍋がゲシュタルト崩壊を起こしている。

 おっさん鍋作りすぎじゃね?

 ちょっと売れてくの待てって。

 働きアリになった気分で夕方まで運び続けた結果、鍋しか運ばなかった。

 こんなの絶対おかしいよ。


 お給金は依頼票に書かれていたとおり、銅貨四枚に出来高分のプラス二枚だ。

 なんだかんだで地味に重く、数の多い鍋を運びまくったからこその出来高分だと思う。

 明日あたり筋肉痛になってそうな予感がする。

 労力を考えると、ぎりぎり許容範囲の金額かな。

 これは来週分で桶が買えるか……?




 翌週は雑草除去を選んだ。

 前回から学んだことは、肉体労働は俺には合わないということ。

 雑草除去も肉体労働じゃないかって?

 いやいや、これならまだ魔術を挟む余地がある。


 依頼主はちょっと脂がのり始めたパン職人の夫妻。

 中庭に家庭菜園を作るつもりだが、雑草の処理がめんどくさいらしい。

 めんどくさいって、ちょっと。

 確かに食品を扱う職人に、土を弄れというのも良くないとは思うが。


 中庭はコの字形をした建物に囲まれていた。

 そういえば家は木造か。

 念のために魔術で軽く壁を濡らしておく。


 というわけで焼き畑だ。

 そう、魔術で雑草を燃やす。

 火球を連発し、さらに土の魔術で地面を軟らかくする。

 そこまでやったら自力で土をかき混ぜて、明らかに邪魔な石があったら取り除いておく。石の除去はサービスだ。

 根も燃やして、また地面をかき混ぜて、燃やして。

 魔力が心許なくなったところで止める。

 ふむ。いい感じではなかろうか。


 終わったことを店の夫妻に告げると、早いと驚かれた。

 中庭を見てもらうと、その出来にも驚かれた。

 みんなには内緒だよっ、てな感じに報酬も色をつけてもらえた。

 銅貨四枚のところを、銅貨六枚だ。

 こりゃいい。

 早く終わったからもう一つ依頼受けようかな、とか思っていたけど、これなら足りる。


 ついでにちょっとお願いをしてみると、案外すんなりと受け入れてもらえた。

 いいね、この店。

 お金がたまったらパンを買いに来ようじゃないか。

 その前にメモ用の紙か。



 さて、本日のメインイベントだ。

 桶を買いに行く。

 自由にできるお金は銅貨十二枚。

 この金額なら、やや小さめの桶が買えるはず。


 桶屋は入学前日の時に行ったことがあったので、迷うことはなかった。

 ざっと品物を見て、粗悪品を除外する。

 明らかに買えなさそうな大きさのものも除外だ。

 となると、ちょうど俺が両腕で輪を作ったくらいのものが一番良さそうか。

 いやこれだと銅貨十五枚とかしそうだ。

 ちょっとお金が足りないかも。

 次点にも目星をつけていると、桶屋の店主、ではなくその奥さんが目に入った。

 ……ものは試しだ。


「お姉さん、これください」


 おばさん、といった方がしっくり来るマダムに話しかけた。

 マダム、ちょっとにんまり笑う。


「銅貨十三枚でどうだい?」


 ちょろい。


 その後もあと一枚だけ、とせびり続ける。

 最終的にキッチリ十二枚にまけさせる事ができた。

 やはりお姉さんと連呼したことが決め手かな。


「ありがとうお姉さん!」


 ずいぶん嬉しそうですねマダム。




 桶を持って、さっきのパン屋に向かう。

 いい匂いが漂ってくるが、ここは我慢だ。っていうかお金ないし。

 許可をもらって、買ったばかりの桶に中庭の土を盛る。

 石はできる限り取り除いたつもりだったが、土だけでもけっこう重いな。

 だけど、これでやっとあれを植えられる。



 寮へ戻ると、ハリーはどこかへ出かけていた。

 ちょうどいい。

 早速作業してしまおう。


 取り出したるは、村から持ってきた数個の種。

 土に同じ数の穴を開けて、それぞれに種を蒔いて土を被せる。

 水の魔術でいくらか水を含ませてやって、おまけに残り少ない魔力も流し込んでやる。

 完璧。


「何それ」


 気づくと、ハリーがいつの間にか帰ってきていた。

 ちょっといい匂いがする。

 何か食べてきたなこいつ。

 なんだかんだ言って、ここには俺以上の苦学生なんていないのだ。

 いたら冒険者組合で遭遇するだろうし。


「薬草を植えたんだよ」

「へえー」


 村から持ってきた種。

 それは今まで散々お世話になったヨモギの種だった。

 ヨモギは止血効果のある薬草だけど、俺もそれだけで終わりにするつもりはない。

 こいつで魔力の回復薬を作るのだ。


 遅かれ早かれ迷宮に潜ることになる俺にとって、魔力の補充はまさしく生命線になるだろう。

 効能を魔力の回復のみに限るのなら、むしろ迷宮付近に生えている食える雑草を材料にした方が効果が高かったりするが。

 一度に持てる荷物には限界があるので、一つで二種類の効果が望めるならその方が良い。


 それに結構手間がかかるからそれなりの値段で売れるはずだし、自分で使う分を買わなくなるだけでお財布にやさしい。

 まだ色々と機材は足りないが、それはヨモギが育ってから揃えるとしよう。

 昔習った薬の作り方がこんな風に役立つなんて、ウィリアムさんも思ってなかっただろうな。


 その後は、普通に夕食をおかわりして、明日の学園に備えて寝た。

 決闘なんて想像もしていなかった、ある日の休日の話だ。


 

 昔習った薬の作り方→7.でちょっと出てた話です。詳細は書いてませんが。

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