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魔法学の先生  作者: 市村
第一章 幼少編
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2. 初めての本

 

 一才になった。


 寝返り、おすわり、ハイハイ、つかまり立ちを経由して、俺は少しなら歩けるようになっていた。

 思えばここまで来るのには苦難の日々が続いたと言える。

 特に、ハイハイからつかまり立ちまでが長かった。

 足がうまく動かないのだ。股関節から先に力が入ない。

 トレーニングと称して、家の中を何度も何度も這いずり回った。

 普通の赤ん坊なら途中で飽きて、そこらへんにあるもので遊び始めて、さらにはぐっすり眠れるレベルだ。

 一心不乱に同じコースをハイハイする息子を見て、今の両親は何を思っただろうか。

 「あの子、大丈夫かしら……?」なんて思われていないことを祈る。


 ついでと言ってはなんだが、少しならこっちの言葉もわかるようになった。

 わかるといっても、ちゃんと発音できるのは「ママ」でも「パパ」でもなく、「バルド」。

 バルド、それがこっちでの俺の名前だ。

 初めて言葉を喋ったときは、それはもう両親をガッカリさせてしまった。

 だってしょうがないじゃないか。それが一番何度も聞いた単語だったんだから。バ、はともかく、ド、の発音には苦労したんだぜ。舌が素直に動いてくれないからね!

 しかしこれも親孝行と思って、最近は「パパ」と「ママ」を練習中だ。

 パーわ、とか、マーああ、とかになってしまうのはご愛敬だ。

 まだ歯だって生えそろってないんだからな。



 最近のお気に入りは、母の料理を見ることだ。

 料理とは言いつつも、実際には火を付ける時の指先を注視している。

 この世界には魔法というなんとも便利なものがあるので、普通の火種もそれで作るようだ。

 前に見た火の玉とは違って特に文言もなく、パパッと指先の魔力が光って火がついた。

 もう慣れたもので、今では何ら意識しなくとも魔力に眩しさを感じることはない。

 だから指先の輝きに目をつぶる必要もないし、光るときに魔力が何か模様を描いていることもわかっている。

 あの模様がなんなのかはまだわからないが、多分魔法陣とかいう類のものだとは予想がつく。

 あまりにも一瞬で何個も浮かぶので、一つ一つを読み取ることは不可能に近いが、なんとかなるだろう。

 以前の、あの火の玉の時はもっとゆっくり光っていた。

 人に教える時と、実際に使う時とでは求められるものが違う。

 母の魔法は実用一辺倒なだけだ。


***


 一才を過ぎて、俺は他の家に預けられることが多くなった。

 いつも一緒にいる母と離れるのは不安だが、これも仕方のないことだ。

 この村は、決して裕福な方じゃない。おそらくは結構ギリギリだと思う。

 たった一人とはいえど、働き手が減るのはそれだけで村の財政に関わるんだろう。

 むしろ一年間もよく休ませてくれたよ。ここの村長はすごいね。


 というわけで、俺は今、村長の家にいる。

 本当に村長宅かは知らないけど、家の造りと大きさは村一番だから村長の家だろう。

 その家の一室で、俺は一人の大人の女性と三人の子供と一緒にいる。

 女性は赤ん坊を背負ってあやしながら、俺と他二名の子供を見ている。

 二人の子供は男か女かもわからないが、とにかくよく動く。

 俺くらいの身長で一才なんだから、多分二才か、もしかしたら三才か。

 そこまで広くもない部屋の中を余すことなく使い切るその行動力は、なかなか真似できるもんじゃない。

 俺としては二人に巻き込まれたくないし、大人の目もあるので部屋の隅で座っている。

 座っているばかりではいつまで経っても長く歩けないので、たまにはつかまり立ちを。

 二人が静かになったら壁伝いにゆっくり歩く練習をする。速く歩くと転ぶのだ。



 そんな日々を過ごすようになって何日かした頃、俺は初めてこの部屋に本棚があると知った。

 それまでは子供同士の戯れに巻き込まれるんじゃないかと思って、周りを見る余裕すらなかったのだ。

 本棚は女の人の後ろに、まるで隠すように置いてある。

 多分本当に隠しているわけではなくて、子供がぶつかって怪我をしないような場所を選ぶとここになった、みたいな感じだろう。

 実家には本がない。魔法があるんだから紙の一枚や二枚簡単に作れそうなものだが。

 おそらくは紙の価値よりも、識字率の問題のような気がする。


 とにかく、俺は現世で初めて本に出会った。

 本棚の中には、五冊ほどの絵本とボールのようないくつかの玩具が一緒に入っていた。

 本だけだったら二十冊くらい入りそうなのにな、と思いつつ、その中の一冊を適当に取り出す。

 と同時に、上から伸びてきた手に抱え上げられた。

 くるりと前後を反転して座らせられたのは、例の女性の膝の上。

 どうやら本を読み聞かせてくれるらしい。気がきくなあ。



 本の内容は、ドラゴンを倒す勇者の話、のようだった。

 絵だけをみると昔々に封印された邪悪なドラゴンが復活して、偶然そこに居合わせた青年が伝説の武器を見つけ出し、仲間と共にドラゴンを打ち倒す、そんな話だとわかる。

 案の定、言葉だけでは何を言っているのかはわからない。

 が、絵本というものがこれほど素晴らしいとは思わなかった。

 文字が読めなくても、言葉がわからなくても、何となく意味がわかる。

 これを何度も読み聞かせてもらえれば、そりゃあ言葉も覚えるってもんよ。

 しかしドラゴンとかいるのかね。

 いるのか。異世界だし。


 気がつくと室内のドタバタは鳴りを潜めていて、俺の左右にはやんちゃな二人組がいた。

 どうも、途中から一緒に聞き入っていたらしい。

 俺の目の前で本が閉じられると、一人はその本を叩いて何かを言い、もう一人は本棚から違う本を取り出して叫んでいる。

 左右からなんともうるさいが、二人がなんて言っているのか、大体予想がつく。

 「読んで、読んで!」だ。



 それからしばらくの間、村長宅からは子供が走り回る音のかわりに、絵本を読み聞かせる声が聞こえる日々が続いた。

 

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