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魔法学の先生  作者: 市村
第二章 学園編 初等部
27/44

26. 奇術士

 



 どうしてこうなった……。


 俺は闘技場の控え室でうなだれていた。

 頭も抱えたくなるってもんだ。

 さっきナタリー嬢(とその侍女さん)がやって来て、状況説明をしてもらったところ。

 地味に、もう今日の授業は終わったとか言われて、俺だけDI○様に時を止められていたんじゃないかと疑ったけど、それはともかくとして。


 なんで決闘・・なんて物騒な話になったのか。

 すっぱり記憶が抜け落ちてるので成り行きがわからない。

 いや多分マルス先生のせいだけど。

 あの人、骨の髄まで騎士道に浸かってる。


 でも問題なのはそこだけじゃない。

 先生はクラスメイトの前で話を決めたらしいが、どこからか話が漏れていたのだ。

 どこからかっていうか、一緒に訓練していた他のクラスが発信源だと思う。

 ナタリー嬢の話では、現在闘技場にはAクラス以外の生徒も集まってきているとのこと。


 闘技場は、秋の収穫祭に合わせて行われる武闘大会のために全生徒以上の人数を収容できる。

 三百人弱の新入生が集まったところで、あぶれたりはしないのは当然として。

 話によると、五百人以上いるのだ。

 それはつまり、新入生以外の上級生もまた、どこからか決闘の噂を聞きつけてやって来たということだ。

 初等部どころか、中等部や高等部の生徒も来ていることだろう。

 遠征の最中なので戦闘系学科の先輩達はいない。

 けれど代理寮長のように、職人系や財務系学科の先輩達はそのほとんどが残っているはずだ。

 彼らはおそらく、完全に見世物として観戦に来ている。

 俺はどうにもそれが癪だった。


 一度落ち着いてしまえば、今更あのアルフレッドを糾弾する必要性なんて感じられない。

 俺の頭はとっくに冷静さを取り戻していた。

 記憶がなくても、怒りを何らかの方法で発散したことはわかる。拳も微妙に痛いし、ナタリー嬢の説明もあった。

 過ぎたことを掘り返していては、いつまで経っても前に進めない。

 それ以上に、わざわざ目立つような真似をしたくない。

 どこで間違ったのやら。


 何度目になるかわからないため息を吐いたとき、控え室の扉がノックされた。

 はて、ハリーあたりだろうか。

 噂の内容までは知らないけど、「平民がー」とか「命知らずがー」とかではなく俺の名前まで伝わっていたとしたら、今後の学園生活が一層面倒臭いものになるだろうなあ。

 決闘の舞台に立った時点で顔バレするんだから今更か。


「どうぞー」


 全くもって嫌になる。

 俺は扉の向こうに立つおそらくハリーへ向けて、声をかけた。


 だが、部屋に入ってきたのは予想もしていなかった人物だった。



***



 実のところ、シエラ村最強はウィリアムさんだ。

 ただし、不意打ちなしという条件付きだが。


 ウィリアムさんは流石、騎士を目指していた者だけあって剣技は比べるべくもない。

 正面からの一対一なら、野生児たる父さんであっても敵わないほどだ。

 迷宮内では消耗品をすぐに補充できるとは限らないから父さんも剣を使っているだけであって、本来は弓が専門という理由もあるけれど。

 俺は魔術で補えるので本気で取り組んではいないが、もしもの時のために弓も習ってはいる。


 しかし学園というのは基本的に剣の世界。

 戦闘範囲が決まっている決闘なんかでは、弓のように遠距離攻撃ができても意味がない、というのもあるかもしれない。

 じゃあ槍や斧なら良いんじゃないか? と思うかもしれないが、最大の理由は意外にも魔術だと思われる。

 形状に外部指定を用いる数少ない戦闘用魔術は、剣を使うことを前提にしているものが多いからだ。

 格好良く言うならば、魔法剣。

 だから馬上の戦闘を基本とする騎士という職業でも、槍というよりも柄の長い剣のような、長巻とかツヴァイヘンダーとかに似た形状の武器を扱うことが多い。

 元々馬の数が少ないから、馬上専用の魔術の開発というのが後回しにされているんだと推測してる。

 一から構築しなおせば槍でも斧でも、弓でだって使えるとは思うんだけど。


 ともかく。

 剣を使うことがわかりきっているのだから、予習しておくに越したことはない。

 入園試験を終えて村に帰ってきてからは、ウィリアムさん直々に剣の手ほどきを受けた。

 剣のプロを相手に、守るだけなら三合くらい耐えられるようになったのは良いペースだったと思う、多分。


 それに、一度だけならウィリアムさんに一矢報いたこともある。

 不意打ち紛いの魔術を使った攻撃だったが、一撃加えたことに違いはない。

 その後二撃で昏倒させられたが。


 それは置いておいて、訓練は基本的に実戦形式だった。

 あらかじめ動いてもいい範囲を決めて、正面からの一対一。

 つまり、決闘。

 「お前なら決闘をするような事態にはならないと思うが」と言われていたのに、現実とはままならないものである。



 楽しそうな笑みを隠そうともしない見知らぬ先輩に連れられて、俺は闘技場の中央に立った。

 十分な広さがあるにもかかわらず、俺とアルフレッド、それと審判であるマルス先生を囲んでいる白線の円は狭い。

 せいぜいがバスケットコートくらいの面積だ。

 決闘を行う人数に合わせて行動できる範囲を定めるため、しばらく待合室にいたわけだけど。俺の場合はほぼ半日もの間。

 そんな時間があったら一秒でも早く、昼休みにでも試合を始めてくれれば今のように大勢に見物されたりはしなかったんじゃないかと思ってしまう。

 憂鬱だ。


 上級生が退場すると、闘技場の中には俺とアルフレッド、そして審判であるマルス先生だけが残った。

 ナタリー嬢や他の生徒達、暇らしい何人かの先生は観客席にいる。

 パッと見た感じではスカスカだけど、これでも五百人は来ているはず。


 自分の記憶は真っ白だが、ナタリー嬢曰く俺はアルフレッドの顔面を殴っている。

 だから俺の拳もちょっとジンジンしている。

 今日の朝殴ったはずなのにまだ痛いとか、かなり思いっきりやったらしい。

 しかし、アルフレッドにそんな様子はなかった。

 怪我もなければ腫れもない。いたって普通だ。


 治癒術師か薬でも手配したのだろうか。

 金に糸目をつけなければそのくらい余裕だし、クソみたいなこいつでも一応は侯爵の子息。

 リアルに金は使い切れないほど持ち合わせがあるだろう。

 とりあえず、相手がすでに消耗していた、なんてラッキーはないようだ。


 しかし……アルフレッドが静かすぎて不気味だ。

 表情は硬いというか、睨んできてはいるけれど怒りは制御下にあるというか。

 こいつのことだから、俺を見た瞬間に掴みかかってくるくらいはしそうだと思っていた。

 決闘のルールは絶対だ、とか思っているタイプだろうか。

 開始する瞬間までは自由だと思うのだけど。

 相手の馬車の車輪の前に、石を積んでおくとかさ。


 まあ、この世界で決闘といったら騎士だ。

 そして騎士といったら、前世でいうところの小学生男子の夢トップスリーに入る人気職だ。

 関連付けて考えれば、神聖な勝負を穢してはならない、と考えなくもない。

 ウィリアムさんの影響もあって、俺は騎士に幻想を抱くということはないけどね。


「二人とも、準備はいいかい」


 俺とアルフレッドの間に立つマルス先生が言った。

 厳粛な雰囲気を纏っているけど、俺はその仮面の下に笑みがあると知っている。

 ナタリー嬢曰く、嬉々として決闘を行うと決めたらしい。

 一応は「互いに非がある。だから両者が納得するように決闘で決めよう」的な事を言っていたらしいが。

 互いの非というのは、アルフレッドは相手とその家族を悪意をもって蔑んだこと、俺は(思いっきり)ぶん殴ったことだ。

 先に木剣で殴ってきたのは向こうだというのに、理不尽である。


「当たり前だ」


 アルフレッドが短く答えた。

 口を開くと確かに怒っているのがわかる。


 俺は一度目を閉じて、軽く深呼吸をした。

 例えばウィリアムさんは抜剣と同時に、とある魔術を使う。

 風系統なので気を抜いていたら見えないような、俺だったら魔力濃度の違いを視なければ避けられないという、子供相手に使うなよって魔術だ。

 さすがにアルフレッドは使わないと思うが、念のため過敏症を少しだけ働かせる。

 目を開くと、ほんの少しだけ光が視えた。

 このくらいでいいか。


 俺が頷いたのを確認したマルス先生は腰の剣を鞘をつけたまま外して、俺とアルフレッドの視線の応酬を遮るように構える。

 そして顔をあげ、観客席に向かって大音声を張り上げた。


「静粛に! これより、この二人の決闘を始める! 両者、構え!」


 ありゃ。

 村でウィリアムさんから習った決闘のしきたりと比べると、ずいぶん簡略化されているな。

 っていうか、これもう普通の試合じゃないですかー。

 本来なら互いの宣誓とか相手への要求とか、審判の文言とかの後にようやく開始されるはず。

 俺達、というか特に俺が、その手の知識を持っていなさそうだからか。

 大声出す方が面倒だから別にいいけど。


 構え、といっても剣を抜くかどうかは人ぞれぞれ。

 むしろ、この時から勝負は始まっているともいえる。

 俺のように魔術偏重なら、右手左手どちらも使えるように空けておく。杖とかあるなら構えるだろうが。

 ウィリアムさんの場合、先手に使う魔術の相性と、相手の油断を誘うためにも納剣状態から始める。

 多分ユーリさんくらいだと相手の油断とか言ってる場合じゃないので、先に抜剣しておくだろう。


 そして目の前のアルフレッドの場合、どうやら納剣したまま始めるらしい。

 しかし、その手は剣の柄を握っている。

 剣と魔術と、どちらが主力なのか隠しておくつもりらしい。

 両方ともそこそこ使えるなら、こういう選択もありだ。

 とはいえ魔法陣ルーンで魔術の初動は読めるので、ぶっちゃけ剣に注意しておけばいいんだけど。

 魔術で来るなら同じく魔術で相殺、剣で来るなら動きに応じて魔術で狙い撃ちだ。

 どちらにせよ魔術を使う事に変わりはない。


 決闘者の動きが止まったのを確認したマルス先生が、剣の切っ先を天へと向けた。


「始め!」


 と同時にアルフレッドは手の平をこちらに向けた。


「フ――」


 チカ、とそこに一つ目の魔法陣ルーンが浮かび上がる。




 さて、ウィリアムさんから教わった諸注意の一つに魔術の制限がある。

 簡単に言えば、相手を殺しかねない魔術は使うなよ、ということだ。

 具体的には、(ショット)系の魔術でも比較的殺傷能力の高い火炎フレイム岩石ロックは禁止。(ボール)系なら可。

 もっと詳しくすると、互いに鎧を着込んでいたり宮廷魔術師同士で魔術の効きが悪いような場合なら火炎弾等も許容されたりするが、それは中等部や高等部以上での話。

 少なくとも初等部の三年間では安全第一だ。



 つまり――火球ファイアボールか?

 “火”を示す魔法陣ルーンが丸見えだ。

 俺は念のため両手に水球ウォーターボールを生みだし、即時相殺を狙う。

 この時に火は水に弱いなどというジャンケン的考えはしない方が良かったりする。

 突沸というか水蒸気爆発というか、水蒸気になるとその体積膨張のせいで水が吹っ飛んでしまい、確実に火に勝てるとは言えないのが現実だ。もちろん火の側もかき消されることが多いが。

 かといって風系では威力に不安があるし、土系は弾け飛んだ後の破片がちょっと怖い。

 だから、二つ水球を作ったわけで。


 そうさ、俺の理論は何一つ間違っていないはず。

 おかしいのは、目の前のコイツだ。


「――火炎弾フレイムショット!」


 正気かよ!

 子供がもろに受けたら細腕一本持っていかれてもおかしくない威力の魔術だ。

 貴族サマは魔術の威力に関して教育を受けてらっしゃらないのかね!


 とにかく伸ばされた腕の射線上から逃れつつ、水球のひとつを顕れたばかりの火炎弾へと投げる。

 もうひとつは火炎弾を消せなかった時のために保持しておく。


 数瞬の後、火炎弾が放たれた。

 一つ目の水球とは掠めるようにすれ違い、それでも発生した水蒸気に煽られて僅かに向きを変える。

 よりにもよって、俺が避けた方向へ追いかけるように。


 もう一つの水球を反射的に投げる。

 水球と火炎弾が、空中で衝突した。

 急激に熱された水が熱湯へと変わり、発生した蒸気によって吹き飛ばされる。

 その中心を、勢いをほとんど失った火炎球が通り抜けてくる。

 足を止めなかったことが功を奏し、俺の後ろを通り過ぎて行った。

 代わりに残った熱湯が撒き散らされるが、元々の水量が少なかったので肌に触れる頃には十分冷やされてぬるま湯になっていた。


 決闘開始早々の命を賭けた攻防に、背から冷や汗が噴き出すのを感じる。

 危うく死ぬところ……というほどでもないけど、重大な後遺症が残る可能性はあった。

 決闘ってこんなに精神すり減らすものだったか?

 そんな疑問を消化する間も与えずに、いつの間にか剣を抜いていたアルフレッドが向かってくるのを視界の隅で捕えた。


 バックステップで距離を取りつつギリギリのタイミングで抜剣が間に合う。

 アルフレッドの振り下ろしを、抜いた勢いで打ち払った。

 アルフレッドの剣は型がしっかりしているという印象を受けるものの、ウィリアムさんと比べたら一段も二段も劣る剣速だ。

 それでも俺の打ち込みよりは速いが、どうせ俺は剣を防御にしか使わない。

 白線の内側に大きく円を描くように後退して受け止めているうちに、ようやく余裕が生まれてきた。


 コイツは懲らしめてやらなければなるまい。

 たまには転生チートってもんを見せてやろう。

 これはあのウィリアムさんに唯一一太刀浴びせるきっかけになった実績もある魔術だ。


 剣に両手を取られているが、俺にとってそんなことは関係ない。

 アルフレッドが振り下ろしてきた一閃を流すように払いつつ、僅かに空いた脇腹にとっておきをぶち込んでやる。

 肘を始点にして作りだすのは水と火を組み合わせた魔術。

 手を加えてあるけど、見た目は圧水弾アクアショットに近い。


 アルフレッドは俺の肘の先に水の球が浮かんだのに驚いたようだ。

 確かに、普通は手首から先を使うけど、そんなの可能性を自分から潰すだけ。

 俺の訓練は背中や足の裏にまで及んでいる。

 これぞまさしく奇術マジックってか。


 身体が横に流れたままのアルフレッドの脇腹に奇術をぶち込む。

 アルフレッドは軽く呻くが、うまく身体を引いて威力を殺したらしく、思ったより早く体勢を立て直して向かってくる。

 けど、構わんさ。


「もう一発」


 少しとはいえ距離が離れたのを最大限利用し、間断なく次の一発を打ち込む。

 身体の中心軸、腰の辺りに命中した。

 アルフレッドは重心を撃ち抜かれて、再びよろける。


「まだまだ」


 崩れた体勢に更にもう一発。


「そぉい……っと」


 追い打ち、と思ったが剣で上手く捌かれる。

 勢いがなくなっただけで、大部分はアルフレッドに降りかかっているが。

 そして、実のところ浴びせることが出来れば問題ない。


「……っ!?」


 ほら、気づいた。

 身体に降り注いだ水が、じわじわと凍っていく(・・・・・)のに。

 アルフレッドの混乱した叫びが響き渡る。


「うっ、わああああああっ!」


 この魔術、水と火の属性を使っているが、火を利用しているのは打ち出すエネルギーを与えるだけじゃない。

 水からエネルギーを奪い、一気に冷却してあるのだ。


 水が氷に変わる温度は一般に零度とされているが、過冷却と呼ばれる現象があるように、必ずしも零度になった瞬間に凍り始めるわけじゃない。

 コツと余裕さえあれば過冷却も魔術で作れる、というか魔術の方が作りやすいし、ウィリアムさんに使ったのはそっちだ。

 すぐにボコボコにされたが、俺ですら一撃当てられるほど放心していたウィリアムさんを見れば、こういった雑学的豆知識もバカにできないチート要素だとわかる。流石は化学未発達の世界。

 今回は動きながらということもあり、凍り始める前に発射しただけだが。

 なんにせよ、化学の勝利だ。


 防具にかかった水が凍っていくことに気づいたアルフレッドは、叫び声をあげる。

 よーく見れば、直接肌にかかった水滴は水温と体温とが打ち消しあって凍っていないことに気がつくだろうに。

 それも時間の問題か。

 こちらへの注意が殺がれているうちに、終わらせてしまおう。


 まずは視認の難しい風系統の魔術をぶつけて、アルフレッドの体勢を崩す。

 こちらを見ていなかったアルフレッドの顔面に真正面から直撃した。いい気味だ。

 大きく仰け反った隙に距離を詰め、足払い。


 木剣を使わないのは、ぶん殴るよりも安全だから。

 安全という意味ではあえて過熱、つまり突沸を利用して大火傷をさせないくらいには、俺も優しいのさ。

 それに、俺としては過冷却自体も注意を引きつけるためだけのもの。

 いわばただの伏線だ。


 急に襲ったはずの浮遊感に、アルフレッドはよく対処した。

 完全に両足を浮かしていたにもかかわらず、先に地面に着いた片手でなんとか尻餅を堪える。

 まだやる気があるのだろう、もう片方の手は木剣を握ったまま。

 遅れて着地した両足は今にも距離を取ろうと力が入っているようだ。


 まあ、させないけどね。

 足を使われる前にその片手を蹴り飛ばすと、アルフレッドはあっけなく地に転がった。

 無防備になった上半身を軽く踏みつければ、事実上のチェックメイトだ。


 なぜなら、アルフレッドはもう動けないからだ。

 受け身はもちろん、この片足を掴み下ろすことも、もがくことさえ不可能。

 足の裏で直接触れての固定拘束ロックバインド

 こういった形状外部指定の魔術は、火種の『指先にて』のような発現位置の指定がないからこうやって使える。

 さっきも使ったけど、火炎弾や圧水弾に代表される中級魔術なんかも、杖を使う事を想定しているのか指定がなかったりする。流石に足の裏から発射したことはないが。

 あとは相手が相手なので、強意を意味する魔法陣ルーンも混ぜてあったりね。

 少なくとも、いつかのミンクに行使したやつより拘束力が高い。


 しかも今回は、わざわざ複数回当てた水が体表面にある。

 空気よりも水の方が固体に近いんだから、拘束もより強固なものになる。

 元が冷えているので、並行して温度を奪い氷に転移させている。さらに固く、頑丈に。

 時間が経てば経つほど抜け出せなくなるだろう。

 とは言っても、相手が魔力の多い人族であること、俺の魔力にも底があることを考えれば数分持てば良い方だけどね。


「俺の勝ちだろ」

「……っ」


 強い圧迫感があるはずだが、アルフレッドは律義に言い返そうとして息を荒げるだけに留まった。

 一目瞭然なのに、俺があまり強く踏みつけているように見えないからか、マルス先生はまだ勝者を告げない。

 仕方がないので、木剣をアルフレッドの喉元に突き付ける。

 できるかぎりゆっくりと、ふてぶてしく。

 その間も俺の足の下から抜け出すことの叶わないアルフレッドを見て、ようやく先生は納得したようだ。


「……そこまで! 勝者、バルド!」


 闘技場内に、俺の名前が響き渡った。

 ふと、耳が痛くなるほど周りが静かなのに気がついた。

 決闘中は周りの声なんて気にしてる場合じゃなかったからな。

 オーディエンスも集中していたのかな。

 こういうのは終始ヤジが飛んでいてもおかしくないと思っていたが、意外とおとなしく見るもんなんだね。


 一拍も二拍も遅れて、パラパラと拍手が聞こえてくる。

 が、そこまで。

 ……ノリ悪いな。

 そりゃ、決められる時にパパッと終わりにしちゃったけどさ。

 周りから見たらあっけない勝利でも、一度は命の危険だって感じたんだぜ。

 せっかく勝ったのに、白けてしまった。

 さっさと帰るか。


 闘技場から出る直前、頭上からやたら元気のいい拍手が聞こえるなと思っていたら、ナタリー嬢だった。

 なんか凄くいい笑顔だ。

 それを見て少し気を持ち直せたので、軽く手を振ってその場を後にした。



 

 なお、執筆中のタイトルは「よろしい、ならば決闘だ」でした。

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