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魔法学の先生  作者: 市村
第二章 学園編 初等部
22/44

21. 迷宮へ寄り道

 



 最近一番驚いたこと。

 うちの村が時代に取り残されすぎていたこと。



 自分で思っていた以上に緊張(と疲労)して余裕がなかったらしい行きと比べると、帰り道はのほほんとしたものだった。

 帰りの方が疲れてないってのは変な話のような気もするけど。

 ああでもラスト数日間は徒歩混じりに走ったから疲れたか。


 いや薄々わかってましたよ。

 あれ、なんか文明開化起きてない? と頭の片隅にありましたよ。

 でもさー、普通生まれ育った村を基準にして考えるじゃありませんか。

 なんでうちの村は乗るしかないようなビッグウェーブをスルーしてるのさ……。


 大丈夫です、すぐ慣れますよ。

 歳食った爺さんも、なんだかんだいってケータイ使いこなしちゃったりするもんな。

 肉体的にはまだ若いんだ、俺だって受け入れられるさ。


 うん。

 カルチャーショックがやばい。


 シエラ村には土壁の家だって普通にあったけど(っていうか実家がそう)、ソルデグランにそんな建物はない。確認しなくても断言できる。

 途中に立ち寄った山越え最初の町ですらも、土壁の家なんて探さないと見つからないレベルだった。

 道程の宿も普通にベッド。

 安い宿なので質は良くない、にもかかわらずベッド。

 (あき)れて物も言えない。


 さらに、領都に近づくほど道路は整備されていた。

 え? うちの村? 踏み固めた土だよ! 言わせんな恥ずかしい。

 大通りが舗装されているとか当然で、領都と最寄りの都市間なんて街道まで舗装されていた。

 相乗り馬車(バス)が揺れないったらありゃしない。


 そうそう、相乗り馬車も最低限のバネが使われていて、覚悟していたよりも揺れなかった。

 休憩を除けば早朝から夕方まで乗り続けているようなものなので、これは助かった。

 流石に独立懸架(けんか)式ではなく車軸懸架式だったが、しかし村の文化レベルからこの世界の文化レベルを逆算していた身からするとポルナ○フ状態。


 いやさ、異世界っていったら、剣と魔法の世界っていったら、中世ヨーロッパとかそのくらいでしょ?

 まあ我がシエラ村は疑いの余地なくド田舎だから、想像よりもちょーっとばかり原始的だったけどさ。

 それがどうだい。

 一歩村を出てみれば、確かに中世が基軸だったとしても、部分部分でそれを超える文化レベル。

 流石に産業革命が起きたわけではなさそうだが。

 それでも多分、うちの村は数百年以上昔を生きている。

 過去の遺物、いや、もはや異物だ。


 精密機械のある世界から見ればどっこいどっこいだったかもしれないけど、生憎俺はこちらで生きているわけで。

 認めたくないね。

 産業革命後の世界の知識を持つ身として、認めたくない。

 俺の目標に、村の文化レベル向上が加えられた瞬間だった。



 ま、それはさておき。

 想定通り、俺は学園に合格した。

 秋口にやってきた行商人が持ってきた一通の封筒。

 家個別の住所は存在しないので村長の家に届けられた合格通知は、行商人すら巻き込んで軽くお祭り騒ぎにするだけの効果があった。

 多分キースとリリィでも受かるんだけどね、あの程度の試験なら。

 それでも学園の生徒を輩出するというのは名誉なことらしく、昼間から大人達が酒盛りを始めたのは言うまでもない。



 そして、七才の冬が明けて、俺は八才の誕生日を迎えた。

 入寮手続きや金稼ぎの関係で、明日には村を出るつもりだ。

 もうちょっとくらいなら大丈夫だろうけれど、前回のようにBダッシュ四日間は送りたくないからね。

 誕生日のお祝いなんて、それほど豪勢なものはやったことがなかったけれど、この日のごちそうは間違いなく今までで一番だった。


 理由はある。

 学園に通う間はおそらく、自分の誕生日に帰ってこれないからだ。

 山の中にあるこのシエラ村は、雪の量が明らかに多い。

 そのため、ソルデグランで雪が降り始め、冬休みに入った頃にはもう雪の中。

 氷点下の中を行軍するなんて、自殺志願者のすることだ。

 だから、この誕生日パーティーは中等部を卒業するまでの六年間、あるいは高等部まで含めた九年間分を集約したものと言える。

 料理は美味しかった。

 ちょっと塩気が強かったような気もする。


 翌朝、キース、リリィ、そして村長が見送りに来てくれた。案の定というか、ミーナはいない。

 雪がまだ解けきってないとはいえ、できることは多い。

 主導者である村長はもちろん、十才になった二人だって今では立派な労働力だ。

 それでも来てくれた、という事実に涙腺が緩んでしまう。


 昨日といい、なんか俺らしくもないね。おかしいな。

 多分テレサが号泣しているからだろう。

 もらい泣きってやつ。

 前世で一人暮らしを始めた時は、両親共にサッパリしてたからなあ。






 まあ、夏休みには帰ってくるんだけどね!




***




 迷宮、というものがある。

 そこは魔力に富み、ゆえに魔物も多く出現する、人間にとっては本来干渉するべきではない場所だ。

 しかし、魔力が多いゆえに手に入る希少な鉱石や宝石、魔物が多いゆえに手に入る希少な資源や栄光が、そこにはある。

 だからこれまでに数え切れないほどの冒険者がそこで死んでいるとわかっていてなお、足を踏み入れる人は絶えない。


 一応(・・)ではあるが、迷宮には分類がある。

 広大な土地に平面的に広がる、まさに迷路のような迷路型(ラビリンス)

 天に向かって伸びるいにしえの塔、巨大なランスのような尖塔型(スティープル)

 そして地下に向かって掘り進んでいく地下型(ベースメント)


 ただし一般に迷宮というと、普通は地下型(ベースメント)を指す。

 身も蓋もないことをいってしまうと、迷路型(ラビリンス)とはただの未開発地域であり、尖塔型(スティープル)は片手で数えられるほどの数しか見つかっていないからだ。


 手に入りにくい貴重な資源が手に入るため、領土内に迷宮が見つかった場合、国は危険と知りつつもその迷宮の管理を引き受ける。

 だが、迷路型(ラビリンス)は都市の一つや二つがすっぽりと収まるほどに広い。

 そこに出入りする人間や魔物を全て管理するというのは不可能なので、発見当初はともかくいつかは国も不干渉になる。

 そして不干渉になった土地は、せいぜい周辺に住む住民が食べ物を求めてたまに入るかどうか。その逆がないのは、魔力に富む土地ほど実りも多いので内側の生き物はほとんど飢えないからだ。

 つまり迷宮とは名ばかりで、実際には鬱蒼とした森などがあるだけの未開発地域と呼ぶ方がよっぽど事実に即している。


 また尖塔型(スティープル)は、なんといっても数が少ない。

 現在比較的近くにあるのは、ブロムスタ王国に隣接する公国内に二つと帝国内に一つ、そのむこうにある諸国家群の中に一つの計四つ。

 ここブロムスタ王国内には一本もない。そのくらいには少ないのだ。


 理論的にはエーテルの極大結晶と予想されている太陽に近いほど空間中の魔力濃度は高くなるため、尖塔型は上の階に行けば行くほど貴重な資源があり、同時に強力な魔物がいる。

 ……かと思いきや、実は階層間における難度の差はほとんどないと言っていい。

 なんせ、太陽までの距離が遠すぎるのだ。

 こちらの世界では目安となるような距離さえわかっていないし、仮に太陽系と同じだとしたらその距離は約一億五千万キロメートル。

 それに対して、尖塔型の標高なんてどんなに高くても百メートルもない。

 ほんの一千万分の一パーセントの誤差に、いったい何を求めろというのか。

 ただし尖塔は例外なく貴重な古代遺跡であるので、国の権威を示すため、あるいは遥か古代から存在していたなどという歴史を()るために、各国は大袈裟なくらい厳重な管理をしている。


 そして地下型(ベースメント)。最も迷宮らしい迷宮。

 地下を流れる魔力やエーテルの通り道、いわゆる“地脈”や“地脈節”に近いほど、つまり尖塔型とは逆に深い階層に行くほど空間中の魔力密度は高まり、強い魔物が出てくる。

 正確な距離こそ不明だが、太陽とは違って地脈までの距離は十分に現実的だ。

 つまり、階層ごとの危険度の差はある程度ハッキリしている。


 さらには、同じ地下型の中でも難度の違いがある。

 地脈の直上にある地下型は、それ以外とは一線を画する強力な魔物が棲まうとされる。

 あるいは尖塔とは逆の、避難壕(シェルター)とも呼べる古代遺跡に繋がっていた場合も、それはそれは恐ろしい魔物が出るという。

 ゆえに新たに発見された地下型は、地理的要因を何ヶ月も熟考してから初めて国軍が立ち入り、これまた何ヶ月もの探索の後にようやく冒険者ギルドに、ひいては国民に公開されることになる。




 というわけで。

 徒歩(デスマーチ)と相乗り馬車で二週間と二日かけてやって来たのは、迷宮都市フセット。

 ソルデグランの一つ手前の都市から、斜め向きに寄り道したような位置にある。

 郊外にある迷宮はもちろん地下型で、いわゆる迷宮産業で成り立っている都市だ。


 本当なら前回、つまり半年前の試験の帰りに寄るべきところだったが、あの時の俺はなかなか疲れているように見えたらしい。

 大事を取って、と父さんが判断をしてそのまま村へ帰ったが、今回はそうもいかない。

 むしろ大事を取るからこそ子供(オレ)一人で迷宮に挑ませるわけにはいかないのだ。


 ほんの一、二層くらいなら人の往来も多く比較的安全ではあるが、確実に金を稼ぐなら五層以降を目標にするべきというのが父さんの言。

 ソロで五層以降まで立ち寄れるといったら、冒険者ランクがFからEに上がってもおかしくないくらいだ。

 俺も本気の命のやり取りは恐いので、父さんにレクチャーしてもらうのは都合が良かった。

 今回も、長くて二日しか潜れないのが悔やまれる。


 ソルデグランも長い年月をかけてなかなか雑多な雰囲気を醸し出していたが、フセットはさらにごちゃごちゃしている。

 領都に近いのに道路の舗装は一部のみ、その道沿いには過剰な数の宿屋と酒場が建ち並び、雑踏の向こうからは金属を叩く音がかすかに聞こえて、という魔窟状態。

 普通の街でも自衛のため袖に短剣を忍ばせておく、という人は多いけれど、フセットは次元が違う。

 なんせ、すれ違う人の半分以上があからさまな武器や防具を身につけている。

 硬貨の(すれ)れる音とはまた違った金属音が絶え間ない。

 時には板金鎧(プレートアーマー)で完全武装した人すら見かける。

 なかなか気の休まらない街だ。


 相乗り馬車が到着したのは案の定夕方だったので、先に宿を取ってから準備のために出かけた。

 ちなみに迷宮都市の宿には大まかに二種類ある。

 一つは他の都市にもあるような、朝夕二食付きの宿。冒険者は命を張る分高給取りが多いので、他の街よりは値段の高めな店が多い。

 もう一つは夕食のみ、あるいはそれすらない雑魚寝宿で、何一つ家財のない部屋にだいたい二十人くらいが雑魚寝する。

 駆け出しの金のない冒険者はこちらに泊まるしかないが、プライバシーも何もないことを除けば仲間を見つけたりするのに一役買っていたりと悪い点ばかりではない。

 ちなみに今回は後者だ。何事も経験っていうし。


 まず向かうのは父さんのお気に入りというドワーフの工房。

 ドワーフというのは妖精族の一つで、四大氏族のノームの傍系に分類される。

 屈強な肉体を持つ本流のノームよりもやや小柄ではあるが、体重別階級を揃えればほぼ同等、小柄な分手先が器用といった特徴がある。

 まさに(たくみ)になるため生まれてきたような種族だ。


「親方はいるか?」

「いらっしゃ……少し待っててください」


 扉をくぐるなり定員より先に言葉を発する父さん。

 態度の横柄な客に面食らうも、素直に呼びに行く店番らしき人族の青年。

 どちらもそれでいいのか。


 青年は意外とすぐに戻って来たが、「もうちょっと待ってて下さい」と言った。

 店の奥からは鎚を振るう音が聞こえてきているので、手を離せない所でもやっているのだろう。

 待っている間がヒマなので商品を眺めると、どれもこれも装飾のほとんどない頑丈そうな作りだった。

 どれもこれも厚さがあり、切り裂くというよりは圧し切るように使うのかな。


 しばらく待っていると、奥からドタドタと厳ついおっさんがやって来た。

 確かに髪は緑色だが、かなり暗い深緑なのでぱっと見はほとんど黒だ。

 それに加えてところどころ白髪が目立つあたり、妖精族としてもかなりの歳なんだろう。

 父さんと負けず劣らずのタワシ(ヒゲ)を蓄え、炎でも吐き出しそうな真っ赤な顔をして、その第一声が店内に響く。


「誰だゴラァ! ワシを呼べなんて言った人族のガキァ!」


 耳にも響いた。

 腹の底から絞り上げられたようなガラガラ声は、構えてなければ萎縮すること間違いなしだろう。

 つい耳を塞ぎたくなったが、父さんは怯む様子もなくおっさんに笑いかける。


「親方も相変わらずだな。俺だ、トーマスだ」

「ああ? トーマス? トーマス……その髭面、あのクソ馬鹿の『野生児』か? まだ生きてやがったのか!」


 またもや過去の汚名を引き合いに出された父さんは苦笑いだったが、それでも二人は再会の握手を交わす。

 小柄といっても、並んで立てば父さんと拳二つ分くらいしか変わらない。ノームが元々大柄なのかもな。

 ガハハと豪快に笑う姿は、なんだかんだ言って面倒見がよさそうだ。

 二人はしばらく昔話に花を咲かせていたが、ずいぶん遅れて俺に気付いた親方が顔をしかめた。


「なんだガキィ! ここはお前みたいな――」

「違う親方、あいつは俺の息子だ」


 ぐう、やっぱり怒鳴られると恐いわ。

 まあ確かに、この店に置いてある武器は俺には重そうだし、そもそもサイズが大人用しかない。

 冷やかしに思われても仕方がないかもしれないけどさ。

 とにかくでかい声出せばいいと思ってるんじゃないの親方。


「お前子供なんていなかったろ」

「故郷に帰ってから生まれたんだよ。そう、それでだ、あいつに防具作ってくれないか」


 ちょっと遠回りしたものの、やっと本題に入ったらしい。

 でも、ここどう見ても武器屋だよ父さん。

 案の定、親方は一気に機嫌が悪くなった。


「……ここは武器屋だ、防具屋じゃねえ」

「そう言わずに。親方のなら壊れないだろ。安心して頼めるんだ」

「駄目だ。俺は武器しか作らねえ。いいや、作れねえ」



 よく話を聞いてみると、作る技術は確かにあるのだが、作ってはいけないらしい。

 それは職人組合の方針で、つまり分業化が進んでいるということ。

 もっと細かく言えば親方の店は刃のある武器だけを取り扱っていて、言われてみれば鎚矛(メイス)や杖は置いていない。

 現状では裏でこっそり取り扱っている店もあるらしいが……それは親方の意地が許さないのだろう。


「――が、コイツなら作ってもいいはずだ」


 と、店番の青年を親指で指す親方。

 突然の指名に彼は驚き、こちらは話が変な方向に向かいだして困惑する。


「弟子のコイツはまだ組合にゃ入ってねえ。だから防具を作ろうが構わねえはずだ。……お前、やれるな?」

「……っ、やります! やらせて下さい!」


 そして頭を下げる青年。

 それを親のように優しい手つきで撫でる親方。

 今ここに、三文しば……美しき師弟愛を見た気がする。

 いやいや何このノリ。


 作ってもらう側としては超不安だったが、金は取らないらしいので我慢することにした。

 もちろん一日で作れるわけがないので、夏か冬の長期休暇中に取りに来ることになった。

 それと、使わないような気もするが念のため剣を買っておく。もちろん割引で。

 身長が足りないので、仕方なく背負う格好になってしまった。

 これでも一番短くて細いものを選んだのに、まるでダンベルでも背負っているような気分だ。




 翌日の朝。

 精一杯時間を取るために朝日よりも少し早めに起きた。

 しかしそれでも同室の冒険者は半分くらいしか残っていない。

 既に開いていた木窓の向こうの空は藍色。うっすらと明るくなり始めた頃だった。

 通りを見れば、迷宮へ歩いていく人がそれなりにいる。

 無理に急ぐ必要はないものの、どうにも急かされる光景だ。


 仕度をしてから昨日買いあさった食料を食べ歩き、その足で迷宮、の手前の冒険者組合へ向かう。

 もちろん手頃な依頼がないか確認するためである。

 俺と父さんの二人組で行動する以上、倒す相手はともかく、持ち帰る戦利品については選別しなければならない。

 半無限に物を持ち運べるアイテムボックスなんてものはなく、それに準ずるような空間系魔術もとうに失われたこの世界では、持ち運べる量には限りがあるからだ。


 大きさ、あるいは重さ当たりの単価が高い素材とは、より深い階層で得られる素材と相場が決まっている。

 しかし迷宮の初心者達はそんな危険を冒すわけにはいかないので、少しでも高く売るために需要のある「依頼品」を選ぶ必要が出てくる。

 また、依頼を受けずに素材を組合に売ると、その素材を求めていた依頼が組合内部で処理されてしまうこともある。組合としては依頼の仲介料で既に儲けを出しているし、後人を教育する意味もあるからそれほど頻繁でもないが。

 ただ、そうやって得られたお金の一部は冒険者のために使われるとはいえ、やはり儲けを(かす)め取られた感は(ぬぐ)えない。

 ゆえに、迷宮へ潜る前に組合で依頼をチェックしておくのは冒険者の基本中の基本というわけだ。


 ちなみに、そこそこ深い階層まで潜れるようなパーティーなら荷物運び専門の人員を雇うことも多い。

 それでも運びきれない魔物の死骸からおこぼれ(・・・・)を剥ぎ取って生活する「ハイエナ」と呼ばれる嫌われ者達もいる。

 迷宮内の食物連鎖で骸が永久に放置されるなんてことはないものの、過剰な餌は魔物の繁殖を促進してしまうのでハイエナといえども馬鹿にしてはいけないのだが。


 それはさておき、今回は働き蟻(ワーカーアント)甲殻(こうかく)三匹相当を採ってくる依頼が見つかった。

 アント系は基本的に群れで行動するので、個体難度はEでも依頼難度は一つ上のDだ。

 Fランクの俺だったら引き留められただろうが、父さんがEランクだったので受けることが出来た。

 まあ期限には余裕があるし、今日明日中に完遂できなくても父さんが後で()ってきてしまえばいいので問題ない。

 群れからはぐれた個体を狙って探せる父さんからすれば、実に身の丈にあった依頼といえる。


 コルクでできた掲示板から依頼書を取って受付窓口に向かうと……なぜか一カ所だけ長蛇の列になっていた。

 おかげで他が()いてて都合がいい、けど、気になったのでちょっと聞いてみた。


「お姉さん、あそこなんで並んでるの?」

「……受付が美人だからよ?」


 な、なるほど。やっぱりそういうのってあるんですね。

 よく見れば、並んでいるのは全員男。女はいない。

 お姉さんは終始笑顔だったが、目が笑ってなかった。

 超恐い。




 組合を出た頃には、さっきよりも明るくなっていた。

 都市の外れまで歩く。

 冒険者組合は迷宮に合わせて建てられているので、そう遠くはないはず。

 すぐに冒険者の列を見つけた。

 やはり朝一を狙う人は多いのか、ざっと六十人くらいいる。


「入口で詰まらないように、前の団体からは少し時間を置くのがマナーだ。あと会員証は出しておけ。入る時係員に見せる」

「わかった」


 父さんからマナーなんて言葉が出てくるとは、と思ったのはどうでもいい。

 考えてみれば喧嘩別れしたというかつての仲間も、マナー違反したのは相手の方だった。

 教養はないけど礼儀はある。

 それは決して悪いことじゃない。


 六人組や五人組が多かったのか、意外と早く列は消化されていき、あっという間に俺の番。

 父さんに続いて組合証を係員に見せると、ほとんどフリーパスだった。

 年齢とかは気にしない方針らしい。

 目の前にはゆうに大人が五人は並んで通れそうな大きな入口。

 手入れされているのか、地下一層へ続く下り坂は緩やかで平坦だ。

 しかし中は薄暗く、先に入った父さんの姿がかろうじて見える程度。

 俺は、深呼吸をして、左足を前に出した。


 これは人族にとっては小さな一歩だが、俺にとっては偉大な飛躍である!


 だが頭まで日陰に入ったその瞬間、ゾクリと不吉なものを感じ取った。

 濃密な血の臭い、死の臭いだ。

 別に予感めいたものというわけでもなく、本当にろくでもない臭いがする。

 月面着陸を心待ちにする少年のような高揚感はどこへやら。

 今さらながら、へその下から冷え込むような恐怖が訪れた。


「それでいい」


 土が剥き出しの地下、暗闇の中に父さんの姿が浮かび上がった。


「ここは魔物の巣窟だ。森を探険するような気分じゃすぐに死ぬ」


 軽く頭を小突かれて、少し気分が楽になった。

 しかし緊張感は途切れない。

 改めて深呼吸をする。

 森で斥候をしているときと同じような精神状態を目指す。

 ……さて、行きますか。


 その場で長く立ち止まっているわけにもいかないので、俺は歩き出した父さんの後ろについていく。

 足の裏の感覚と重心の位置から、どうやらほんの少しずつ地下へと向かっているらしい。

 どことなく慣れ親しんだ感覚に思えるのは、山の中で生きてきた者の習性か。

 入口付近は結構な広さがあったが、しばらく進むと道幅は緩やかに狭まってきて、今は大人三人分くらい。両手剣を振り回したら一人でもいっぱいになるだろう。


 迷宮中の光源はほとんどが光苔(ひかりごけ)と呼ばれる植物によるもので、こいつは周囲の魔力を吸って光に変えてくれる。いわば魔力を使って逆光合成をしているようなものだと思えばいい。

 深い階層に行くほど数も増え、光度も強くなり、満月の夜くらいの灯りは確保できる。

 しかし浅い階層ではそこまで分布していないので、迷宮資源の一つである魔法石を加工した人工灯が壁に埋め込まれている。

 非生物でありながら周囲の魔力を溜め込む性質を持つこの魔法石、たまに盗まれることもあるというが、使われているのは比較的低級の物でしかもばれた際の罰金はこれを売った値段の数十倍。

 割に合わないので、よほど金に困ったバカがすることとして有名らしい。


 時々その薄明かりでテラテラと光る水溜まりが見つかるが、これこそがあの有名なスライム様だ。

 じっくり観察していれば、重力に逆らって移動しているのがわかるらしい。

 どうでもいい話だが、どこかの誰かに魔物の定義で「食えないもの」の代表と言わしめたのもこのスライム。

 それに対抗して食用の種を作れないかという試みもあったとかなんとか。

 その結果は本にも書いてなかった。


 イノシシが森林の掃除屋(スカベンジャー)なら、スライムは迷宮のそれだ。

 迷宮の深浅を問わず自然発生して、ヒトデが貝でも食べるような速度で死骸を消化していく。

 俺より小さい子供でも倒せるくらい激弱だが、深層域とかで希少な金属粒子でも含んでいないかぎり素材は一銭にもならない、しかも基本的に無害ということでわざわざ倒していく冒険者もいない。

 俺達も同じように無視して、蟻の巣のように張り巡らされている迷宮の中を進む。




 だいたい二層くらい(父さん判断)の深さまで来た時だった。

 曲がり角の手前で父さんが立ち止まる。

 その理由は俺でもわかった。


「ゴァプ、ゴァプ」

「ゴォォア」


 出来損ないの豚みたいな鳴き声が通路の向こうから聞こえてきたのだ。

 父さんは屈んで俺を手招きし、角の向こうを覗くように指示する。


「あれがゴブリンだ」


 またもや有名どころと遭遇したらしい。

 ゴブリンもまた、最初の何匹かはスライムと同じように自然発生して生まれる魔物だ。

 だがこいつらはテンプレそのままに繁殖力が強く、気がつけば自然発生によらずともあっという間に増えている。

 こういった自己繁殖できる手合いは世代を重ねるほど知恵をつけていくのが常なので、個体難度Eだからといって油断をしてはいけない。


 まだ浅い層なので、残念ながら全体像が見えるほどの光量が確保されていなかった。

 見るかぎり身長は俺くらいだが、確か膂力(りょりょく)は比べものにならず、またお粗末ながら知恵もあるので他の魔物から剥ぎ取って作った武器や防具を身につけていることも多いはず。

 アントほどではないが群れることもある。

 戦うとしたら、囲まれる前に奇襲かな。


「魔法でやれるか?」

「多分」


 実のところ、どれほど暗かろうと数と位置を確認するだけならこの目で十分だったり。

 意図的に使うのは久しぶりだなあ、なんて思いながら、目に意識を傾けていく。

 すると思っていたよりも早く光が()え始めた。

 どうやら迷宮の深いところほど魔力は多くなっていく、というのは本当らしい。

 雑念はさておき、相手は三体で今の位置からでも狙えない距離ではない。


「撃ってもいい?」

「いいぞ」

「じゃあ、火炎弾フレイムショットで」


 親指、人差し指、中指の先を始点にして互いに接触しないよう三つの炎を作り、それぞれ別の相手を狙って撃ち出した。

 やつらもそれには気づくが、投げるモーションを省略できるのも火炎弾の地味な利点だ。

 回避は間に合わず、きっちり全てが着弾する。

 小さいがハッキリとした爆発音が響き、ゴブリン達が吹き飛んだ。


「ゴアァァァッ!」「ブギッィイ!」「ッ! ッ!」


 炎に包まれて暴れる小人の影が見える。

 地面を転がって消火するという知恵まではないようだ。

 頭身が違うので見間違えたりはしないだろうが、人族の子供を火炙りにしているように見えなくもない。

 無抵抗の相手を殺しているという実感もかなり重い。

 そら対峙したら向こうから襲ってくるくらい野蛮な敵だけどさ。


 たっぷりと苦しんだ後、ゴブリン達はその息を引き取った。


「うわあ……」

「流石に魔法は強いな」


 親子とはいえ、経験の違いからか別々の心境だ。

 魔術の心得のない父さんからすれば、自分では決して出せない威力に感心しているといったところか。

 俺はというと、死んでいく過程も焼け焦げた死体もむごたらしくて気持ち悪かった。

 焼死体のうち、火炎弾が直撃したらしい箇所は(えぐ)れている。

 もうちょっとこう、せめて人型でなければマシだったかもしれない。

 これも必要な経験だから父さんは先に済まさせたんだろうな。


 ゴブリンの素材となる部位は主に皮膚。

 それなりに丈夫なので、やっすい防具や剣の鞘に使われたりしているらしい。

 人型の相手から皮を剥ぐって、それどんなスプラッタ?

 良くも悪くもほぼ完全に燃え尽きていたので、とりあえず死体を道の隅に寄せて先へ進むことにした。




 歩き続けて三層付近へ。

 群れからはぐれた単体のワーカーアントを狙うなら、このあたりで探索するのが良いらしい。

 腹時計では昼飯だったので、周囲を警戒しながら背中合わせで昼食を取る。

 ちなみに他の冒険者とは三十分に一班くらいのペースで会っていたが、三層に来てからは半分の頻度になった。

 道の横幅も高さも少しずつ広がっているし、多分敷地面積としても広がっているのだろう。


 食事を済ませた後は三層相当の場所を回る。

 本来ワーカーアントは基本的に五層より深い場所に生息している。

 今回は俺が討伐するので念のため単体を探しているんだと思うが、やはり簡単には見つからない。

 迷宮内で夜営するつもりもその分の食料もないので、そろそろ帰ることも考え始めなくちゃいけない、そう思った矢先だった。


「いたぞ」


 父さんが声を潜めて言った。

 しかし先程のように曲がり角があるわけでもなく、物音もない。

 索敵チート発動中か……。

 父さんはついさっき通り過ぎたばかりの角へ戻って、通路の先へ目を凝らすように指示する。


 そしてそいつは現れた。

 体長は一メートルと少しで、触覚も含めればさらに大きい。

 微量ながら金属を含むという外骨格が、周囲の頼りない光を反射する。

 特に金属量が多いと言われる大顎は、咬まれたら人の手足なんて容易に引き千切るだろう。

 三対の脚は存外に長く、太く、丈夫そうだ。

 働き蟻(ワーカーアント)

 依頼の獲物。ちょっとキモい。


「今回は燃やすな。剥ぎ取れなくなる」

「わかった。氷弾(アイスショット)でいい?」

「それの威力がわからんからまかせるが、欲を言えば傷無しの方がいいな。好きな頃合いに撃て」


 傷無しにしたいなら近寄って固定拘束(ロックバインド)、然る後に手足と関節をぶった切るのが一番良いと思うけど……相手の強さもわからないのにそんな危険を冒すわけにはいかない。

 かといって氷弾ではもろに傷をつけてしまいそうだ。

 まあ、初遭遇の相手だ。

 欲は言わず、一撃で仕留めるつもりでいこう。


 目を使って位置を把握、射程に入るまでしばし待つ。

 のこのことやって来たアントへ向けて、細身のラグビーボール型の氷を作り、思いっきり撃ち出した。

 少し反作用を感じるくらいの初速度を与えたかいがあったのか、飛来する存在に気づいたアントが頭を上げた瞬間、両の大顎の間を氷弾が貫いて頭ごと吹っ飛ばした。

 頭を失った胴体は一瞬動いたが、すぐに沈黙する。

 反動で狙いが上に逸れちゃってたし、オーバーキルだったかもしれない。

 警戒しつつ近寄るが、動く様子はなかった。


 甲殻をノックしてみると金属ほど硬くはないが革よりは硬い、たとえるならプラスチックのような感触だ。

 ナイフで切れ込みを入れて引っ剥がしてみると、形によっては胴体鎧(ブリガンダイン)にそのまま流用できそうな気もする。

 金属を含むというから冶金(やきん)するという可能性もあるな。

 あ、もちろん依頼品を横領したりはしない。

 依頼者が何に必要としているのかを予想してみただけだ。

 ……本当はこの作業もグロテスクだから、気を紛らわしたいだけです。はい。


 アント系の腹の部位は蟻酸が溜まっていることもあるため、父さんに任せる。ワーカーアントならまずないらしいが。

 誤って酸袋を傷付けて肌についてしまうと、けっこう激痛らしい。

 また気化してしまうらしいのでその場合は早めに退避、可能なら焼いて処理するのがいいらしいと説明を受ける。

 らしい、らしい、と伝聞ばかりなのは、父さんも経験がなかったり液体が気化するという現象を父さんが理解してなかったりするせいだ。

 正直剥ぎ取りのレクチャーよりも要領を得ない説明だったよ。

 その後に吹っ飛んだ頭部から顎を回収した。一応ね。

 父さんならともかく、この目がなかったら暗すぎて探すのも一苦労だ。




 とりあえず、ワーカーアントの単体相手なら十分に戦えることがわかった。

 その日はそのまま帰還し、明くる日にまた二匹仕留めて依頼を完遂させた。

 報酬は銀貨二枚。

 普通の街の安い宿なら二泊できるかも、といった額だ。

 雑魚寝宿じゃなかったら赤字になっていただろう。



 そして、俺と父さんはソルデグランに向かった。

 到着は入園式前々日の夕方。

 その時間帯にはもう寮の受付も休止しているだろうから、実際に寮に入るのは入園式前日になる。

 ……またギリギリじゃないすか! やだー!



 

 

 自分で読めない漢字が多すぎてびっくりした。おかげでルビ機能使いすぎたよ!

 あと実はゲーム(特に竜探求(ドラゴンク○スト)とか)の経験に乏しいからモンスターの名前とか種族が思い浮かばないんです誰かアイディア下さいお願いします。迷宮に潜る話じゃないのですぐには使わないかも知れませんが。


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