19. 袋叩き
あー、うん。
結論から言うと、冬に入る一週間くらい前にミンクは掃討された。
盛り上がりもクソもない結果である。
魔術、というか魔力には、大まかに四つの属性がある。
すなわち火・水・風・土である。
火種や火球のように『その姿を顕せ』と唱えた場合、それぞれそのまんま炎、水、空気、黒鉛となって出てくるが、実は別の性質も持ち合わせていたりもする。
『その力の本質を見せよ』と唱えると、今度はエネルギー、液体、気体、固体に関わる性質を帯びるのだ。
上手く使えば火属性を使っておきながら氷を作れたり、水属性や風属性で流体を操作できたり、土属性で服のシワ伸ばしが出来たりする。
昔ウィリアムさんがビーカーの水を手を使わずに回していたが、あれも水属性の水流操作によるものだ。
また魔術には、というか呪文には、ある程度の法則性があることもわかっている。
火種の魔術を例に挙げるなら、『火よ』で属性を指定し、『我が指先に』で形状や規模を指定し、『姿を顕せ』で現象の方向性を指定する。その結果がロウソク程度の火だ。
火球だったら『球となり』が形状や規模に相当するし、『我が手の元で』が規模というか位置情報になる。
ここで注目すべきなのは形状あるいは規模に関する部分で、魔術における形状の指定には、既に存在している何かを基準にした“外部指定”と、術者が一から指定する“内部指定”の二種類があるという点だ。もちろん火種は前者、火球は後者に含まれる。
外部指定は応用力が高い反面、何を基準とするかよって消費する魔力量が恐ろしいほどに上下するので、使用対象が限定されている生活魔術に多い。
一方で融通の利かない内部指定ではあるが、逆に言えば魔力の消費量が安定するということなので、自身の体調管理までが実力となる世界、つまり戦闘用の魔術に多く使われている。
そして、俺の切り札であり十八番でもある固定拘束。
コイツは土属性の性質を上手く使うことで標的の身体表層を疑似的に固体化させ、行動を阻害する戦闘向きの魔術ではあるが、その形状・規模の設定は外部指定である。
一般常識から外れたちぐはぐさから魔術教本には載っていないが、たぶん使い手はいると思う。
まあ結局は今のように潤沢な魔力があるからこそ使える魔術なのだけど……これがいささかチート過ぎたのだ。
「いたぞ」
それはもう、何十メートルも手前からミンクを発見する野生児。
どう考えても一番のチートです。本当にありがとうございました。
俺と父さんを含む一団は獲物に気づかれないよう忍び寄り、完全な奇襲に王手をかける。
魔術は魔力の出所である人間からあまりにも遠く離れた位置には発現させられないという当然の制約があるが、そこは俺の制御で五メートルとちょっとくらいならなんとかなる。
ポンプ式で魔力を細々と放出し続け、同時に魔術でそよ風を作り、魔力が拡散しないように目標の位置まで慎重に配置する。
いわば、見えない導火線を作ればいいのだ。
当然ミンクも俺の臭いに気がつくが、もう遅い。
逃げ出す隙も与えずに固定拘束を成功させる。
離れているので持続性はない。
加えて魔力の多い動物ほど、他からの魔術に耐性があったりする。
イノシシよりは小さいが、ウサギよりは大きい微妙な体格。
持って数秒だ。
しかし、それで十分。
「今です!」
さながら策士のように合図を送ると、俺の左右から他の男達が飛び出していく。
数秒の時間稼ぎができれば、それだけで安心して無防備な相手に近づくことができる。
もうちょっと長持ちするだけで、一方的な攻撃もできる。
その結果が同時攻撃。つまり、袋叩きだ。
魔物愛護団体なんてものが存在していたとしたら、絶対にお見せできない光景だった。
全員が親の敵でも見るような鬼の形相で、手加減どころかオーバーキルなくらい力を込めて、ミンクの全身が粉砕骨折しても止める気のない撲殺模様。
弓矢を使わないのは固定拘束の弊害で、拘束中は相手の皮膚が硬くなっているため刃が通りにくいからだ。
だからこその撲殺だが……狩りを経験して血には慣れたかと思ったが、目も耳も鼻も関係なく飛び出す血を見て、これは酷いと言わざるを得なかった。
空間に放出するという明らかに余計な手間を加えているので、この固定拘束は燃費が悪い。
具体的には一日に三回も使えば辛くなってくる。いつかのキース並みだ。
しかし野生児という無敵の索敵機を持ち合わせた我々から言わせれば、三回使えるイコール三匹狩れる、という意味に他ならない。
さすがに毎日限界いっぱいまで狩れるということはなかったが、それでもミンクの数は着々と減り続けた。
そして最終的には奴らの巣を見つけ出し、まとめて固定拘束。
言葉通り、一網打尽にしたのだった。
「なんだかなあ……」
「なんだよバルド。大活躍したのに不満なのか?」
俺のぼやきを聞いて、キースが茶化すように言った。
あっという間に雪が降り始め、うちの一家は今年最初の酒造り手伝いに村長宅まで来ていた。
今同じ部屋にいるのは、俺、キース、テレサ、そして秋の終わりに六才となったミーナだ。
懐かしいあの部屋よりも一回り大きい部屋で、俺とキースは椅子に座ってのんびりとだらけて、ミーナはキースの隣で静かに本を読み、テレサはやかましいくらい走り回ってはこちらに寄ってくるをくり返している。
テレサとは違い、兄の起こした事件を物心ついてすぐに知ってしまったミーナは、リリィを五人くらい煮詰めたかのように臆病になってしまった。
原因の半分くらいは娘を想うあまり、より恐ろしくなるよう脚色した事件を何度も聞かせ続けた村長にあるような気がしないでもない。
その結果彼女は滅多に家から出ることもなくなり、俺ですらも久しぶりに会った気がする。
そんなミーナを今も根気よく遊びに誘い続けているウチのテレサは、なんというか、すごい。
ミーナはテレサをうんざりした目で見ていたが、それで諦めるような妹ではなかった。
本日十回目になろうかという腕を引っ張る誘いの前に、とうとうミーナは屈した。
一緒に走り回ったりはせず、火種の魔術を持ってテレサを御するミーナの方が一枚上手だったが。
うちの妹マジアホの子。
「不満があるわけじゃないけど……ちょっとあっけなさ過ぎというか」
「そんなもんじゃないのか? ミンクだろ?」
そう言うキースはちょっと不服そうだ。
あまりにも簡単に収束した今回の騒動、それは周りから見れば「大したものじゃなかった」と映るだろう。
年々思慮深くなっているとはいえ、生来大胆な性格のキースにとっては参加させてもらえなかったことが悔しいのだと思う。
それが蛮勇にならないかぎり大丈夫なんだろうけど、ちょっと心配だ。
ちょっと釘を刺しておこう。
「たかがミンクと侮っちゃダメだよ、キース。怪我人はゼロじゃない。ウィリアムさんがいなかったら誰かが死んじゃってたかもしれないし、父さんがいなかったら今もミンクに怯えてたと思うよ」
父さんと一緒にいた人はほとんど無傷だが、ウィリアムさん率いるもう一つの班には怪我人が出た。
ミンクの大多数を狩り終えた頃だったので、ついつい油断していた一人が奇襲を受けてしまったのだ。
実際には鉤爪によるひっかき傷で、流石に死にはしなかっただろうが、ミンクの爪が巨大化していたこともあって見た目にはかなりグロテスクな創傷だった。
たとえソロでも狩れるミンクといえど、その獰猛性は野生動物の比ではない。
運悪くそれを証明してしまった事例だった。
そして大活躍をしたと言われる俺であるが、その前提条件にはやっぱり父さんの存在があった。
奇襲向けの魔術を持っていても、本当に奇襲できるかどうかは索敵次第だ。
父さんがいなかったら、やはり冬の前に掃討が終わるなんてこともなかっただろう。
この村の一部の人間が著しく優秀だっただけで、普通ならもっとてこずる相手なのだ。
「あっけないとか言ったのは誰だよ」
「うっ」
「お前が偉そうにしてると、なんかむかつくな」
「ちょ、そんな」
やつあたりだ!
俺が言えたもんでもないけどさ。
騒動の原因だもんな。
とりあえず魔力の運用についてはもうちょっと自重しなければなるまい。
「にーちゃん! 火!」
「おおテレサ、ナイス」
見ると、ミーナの火種では迫力に欠けたのか、テレサが俺を手招きしていた。
これ以上心ない暴言にさらされる前に退避しておこう。
俺はテレサとミーナの二人に見えるように右手を出し、その五指全てに火を灯した。
フィンガー・フ○ア・ボムズと心の中で叫んでいるのは一応秘密だ。
「ほれ」
「おおー」
一度に生まれた小さな炎達を見て、テレサはぱちぱちと猿のオモチャように手を叩く。
やべえ妹の反応が本当にアホっぽい。
兄はお前の将来が心配だよ。
それとも四才ならこんなものなのか?
一方でミーナはこれ幸いと逃げるように椅子へ戻り、本を読み始めた。
気持ち得意げに披露した身からすると、なんだかちょっとグサリとくるものがある。
二年の差ってこんなに大きいのかな。
いつかテレサもこうなっちゃうの……?
俺の無意味な心配を他所に、六才の冬は穏やかに過ぎていった。
幼少編は終了になります。キリが悪い? こまけぇことはいいんだよ!
以降は一話あたりの文字数を増やしますので、更新も遅くなります。ご注意下さい。
何か感想・世界観などの矛盾の指摘・アドバイス・誤字脱字・悪口など御座いましたら是非御指南下さい。でも悪口は少なめでお願いしますしんでしまいます。
次章:学園編
驚くほどネタが浮かばなくて困っている作者を誰か助けて下さい。




