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魔法学の先生  作者: 市村
第一章 幼少編
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1. 光る埃と、前世の記憶

 自分が転生し(うまれかわっ)たことに気がついて、一ヶ月くらいが経った。

 何回か寝たり起きたりをくり返しているが、記憶が飛ぶことが多々ある。

 例えば寝てる向きがさっきとは逆、とか。いつ起きても昼間っぽい、とか。

 おかげで一ヶ月、と言い切れないのがなんとも不安を誘う。

 そういえば記憶上では一日一食なのに、それにしては腹が減っていない。

 これは無意識のうちに夜泣きしてたりするのか。

 ごめんなさいね。でも我慢してね。子育てって多分そんなもんよ。

 まあ、したことないけどね。


 少しずつ身体は動くようになってきたが、ほとんど無意識に動いている。

 ぼーっとしてるだけなのに、バンザイとスクワットをくり返してたりね。

 未だ目はよく見えないし、埃はチカチカとうざい。

 とはいえ、目を瞑って何もしなかったわけじゃない。

 新しくわかったことがある。


 最重要項目として。

 この世界は俺の住んでいた世界じゃない。いうなれば、異世界だ。

 な……何を言っているのかわからねーと思うが──。

 まさかこのセリフを自分で使うことになるとは思わなかったよ。

 ちょっと嬉しい。


 まあ、その根拠としてだ。

 あれは今から三十六万……いや、一日と四時間前のことだったか──。

 というのは置いといて。ちょっと調子に乗りすぎた。

 俺はつい最近、母親っぽい人に抱っこされたまま家の外を散歩したことがあるのだ。

 俺の感想は、なんということでしょう、だ。

 ここがどこだかわからないことに変わりはないが、前世の文明とは遥か遠くに離れていることはわかった。

 木か石か、あるいは土でできたボロボロの家。それらが集まる山間の村。

 土の色が剥き出しになった地面はおそらく棚田。田といっても米を作ってるわけじゃないと思うけど。


 で、何よりも驚いたのは人の手から現れた炎。

 魔法ってやつだ。

 散歩の途中、村のちょうど真ん中くらいにある一軒家の前に、子供達が集まっていた。

 その家の住人らしい大人の女性が扉から出てくると、子供達に何かを説明し、よく見えるように腕を振り上げた。

 女性がナントカと唱えると、その手の周辺に漂う光る埃がこれでもかというほどに瞬いて――火の玉が現れた。

 だいたい人の頭と同じくらいの球形で、女性が腕を振るとその先の地面へとぶつかり消えた。

 それを何度かくり返しながら、女性は集まった子ども達に魔法の手ほどきをする。

 時々ポンっと音がして子供の手から炎が出るが、たいてい球を形作ることなく消える。

 俺が興味をそそられているのに気付いていたのか、母親っぽい人は結構長いことそこにいてくれた。

 だが、魔法が行使されそうになる度に俺が眩しい思いをしていることには気付いてくれなかった。



 さて、ここで問題がある。

 なんで俺だけが眩しい思いをしなくちゃいけなかったのか?

 俺が導き出した答えは二つ。


 一つは、俺にしか光る埃は見えていないという可能性。

 なんとも厨二病じみた考えだが、いくら特別でもデメリットしかない特別とか勘弁してほしい。

 俺はこれのせいで、未だに母親っぽい人の──もう母って言っていいか。母の顔もまっすぐ見られないのだ。

 いうなれば先天性の、この世界にしかない視覚障害、といったところか。


 もう一つは、他の人にも見えてはいるが、それを抑制する手段があるという可能性。

 俺としてはこちらを推したい。じゃなかったら一生この眩しさと付き合ってくとか困る。

 なんせ異世界なのだ。赤ん坊が自然と二足歩行を覚えるように、赤ん坊が自然とこの埃を見えなくする、あるいは見えにくくするような方法を身につけてもおかしくない。

 あの魔法を教えていた女性も口頭での説明がほとんどだったけど、何度も魔法を見せていたのは瞬くパターンを見せるためだった、と考えられなくもない。


 あ、ちなみにあの光る埃は魔力とかいうやつなんじゃないかと踏んでいる。

 魔法の発現と密接に関わっているようだし、人の身体にこびりついているように見えるのはその人が魔力を有しているから、と色々なことに辻褄が合う。

 辻褄が合う、というのはとても大切なことだ。

 まあ、火の玉を作るのはエネルギー保存の法則的にあり得るのか、と言われたら沈黙するしかないが。


 とにかく、今の俺がすべきことはひとつ。

 この魔力っぽい埃を見えないようにする訓練を積むのだ。




***


 という決心をしてさらに二ヶ月。

 ようやく首もすわるようになってきて、手の動きも少しずつではあるが意識下におけるようになってきた。

 飛ぶことの多かった記憶も、今ではだいたい連続的になった。主に腹時計的な意味でだが。

 おかげで今までほとんど見ることのなかった父親との対面も果たせたし、あの悪魔の所業である「高い高ーい」も経験できた。

 どの辺が悪魔かというと、単純にいきなり持ち上げられるのが嫌いなのだ。

 わかっていれば心構えも、楽しむ余裕も持てるのに。


 さて、訓練のおかげで俺の視力(?)はだいぶ改善された。

 具体的には、空中に飛んでいた魔力はほとんど見えなくなった。

 人の身体に宿る魔力はまだ見えてしまうが、それも数え切れるくらいの量にはなった。

 まあ、まだ気を抜くとチカチカしてしまうが。

 最低限の集中さえ保てていれば、以前のように目を(すが)める必要もない。

 両親の顔は見ることはもちろん、散歩時に風景を楽しむ余裕も出てきた。

 まだずいぶん視界は狭いし、ぼやけてもいるが、前よりほんのちょっとだけ遠くが見えるようになってきた。

 いい傾向だ。


 時間と心に余裕が持てるようになったからか、最近は前世のことを考えるようになった。

 三流大学の学生。アルバイトは短期か単発のみで、基本的に親の(すね)(かじ)るようなニート予備軍。

 流石に申し訳ないので、食事は質より量を、格式よりも格安を選んで生活していた。もちろん嗜好品も最低限に押さえた。

 そのせいで仕送りだけでも何とか生活出来てしまったのだから、あれで良かったのか悪かったのか。


 そんな俺が、どうしてこんなところにいるんだろうか。

 やっぱり……死んだのかな。

 死んだときの記憶が無いから不慮の事故、即死ってやつだったんだろうか。

 親より早く死ぬとか。この上ない親不孝じゃないか。

 こんな俺相手でも、やっぱり葬儀とかでは泣いてくれたのかな。

 想像してみると、棺桶を前に泣き崩れるお袋と、それを支える親父が目に浮かんだ。

 どこかで見たことあるな、と思ったら、祖父が亡くなったときの祖母とそっくり同じ状況だった。

 我ながら貧困なイメージだ。くそったれ。


 なあお袋。そんなに泣かなくてもさ、兄貴と姉貴がいるじゃんか。

 どっちも親父の勧めた通り、教師じゃなくて企業に就職してさ、今では少しずつ仕送りも返してもらってるって話だったでしょ?

 俺みたいな被扶養者がいなくなってさ、お金の面ではずいぶん楽になるじゃんか。

 なあ、泣くなよ、お袋。親父もそんな唇噛みしめてないでさ。

 ちょっとくらいなら、「出費が減って、せいせいした」って言って笑ってもいいからさ。

 いくら想像してみても、その言葉を口に出す親父の顔はしわくちゃのままだった。


 俺がぐずり始めたのに気がついたのか、こっちの母はおんぶを抱っこに変えてあやしてくれる。

 こっちの母は、美人と言えないが、かといって不細工でもなかった。つまりは普通だ。

 あまりに普通すぎて、前世のお袋を思い出してしまう。また視界が(うる)む。

 半ば無限ループに嵌ってしまった俺を、こっち母は根気よくなだめようとしてくれた。


 未だに聞き慣れない言葉をしばらく聞いていると、少しずつ気が楽になってくる。

 前世とかけ離れた物事で冷静になるだなんて、なんとも滑稽な話だ。

 大泣きはしない、でも泣き出しそうなギリギリに見える、そんな中途半端だった俺がようやく安定すると、母は再び俺をおんぶして家事に戻った。



 母の肩越しに見える家の壁を見ながら、俺は考えていた。

 今度こそ、親孝行をしよう、と。

 

 主人公は涙もろいです。自分の妄想で泣いてしまうくらいには。

 正確には直情的というやつなので、喜怒哀楽躁鬱が人より過激になりがちです。

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