17. 善意が首を絞める時
試験的に三人称で書いた部分があります。どうですかね。
キースとリリィが斥候から帰ってきたのは、驚くほど早かった。
息子達の帰りを待っていたトーマスが、疑問を口にする。
「なんだ、獲物でも見つけたか?」
「違うよトーマスさん、変なんだ!」
言葉にはしないが、リリィもまた首を横に振っている。
長年この森で猟師をしているトーマスにとって、大抵のことは経験済みだ。
今回もそのうちのどれかに該当するに違いない。
トーマスは余裕を持って子供達の返答を促した。
「戸板落としが壊された!」
「そりゃあ、でけぇイノシシなら……待て、壊された? 壊れてたんじゃなく?」
「イタチみたいなやつが餌を持って走って行くのを見たんだ。板は変に離れたところに落ちてたし、アイツの仕業だよ!」
「私のも壊れてた。餌は残ってたけど……」
罠が壊される、というのは、それほど珍しいことではない。
村の近くには熊のような大型動物は住んでいないので質より量、つまり意図的にやや小さめの罠を多めに仕掛けてある。
そのこともあってか、立派とも言えるほどに成長したイノシシの体躯の前には、それほど意味をなさないものも多い。
そういった相手には自重を利用した落とし穴などの罠が有効だったりするが。
そのあたりの話は狩りを教え始めた頃に話すくらい、基本的なことだ。
だからこそ獲物に逃げられた、ではなく、イタチ程度に壊されたということに違和感を感じたのだろう。
リリィの方は相手の姿を見たわけではなかったが、過去の事件から森の中ではひときわ心配性になっている。
狩りを教わり始めてからも、罠が壊れる物と知りつつも必ず捜索を切り上げて報告に戻っていた。
今回もまた、不安から帰ってくることを選択したのだろう。
「イタチか……群れってわけじゃなかったんだな?」
「俺が見たのは一匹だった」
今年は森の恵みが多いのか、イタチに限らずだいたいの動物は例年より数を増している。
おかげでこちらの捕れる数も多いわけだが、時には数の暴力で罠が壊されるということもある。
しかし、キースが見たのはあくまで一匹らしい。
息子相手ならともかく、子供の言葉を鵜呑みにするほどトーマスの警戒心は低くない。
しかし、どうにも『野生児』の血が騒ぎ、研ぎ澄まされた直感が良くないものを告げていた。
その直感が正しかったことを、トーマスは遅れて帰ってきた息子の言葉と獲物で確信するのだった。
***
魔物、という生物がいる。
それは何界何門何綱何目何科何属何種、のように細かく分類されているわけでもない、俗称的なものである。
発生の条件からしてあいまいで、長生きしたり魔力を溜め込んだりした動物が突然変異して生まれたり、迷宮の中のような魔力に富んだ場所でいつの間にか生まれていたりと様々だ。
おかげで魔物とそれ以外を見分ける方法も適当で、「人を襲うもの」「魔族に仕えるもの」「魔術を使うもの」「食えないもの」など一貫性がないにもほどがある。
人を襲うだけなら熊や狼、人間同士だってそうだし、魔族に仕えるものといってもドラゴンなんかは上位種と呼べるような魔族がいない。
魔術を使うかどうかが一番現実的だけれど、じゃあ人間は? ってのと、魔術を使わないとか使えない魔物も少なからずいる。
食えないもの、って言い始めたやつは絶対悪ふざけだ。
しかし人にとって一定以上の脅威であることは間違いなく、人の生活圏で発見されようものならたちまち混乱を巻き起こす。
今回も例外ではなかった。
目の前で大の大人達が喧々囂々と言い争っているのを見て、俺はどうにも悪い気持ちになっていた。
あのイタチ相手にひとまずの勝利を得た後、その死体を冷静に観察していて気づいてはいたのだ。
ウィリアムさんの動物図鑑で見たことがある。
それも危険生物の分類に入った最初の方に。
こいつは魔物だ、という確信があった。
「何度言えばわかる! ここは冒険者を呼んで退治してもらうべきだろうが!」
「お前こそ同じこと繰り返させるな! 今から呼んでも来るまで一ヶ月はかかるんだ、その間に自分達で狩っちまった方が良いだろ!」
「それが難しいんだ! 魔物だぞ? 一匹狩るのに何人必要だと思ってるんだ?」
「だがトーマスの息子は一人で倒したじゃないか!」
「トーマスを基準にするなブァーカ! 全員死ぬぞ!」
「そもそもどうやって見つけるんだ、山は広いんだ!」
「冒険者を呼んだら金がかかるし、冬に入っちまったら養わにゃならん!」
「金と命を秤にかけるな!」
村長の家の広間では頼りない光源の元で、村の男衆があーでもないこーでもないと議論のような言い争いを続けている。
どう見ても子供の入っていいような場所じゃないが、第一討伐者として形だけでも参加するように言われたのだ。
もちろん一言も発する間もなく話し合いはヒートアップしていたが。
迷走するようなら父さんが一喝するかなと思っていたが、俺の横でふんぞり返ったまま口を開こうともしない。
どうやら自分はただの一狩人であり、村の決定には従うだけだと考えているらしい。
確かに父さんは頭脳派ではない。れっきとした肉体派、感覚派といっていいかもしれない。
それに何かと規格外な『野生児』の意見をそのまま使うわけにもいかないだろう。
そのくらいは自分でも理解しているわけだ。
少し話は変わるが。
……変わらないともいえるが。
俺は強くなった。
それはこの身に宿る魔力量からみても、まぎれもない事実だ。
今年に入ってからは、寝る直前に火種で使い切るのが難しくなるくらいだ。
もう、指十本に火を灯して「ダブル五指爆炎弾ッ!」なんて遊んでいてもまだ余る。
春先は火球を連発していたが、夜中に浮かび上がる火の玉がある、なんて変な噂が立ってからは自重した。
その代わりに別の属性にして使ったりもしたが、水球と土球(という名の黒鉛塊)は明らかに使った形跡が残ってしまうし、風球は女のすすり泣く声が聞こえる、なんて言われ始めたので結局止めた。
もちろん全部ばれて、俺の頭にはカミナリパンチが落ちた。
それはともかく、短時間に使い切ることは難しいと理解した俺は、日常生活の中にちまちまと魔術、もとい魔力を使うことにした。
素直に魔術を使わないのは燃費が良すぎるからで、かといって寝る前に一度に使わないのは放出した魔力で魔物が湧いても困るからだ。そんな簡単に湧くとは思わないが。
それは例えば、ウィリアムさんのところで魔力水精製に手を貸したり、泥遊びに見せかけて畑の土壌へ流し込み野菜の生育を良くしたり、罠に使う餌へ流し込んでさも美味しそうに見せかけたり。
……。
俺は大人が醜い心をさらけ出して言い争おうと、暗い気持ちにはならない。
俺も精神だけは大人だし、人の悪いところの一つや二つ知っているし、俺自身転生に関しては隠して生きているわけだし、いまさら暗い気持ちになんて、ねえ?
が、今回に限っては、悪い気持ちにはなる。
やっぱり、これ。
俺のせいだよね……。