15. 山の異変
三年経った。
「おうし、じゃあ解散だ。いつも通りな」
山の中で父さんが指示を出した。
俺達は『野生児』なる父さん直々に狩りについての知識を教え込まれ、今では斥候部隊としてなら単独行動が認められていた。
まあ単独行動とはいっても、通る道はあらかじめ仕掛けた罠を確認するための、ほとんど決まったルートだけれど。
罠に獲物がかかっていたら大人を呼んで回収、かかっていなかったらそのまま。
罠の餌だけ盗られていたらもう一度だけ餌を足し、それでもまたやられるようなら回収だ。
途中で獲物を発見したら、道程の途中でも大人を呼びに戻る手はずとなっている。
罠を仕掛ける場所は大人の判断で決まるので、仕掛けるのも大人だ。
かなり重い大石を使ったり、地面に杭で固定したりと力仕事が多いから、という理由でもある。
俺達はそれらを見て学び、自分でもできそうな物に関しては手伝う。
時折、ここはどうしたら、とか、こういうときは、とかの質問を交えながら。
季節は実りの秋である。
もう一、二ヶ月もしたら雪も降り始めるだろう。
その前に畑のライ麦や根菜を収穫し、また、積雪で動けなくなる前に狩りでタンパク質も確保しなければならない。
冬の間、さらにはその先までを考えて、この時期に捕った獲物は干し肉にするのが通常だ。
春の終わりと秋の初めにしか村に来ない行商人からは村では得られない必需品を買うわけだが、当然そこには塩も含まれる。
これを使って干し肉を作るのに一、二ヶ月かかるので、今の時期が今年最後の追い込みというわけだ。
俺は六才となり、地味に大人をも超える魔力量を手にしていた。
それもこれもポンプ式魔力移動術のおかげである。
利点は数あれど、俺にとっては短所でさえも長所に変わる。
すなわち、気付かないうちに枯渇する危険性がある、というところ。
この目を使えば枯渇するかしないかの見極めなんて、狩りをするよりもよっぽど簡単だ。
火種を覚えてから毎日寝る前に、気絶寸前まで消費しておくことで魔力の底上げを図っていたのだ。
もちろんつらい。つらいが、気だるさと圧迫感が全身を襲う程度なら筋トレよりは楽、というのが俺の感覚だ。
最近ではその寝苦しい圧迫感もいい睡眠導入剤代わりだ。
ここまでやってもまだミレイさんには敵わないが。
テレサは四才になり、俺の英才教育もあって最近火種の魔術を覚えた。
三才で覚えた俺には敵わないが、村の子供を基準にすれば、これでも頭一つ飛び抜けている。
ただしポンプ式に関しては、もう少し様子を見てから教えるかどうかを決めるつもりだ。
なぜならかつての事件で、火球を二発撃った後のキースがふらふらだったのは、これまたポンプ式の仕業だったからだ。
キース曰く、俺の指先に在り続ける火種を見ていたらポンプ式がとても素晴らしい方法に思えたとか。
俺が日々魔力量を増やす特訓をしていたように、キースはポンプ式を自分なりに修め、その結果としてまだ魔力が足りないはずの火球をも行使できるに到ったというわけだ。
つまり、一歩間違えればイノシシの突進を気絶状態で受けていた可能性もある。
まったくもって笑えない。
テレサに教えるかどうか迷うのも当たり前だ。
キースとリリィはもう八才になる。
八才というのは学園に入れるようになる年齢でもあるが、次期村長のキースはもちろん、そこまで家にお金の余裕がないリリィも学園には行っていない。
これだけ魔術を使えて運動もでき、算数等もこなせるなら入園試験は問題ないのに、とはミレイさんの言葉だ。
その口調からは、暗にもったいないと言いたいのがよくわかった。
安心してくださいミレイさん俺は行くつもりですよこの鍛えた魔術でこの村の存在をアピールしてやりますともそして村を発展させ最終的には親孝行という寸法ですよ。
……お金が、ね。
「あ」
もうそろそろで罠の仕掛けてある場所だ、と思っていた矢先だった。
カサ、という、落ち葉が風に揺られた程度の音を拾い、反射的に身を隠す。
もちろん風を感じなかったからこその行動である。
野生児の教育の賜物だね。
音のした方向を見てみると、一匹の動物が罠を相手に警戒していた。
毛皮が結構高く売れるニクイやつ、イタチだ。
イタチは大きいフェレットみたいなやつなので、その顔はなかなか愛らしい。
が、見た目に反して気性は荒く、子供のこちらが隙を見せようものなら躊躇なく襲ってくる。
警戒心が強く、何もしなければ向こうから避けてくれるイノシシと比べるとなかなか危険な相手だ。
直接向き合うならハイリスク・ハイリターンな獲物だと言えるだろう。
そのイタチが、罠にかかるかかからないかの瀬戸際にいる。
餌を引っ張ってくれればつっかえ棒が外れて、大石を乗せた戸板で押しつぶすピタゴラスイッ……罠が作動する。
上手くいけば圧死、そうでなくても拘束は容易だ。
今なら動けなくなったところに俺がとどめを刺せばいいので、拘束イコール狩り成功である。
念のため、臭いで気づかれないように風の魔術で疑似的な風下を作って待つ。
イタチはおっかなびっくりといった感じで動くはずのない相手にフェイントをかけ続け、少しずつ罠に近づいている。
完全に餌を自分の間合いに入れておきながら、ずいぶんと警戒心の強いやつだ。
早く押せっ……! 押せっ……! と念を送っていると、ようやくそのときが来た。
餌を咥えて離脱しようとしたイタチは、ピタゴラ的装置に右半身を潰された。
一応は小型のイノシシサイズまで対応可能な罠なのだから、半身で済むとはなるほど素早い相手だ。
潰されなかった左半身で大きく暴れているが、そうそう逃げ出すことは敵わないだろう。
かといって圧死するかというと、頭も胴体も潰し切れていないあの状態ではそうもいかない。
あれ以上暴れるようなら、こちらが大人を呼んでいるうちに逃げ出す可能性もある。
もちろん高級毛皮を逃がすつもりはないが。
俺は愛用している左腕のスリングショットに土系統の魔術で作った石をつがえる。
弓矢の方が威力も精度も高いが、オーバーキルな火球も余裕で使えるようになった俺にとっては、多少威力が落ちても手を塞がない武器の方がいい。
今回は罠を燃やすわけにはいかないので、とりあえず動きを止めた後に近づいて短剣でとどめ、という戦法になるが。
上半身に力を込め、肩を入れて胸を反らすように引き絞る。
大きく息を吸い、呼吸を止めて狙いを定め、手を離した。
その瞬間だった。
一瞬イタチの身体が光ったかと思うと、バァンッ! という破裂音と共に爆発した。
乗っていた大石こそ吹き飛ばなかったが、戸板の方は数メートルは宙を舞い、離れた場所に落ちた。
突然のことに俺は左腕をあらぬ方向へ動かしてしまい、打ち出した石は標的よりずいぶん手前に着弾する。
一体何が起きた?
イタチの毛皮は無事か?
すんなり浮かんだ守銭奴的思考に自嘲するも、俺の警戒心は剣の切っ先のように尖る。
自分以外の何かが周囲にいないことを確認すると、吹き飛んだ落ち葉と土煙の向こうに目を凝らした。
そこにはイタチらしき形状の物が転がっていた。
さっきの爆発では、毛皮はメチャクチャになってそうだ。
しかし原因がわからない。
完全に疎開状態の村から出たことがない俺の知識もアレだが、爆弾なんて物はこっちの世界には存在しない。
当然と言っていいのかはわからないが、火薬の類すらも聞いたことがない。
おそらくは、それらの代用になる魔術が存在しているのだろう。
つまり、この爆発は魔術によるものか?
もちろん俺が使うわけがない。
確かに魔術を組み合わせて新たな魔術を作ったりはよくするが、狩りの目的はあくまで食糧の確保。
肉片まで吹き飛ばすような威力があったら逆に困る。
もしかして、俺が気づかなかっただけで誰かが近くにいる?
いや、それは……ないだろう。
俺の目には魔力の昂ぶりが視えるのだ。
魔術行使ともなれば、その瞬間に光で相手の位置がわかる。
念のため、視界の外になっていた後方を特に注意して周囲を再度見渡すが、やはり何もいない、いるわけがない。
そして視線を前に戻すと、イタチが動いていた。
思考が止まった。
ストックないヤバい。




