14. 更生した日
俺達の捜索隊が組まれたのは、昼になるかならないか、そのくらいの時間帯だったそうな。
きっかけとなったのはキースの母で、長期保存用の干し肉が減っているのに気がついたのだ。
息子は料理中のつまみ食いこそするが、大食いではないので間食はしない。それは夫もそうだ。
不思議に思った彼女は息子を捜すも見つからず、さらには短剣や籠手までなくなっている始末。
息子が山に入ったかもしれないと思い当たった彼女は、夫の助けを借りて村中に捜索願いを出した。
狭い村だ。
十数分で報告があがり、村の中に息子がいないこと、そしてあと二人、姿の見えない子供がいることを確認した村の大人達は、素早く捜索隊を組んだ。
こういうときのために、訓練は怠っていない。
近年はその成果を発揮する機会がないという喜ばしい日々が続いたが、とうとうその時がやって来てしまったのだ。
四人の班を組み、状況によってはさらに二手に分かれる。
二次災害を警戒し、緊急時を除いて一人にはならない。それが最低限のルールだった。
ウィリアムさんの班は村長、父さん、そしてリリィの父という、いなくなった子供の家族で構成され、そこに特に親しく、薬学の知識にも明るいウィリアムさんが加わった形だった。
仮に子供達が朝の早い時間帯に村を出て行ったとするならば、既に手遅れの可能性だってある。
熊や狼のようなとりわけ危険な動物はさらに奥の山々にしかいないとはいえ、子供相手ではイノシシやイタチのようなものでも危険な部類だ。
それ以上に、崖から足を滑らせて落下するなど即死しかねない場所だってあるのだ。
今すぐ暴れ出したくなるような焦燥に駆られながらも、彼らはそれを抑えて注意深く山へ分け入った。
それに気付いたのはなんと我が父、トーマスだった。
狩猟の際には『野生児』などと呼ばれて頼りにされているという父さんは、その才能を遺憾なく発揮した。
俺が残していたあの黒鉛を、本当に見つけ出したのだ。
この時点でウィリアムさんは、これが俺の仕業だと確信したらしい。
キースは黒鉛の魔術を覚えていない。
リリィは使えるようになっていたが、あの子はこんなことを思いつくほど賢しくはない。
残るはバルド、つまり俺だ。不思議と納得したという。
もちろん俺は、そもそも父さんがそんなに凄い人だとは思っていなかったので、これはまったくの偶然だったが。
とにかく、この黒鉛が山奥へ続いているとわかったこの班は、それを追って行くことに決めた。
道標さえあれば、捜索にかかる手間は短縮できる。
大人達は俺達が半日かけて進んだ道のりを一時間足らずで踏破し、黒鉛の途切れた先にあるものを見つけて恐怖した。
つまり、イノシシの足跡である。
全員が、自分の血の気が引く音を聞いた。
その足跡は地面をえぐるように残っていて、縄張りの巡回などという生やさしい様子ではなかった。
いつの間にか降り出していた雨のこともあり、せめて平されて読み取れなくなる前に出来るところまで、と足を速めた。
雨に関しては心配しなくてもよくなった。
足跡はより木々の多い方向へと続き、すぐには消えないであろうことがわかったからだ。
しかし子供達が危険にさらされていたことは疑いようもなく、むしろペースは上がっていく。
「待て!」
先頭を行く父さんが警戒を強め、一転して狩りのような雰囲気になった。
しばらく前方を見つめていたが、危険ではないと判断してそれに近づいた。
そこにあったのは、イノシシの焼死体だった。
村長が喜びに近い声を上げてしまったのも仕方がないといえる。
想定されていた危険はここで排除されていて、そしてこんなことが出来るのは火球の魔術を覚えている息子だけなのだから。
しかし周囲に子供達の姿は見つからない。
安堵したのもつかの間で、捜索は続行することになる。
そして再び父さんが停止を命じる。
そこは崖だった。再び血の気が引いた。
素人目にはわからない地面の違いを正確に判断した父さんは、子供達はこの下に落ちたのだろうと告げる。
身を乗り出して見てみると、高さはそれほどでもない。
崖下に姿が見えないこともあり、一応は安心していいのかもしれない。
問題はその後だった。
上流、下流、対岸の山林。
崖の下を流れていた小さな川は、子供が渡れないほど深くもない。
なまじ多い選択肢が、大人達の足を惑わせた。
最終的には山に強い父さんが村長を伴って対岸へ渡り、ウィリアムさんと山に不得手なリリィの父が川の周辺を探すことになった。
人が減ったことで冷静を保てなくなったのか、リリィの父は「川に流されたかもしれない!」と叫んで下流へ走って行ってしまった。
ウィリアムさんはそれを追いかけようとしたが、もしも上流側に移動していたら? と思い、すんでの所で足を止めた。
子供の足ならば。下手すれば崖から落ちて怪我をしているかもしれない子供の足ならば、移動できる距離はそう遠くない。
五分、いや三分だ。それで見つからなかったら引き返そう。
そう決めて、ウィリアムさんはルールを破り、一人で上流へ走り始めたのだそうな。
***
キース達が山へ入った。
これは、ここ数年における村の子供の中で、まぎれもなく一番の愚挙だったという。
もちろん俺達は丁寧な手当の後にこっぴどく叱られ、特に俺の両頬は母さんのビンタで腫れ上がり、頭には傍から見てもわかるくらい大きなたんこぶができた。
我慢はしたんだけど、泣くなっていう方が難しい。
やっぱり今回も駄目だったよ。
その一件から一ヶ月が経った。
一年で最も暑い季節は過ぎ、今は残暑とでもいうべき時期だ。
俺達は自宅での謹慎および療養を言い渡されて、本当に久しぶりにミレイさんの家で顔を合わせた。
今日はリリィの診察日なのだ。
「……はい。まだ元通りではないですけれど、歩くくらいなら問題ありませんね」
ミレイさんがリリィの母に告げた。
母娘ともに安心した表情を見せる。
さすが親子というか、そっくりだ。
リリィは美人になるね。
「じゃあどうする? 一緒に帰る?」
リリィの母が、腕の中の娘に穏やかな声をかける。
その心の中では怪我の原因となった俺達に対して怒りというか、憎悪があってもおかしくないだろうに。
母は強し。
「ううん」
「そう。じゃあ先に帰ってるわね。無理しちゃダメよ?」
そう言ってリリィの母は退出し、後にはいつもの三人とミレイさんだけが残る。
ウィリアムさんは今日も奥に引っ込んでいる。
沈黙が続いた。
キースは口を閉じたまま動かないし、リリィは包帯の取れた足を見てふわふわしてるし、俺は特に何も言うことがない。
いや、うーん。言うことがないというか。
謝った方がいいのかもしれないけど、どういう理由でっていう話なのだ。
ただ俺が「ごめんなさい」と言うだけで前みたいな笑顔が戻るならいいけど、釈然としないというか、なんか違う気がする。
そんな俺の思考を遮り、大きく鼻をすする音で沈黙を破ったのはキースだった。
「ごめんなざい」
キースはいつの間にか顔をぐしゃぐしゃに歪めていて、涙も鼻水もその声も、顔から出るであろう全てを絞り出していた。
それはそれはとても不細工で。
とても真摯な姿だった。
初めて見るキースの泣き顔に、俺とリリィは顔を見合わせると、一緒にキースの頭を撫でた。
「怪我させてごめんなざい」
「治ったからいいよ」
「無理矢理つれてってごめんなざい」
「けっきょくキースのおかげでたすかったしね」
「危ないことしてごべんなさい」
何度も何度もごめんなさいをくり返すキースは、干からびそうなくらい涙と鼻水を溢れさせた。
次第にろれつまで怪しくなる彼のために、俺達は泣き止むまで撫で続けた。
更生したキースは村長直々の教育により、将来の主導者になるべく様々な、たとえば算数や売買に関する知識を教わるため、自宅で過ごすことが多くなった。
村長の役職は世襲制である必要はないが、ウイスキー製造所が家と一体化している関係上、望ましい人選というものはある。
もちろん、という言い方はおかしいが、せっかくなので俺とリリィも一緒に教えを請うことにした。
俺達の遊び場が増えるのに、そう時間はかからなかった。




