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魔法学の先生  作者: 市村
第一章 幼少編
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12. 薄暗い道

 

 それは、ミレイさんが「あと二回で今年の講座を終わりにします」と宣言した日のことだった。

 日が長い時期なので、まっすぐ帰るよりはもう少し遊んでから帰る、ということの方が多い。

 その日も俺とキースとリリィはミレイさんの家で好き勝手な自主練習に励んでいた。


 とはいっても暗くなり始める前に帰るよう厳命されているので、それほど長居はせずに帰らなくてはいけない。

 借りていた本を片付け、簡単な掃除をして、帰り支度を整えて。

 後は挨拶をして帰るだけ、というところで、キースがミレイさんに言った。


「明日はやりたいことがあるから来ないです」


 じゃあ明日は二人か。

 いや、リリィがキースについていくかもしれないから、俺一人かも。

 そんなことを考えていると、ミレイさんがきょとんとして、質問を返した。


「めずらしいね。みんなで何かするの?」

「秘密」


 ん?


「じゃあさようならー」

「はい、さようなら」


 まてまて、今何か誤解があった気がする。

 しかし俺が口を開くよりも速く、キースは俺とリリィの手を取って家から出た。


「リリィ、バルド」

「……何?」


 リリィが不思議そうな目でキースを見た。

 キースの顔が、久しぶりに悪ガキのそれになっている。

 嫌な予感がした。

 後になって俺は、なぜこの時の直感を信じて手回ししなかったのかと後悔することになる。


「明日は俺ん家に集合な。今日はしっかり休んでおけよ」

「何して遊ぶの?」

「秘密だってば」


 リリィの言葉に笑みを返し、キースは走ってその場を後にした。

 直前までは俺達にも秘密、ということなのか。

 けれど最後の笑みもまた、何かを企んでいるような顔だった。


 一緒に行動するということは、何かイタズラするにしても俺には直接の被害が出ないはずである、が。

 むしろキースがやり過ぎないように止める役が必要かもしれない。

 残された者同士顔を見合わせると、リリィは「?」という表情だった。

 リリィにそれを求めるのはムリだ。大人しすぎる。


 家に帰ると、明日はミレイさんのところではなくキースと遊ぶことを母さんに告げた。

 その夜は、なかなか寝付けなかった。



***



 次の日。

 俺は村長の家までの道を歩いていた。

 夏に入ってから晴れの日が続いていたが、今日はやや曇っている。

 涼しい一日になりそうだと喜ぶ反面、この後何をすることになるのかわからないこともあり心までは晴れない。



 村長の家に着くと、キースとリリィが家の前で待っていた。


「バルド! こっちこっち!」


 ただし、家の中から見つからないように塀の外(・・・)にいる。

 叫んでいるようで大声ではない、どこか声を潜めたような呼びかけから察するに、二人は隠れている。

 誰から?

 多分、大人の目から。

 嫌な予感に顔をしかめつつ二人の方へ行くと、なぜか怒られた。


「遅いぞ」


 まあ、俺の家は村の中でも(ふもと)側の端に近いところあるからなあ。

 ウイスキーの関係で綺麗な水を必要とする上流側のキースの家までは、狭い村といえど子供には遠い。

 仕方がないことのはずなんだけど、少し焦ったようなキースは聞く耳を持たない。


「まずは移動しよう。見つかりたくない」


 キースは昨日のように俺とリリィの手を掴むと、塀に沿って家の裏へ回る。

 よく見ると、腰にはいろいろな物がぶら下がっている。

 丈夫そうな革袋が一つ。水筒らしき木製の筒が一本。その他にもいろいろとある。

 中でもひときわ目につくのは、籠手(こて)のような何かがはみ出ている麻袋。


「ここまで来れば見つからないかな。ほら手、出して」


 完全に裏手に回ると、キースは昨日のような悪ガキフェイスに戻り、麻袋から二つの物を取り出した。

 一つはさっきの籠手。よく見るとスリングショット(パチンコ)のような物がついている。これは俺の手に。

 もう一つは飾りっ気の少ない短剣。確か、狩りで獲た小動物を解体するときに使うようなやつだ。これはリリィの手に。


 キース自身はさらに袋からもう少し大きい短剣を取り出し、麻袋を畳んで別の袋にしまった。

 そして悪ガキキース、とんでもないことを言い始めた。

 その言葉は、俺にあの痛みを思い出させるのには十分だった。


「よし! 狩りに行くぞ!」


 ……うわああ父さんに殴られるうううう!



***



 大人達の目を盗んで山の奥深くへ続く道なき道を行く。

 先頭のキースは逸る気持ちを抑えられないといった表情で、リリィはビクビクしながらもついていき、しかし俺はそれ以上にびびっていた。


「もうかえろうよおおお」

「なに言ってんだ、まだ山に入ったばっかりだろ。お前そんなに臆病だったか?」


 臆病にもなる。

 キースはあのゲンコツを知らないからそんなことを言えるんだ。


 爆弾発言から時間が経っていた。

 村で使う分の木材は村に近いところから間引くように切り出している。

 しかし今いるのはその範囲を通り過ぎた、れっきとした森の中である。

 ヘンゼルとグレーテルじゃないが、俺は自分の歩いてきた道の上に魔術で作った黒鉛を置いてきていた。

 キースも考えなしに歩いているわけじゃないとは思うが、万が一ということもある。

 ただ、森の中はそもそも明るくはないし、黒か茶色の腐葉土の上に黒鉛なんて、間違い探しのようにタチが悪い。

 今日が曇りということもあって、さらにそれに拍車がかかる。

 幸いまだまっすぐ進んでいるが、いつ倒木や段差などで迂回することになるかわからない。

 遭難なんてことになっても、それはなるべくしてなった、自業自得なものだろう。


 もちろん逃げだそうとしたさ。

 しかし俺が本気で嫌がっているとわかっているだろうに、キースは俺の手を掴んで離さなかった。

 いつもだったらこんな強引なことをするやつじゃない。

 できないことを強要したりはしないし、誰かが嫌だと言ったらそれ以上やらない。

 俺が認めたガキ大将キースは、そんな、ガキのくせして侠気(おとこぎ)(あふ)れるやつだった。


 それが今暴走しているのは、おそらく日々の刺激が足りなくなったんだろう。

 派手な火球の魔術をいち早く覚え、しかし自身に並び立つ仲間(ライバル)が現れないまま、今年の魔術講座も終わろうとしている。

 もうちょっと待っていれば俺かリリィが追いつくだろうが、それもキースにとっては不確かな未来でしかない。

 少なくとも、俺と同じ目を持っていないキースにとっては。

 リリィは大人しい性格だから、火球に手を出さない可能性も確かにある。

 いや、別にリリィが悪いわけじゃない。

 それは何も悪くない人を糾弾するのと同じくらいナンセンスだ、やめよう。


 あるいは、単純に火球の魔術を覚えて気が大きくなっているか。

 だったら覚えた翌日にも飛び出して行きそうだが。

 あるいは刺激と過信の両方かもしれない。

 山、という少なからず危険な場所へ足を踏み入れたことがその証明、といえばそうかもしれない。


 だからこそ、俺は少し悪い気がしていた。

 俺がもう少し早く、火球の練習に取りかかっていたら?

 やや短気な面のあるキースといえども、もう少し待てたんじゃないだろうか。

 複数の魔術に手をつけたことで(といってもほとんど同一の呪文だが)、俺の発音もずいぶんマシになったと思う。

 キースが痺れを切らす前に、本当にマスターできたかもしれない。

 魔力量にしたって、決して無理な範囲ではない。

 枯渇する可能性もあるけれど、倒れるほどでもないだろう。

 今置かれている状況を思えば、十分許容できるリスクだったのではないか?


 そして今さら悩んだところで、過去は変えられない。

 こうしている間にも、キースは山の奥深くへと進んでいた。




 そろそろ昼時かな、と思ったときだった。

 黒鉛の目印こそまだ続けているものの、その頃にはもう俺は説得を諦めていた。

 ここまで深くに入り込んでしまってはもう遅い。

 高低の差こそあれど、行きと帰りにかかる時間がそう変わらないことくらい、キースもわかっているはずだ。

 どうせ昼を過ぎたら帰るだろう、そう思った次の瞬間。


「……! 隠れろっ」


 キースがそう言って、近くの木に身を隠すようにした。

 それに(なら)って俺も同じ木に隠れ、さらにワンテンポ遅れてリリィも後ろにつく。

 キースが指を指した先には、地面を掘り返すように(うごめ)く黒い何かがいた。

 暗くてよくわからないので眼を使うと、魔力の光が四足歩行の動物をかたどった。

 前世のものより少し体格が違うようにも見えるが、おそらくはイノシシだ。


 全員が確認したのを見届けると、キースが声を潜めて作戦を話し始める。


「まず俺が火球で先制する。倒せたら持って帰る。逃げるようなら追わなくていいけど、向かってくるならリリィとバルドで時間稼ぎ。その間に俺が二発目を用意する」


 発動に時間がかかる魔術を先制攻撃と切り札に置く、ごくごく一般的な戦術だ。

 ただし小さいといってもイノシシ。小さいウサギじゃないんだから、魔術の一発や二発で倒せるのか? と思う。

 幸いにしてこちら側が風下なので、不意打ち、というのはなんとか可能だろう。

 けれど向こうが避けるより速く当てられる保証はどこにもない。

 避けられるにしろ、当たった後に襲ってくるにしろ、突っ込んで来たらどうする。

 イノシシの足は速い。体当たり一つとっても、大人だって怪我をする危険性がある。

 穴だらけだ。


「じかんかせぎなんてぼくらじゃできないよ。いっぱつでむりなら、すなおににげたほうがいい」


 本当のことを言えば、今すぐ逃げた方がいいに決まっている。

 けれど俺にはわかっているのだ。

 今のキースは何を言っても退こうとはしないことを。

 そしてそれを無理にでも止めるだけの力が、俺にはないことも。


「……、わかった」


 キースは何か言い返そうと嫌そうに口を開いたが、結局出たのは認める言葉だった。

 後ろを見ると、リリィは恐ろしげに顔を歪めていた。

 かたや、俺はキースより身体の小さいガキである。

 俺とリリィでは盾役(タンク)には力不足だとわかったのだろう。

 そんな当たり前のことも気づかなかったくらい、今のキースは興奮している。

 飛び出して行かないだけマシだったのかもしれない。


 余談だが、イノシシを火球一発で倒せるのか? という疑問については、後々調べると可能だった。

 火球は初級といえど戦闘用。

 その役目は動物相手の狩りなどではなく、もっと狂暴凶悪な魔物に対する攻撃なのだ。

 だから結局俺が気づけなかった、初歩的で基本的で当たり前のことは、別の問題だった。


「じゃあ二人はいつでも逃げられる準備をして。……いくぞ」


 キースは火球を投げて届く距離まで、静かに近寄る。

 俺達はこれ以上近寄ることはせず、それを見ていた。

 キースが呟くように詠唱する。


「『火よ、球となり我が手の元で姿を顕せ』」


 その手から火の玉が生まれ、そして――。




「!? ブギィィィイイイイ!」


 イノシシが気付いた。

 

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