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魔法学の先生  作者: 市村
第一章 幼少編
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11. 才ある悪童

 

 夏も近づいたある日のこと。

 

「よし……!」


 と言って手の平を天に向けたのはキースだった。

 彼の隣では、ミレイさんが久しぶりに真剣な表情でそれを見つめていた。

 俺とリリィは反対側の隣で、同じようにキースを見つめている。

 それだけじゃない。魔術講座に参加している子供全員が、キースを見ている。

 主に期待した目で。


 ふう、すう、と一呼吸置き、キースが呪文を詠唱する。


「『火よ、球となり我が手の元で姿を顕せ』! ファイアボール!」


 後ろに続いた呪文名は後々詠唱省略に使われるもので、たとえるなら自主的パブロフの犬(条件反射)だ。

 戦闘用の魔術は切羽詰まった状況で撃ち間違えるわけにはいかないので、こういった小技もバカにはできない。

 先人達の知恵である。


 それはともかく、詠唱に沿った魔法陣(ルーン)がキースの手に浮かんだのを、俺は視た。

 後は行使するに足る、十分な魔力を注げれば――。


「……よっ、しゃあ!」


 キースの手には、火球(ファイアボール)が浮かんでいた。

 雄叫びを上げた本人の周りで、俺達は力一杯拍手を贈った。

 遠くにいた大人達も何が起きたのか理解したのか、農作業の手を止めて拍手をする。

 喝采に包まれた主役は、作り上げた火球を水路にぶち込んで消火すると、再び天に向かって喜びの声を上げた。



 キースが火球の魔術を成功させた。

 これは、ここ数年における村の子供の中で、間違いなく一番の快挙だったという。


 火球自体は魔術教本で初級に分類されるくらいなので、決して難易度が高いわけじゃない。

 とはいっても、戦闘用ではない生活魔術(一般人向け)の、さらにその中でも初歩中の初歩である火種のそれと比べたら、必要となる魔力は十倍二十倍どころでは済まない。

 さらにはこの村で育ったなら必ずついて回る『発音』という壁がある。

 キースは努力と才能と運によってこの二つを見事乗り越え、数年ぶりの火球が使える子となったのだ。

 まあ、日に三度は使えないらしいが。やけに少ない、というのはミレイさんの言。


 もちろん俺だって努力だけなら負けていない。

 ヒマがあればミレイさんに魔術教本を読んでもらって省魔力(エネ)で地味な生活魔術を覚えたり。

 それらと火種の魔術とを比べて、指先から魔力の抜けるときの感覚が少し違うことに気がついたり。

 そのきっかけのおかげか、今では火種を含めたいくつかの魔術を無詠唱で行使できるようになっている。

 さらにウィリアムさんがいる日は動物事典や薬草事典の教えを請い、おまけに歴史書なんかにも手を出している。

 なんでミレイさんに訊かないのか? お察し下さい。

 今の俺は知識のオールラウンダーと言っていい。


 そうさ。たとえ地味でも、水滴(水属性)の魔術とか風船(風属性)の魔術とか黒鉛(土属性)の魔術とか、ロクな使い道がなくてもバリエーション豊かなほうがいいに決まってる。

 俺だって魔力量を視る限り、一回くらいなら火球を作れるはずさ。

 悔しいんじゃないしー。言い訳じゃないしー。

 すぐに追いついてみせるしー。へっへーんだ!



***



 さて、季節は夏になり、テレサは一才になった。

 前世ではよく「妹なんてそんなに可愛いもんじゃないよ」と言うやつがいたが、意外に可愛い。

 なんというか、母さんが家事して(見えなくな)ると泣き出しちゃって、でも母さんが来るとすんなり泣き止むあたりが微笑ましくてよい。

 まあ俺が火種を使っているとき身体によじ登ってこようとするのは勘弁だが。


 もっとも成長して、思春期とかになったら「お兄ちゃんなんてキライ!」みたいになるのかな。

 その頃には俺が学園に行ってそうな気もする。え、俺の中では決定事項ですが何か。

 そう考えると今が一番触れ合える時期なのかもしれない。

 言葉も少しずつ覚え始めたのか、結構な頻度でマンマと連呼している。

 マンマっていったらご飯って意味だから、わかってて言ってるなら我が家のエンゲル係数に不安が出てくるけど。



 そして、今の俺はもはや魔術一辺倒である。

 妹の世話を覚えなきゃ、なんて考えていたあの日の俺はどこへ行ったのか。

 やはり先に言葉を覚えたのが大きかった。

 そのせいで魔術に関する知識欲が抑えられなくなってしまった。

 春から毎日のようにミレイさんのお宅へお邪魔し続けているくらい、俺は家にいない。

 あの父さんと良い勝負ができるレベルである。


 これはもう、テレサには魔術のノウハウを包み隠さず教えてあげることで挽回するしかないよね。

 そのためにも、今は魔術の訓練に明け暮れても良いよね。

 ……うん、これは言い訳だわ。ごめんよテレサ。

 魔術に魅入られた不出来な兄を許してくれ給え。



 夏に入ったということは、今年の魔術講座も終わりに近づいてきたということでもある。

 もちろん個人的に頼めばミレイさんは付き合ってくれるし、俺はそうするつもりだ。

 けれどこの時期にもなると、子供側のやる気が続かなくなってしまうのだ。


 気持ちはわからないでもない。

 キースのように派手な魔術を使いたくても、魔力量が足りなかったり、発音が不明確だったりして上手くいかない。

 山間にあるこの村でもそこそこ暑い毎日が続くし、外で練習するのも辛くなってくる。

 努力に見合わない成果しか得られないとわかったら、誰だってやる気をなくすだろう。


 キースという前例がいるからこそ今年はまだ参加者がいるが、例年だったらもう終わっていてもおかしくないとか。

 始めは毎回十人くらいいたはずの生徒も、今ではどんなに多くても七人。

 非情なことに、俺の目で視る限りリリィ以外が火球を使えるようになるとは思えない。

 教えるのが致命的に下手なだけで、子供は大好きなミレイさんには悪いが、カウントダウンはもう始まっているのだ。



 次第に集まりが悪くなってきた講座は、目立つことが大好きなキースにとっても、つまらなくなってきたようだった。

 一足先に火球を使えるようになったこともあって、キースからすれば今やっている内容は復習程度にしかならない。

 ミレイさんもキース一人のために他の子では出来もしないことを教えたりはできない。

 自然と、講座の最中に二人が言葉を交わす回数は減る。

 火球を教わっていた頃の、仲の良かった二人を知っている俺(とリリィ)にとっては、寂寥感漂う風景がそこにはあった。




 そしてキースが暴走する。

 

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