9. 暴発の後
気がつくと、俺は自宅で寝ていた。
身体を起こそうとしたが、妙に気だるい。
上にかかっているのは毛布だけなのに、全身が何かに圧されているような。
まるで海の深いところまで潜ったかのような気分だ。
俺は何となく悟っていた。
この感覚が、魔力の枯渇って奴なんだろうな、と。
その後、俺が目を覚ましたことに気がついたミレイさんと母にこってり絞られた。
ミレイさんは火傷をした子供を諭すような怒り方だった。
けれど、母はビンタまでして、泣きながら怒っていた。
後半は支離滅裂になりながら、最後はミレイさんに止められながら、とにかく怒っていた。
俺もちょっと泣きそうになった。
痛かったからじゃない。
怒られたからでもない。
申し訳なかったのだ。
前世の母が俺の亡骸の前で泣く姿を想像しただけでも、俺は泣きそうになるのだ。
ましてや、今回の相手は今の母。
その涙が俺のために流されたことくらい、わかっている。
とてつもなく心配をかけてしまったのだ。
親孝行をしよう、と思っていたにもかかわらず。
でも、泣かなかった。
泣いたら、俺を諭すために振るわれた母の手が、ただの暴力になってしまう気がしたから。
母に後悔させるのは、もっと申し訳なかったから。
だが、その後に慌てて帰ってきた父のゲンコツには泣いた。
あれは、ムリだ。
***
安静にしていれば半日ほどで楽になるらしいが、初めての魔術で枯渇ということもあり、俺は丸一日の休養を言い渡された。
ヒマではあるが、どうせ動くのが億劫なのだ。
だったら今横になりながらでもできることをする。
ちょうど母さんが夕食を作ろうとしていたので、目を使ってみる。
火種の魔術で消費された魔力は、本当に、ものすごく微量だった。
腕を振り回して肩に集まった魔力よりも、さらに少ない。
それだけで十分な魔術なのに、俺はちょっとした大人レベルの魔力を注ぎ込んだのだ。
倒れて当然だった。
翌日。
ほぼ元通りに回復した俺は、ミレイさんの家までの道を歩いていた。
滅多なことでは枯渇しないとされる火種の魔術で倒れたのだ。
自主練の許可が取り消されたのも、これまた当然というものだった。
ちなみに母さんの監視の下ではダメなのかというと、これは母さん自身が辞退した。
曰く、また倒れられても手当できる自信がないから、だそうだ。
そろそろミレイさんの家だな、と思って顔を上げると、目的地の扉から二人の子供が出てきた。
見覚えのある仕草と雰囲気。あれはキースとリリィだ。
向こうも俺に気付いたようで、こちらに走ってくると開口一番にこう訊ねてきた。
「お、おいバルド。大丈夫なのか?」
思い出してみれば、キースは倒れた俺の第一発見者だった可能性がある。
自分の目の前で倒れたのだ。悪ガキのきらいがあるキースだって、心配しないわけがない。
そういえば昨日の説教でミレイさんが「他の子にもいい薬になったでしょう」とか言っていたが、こういうことか。
「だいじょうぶだよ」
「……ホントに?」
「ほんとに」
リリィにまで念を押された。
俺の返事をきくとリリィは、よかった一安心、とでもいうように胸をなで下ろしていた。
まあこの歳じゃまだ胸はない……いかんいかん、これ以上はセクハラだね。
しかし、リリィは良い子だなあ。
せっかく上手くいった魔術のインパクトを、全部俺に持っていかれたというのに。
そんなことを気にするのはキースだけかもしれないが。
だが意外なことに、キースの表情はまだ晴れていない。
もしかしたら、自分の挑発でこんな事件が起きた、とか思ってるのかな。
だったらなおさらキースのせいじゃない。
いや確かにきっかけはキースかもしれないが、直接の原因じゃない。
どちらかといえば、精神年齢は大人のくせに子供と本気で勝負しようとした俺がアホなだけだ。
「キース、しんぱいかけてごめん」
「え? あ、……うん。良かった」
少しだけ戸惑うような表情をした後、キースは自然な笑みを浮かべた。
それを見て、俺もなぜか安心する。これで仲直りだ。握手したっていい。
まあ、これからも大人げなく勝負するんですけどね。
***
「……あらあらー、うふふ」
キースとリリィを連れ立ってミレイさんのところへ行くと、なにかとても微笑ましいものを見るような目を向けられた。
もしかして、今まで俺には友達がいないとか思ってたのか?
そそそそんなわけないじゃないですかー。
確かに毎日のようにここに通ってた時点で、他の子供と遊んではいないって証明されてるようなもんだけど。
でもそれとこれは別。前世の俺とも別。
いやこれホント、全くのゼロじゃなかったし。
ゼロじゃなかったし。
そんなことを考えていると、自分が薄目になっていることに気がついた。
これじゃハイそうですと言っているようなものだ。
俺は努めて、子供らしいあどけなさを演出する。
そう、ミレイさんの勘違いですよー、と言わんばかりに。
しかし少し落ち着いてミレイさんを見ると、どこか別の場所を見ているような。
俺じゃない?
じゃあ誰だと思い、身体を少し横にずらしてみた。
その視線の先には……キース。
ミレイさんはにんまりと意地わるい笑みを浮かべて、言った。
「キースくん、良かったね。バルドくん元気だよー」
「わああああ」
キースがミレイさんの口を塞ごうと駆け出す。
だがな、キース。
俺達の身長じゃまだ大人の口元になんて、届かないんだよ。
ぴょんぴょんとミレイさんの口めがけて飛び跳ねるキースは、見ていてとても面白かった。
いかんいかん、俺までミレイさんのような悪女もとい悪男になってしまう。
当のミレイさんはウフフフと笑いながら、届かないと知りつつもキースを避けて挑発している。
この人、本物だ。こっそりウィリアムさん呼んで来たろか。
いや、あの強面はキースとリリィまで怖がりそうだ。今日いるかもわからないしな。
キースはちょっと悪ガキで、負けず嫌いで、そのくせ心配性。
我らがガキ大将は、人の上に立つに相応しいやつだった。




