第8話 命と契約と少女
何やら今回はいつもの倍以上の長さになってしまいました!!
2015/2/23 「・・・」から「……」に修正しました。
「そして、ようこそ。
摩訶不思議が溢れる裏世界へ」
そう言って微笑する仮面を付けた少年。
少年は礼羽に対して「青龍院龍見」と名乗った。
「青龍院」は「五院家」のうちのひとつで、皇御国の東に位置し、かなり跡目争いが激しいと噂されている。
噂に聞く激しい跡目争いのせいか、青龍院家の人間は他の五院家に比べるとかなり数が少ない。
そして大体は危険に晒されないよう別姓を名乗っているとも言われている。
だが、目の前の少年が本物の青龍院家の人間なのかそうじゃないのかなど、今の礼羽にとってはどうでも良かった。
「この際、あなたが何者でも構わないわ。
あなた、凛ちゃんの上司なのよね?
なら、偉人の命を助けて下さいっ!!」
藁にも縋る思いで頭を下げながら頼む。
今の礼羽には、今にも手の中から零れ落ちそうな偉人の命を助けるのが最優先事項だった。
礼羽の頼みに対し、少し考えるような素振りを見せる少年。
「ふむ。
どうしても助けたいのですね?」
「はい…………
どうしても助けたいんですっ!」
「じゃあ、偉人殿下を救う為ならば何でもするのですね?
…………例え、後で殿下から蔑まれるかもしれないような事であったとしても」
「何でもします!
しますから、どうか偉人の命を……」
少年の何かを確かめるようなその問いにも礼羽は迷わずに答える。
「ならば良いでしょう!」
そう言って芝居臭く大袈裟に両手をあげる少年。
「姫よ、あなた自身の力で殿下を救うのです!
あぁ…………
殿下はなんと、なんっという幸せ者なのだろうか!!
姫の力を直接享受できるなんてッ!」
「はぁ…………」
なにやら変なスイッチが入ってしまっているようだ。
そう思ったのはこの場では溜息を零した凛だけだった。
「あ……ありがとうございますッ!!」
礼羽は涙目になりながらも先程と同じように勢いよく頭を下げた。
「では姫…………
手首の皮を爪で少しだけ切り裂いて血を出してください。
そして、その血を殿下の口に垂らしてください」
そう言われた礼羽は、大人しく言われたとおりに行動する。
手首を少し爪で切り裂き、血を出す。
それから偉人の口を少し開けさせて血を垂らす。
そう言えば、爪が何故かすごく長くなっていたので案外簡単に手首の皮膚を切り裂くことができる。
本当にこれで合ってるのかなんて思わなくもないが、今は少年を信じるしかない。
そう自分に言い聞かせる礼羽。
「では、誓いの言葉を……」
「誓いの言葉?」
「はい。
姫の心の中にある魂の言葉です。
殿下を救いたいと真に願うならば必ず応えてくれるでしょう」
そう少年に言われて、礼羽は目を閉じて念じる。
(お願いっ!
偉人を………………救いたいのっ!!)
するとすぐに不思議な言葉が頭の中に浮かんでくる。
礼羽はその言葉達に閉じていた目を思いっきり見開く。
光り輝くその言葉達に秘められたもの凄い力を直感で感じ取る。
「…………“我はこの者に血を与え、我が圏族としての力を与えよう。
我は我が名という福音をもって、この圏族に祝福と守護を授けよう。
我の最も愛しき者よ、汝は今から我を護る剣だ。
我とともに未来永劫に渡って在り続ける騎士だ。
その運命を受け入れるのならば、我は汝に全てを捧げよう。
全ては愛しき我が圏族のために”」
そんな長い文章が礼羽の口からつっかえることなく紡ぎ出される。
その言葉を言い終えた瞬間、偉人の体に変化が起きる。
「ううぅ……」
ナイフの刺さっていた傷が塞がっていくのだ。
体中の汗が引いていく。
顔色も良くなり、表情も穏やかになる。
「とりあえずこれでもう命の危機はありません。
安心してください。
………………それでひとつ、手伝った対価として私の頼みを聞いていただきたいのですが」
少年からも安心だと言われてホッと胸を撫で下ろす礼羽。
「何でしょうか」
怪しげな人物だが、ちゃんと偉人を救ってくれたので幾分か警戒が薄れていた。
まさかこんなことを言われるなんて。
「姫と殿下、二人とも我々の組織に入っていただきたいのです。
特に姫には悪くない提案だと思うのですが。
姫はご自身の体の変化について不安があるのではないかと思ったので」
どうやら少年自身が所属している組織へ勧誘してきているようだった。
「そういえば私はどうなっているの…………?
………………これ」
ずっと気にはなっていた。
そこで何故か少年は全身鏡をどこからか産み出す。
「こちらの鏡をご覧ください。
これが今の姫のお姿です」
その鏡を見て礼羽は驚愕した。
鏡の中からこちらを見つめる美少女。
恐らく今の礼羽と同じ表情をしている少女。
明らかにこの世の者とは思えないほどの美貌。
確かにどことなく礼羽の面影を残してはいる。
しかし、これが自分の今の姿だとはそう簡単に受け入れられない礼羽。
いつの間にか服装が変わっているし、髪も色が変わっていた。
爪なんかも異常に伸びているし。
―――どうなっているの、これ。
その疑問に少年はちゃんと答えてくれた。
「あなたは今、吸血鬼になっているのです」
とても突飛な答えで。
「…………え?
……吸血鬼?
だってあれは―――」
空想世界や物語での生物。
そんなものが現実にいるなど考えられない。
「空想だとでも言いたいのでしょうが、そういう存在はそこらへんに一杯いるのです。
ただ、普通の人間には感知できない者とか感知される者であってもされないように姿を隠しているとかいろいろいますが……
そういう存在のひとつである吸血鬼の血が、あなたには流れているのです」
(どういうこと?)
とりあえずそういうものが存在するとしても、礼羽の両親は明らかに人間のはず。
(いきない吸血鬼の血が流れているとか言われたって…………)
「もちろんあなたの両親はちゃんとあなたの両親ですよ。
そうですね…………
あなたのお父上はよく家を空けていらっしゃるのではないですか?」
礼羽が混乱しているのを感じ説明をし始める少年。
そして何故か礼羽の家の事情を言い当ててくる。
「その顔、当たってるようですね。
あなたのお父上は裏の世界では有名な【吸血鬼の双王】の片割れなのですよ」
「お父さんが……
きゅう……けつ…………き…………」
いきなり父が「人間じゃありませんでした」なんて言われたら誰もが呆然としてしまうだろう。
「そして今あなたは自分の力を使って殿下と主従の契約をなされた。それは殿下にもあなたの力が僅かとは言え分け与えられたと言うこと。
つまり、殿下はあなたの圏族の吸血鬼として生まれ変わったのですよ。
でもあなたも殿下もこちらの世界では目覚めたばかりのヒヨッコ。しかもいくら姫といえども、無力な人の血が混じっている。
それはすなわち、他の者から命を狙われやすいと言うことでもあるのです。
そういうことも含めて我らの仲間になっていただければ、色々とあなたと殿下自身のお役に立つと思うのですが、どうでしょう?
我々も吸血鬼の姫とその従者を迎えられるのであれば、それだけでかなりのメリットがありますし決してぞんざいに扱うことはありません。
かなり良い待遇でお迎えできる用意もあります」
どうやら本気の勧誘らしい。
しかし、どうにもこうにも両親や偉人とちゃんと話さなければ何も決められない。
そう思った礼羽は、
「………………とりあえず保留にしても……良いですか…………?」
と今の答えを言う。
「もちろん構いません。
もし結論が決まったのなら、校舎地下3階を訪ねてくるか同じクラスの堂島くんに伝えておいてください。
彼に伝えれば、私へ迅速に且つ確実に伝わりますから」
少年は連絡方法だけ伝えるとその場から一瞬で姿を消す。
よく考えてみれば、何故堂島くんに伝言したら迅速に確実に伝わるのか。
そんな明らかに不審な点もその時の混乱している礼羽の頭では思い浮かぶはずもなかった。
気づけば凛もいなくなっており、この場には礼羽と偉人の二人のみ。
偉人が気がつくまではここから動けないだろう。
結局は、偉人に対して勝手に行ってしまったことを話さなければいけないのだし。
話すのなら早めの方がいいだろう。
そう割り切ろうと試みる。
でも、偉人と話をするのが怖い。
偉人は、このことを赦してくれるだろうか。
偉人は、私のことを話しても変わらずにいてくれるだろうか。
怖いけど、早く偉人が目を覚まさないかなぁ…………なんて思う。
口には出していないものの、一人で抱えるには辛い不安と恐怖を心に感じている礼羽だった。
******
偉人は白い空間に漂っていた。
フワフワと。
「ここ、どこだ?
確か俺は―――」
それまでの記憶を辿ってみる。
確か、絶対にいないはずの幼馴染がいきなりナイフを投げつけてきて。
礼羽を狙っていたから迷わず庇った。
「ってことは俺死んだのか?
まぁそれならそれで―――」
礼羽のことを救って死ねるならこんなに幸せなことはない。
だが、それは有り得ない。
「…………だって、さすがにそりゃねぇよな。
最近アレしてなくても俺は一応…………」
何かを言いかけて口を閉じる。
「おっと、あんま誰かが聞いてそうなところではペラペラ喋るもんじゃねぇよな」
とだけ呟いて辺りを見回す。
すると、
《イクトよ。
まぁたお前は死にそうになりおって…………》
そんな声が頭に響いてくる。
「げっ!
だ……って父さんか。
ったく、驚かせんなよ!
……ん?
ってことはここは?」
「お前の精神の中だ」
今度は声だけではなく姿も現した。
「あぁ…………
そういう展開ね…………
もしかして怒りに来たのか?」
「別にこれくらいで怒るほど私は小さくないぞ?
「死にかける」なぞ、そんなのこちらの世界ではよくあることよ。
それより伝えに来たのだ。
礼羽ちゃんが今からしようとしていることを」
怒りに来たのではないと安心した矢先に礼羽の名前を出され、少し真剣になる偉人。
「今から礼羽ちゃんはお前と契約しようとしている。
その意味はわかるな?」
「…………ああ」
「まあお前も本来なら今日契約してしまおうと考えていたんだろう?
その首飾りを渡して、自分のことを話して」
偉人は父に全て見抜かれていたようだった。
図星とばかりに「うっ…………」という表情をしている。
「本当は礼羽ちゃんを受け入れる覚悟があるか聞きに来たんだが…………
どうやら無駄足だったな。
お前にはとうの昔から礼羽ちゃんを受け入れる覚悟があったようだ」
父にそう言われて顔を赤くして俯くと、
「後は好きにするが良い。
今まで何も知らなかった礼羽ちゃんはおそらくかなり辛い心境であろう。
故に、お前がしっかりと支えてやるのだぞ」
と発破をかけられた。
「そろそろ体の方に意識が戻るようだな。
さぁ行ってこい。
母さんに言って、家に帰ってきたら祝えるようにしておいてやろう」
なんて言う父の声を最後に俺の意識はその世界から現実世界へと戻った。
******
「…………らい……は?」
重たい瞼を開ける。
最初にぼやけながらも偉人の目に入ってきたのは礼羽の顔だった。
「あ…………
い、イクトッ?!
もう…………心配したんだからね!?
お願いだから、もうこんなことは止めてよ……?
私を庇ってイクトが死ぬのなんて私は見たくないんだから………………」
いつもよりも心なしか声に覇気がない。
礼羽には相当な心配をかけてしまったようなので、とりあえず偉人は、
「礼羽……ごめんな」
素直に謝る。
「…………いいよ。
それで……ね、イクト………………
聞いてほしいことが……あるんだけど…………」
なにやら言い出しにくいようで、礼羽らしくないモジモジとした口調になる。
「どうしたんだ?
いつもの礼羽らしくないな。
もしかし―――」
「あっ、あのね、私、イクトに謝らなくちゃいけな…………」
「いい。
それ以上は、もういいよ。
俺は知ってるよ、礼羽のしたこと。
でも俺はそれに対して怒ってなんかない。
それに、ずっと前から知ってたんだ。
礼羽のことも。
だから、それ以上言わなくていい。
そりゃ、礼羽にとって重要なことだろうけど。
でも、俺にとって礼羽は礼羽。
それだけだ。
たとえ礼羽が人間じゃなくても、な」
泣きそうになっている礼羽の顔を見つめる偉人。
できるだけ優しく微笑む。
その顔は、誰よりも一番長い時間一緒に過ごしてきた礼羽でさえも惚れてしまいそうなほど格好良かった。
偉人は、礼羽が人間じゃなくても「礼羽は礼羽だから」と言って受け入れてくれた。
その言葉を聞いて微笑みかけられた瞬間、堰を切ったように涙が流れ出る礼羽。
偉人は礼羽の頬に手を伸ばして流れた涙を拭ってやる。
「それにな。
謝ろうとしたのだって、俺が人間じゃなくなってしまったことに対して責任感じてたからだろ?
そんな心配いらない。
むしろ礼羽のそばにずっといられるようになったんだから、俺としては嬉しいんだぜ?
だからそんな顔するな。
泣きたいんなら泣いても良いけど、その後にまた笑顔を見せてくれよ。
…………まあ、なんで平気なのかとかその理由も含めて、今からお前に話そうと思ってるんだけどな」
偉人はそこで、いつもはあまり見せない真剣な表情になる。
「…………俺についての全部」
そしてもともと今日言うはずだったことを口にし始める偉人。
ずっと前から隠していた偉人自身の秘密。
ようやく話せる。
それは偉人にとっても自分の命を左右しかねないかなり大きな決断だったが、礼羽には知っていてほしいと思った。
「実はな、俺もその………………完全なる人間って訳じゃねぇんだ」
偉人がやっと命の危機から脱しました。
そして次回は偉人の重大な告白ですっ!