第7話 少女覚醒
ようやく主人公の変身が来ました。
2015/2/23 「・・・」を「……」に修正しました。
「…………うぅぅっ」
その呻き声と生暖かい物の触れる感触で、礼羽のぼうっとしていた意識が急速にはっきりとしてくる。
でも、直前まで何していたのか記憶が飛んでしまっているようだ。
なんでこんなことになってるのか分からない。
しかも、何か重い物が覆い被さっていて体を動かせない。
「……え?」
(なんで私地面に倒れてるのかしら……?
何が覆い被さっているの?
あれ?
この匂いは…………)
ゆっくりと横へと目を向ける。
「……っ?!
いっ、イクトっ?!」
そう、礼羽に覆い被さっていたのは偉人だった。
「…………うぐぅっ」
しかも、眼を閉じたその顔中に脂汗が浮かんでいる。
呼吸が荒く、苦しげな呻き声を上げている。
「ちょっ…………イクト!!
どうしたのよっ!?」
揺すってみるが、目を開けない。
とりあえずまわりの状況が分からなければどうしようもない。
そう判断した礼羽は、ひとまず上に覆い被さっている偉人のことを動かそうと試みる。
「んんんっ!
よ……い、しょっ……とっ!!」
なんとか偉人を脇に押しのけることに成功した礼羽は、上半身を起きあがらせる。
「ちょっとイクト…………
って、えっ……?
これって―――血っ?!」
偉人を揺すろうとして礼羽は初めて自分の手が血塗れになっていることに気づく。
でも礼羽自身、体に痛みはなくどう見ても怪我してるところはない。
そうなると血が付着した可能性があるとすれば――――――
「まさか……」
恐る恐る脇に目をやる。
「いやあぁぁぁぁああっ!!」
そこには背中に銀色のナイフが突き立てられてうつ伏せに倒れている偉人の姿。
瞬間、この状況になる直前の記憶がフラッシュバックしてくる。
総会で拳銃を発砲した教師を追ってたら教師が向かった先に、数年前に遠い地へと引っ越してしまったはずの幼馴染である水色の髪の少女がいて、しかもいきなりこっちへ向けてナイフを投げてきた。
いきなりのことで体がうまく動かず、ナイフを避けられない。
ナイフが刺さる!!
そう思ったとき、偉人が迷わず礼羽を抱きしめるようにして庇った。
それでナイフは偉人の背中に深々と突き刺さった。
そのまま偉人は、礼羽に覆い被さるようにして力なく地面に倒れ込んでしまったのだ。
「どっ、どうしよう。
かなりの量、出血してるわ……。
これじゃあイクトが……」
そんな礼羽と偉人の様子を無感情に見つめる水色の髪の少女は、
「はぁ……
なんで偉人様はこうも出しゃばってくるのでしょう。
昔から何ひとつ変わってらっしゃらないのですね」
目の前で人が死にかけている状況とは思えないくらい感情の乏しい平坦な声で言い放つ。
その声で礼羽はまだ少女がいたのに気がつく。
そして、その少女の言葉に対して今まで感じたことのない怒りを感じる。
しかし、相手を刺激しては何をされるか分からない。
ナイフを所持していたり、鎧のようなものが組み合わさった動きやすそうな服を着ているあたり、明らかに敵対しようとしているに違いない。
そう思った礼羽は、
「鈴宮凛ちゃん……なのよね?
なんで遠くへ行ったはずのあなたがここにいるの?
私達のこと忘れちゃったわけじゃないのよね?
なんでこんなこと……」
と怒りだけは心に押し留めて問いかける。
もしこの少女が礼羽の思っている人物ならば、本来喜ばしい再会のはずだが、状況が状況なだけに返答次第ではタダでは済まさないと密かに怒り狂っている礼羽。
その礼羽の思い浮かべるのは淡いパステルカラーの水色の髪をしたひとりの幼馴染の少女。
名前は鈴宮凛。
生徒会総務を勤める先輩・鈴宮神威の従姉妹で、髪色が違う以外は神威によく似ている子だ。
特に藍色の瞳がそっくりで、従姉妹ではなく本当の兄妹のように見えるほどだ。
幼馴染の礼羽達よりふたつ下の学年だったが、とても仲の良い人一倍感情豊かな少女だった。
しかしある時、親の都合で遠い地へと引っ越してしまったはずで、今ここにいるはずがなかった。
今目の前にいる少女と凛は姿こそ瓜二つだ。
この少女は、引っ越していったあの時の凛が順調に成長すればこうなるだろうっていう姿をしている。
だが徹底的に違う点があった。
礼羽は、会った時からずっとそこに違和感を覚えていた。
凛は人一倍感情豊かだったはずなのだが、目の前の少女は正反対で全くの無感情なのだ。
発する声も常に平坦で、どんな状況になろうと狼狽えるどころか眉一つ動かす気配もない。
虚ろという訳ではないが、瞳に光がない。
感情が凍りついてしまっているかのようだ。
何の感情も感じることができない。
何を考えているのか分からない。
結局、本当に本物の凛なのか判断ができなかった礼羽は正体不明の相手の目的を聞いてみることにしたのだった。
「そうです。
忘れるわけないじゃないですか。
凛は先程も申し上げました。
凛が戻ってきたのは礼羽様を目覚めさせるためだと。
そしてそのナイフには即効性の致死毒が塗ってあります。
普通の人間ならば即死レベルの。
そんな猛毒なのに、何故か偉人様は未だ死なずに悶え苦しんでますが。
しかし凛にはどうしようもありません。
偉人様を救えるのは、礼羽様の力のみ。
そもそも勝手に突っ込んできたのは偉人様。
何もしなければ偉人様には危害が及ぶはずではなかっ……」
「私が目的なら、私がひとりの時に堂々と狙いなさいよっ!!
こんな……巻き込まれた偉人が傷つくのなんて…………
実際に偉人は死にかけてるじゃないッ!!
本来ならとかそんなこと聞きたいんじゃない!
私の力が必要って…………
私にはどうすればいいのか分からないのよっ!!
あなたならどうすればいいのか知ってるんでしょ?!
なら早く教えなさいよっ!
さもなくば…………」
相手の返答に対して、先程までの冷静さを保とうとしていた頭はどこかへと吹き飛んでいた。
爆発した感情のままに涙を浮かべながら叫ぶ礼羽は、キッと少女を睨みつける。
「咬み殺してやるっ!!!」
その絶叫とともに礼羽の中で異変が起こる。
礼羽の体が淡い光に包まれる。
長い髪の色が抜けて金色に。
縦長の瞳孔に血のように真っ赤な真紅の瞳に。
犬歯が伸びて鋭い牙に。
額には紅い色の紋章。
いつの間にか服まで変わっている。
丈の短い黒いドレスのような服。
それは巫女服のようなデザインの上とフリルをあしらったチュールスカートのような下。
丈は膝上で、膝まで覆う漆黒の金属でできたブーツを履いている。
「素晴らしい!
なんと壮麗なお姿なのでしょうか!
これぞ私達の待ち望んでいた姫君!!」
姿が突然変わった礼羽と凛が対峙しているところへ響き渡る声。
「龍見様、いきなり大声で叫ばれてはせっかくの雰囲気がぶち壊れです」
その声にも驚きを見せず、むしろ小言を言う凛。
「いやぁすまない。
我らの姫君があまりにも壮麗なお姿だったものだから……」
その言葉とともに何もないところから姿を現したのは、礼羽と偉人が来る直前に凛と話をしていた仮面をつけてケープを羽織った少年。
その少年は礼羽の方を向き、
「初めまして、麗しの姫君。
私は青龍院龍見。
この荊野学園を拠点にしている“紺碧の騎士団”に所属する者です。
先程は部下が少々手荒な真似を致しましたこと、上司としてお詫びいたします」
恭しく頭を下げながら挨拶と謝罪をしてくる。
突然少年が現れたことへの驚きで礼羽の中の怒りはどこかへと消えてしまった。
「そして、ようこそ。
摩訶不思議が溢れる裏世界へ」
そう言って口許を緩めて微笑する少年。
その微笑を浮かべた顔は、目許が仮面に覆われて見えなくとも十二分に美しいと感じさせる物だった。
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次は、戦闘シーンが入るかも……?
とりあえず仮面の少年は一体誰なんでしょうね?
実は既に登場済みの人物だったりして……
そのうち明かされます!